第27話 ネットのおもちゃ
アタルたちが渋谷ヒカリエを徹底的に汚した翌日。
雨照のクランマスターである雨宮美花は飛行機に乗り日本へ向かっていた。
仕事でアメリカにいた雨宮は「拠点が襲撃を受けた」という知らせを聞き、緊急帰国を決めたのだった。
かなりのさわぎだったため、すでにニュースやSNSで映像が出回っている。
映像では、爆撃でもされたかのようにことごとく窓が破壊されてしまった渋谷ヒカリエが映っていた。
マスコミの流す映像には映っていないが、クランメンバーからはフロア内の映像も送られてきていた。
雨照のクラン内を、ネズミやゴキブリが大量に走りまわっていた。
しかも、最上階にある雨宮専用のクラマス室も、ドアやロッカーが破壊され、カラスのふんで汚されていた。
あまりの怒りに失神しそうになったほどだ。
雨宮はマナー違反をとがめる周りの視線を無視し、ファーストクラスの機内で電話をかけはじめた。
「あ、パパ、私よ。お願いがあるんだけど……えぇ、そう、そいつのことよ、さすがパパ。話が早いわ。高木アタルを全力で追い詰めるのに協力して。マスコミと警察も総動員してほしいの」
世間では雨宮の父は探索者に対して公平なポジションをとりつつも、国益のために必要な政策をつぎつぎに打ち出す敏腕政治家として認識されていた。
彼の打ち出した政策は不自然なほどスムーズに施行されていくが、これまで不正やスキャンダルといったものはまったく聞こえてこなかった。
それもそのはず。
彼が日本のマスコミ関係者を裏金や脅迫でコントロールしていたからである。
自分や探索者クラン雨照に対して都合の悪い情報は徹底的にもみ消してきた。
今回もまた同じようにやればいい。やれるはずだ。
雨宮も父もそのように考えていた。
また、雨宮家は代々警察官僚との付き合いもあり、コネがある。
国の暴力装置である警察が手に負えないような強力な探索者が犯罪をおこした場合、日本最強と名高いS級探索者である雨宮美花に協力を要請することもあった。
そこで借りをつくっておき、もしものときは犯罪行為のもみ消しを雨宮のほうから依頼する……そんな蜜月の関係が続いている。
高木アタルに対しては、犯罪をでっち上げる必要もない。
なにせ渋谷ヒカリエの窓を破壊し尽くし、フロアを汚しまくったのだ。
普通に犯罪である。
堂々と令状を発行できるし、ニュースで顔写真と名前を出すことも可能だった。
「えぇ、もちろんこっちでも動くわ。え? 当然、見つけしだい殺すに決まってる! 雨照の面目丸つぶれなのよ!? とにかく、お願いね。じゃあ」
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渋谷ヒカリエ襲撃後、俺はしばらく新宿御苑で寝泊まりしていた。
なにせ家を燃やされたため住むところがない。
しかも、あの日は睡眠中にいきなり拉致されたため、財布もスマートフォンも家に置いたままだった。
当然、それらも燃えてしまった。
なんだかいろいろとめんどくさくなったので、カラスの姿で新宿御苑の中で生活することにしたのである。
『魔人(八咫烏)』のおかげか『カラスの王』のおかげかわからないが、最近は食事をあまりとらなくても体調不良にならないことに気づいた。
なので、御苑内の水を少し飲み、たまに探索者が手に持っている軽食を奪う程度で十分生きていける。
カラスダンジョンに来る探索者はルーキーが多いので、奥のボスがいる場所まで来るような人はめったにいない。
そこでカラスのような生活をして平和な日々をすごしていたのだが、ある日、新宿御苑がものものしい雰囲気に包まれた。
「なんだ……? 探索者がめちゃくちゃいるな……それに警察まで……?」
『王よ、奴らは明確にこちらを目指しています。雨照ではないでしょうか?』
渋谷ヒカリエ襲撃後も変わらずカラスたちに雨照のメンバー全員を監視させていた。
ただ、さすがに室内での会話やスマートフォンのチャットなどを使われると何をしているのか追えないので、ひそかに探索者を集めておきこちらに差し向けるというのは可能だろう。
いよいよ、決戦の時が来たのだろうか。
まぁ、東京でカラスの魔物が出るダンジョンといえばここだし、こうなるのは当然か。
でも、なんで警察までいるんだ?
『ひとまず我が出ます』
ムギンはそう言ったかと思うと、周りのカラスたちを吸収し、1羽の巨大なカラスへと変化した。
その姿をみて探索者たちが包囲しはじめた。
「あいつがボスだ! その近くに高木アタルもいるはず。見逃すなよ!」
探索者たちは剣や杖を構えており、その後ろで警察たちも拳銃を構えている。
警察たちはただ着いてきただけでなく、逮捕する意思があるということだろうか。
雨照に追われるのはわかるが、警察が介入してくるのは何か違うだろうという気分になる。
ともかく、無意味に争っても混乱が拡大するだけなので、俺は人間の姿になりムギンの横まで歩いていった。
「……ッ! 奴だ! まだ撃つなよ! おい、お前が高木アタルだな?」
「そうだ。お前らは雨照だよな? 何をしに来た?」
「はぁ? とぼけてんじゃねぇ! あれだけニュースでもネットでも情報が出ているんだからわかるだろ?」
「いや……あんたらにスマホもPCも全部壊されたんだから見れるわけないだろ。知らないな」
俺の発言に対して、さすがの探索者たちも想定していなかったのかポカンとした顔を一瞬浮かべる。
彼らの説明によると、渋谷ヒカリエに宣戦布告の破壊行為をしかけた次の日には、俺の顔写真と名前が公開されて、全国的に指名手配されたらしい。
もちろん危険人物なので近づかないようにと注意される形である。
全国ニュースでも、インターネットでも、高木アタルの名前を見ない日はないというくらいに大炎上中らしい。
「予告なく渋谷ヒカリエを破壊し、無関係の一般人も傷つけ、雨照の探索者を一方的に殺しまくった極悪人ってのが今のあんたのイメージだぜ? もう、あんたの人生は終わってるんだ」
そう言いながら探索者の男がスマートフォンで見せてくれたのは、SNSの検索結果だった。
俺の名前で検索をかけると、大量の投稿がひっかかる。
当たり前のようにモザイクなしで俺の顔写真がアップロードされ、名前や学歴までがさらされていた。
あまりの現実に頭が真っ白になる。
「なぁ、あんたが強いってのはこっちも知ってんだよ。うちのA級がかなわなかったんだ、正直オレなんかがあんたを確保するなんて無茶なんだよッ! だから、頼む。あきらめて大人しく捕まってくれや」
よく見ると、ここに集まった雨照の探索者たちは全員顔面蒼白で、後ろにひかえている警察たちも悲壮な覚悟を決めているようだった。
彼らの表情を見たことで少し冷静になった。
「ふぅ……」
深呼吸をして思考を再開する。
俺は馬鹿だな。
ちょっと強いスキルを手に入れたからと調子に乗っていた部分があるかもしれない。
それに探索者という過去の自分とは違う人種になったこともあり、考え方もおかしくなっていた。
ダンジョンの外で暴れたらこうなるのは当然だろう。
あらためてあたりを見渡すと、警察のさらに後ろには小さなカメラをこちらにむけている男がいた。
「あぁ、あの人はマスコミ関係者だ。今、この様子はDTubeでも生中継されてる。つまり、あんたがオレたちを殺せば言い逃れできない証拠が残るってわけ」
「無断で撮影するなよ……! まぁ、さんざん俺の顔は出回ってるからもう遅いか」
俺はカメラを見つめる。
今、あの向こうではいったい何人の人が俺を見ているのか。
さきほど確認したSNSの反応しかり、まさにいま撮影されているこの映像しかり、今後一生ネット上に残って、おもちゃにされ続けるのだろう。
今や俺は日本中の敵となってしまった。
――それは何か違うんじゃないのか……?
そもそも、最初に俺を殴ってきたのは雨照のフラッシュ・フラッドだ。
俺はそいつらに仕返しをしただけ。
しかも、謝ればゆるしてやると慈悲も見せた。
なのに殺しにかかってきたので、殺し返しただけである。
その後の襲撃もあちらが先に手を出してきたから、返り討ちにしたまでだ。
要するに俺と雨照の喧嘩であり、先にちょっかいをかけてきているのは常に雨照のほうである。
それなのに、俺が一方的に悪いという印象操作までやってのけた。
どうせ雨宮が親の力を使って雨照の都合のいいように情報をコントロールしているのではないだろうか。
インターネットに残ってしまったデジタルタトゥーを消すのは容易ではない。
今回、雨照に勝ったとしても、今後一生おもちゃにされるのが確定したようなものだ。
「うーん……」
やっぱり俺は悪くないよな?
さきほどの反省の気持ちが薄れ、ふたたび怒りの炎がわきあがってきた。
ここまでくると、もう引き返せない。
というか、許されないだろ?




