第32話 ブックメイカー
「あのブラッディメアリーがただの護衛って……豪華すぎだろ……」
「あとでサインもらえないかな……ッ!?」
「こりゃ雨宮さんでも勝ち目ないぞ……」
雨宮がチッと舌打ちをし、雨照のざわめきは静かになった。
劉さんが説明を再開した。
「アメリカがメアリーさんを護衛として送り込んできたのはワタシのスキル『ブックメイカー』がかなり貴重だからです。スキルについて、雨照のみなさんには説明済みで一応合意は取れていますが、アタルさんはまだ聞いていませんね?」
「あぁ、いきなり連れてこられたからまだ何も聞いてない」
石塚が「ヘリの中で説明しようとしたのにアタルさんが無視したんですー」とぶーぶー言っている。
劉さんは苦笑いしながら説明を続ける。
「では、ワタシから説明させてもらいます。ざっくり言うと、この世界を改変することができるスキルなのです」
「改変……神様みたいだな。記憶を消したり、ネットから情報を消したりもできると?」
「できます。ワタシのスキル『ブックメイカー』は、この世界を一つの物語として認識し、そこに書かれた内容の修正ができるというもの。もちろん、タダでなんでもかんでも修正できるわけではありませんよ? この世界への影響力が大きければ大きいほど、必要な対価も大きくなるのです」
意味深な表情で劉さんは雨宮たちのほうをチラリと見た。
雨宮はといえば、俺をにらむのに忙しいらしく、劉さんの視線には気づかなかったようだ。
それにしても、本当に話がついているのだろうか?
雨宮は今にも俺を殺さんといわんばかりである。
「対価ってのは金の話か?」
「いいえ、寿命です。事実を修正するために、命をベットします。……あぁ、安心してください。あなたの寿命ではなく、今回は雨照のみなさまの寿命をかけますからね」
「ふぅん……」
寿命をかけるのに雨宮たちが合意したっていうことか。
それならあの殺さんばかりの目つきも納得だが……。
「おい、雨宮。お前らが寿命をかけるってのに本当に納得してるのか? 途中でやめるなんて言わないだろうな」
「あんたごときがこの世界に与える影響なんて微々たるものでしょうがッ。対価も大したことないでしょうし、こっちは1000人もいるのよ? 寿命っていっても、せいぜい一人につき数か月程度縮むくらいじゃない? それでも腹立たしいことこの上ないけど……あんたとの縁がそれで切れるなら飲むわ。それより、もう説明はいいでしょッ。さっさとやるわよッ!」
せいぜい数か月寿命が縮む、というのは、どういう計算ではじき出したのだろうか?
「数か月?」と俺が小声で劉さんに聞くと、彼女は「さぁ?」と首をかしげた。
少なくとも雨宮は『ブックメイカー』により自分が死ぬことなんて微塵も想像していなさそうだ。
だが、雨宮の後ろにひかえる雨照の面々はみんな目が死んでいる。
恐怖に顔がゆがみ、涙を目にためている人までいる。
劉さんが少し場所を移動し、即席で用意されたお立ち台の上にあがった。
俺もそこに呼ばれたので、二人でその上に立つ。
「ムギン、お前は上空で待機」
『御意』
肩の上にいたムギンはダンジョン内の疑似的な空に向かって飛び立っていった。
劉さんが空中に手をかざすと現れたのは一冊の古ぼけた本だった。
「雨照のみなさんは動かないでくださいね!」
劉さんはそう言うと、本に何やら書き込みはじめた。
漢字でもなく英語でもなく、見たことない文字をスラスラと書いていく。
しばらく無言の時間が続き、ようやく劉さんが書き終えた。
彼女は全員に聞こえるように記入内容を説明した。
「高木アタルさんの名前と姿は、今や日本全国に知れ渡っております。その事実を完全になかったことにするためには対価が大きくなりすぎる恐れがあります。なので、完全消去ではなく、ズラすかたちで改変します」
完全消去ではないという言葉を口にしたとき、劉さんがチラリと俺を見たが、特に反論せず続きをうながす。
「修正内容は、『手を出すとやっかいなことになるカラスの悪魔が日本に存在する。でも誰もその顔を知らないし名前も知らない。思いだそうとしても人間の顔ではなくカラスの顔が思い浮かぶ』というもの。いわゆる怪談や都市伝説のような扱いにしてしまいます。いかがでしょう、高木アタルさん」
「それでSNSにアップロードされている動画とかはどうなるんだ?」
「顔のところがぼやけたり、カラスの顔になったりするはずです。高木アタルという名前が記載された投稿に関しても、名前が文字化けしたり、カラスの悪魔と表記されたりするでしょう」
「うーん…………。まぁ、いいんじゃないか。顔と名前が匿名状態になるなら、俺の望みは叶うし。でも……なんで悪魔?」
「おや、ご存じない? ネット上で、あなたはカラスの悪魔と呼ばれているのですよ。『悪いことするとカラスの悪魔が来るよ』といったふうに」
「あぁ……そういえば、そんな書き込みもあったか」
「はい。呼び方はともかく、これにより、人々の記憶から探索者としての高木アタルさんの情報が書き換えられます。また、ネット上に書き込まれた情報も同様です」
「俺と雨照とのいざこざはどういう風に認識されるんだ?」
「雨照はカラスの悪魔に手を出して壊滅した。という感じですね。大衆の認識としては、雨照が本当にカラスの悪魔にやられたというより、都市伝説のひとつとしておもしろおかしく語られるという感じになると思います」
それを聞いて、雨宮がまたしても「チッ」という舌打ちをした。
劉さんは、「ふぅ」と一つため息をついたあと、これまでにないほど真剣な顔つきになった。
「では、スキルの行使を始めます! 少し見た目が怖いのでびっくりするかもしれませんが、攻撃をしかけたりしないので終わるまで大人しくしていてくださいね。では参ります。ブックメイカー!」
劉さんがそう叫んだ次の瞬間、彼女の横の空間が縦に切り裂かれた。
「なッ……!?」
黒い裂け目に手をかけて暗黒の空間からやってきたのは、一匹の巨大なガイコツだった。
身長3メートルほどはありそうなガイコツは、金色のシルクハットをかぶり、金色のスーツを着て、金色の革靴を履いている。
「なんだ……あいつ……」
骨の顔に表情はないはずだが、なぜかニヤニヤと笑っているように感じた。
空間から出てきたガイコツは劉さんに気安く声をかけた。
『劉ちゃァん! また呼んでくれたねェ! 今日の賭けはどんな感じかなァ!?』
「どうも。こちらに記入しましたので、さっそくやってください」
劉さんは先ほど書き込んでいた本のページをビリリとやぶいて、ガイコツに差し出した。
『ふゥむ……なになにィ……なァるほどォッ! イイじゃなァい!』
ガイコツは金ぴかのシルクハットを脱いで、読み終わった紙をその中に入れた。
『賭けの参加者は彼らかねッ?』
ガイコツは巨体に似合わない軽快な足取りで雨照の集団に近づいていく。
「ひぃ……ッ!?」
『取って食おうってんじゃないんだァ! チョイト、賭け金を回収させてもらうヨォ』
ガイコツは、路上パフォーマーがおひねりを回収するかのようなしぐさで、シルクハットを雨照に差し出した。
すると、雨照のメンバーの胸当たりからぼんやりとした光が抽出され、どんどんシルクハットの穴に吸い込まれていく。
あれが彼らの寿命なのだろう。
いまのところ、雨照のメンバーたちの外見に変わった様子はない。
賭け金を徴収し終わったガイコツはシルクハットをかぶりなおしたかと思うと、どこからともなく取り出した金色のマイクを片手にしゃべり出す。
『さァさァ、お立会い! 役者は揃った! 覚悟は決めたかァ!? 命を燃やしてこそギャンブルだッ! 寿命が足りなきゃアンタらの負けッ。バーストすなわち即終了!」
雨照のメンバーは突如始まったハイテンションの口上にポカンとしつつも、いよいよ事態が進み始めたことを自覚したのか、どんどん顔が青ざめていく。
『運命のォ……結果発表~~~~ッ! 勝ったのはァ!? ドゥルルルルルルッ……バァンッ! アマテラスだァ~~~~ッ!!』
またしても、どこからともなく取り出した金色のハンドベルをチリンチリンチリンと鳴らしながらガイコツはハイテンションに宣言した。




