第37話 めんどくさい男たち
公安の石塚は俺の腕をとり、ダンジョン協会の建物の奥へ歩いて行った。
失礼します、と彼女が声をかけながら入ったのは小さな会議室だった。
小部屋の真ん中には机があり、その周りにイスが4つ置いてある。
上座にはスーツを着た初老の男が二人座っていた。
一人は眼鏡をかけており、陰湿そうな目をして俺を値踏みしている。
もう一人はバーコードハゲのぽっちゃりしたおっさんで、不機嫌そうに俺を見ていた。
下座側の2席は誰も座っていない。
「こちら、カラスの悪魔こと高木アタルさんですー」
石塚が勝手に俺の紹介をした。
さすがに不用意に俺の名前を口にするほど馬鹿じゃないだろうから、おそらくすでに名前を知っているか、あるいは知ろうと思えば知れる人間ということだろう。
「彼が本当にカラスの悪魔だと証明できるのかね?」
バーコードの男が座ったままそう言った。
普通の社会人なら、まずは立って挨拶からの名刺交換とかするだろう……と思ったが、この場に普通の社会人なんていなかった。
「ムギン、出てこい」
『ここに』
「なッ!? 魔物か、それは!? 魔物だな! はやくどこかへやってくれっ」
バーコードの男がさわぎだした。
石塚はニコニコ笑いながら、
「大丈夫です。ムギンさんはおとなしいですからー」
と言い、ムギンをなでようとしたが、ムギンは羽でパシリと石塚の手をはねのけた。
『さわるな下郎!』
「下郎!? ひどいです……。と、ともかく、もう証明はできたので、話をはじめましょー」
俺としても、とっとと話を終わらせて帰りたいので、いったんムギンには俺の体の中に帰ってもらった。
俺が空いているイスに座ると、石塚は俺の右隣に座った。
「紹介します。まずこちらはダンジョン協会のランク審査課課長、郷田さんですー」
眼鏡の男は協会の人間だった。
であれば、そもそも探索者として登録したデータがあるし、そのデータまで『ブックメイカー』の影響は受けていないと考えれば、俺の名前は調べられているだろう。
「そして、こちらはダンジョン庁の探索者政策担当、二階堂さんですー」
ムギンにビビッていたバーコードのほうは政府の人間だった。
こちらも、俺の戸籍情報などは『ブックメイカー』の対象外だろうし、ダンジョン庁の人間であれば協会の情報は共有されてしかるべきか。
「アタルさんがここの地獄ダンジョンに入場したと連絡を受けて、急遽お二方にも集まっていただきましたー」
「相変わらず監視がお上手だな。で、要件はなんなんだ?」
「アタルさんには負けますよー。それでですねー……あのー……政府からの要望で、雨照の後釜として、ちょっと仕事を頼まれてくれないかなーっていう……」
歯切れの悪い石塚の話をさえぎって、二階堂が話し出す。
「雨照にはいろいろと仕事を頼んでたんだがな……あんたが全部パーにした。その尻ぬぐいをやってもらう。具体的にはこれだ、読め」
二階堂はカバンから出した資料を俺の前に置いた。
手に取ってめくり、しばし確認する。
要約すると、
・関東圏のいくつかのダンジョン管理
・関東圏の探索者同士のいさかいの解決
・海外から来た探索者の監視
などなど、だいたいが関東圏の探索者にまつわる治安維持のような内容だった。
めんどくさそうではあるが、一応まともな内容である。
「当たり前だが、資料には書けん仕事もあるからな。それはおいおい話す」
「……まともじゃない仕事もありそうだな。あんたも雨宮の父親と同じ口か?」
「あの成金ナルシストと一緒にするなッ! 奴と私は違う!」
二階堂は顔を真っ赤にしてバーコードを振り乱しながら声を荒げた。
「あの間抜け、ついに政界から放り出されてざまぁみろだ! あぁ、お前のおかげだったか? その点については礼を言うぞ」
雨照とのいざこざが片付いた後、雨宮の父は政治家としての立場を失った。
それだけでなく家も、お金も、保有していた株も、何もかも強制的に没収された。
さらに、過去のスキャンダルがすべて暴かれて、収賄罪や殺人教唆の罪などで起訴されている。
「だがなぁ……探索者なんざしょせんゴロツキだろう? 適材適所ってやつだ。結局、頼みたい仕事は似かよってくるもんだ。理解したまえ」
バーコードを手で整えながら、ふぅ、とため息をついて、
「で、いつから動ける? できれば、こんな場所じゃなく省庁で一度打ち合わせをしたい」
二階堂は手帳を開いてスケジュールを確認し始めた。
最初から最後まで偉そうで、こちらが従うのは当然といった態度である。
なんなんだこいつは? と石塚に目でたずねると、彼女は頭を抱えていた。
「俺がいつやるって言った? やるわけないだろ。国の問題は国が解決しろ。話がこれだけなら、もう帰るけど、いいよな?」
「なぁ!? お前、何を言って……」
「待ーってください、待ってください! 二人とも落ち着いてくださいよー」
二階堂と俺ににらまれた石塚はタハハと苦笑いしながら続けた。
「アタルさんにもメリットを提示します。まず、これらの仕事を受けてもらえるならちょっと色をつけた依頼料が国から出されます」
「金はもう十分持ってる」
「そうでしょうねー。では、アタルさんの探索者ランクを飛び級で、いきなりS級に認定するというのはいかがでしょうか!」
「……!?」
ちょうどS級を目指していた俺にとっては渡りに船だ。都合が良すぎる。
まさか、俺の部屋に盗聴器なんて仕掛けていないだろうな? と疑いそうになったが、それはすでに調べたことがあるので大丈夫だ。
俺は新居を購入する際、部屋の中でスキル『道案内』を使い、「この部屋にある監視カメラや盗聴器の場所は?」と探してみた。
矢印はどこも指さず消えたので、無いということだ。
であれば、この提案は本当にたまたまか……?
裏がないのであれば、条件次第では受けてもいいかもしれない。
俺が期待感を顔に出さないように沈黙していると、眼鏡の男――協会のランク審査課、郷田が初めて声を出した。
「石塚さん、困りますよ勝手に話をすすめられては……。カラスの悪魔……高木さんですか……彼は公安や他国の探索者の力を借りて雨照をやりこめただけでしょう? 他に何も実績がない。D級ですよ? ポッと出のルーキーを飛び級でランクアップするなんて考えられないですよまったく……」
郷田は小さな声でそう言った後、俺を見て鼻で笑った。
石塚が反論する。
「公安としては、アタルさんは十分にS級としての戦闘力やスキルの特殊性を持っていると判断しておりますよー。それに、ダンジョン協会内部でもアタルさんをS級にしてもいいと認めている意見が多数上がっているはずですよねー? 内部でもめているらしいじゃないですか」
「ぐっ……それは……そうですけどねぇ。あんたら公安は、なにもわかってない……! 協会のことは協会で決めますからっ……」
「それに海外の支部からもGOサインが出ているはずです」
「それは……いや、それこそ中国とアメリカからはまだ返答がないということも忘れてはいけませんよねぇ? 彼らの声は大きい。やはりS級ともなると日本支部だけで決められるものではないのだから……」
どういうわけか知らないが、公安としては俺にS級になってほしいみたいだ。
それに、すでに実力的にはS級クラスの力があるという分析は少し嬉しい。
石塚は、二階堂にも話をふった。
「政府としても早急にS級にしろと指示があったはずですよね、二階堂さん」
「あぁ、そうだな。それだけやってほしいことが溜まっとるんだ。早くしてほしいもんだね。対外的にもS級探索者の数はキープしなきゃならんだろ」
「ということで、アタルさん、S級へのランクアップは手が届くところまできておりますので、どうか政府からの要望も前向きに検討いただけないですかねー?」
あらためて、二階堂の資料をペラペラとめくってみる。
「うーん……」
やはり、めんどくさいの一言に尽きる。
ダンジョンの管理? 探索者の仲裁?
面倒ごとの臭いしかしない。
「俺がS級になるかどうかは別として、そもそも他にもS級はいるよな? こういう仕事はそいつらに頼んでもいいんじゃないか?」
たしか日本にはS級探索者が3人いたはず。
雨宮以外にまだ2人いるのだ。




