第26話 宣戦布告
俺はカラス形態から魔人形態へと変化する。
全身黒スーツ。
両手両足はカラスのようなかぎ爪に。
そして背中からは黒翼がバサリと音をたてて広がった。
顔の下半分は黒く大きなくちばしに覆われていく。
顔の上半分もカラスのように羽毛が生え、上空の強い風をとらえている。
ムギンのもとにカラスたちが集まっていく。
ムギンに突撃するかのように飛びこんできたカラスたちはそのままムギンの体の中へ消えていった。
カラスたちが消えたぶんだけ、ムギンの体がどんどん大きくなっていく。
はじめてカラスダンジョンの中で出会ったときのサイズよりもさらに大きくなっていく。
最終的に体高2メートル、体長は5メートルほどもある化けガラスが誕生した。
「何羽くらい取り込んだんだ?」
『正確な数はわかりませぬが……1万羽ほどでしょうな』
集まったカラスが1万羽いなくなったはずなのに、渋谷の空にはまだまだカラスがうずまいている。
いったい何羽いるのか俺ですら把握していない。
「ムギンは上の階から下へ向かってやってくれ。俺は下から上に向かう」
『御意。ほっほっほ、腕がなりますなぁ!』
ムギンは急降下し、渋谷ヒカリエの最上階である34階へ向かった。
そのままビルの窓へ巨大なかぎ爪を突き立てる。
――ドォンッ!
――バキバキバキィッ!
ガラスが割れたとは思えないほどの衝突音と破壊音が渋谷の夜空に鳴り響いた。
「なんとか割れたか……」
俺は少しホッとした。
実は、試しにアルファやブラボーたちに突撃してもらったところ、窓にひびすら入らなかったのだ。
高層ビルの窓ガラスは民家の窓ガラスと違って、かなり強度が高いことを忘れていた。
本当は、カラスたちに突撃してもらって一気に全部の窓ガラスを割りたかったけれども……仕方がない。
ひとまず窓ガラスを割るところまでは俺とムギンでやることにしたのである。
ムギンがビルの上のほうから手当たりしだいに窓ガラスを割っているのを確認した後、俺は17階の窓へ向かった。
雨照が利用しているフロアは17階から34階まで。
他のフロアに用はない。
あくまで雨照に対する宣戦布告だ。
――バキィッ!
窓に右腕をつっこむと、意外と抵抗なくガラスが割れた。
かぎ爪を窓に引っかけたまま、ビルの周りを飛ぶと、次々にガラスが割れていく。
「お前らは開いたところからどんどん中に入れッ!」
――カァ! カァ! カァ!
数千羽、数万羽のカラスが俺の号令に反応する。
もはや鳥の鳴き声という音量を超えて、雷のような音圧を感じる。
カラスたちは、俺とムギンが砕いた窓から中へ飛び込んでいった。
さすがにこの時間ともなるとオフィスで働いている人間はほんどいない。
しかし、まったくいないわけではなく、ところどころ電灯がついている部屋もある。
「きゃぁああ!! カラス!?」
「いや、これは……ブラッククロウ!? 魔物だぞこれ! 警備担当の探索者たちを呼び出せッ!」
今回はあくまで宣戦布告。
くれぐれも人間には手を出すな、攻撃されてもできるだけ逃げろと厳命していたので、カラスたちは騒ぐ人間を無視してビル内を飛び回った。
目的は人間以外の破壊と汚染。
カラスたちは雨照が所有する各フロアにある部屋に入り込み、PCなどの機材を破壊していった。
また、ここに集まる前に、カラスには『お土産』を持ってくるように命令していた。
カラスたちはそれぞれが持ってきた自慢のお土産をビルの廊下、部屋、机の上、ありとあらゆるところにばらまいていく。
「うわぁ……なんだこれ、生ゴミ? カラスが持ってきたのか?」
「ひぃぃ……ネズミ!? まだ生きてるっ!」
「ゴキブリまでいる! おい、逃がすな! 誰か、それを潰してくれっ!」
雨照の人間たちがあげる悲鳴を聞きながら俺はさらに窓を破壊していく。
右腕を窓ガラスにつっこんだまま、けずりとるように、はがしとるようにしてビルのまわりをらせん状に飛び回る。
最終的に上から同じように破壊行為をしていたムギンとぶつかりそうになったところで止まる。
「よし、窓はもういいだろ。俺たちも中に入るか」
『徹底的に破壊してみせますぞ』
小さなカラスたちの力では破壊できないようなデスクトップPCやロッカーを俺とムギンで破壊していく。
「な、なんだ!? カラスの悪魔みたいなやつが……ッ!? 中村さん、対応をお願いします!」
「対応って言うが……オレはC級だぞ! こんなの無理に決まってんだろうがッ! なんでこんな日に警備担当なんだ……」
途中探索者らしき男に攻撃されたので、手加減をして手足の骨を折る程度にとどめておいた。
厳重にカギがかけられたロッカーを見つけたので無理やりこじあけると、契約書などの重要書類が大量に入っていた。
「さすがS級クランってところか……高額案件ばかりだな……」
ダンジョン協会からの依頼書には数千万円という金額が記入されていた。
また、官公庁の入札案件の契約書まである。
その案件もやはり数千万から数億という規模だ。
契約書は紙なので燃やしてやろうと思ったが、ビル全体が火事になると16階以下を利用している雨照以外の人たちに迷惑がかかるのでやめにした。
仕方がないので、重要書類は全部窓の外に投げ捨てた。
高層階特有の強風に吹き飛ばされた資料は渋谷の街に散らばっていく。
この機密情報のかたまりたちは、気軽にSNSへ画像をアップロードしてしまうような野次馬たちの手元に届いてほしい。
最上階の34階に入ると、ひときわ堅牢なトビラがあり、カラスたちが入れなくてたむろしていた。
俺が全力で蹴り抜くと、重たいトビラは部屋の中へ吹き飛んでいった。
中に入ると、社長室のような構造で、高そうな机とイスが1ペアだけ存在する部屋だった。
ここがクランマスターである雨宮の部屋だろう。
趣味の良い絵画や壺が飾られている。床にはこれまた高そうな絨毯がしかれている。
ただの成金ではない生まれながらのお嬢様というセンスがうかがえる。
まぁ、それもカラスたちに汚されてしまうのだが。
俺が雨宮の机をあさっている間に、カラスたちは絵画を破り、壺を割り、絨毯にクソをひりだしていた。
机にもやはりカギがかけられており、むりやりこじあけると、雨照名義ではなく雨宮名義の契約書がちらほら入っている。
こういう書類を確保しておいて後で脅すというのも一興だが、そこまでやるのはめんどくさい。
よって、窓から投げ捨てた。
窓の外からはサイレンが聞こえ始めている。
窓の下を見ると、パトカーや消防車が大量に集まっていた。
「潮時だな。お前ら、撤収だ!」
――カァ! カァ! カァ!
カラスたちはいっせいに窓の外へ飛び去っていく。
悪夢からさめたような静けさが渋谷ヒカリエをつつみこんだ。
最後に残ったムギンと一緒に俺も帰路へついた。
新宿御苑へ到着し落ち着いた後、カラスたちからの報告を聞いた。
俺たちが渋谷ヒカリエを襲っているのと並行して、雨照に所属する人間が住んでいる家も襲わせていたのである。
「一般のご家庭なら窓もすぐ割れたみたいだし、部屋の面積もせまいしカラスたちだけでうまくいったようだな。ただ、何羽か死んじまったか……」
『えぇ、ですが相手方に死人はおりませぬ。もちろん宣戦布告だけでなく、そのまま攻めきることもできましたが……』
「それはしないって言ったろ? 俺は雨照とは違ってフェアで理性的な人間なんだ。まずは宣戦布告だけ。あとは相手の出方次第だ」
『……それが王の御意思とあらば』
ムギンは御不満のようだが、ともかくこれで宣戦布告は終了。
これにこりて俺から手を引くなり、謝罪するなりしてくれれば、もうこちらからも手を出さない。
だが、さらなる争いを望むなら……行くところまで行くしかないだろう。




