第34話 次の目標は?
雨照とのあれこれが決着してからは、新居のタワーマンションで1か月ほどまったりしていた。
あれ以来、雨照からのちょっかいはないし、公安からの連絡もない。
平和である。
ネットを検索しても、俺の名前や顔写真は見当たらない。
突如としてミームのように広がった『カラスの悪魔』という呼称が少し恥ずかしいくらいで、俺の要望はおおむね満たされたと思っていいだろう。
ブックメイカー様様である。
SNSを見ながらそんなことを考えていると、開けっ放しにしていた部屋の窓からムギンが中に入ってきた。
『王よ、今日も周辺に異常はございませぬ』
「パトロールご苦労さん。雨照もつぶしたし、他に敵対しているヤツもいないし、当分は平気じゃないか?」
『甘い! 甘いですぞ。王は一国の主のようなもの。であれば、他国から日々狙われるのは必定。男は敷居をまたげば七人の敵あり、ともいいます。常に警戒は必要でございまする!』
「わかったわかった……」
前のアパートにいたときと同様に、カラスたちは屋根やベランダで警戒を続けている。
それに加えて、ときおりムギンみずから外へ飛び立ち、周辺に目を光らせたり、手下のカラスたちから情報を収集したりしている。
ちなみに、いろいろと考えた結果、アルファからエコーまでの5羽とフォックスからジュリエットまでの5羽の配置を入れ替えた。
今は、フォックスが屋上、ゴルフがベランダで監視をしている。
「ブックメイカーのおかげで俺のことを明確に覚えている人も消えたし、また無名のD級探索者になったようなもんだろ? 心配しすぎだと思うがねぇ……」
『そこです! 王はいまだにD級ですぞ……!? あの公安の牛女などは王の強さを知りながらD級のままにしておくとは、なんたる不敬! 今日にでもS級に認定されるべきでございまする!』
「牛女って……」
公安の石塚。
意外に極悪なスキルの持ち主だったが、胸への視線誘導も極悪だった。
俺が頭をふって記憶を薄れさせようと努力していると、ムギンのお説教が加速する。
『王がナメられるのは我々としても許せませぬ。ナメられるからしょうもない敵が増えるのです。ナメられないためにも、さぁ、今すぐS級になりましょう!』
「自分の意思でなれるもんじゃないんだよ。うーん……だけど、一理あるな」
雨照はいなくなったけど、今後も探索者として活動していくにあたり、チンピラみたいな奴らにいちいち絡まれていたらきりがない。
その時に、S級の探索者タグでも見せればすぐに話が解決しそうではある。
結局、人間なんて見栄えが一番大事なのだ。
サラリーマンなら大企業の看板が一番の武器となる。
『暴力こそ正義』の探索者ですら、A級やS級のタグというわかりやすく強そうな証がなければナメられるというわけだ。
「目指してみるか、S級」
ということで、やってきたのは新宿御苑の横にあるダンジョン協会の建物だった。
最近はもう直接ダンジョン内に侵入していたので協会の建物に入るのはひさびさだ。
受付ロビーに入ると、以前ここに来たときと同様、若い探索者たちの視線が俺に集まる。
スーツ姿はやはり目立つのだろう。
無視して受付に向かおうとすると、探索者たちの中に見知った顔を見つけた。
短めの金髪が特徴的な男。
はじめてここに来たとき、俺にからんできた探索者だった。
確か名前は……。
「タケシ……だったか?」
「うっ……あんたは!」
結局、金髪男たちはカラスに襲われて傷だらけになったあげく、公安の横入りもあって、俺にやり返すこともできないまま、それっきりだったはず。
以前の彼らであれば、今ごろ俺の胸倉をつかんでいそうなものだが、なぜか彼らはおびえたような顔でこちらを見つめていた。
やけにおとなしいので気味が悪かったが、からんでこないのであれば用はない。
俺はふたたび受付へむかって歩き出そうとしたのだが、
「うわっ、なんかスーツのおっちゃんおるやん。ちょお待てや」
金髪男たちとは別のところから関西弁が聞こえた。
無視しようと思ったが、するりと俺の前にやってきて道をふさがれてしまった。
若い男。どことなく人相が悪い。
態度も悪いし、まるっきりチンピラといった感じだ。
彼は黒い防弾チョッキのような防具を着ている。
防弾チョッキの腹のあたりには、円の中に『恵』の文字をあしらった紋章が描かれていた。
「おっちゃん、初めて見る顔やんけ。挨拶は?」
「はい? 挨拶? ……こんにちは」
「ほんまに挨拶してどないすんねん! まず名を名乗らんかい! この代紋見てわからんか?」
「はぁ?」
このチンピラが何を言いたいのかよくわからなくて混乱していると、彼の後ろから金髪男が走り寄ってきた。
そしてチンピラを羽交い締めにする。
「ちょっとあんたっ、この人はやめたほうがいいってマジで!」
「おい、痛いがな、なにすんねん! 恵比寿組ナメとったらしょうちせんどっ。このおっさんがなんやっちゅうねん!?」
「馬鹿! カラスのあく……ンン"ッ……とにかくいったん引いてくれ……!」
金髪男のパーティメンバー全員でチンピラを羽交い締めにしてどこかへ連れ去っていった。
「なんだったんだ……?」
最初から最後までわけがわからなかったが、一つ言えるのは、「やはりこうなるのか」ということだ。
自分より弱そうな相手がいたからといって、なぜ強気に出ようと思うのか?
つっかかってやろう、いじめてやろう、傷つけてやろうという精神性はいったいどこからやってくるのだろうか?
こういう場面を回避できるのであれば、S級へのやる気がわいてくるというものである。
ひとまず、気を取り直して受付に向かう。
受付にいる男性職員に声をかけようとしたが、彼は俺が声をかける前からすごく嫌そうな顔をしていた。
そのゆがんだ顔を見て思い出した。
以前、ここで金髪男ともめたときにもいた職員だ。
確か、小言ばかりで事なかれ主義な奴だった気がする。
だが、ブックメイカーのおかげで俺の記憶は曖昧になっているはず。
なぜいきなりこんなに嫌そうな顔なのか。
「すみません、聞きたいことがあるのですが」
「別にいいですけど、その前に一点。協会の中でもめ事は困りますんで、次からはダンジョンの中でお願いしますね」
「おぉ……。あっ、はい」
彼の反応を見るに、俺の顔はやはり覚えていないようだ。
なのに、あまりにも変わらない態度。
一貫した人間性に少し感動してしまった。
「それで、聞きたいこととは?」
「S級への上がり方を聞きたいんですけど」
「えす? S級? し、失礼ですが、あなたの今のランクは……A級でしょうか? 申し訳ございません、顔を覚えておらず……」
「いや、D級です。でも、ちまちま上げるのは時間がかかりそうだし、一発でSまで上がるような条件とかがあれば知りたいなと思いまして」
「は? ……はぁぁ? あのねぇ……こっちは忙しいんですよ! 他に用がないならどいてください!」
しっしっと手であしらわれて、列の外へ追いやられた。
うん。確かに彼の反応が正常かもしれない。
もし、俺が雨照を壊滅させたと彼が知っていたら態度が違ったのかもしれないが、世間ではあくまで「カラスの悪魔とかいう得体の知れない何者かが雨照を壊滅させたらしいけど、本当だろうか?」という噂でしかない。
俺とカラスの悪魔が結びつかないのは望んだことではあるが、一長一短だ。
こうなってくると、やはり地道にひとつずつランクをあげていくしかないのだろうか。
次はC級なので、確かあと2つC級魔物からとった魔石を納めればいいはずだ。
協会の外に出て、人気の無い場所でカラスの姿となった俺はカラスダンジョン内で待機していたムギンと合流した。
『王よ、S級にはなれましたかな!?』
「いや、無理だった。とりあえず順当にC級を目指そうと思う」
『ぐぬぬ、愚民どもめっ。王のお力を理解できんのか……! やはり殺るしか……』
協会にカチコミしそうなムギンの頭を翼で叩いて正気を取り戻しつつ、たずねる。
「手頃なC級魔物がいるダンジョンを知らないか?」
『C級ですか……それなら、ちょうどよいかもしれませぬ。ひとつ王にお頼みもうしたいことが……』
急にトーンダウンして、なにやら申し訳なさそうな顔になるムギン。
『実は、とあるダンジョンでカラス系の魔物をあらたに発見したのですが、あやつらめ、あろうことか王が直接来ないと従わないとのたまうのですッ……!』
「ほー、気の強そうな奴らだな。そいつらもブラッククロウなのか?」
『いいえ、名は鉄烏。C級の魔物でございます』




