第30話 公安からのお願い
3週間後、公安の石塚と炭田は、とある山奥に来ていた。
「ひぃ……ひぃ……ふぅ……」
「石塚君、ラマーズ法は山登りに向かないよ?」
「知っ……てま……すっ……ひぃ……」
「こういうとき君のスキルも僕のスキルも役に立たなくて困るね」
人里離れた山奥でやっと見つけたのは小さな鳥居だった。
鳥居の奥にはさらに長い石段が続いている。
本殿はその先にあるのだろう。
石でできた鳥居の上にはカラスが数羽とまっていた。
「我々は高木アタルさんにお話があって参りました。入ってもよいでしょうか?」
石塚がカラスに、おうかがいをたてる。
『確認』『待て』『公安』『イシヅカ』『スミタ』
カラスたちが喋ったことよりも、まだ高木と会ったことのない炭田の名前まで把握されていることに緊張感が増す。
しばし待つと、カラスが『許可』『入れ』と鳴いた。
一礼した後、二人は鳥居をくぐり石段をのぼっていく。
そして、ようやくたどり着いたのは、打ち捨てられ、廃墟同然となった小さな神社だった。
本殿らしき建物の縁側に黒いスーツを着た男が腰かけており、その周りにはカラスが数羽たむろしている。
神社の境内にも、木にも、空にも、ありとあらゆる場所にカラスがいた。
「高木アタルさん、お久しぶりですー」
「どうも。雨照と一緒にいろいろ動いているみたいだな」
「アハハ……お見通しですか……」
推測でしかないが、高木アタルはカラスの目を通して監視する能力があるというのは公安もつかんでいる。
日本にカラスの存在しない場所などほぼないため、なにかしら動きがもれていることは覚悟していた。
動揺をおさえつつ石塚はここに来た目的を伝えることにした。
「実は、お願いがありまして……。雨照との約束の期日まであと一週間になりましたよね? その期限を延ばしていただきたいというのが……」
「却下する」
「まっ、待ってください! 今、雨照と我々で記憶操作系スキルの持ち主を世界中から探しています。候補はもう見つけており、接触できないか調整中なんです」
「ほう……本当にそんなスキルが存在したんだな」
石塚は内心「あなたが言い出したことでしょうに!」と憤慨しながらも説得を続ける。
「えぇ、確かな情報を得るところまで来ました。ですが、さすがにあと一週間では調整が間に合いません。なんとか、3か月ほど延長をお願いできないでしょうか……」
「3か月? 却下だ。対価もなしになぜそんなのを許すと思うんだ」
石塚は炭田とアイコンタクトを取る。
炭田からの許可を得て、本当はもっと粘り強く交渉をしたうえで最後に切るはずだったカードを切ることにした。
高木アタルのこの態度をみるに、下手な対価をいくらしめしてもなびきそうにないと判断したのである。
「我々が望むのは雨照の存続です。そして、雨照の心臓であり頭は雨宮です。つまり……雨宮さえ残ればよいのではないか、と考えています」
石塚はアタルと見つめあった。
アタルは片眉をあげ、「だから?」と言いたげである。
「我々は雨照ではなく雨宮が生き残るように全力を尽くしています。雨宮に注視しているわけです……なので、例えば雨宮以外のメンバーに何かが起きたとしても、気づかないかもしれませんねー」
「なるほど。雨宮以外は殺してもいいって話か」
石塚も炭田も無言でアタルを見つめるだけだった。
「はぁ……。3か月ね。ほんとにそんなに必要なのか? バッファを持たせたスケジュールじゃないだろうな? 死ぬ気で急いでも3か月かかるのか?」
「本当に必要ですっ。目をつけている探索者は国外にいるので、他国の政府とも調整が必要になりまして……」
「ムギン、雨照って何人くらいいるんだっけ?」
『1200人ほどかと。すべて監視下にあり、いつでも殺せます』
突然、流暢にしゃべり出したカラスに石塚は目を見開いた。
「おい、あんたらが必要なのは雨宮だよな」
「……まぁ、そういうことです」
「なら、俺の伝えた要件を達成した後は、すみやかに雨照を解散させろ」
「……! それを約束すれば、3か月お待ちいただけるんですね?」
「そんなわけないだろ。待つ条件を今から言う。まず今言ったように、要件達成後の雨照の解散。解散後、クラマスの雨宮はお前らが管理しろ。あいつの行動を監視し、自由行動を制限し、毎日の行動記録を俺に提出しろ。奴が公安以外の仲間を作るのも許可しない。一生、公安の犬として働かせろ」
今のところ、石塚たちの手に負える範囲内の要求だった。
あの女がそんな窮屈な生活に耐えられるわけもなく、公安が扱える気はしなかったが……。
「それと、雨宮の父親も一生政治に関われないようにしろ。その上で、雨宮の一族が持っている財産はすべて売り払い、金は俺に全額振り込め」
「うっ……」
石塚はちらりと炭田の顔を見ると、彼は梅干しでも食べたのかというような表情をしていた。
上司ならもう少しポーカーフェイスをできるようになってほしいと思った。
だが、まだ許容範囲。
反論せず、アタルに続きをうながした。
「そこまでやると約束するなら、3か月延長を認めてやる。ただし、雨宮以外を殺すのはやめない。一週間後に、もともと俺が提示した期日が来る。その次の日から、ランダムに雨照のメンバーを毎日一人ずつ殺していく」
「えっ……それは……」
「つまり、延長で3か月をフルに使った場合、90人ぐらい死ぬってわけだ。1200人もいるんだから誤差だろう」
公安としては雨宮さえ生き残ればいいので、人数としては許容範囲だった。
しかし、アタルのあげた1200人という数は、探索者だけでなくバックオフィスをふくめた人数である。
石塚個人としては、いともたやすく事務職の人間まで殺害対象になるアタルの人間性におぞましいものを感じてしまう。
「この条件で延長できるのはあくまで3か月だけだからな。そこをすぎたら、雨宮を含めて全員殺す。この情報は雨照のメンバー全員に周知して、死ぬ気で急がせろ」
それだけ言い切ると、アタルは人間の姿からカラスの姿に変化し、手下のカラスたちとともに山奥へ飛び去っていった。
「あっ……。ふぅ……これは大変なことになりましたねー」
石塚も炭田もここに来るまでの山登りで汗だくになっていたが、今彼女たちの背中をぬらすのは冷や汗だった。




