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07 交友会の亀裂

カナンくん「押すなよ!押すなよ!」


5月初旬、貴族学院の交友会は天候に恵まれた。


これは偶然ではなく、天気予報によるものである。


この世界、ご都合的にあちこち現代的なので、天気予報の魔法などがある。


正式名称は天候予測感知魔法とかなのだが、メルカは内心で天気予報と呼んでいる。


前世の感覚だとテレビをつければ、あるいはスマホで調べればすぐ分かる今後1週間の天気、とかなりラフな天気予報も、この世界においてはかなり高度な魔法であり、国の魔法師団には天候予測感知魔法の専門家なる魔法兵が1部隊単位で所属している。


複数人で予測することにより精度を高め、また万一にも魔法の失伝が起きないよう万全を期するための部隊である。


この世界において天気予報はメルカの前世よりずっと重要視されている。


天気予報によって王族の出席する祭事の日取りを決めたり、作物の出来高予測をして国家予算の分配を決めたり、と魔法兵の責任は重大だ。


それ故に高給取りでもあって、人気の職である。


学院の生徒でも在学中に天気予測感知魔法の研究を論文のテーマにして提出するなど、魔法師団の専門部隊への所属を狙う者は一定数いる。


ちなみに、高位貴族は国の抱えるものとは別に各々の領の天気予報をさせる専門魔法部隊を抱えており、国の魔法師団への仕官が叶わなかった者、あるいはより高い給与を目指す者などは、高位貴族へ仕えることを望む場合もある。


あとは下位貴族が金策に奔走して農作物の出来に関わる期間のみ雇う、流れの天候予測感知魔法使い、なるものもいるらしい。


メルカは領政にはほぼ関わっていないし、社交も最低限以下しかしていないので詳しくない。


ともかく便利な天気予報によって晴れの日を選んだ交友会は、初夏の明るい日差しの下、色とりどりの花々が咲き誇る学院の大庭園にて無事に開催された。


そして、その晴れやかで穏やかなはずの交友会の会場のど真ん中で、ミカエルは頭から紅茶を被っていた。


正確に言えば、トールがミカエルに、熱い紅茶の入ったティーポットを投げつけて割ったため、頭から熱い紅茶を被る結果になった。


ミカエルの白に近い金髪から赤茶の液体が垂れ落ち、教会風の白い上衣を紅茶色に染めていく。


平和に会話を楽しんでいた生徒らはミカエルを中心に波紋の広がるように口をつぐみ、交友会会場は一瞬静寂に支配された。


何故こうなったのか、経緯は交友会の入場時まで遡る。







貴族の集まる正式な場では爵位の低い順から会場入りし、世間話など交わしながら高位貴族の入場を待つのが通例であるが、学院においては爵位より学年が優先される。


1年生の下位貴族の子女が最も早く会場入りし、3年生の高位貴族の子女が最後に入ってくるというわけだ。


これは学院の生徒全員が必ず爵位を継ぐ者ではないことなどが関係しているらしい。


メルカは高位も高位の貴族令嬢であり、今回一緒に入場するミカエルも平民出身ではあれど一応次期伯爵扱いを受ける聖人という立場にあるので、入場順はカナンの前、最後から2番目となった。



「助かるから俺は良いんだけど、メルは大丈夫なの? 婚約者がいる貴族はこういう行事では婚約者と一緒に入場するのが常識なんじゃなかったっけ」



入場待ちの間に、ミカエルが心配と疑問の混ざった声で話しかけてくる。


入場を待つ間は大庭園のすぐ横にある小規模な体育館で、用意された椅子に座って係の生徒から呼ばれるのを待つことになる。


ハッキリ言って暇なのだ。


おそらく、ミカエルと一緒に待機所へ入ってきたメルカを見たカナンがギョッとした顔をしたため、心配になったのだろう。


去年までのメルカは待機所でも勝手にトールの隣に座り、呼ばれてもいないのにトールと一緒に入場していた。


高位貴族の令嬢は婚約者の順に合わせることが公式な場でもよくあるので、その辺りについては本当に嫌そうな顔で渋々会場入りするトール以外、誰も深く気にしていなかった。


今年のメルカはミカエルを連れているため、本来の入場順で入ることになり、1人で先に会場入りするトールの背中を泣く泣く見送ったのである。


カナンの驚愕の表情とは反対に、トールはミカエルを連れたメルカを見ても無表情のままであった。


そろそろ朝夕ストーキングを再開しても良いだろうか、交友会が終わったらミカエルを説得してみよう。



「メル、聞いてる?」



ミカエルがジトリとメルカを見る。


トールのことを考えていたのがバレている視線に、ストーカー脳を一旦しまい、メルカは小さく咳払いをしてミカエルの疑問へ答えた。



「一応、学院所属中であれば、婚約者が居ても1人で入場することや、性別を問わず友人と共に入場することは認められていますわ。騎士爵から子爵くらいのご令嬢たちは特に、婚約者よりも友人の令嬢同士で固まって入場することが多いようです」


「へ~、学生特権みたいな」


「そんなところですわね」



そう済ませようとしたところで、同じく入場待ちをしていたカナンから物言いが入る。



「おい、間違った常識を教えるな。普通、婚約者がいる貴族は学院所属中でも異性の友人と2人だけで入場することは無い」



メルカはスッと目を逸らした。



「マジすか? じゃなかった、そうなのですか、カナン殿下」



ウッカリ素を出したミカエルをメルカが肘で小突く。


そのやり取りを見てカナンは更に胡乱な目を2人、特にメルカへ向けるも、ミカエルへ王子らしい態度を崩さず頷いた。



「そういうことだ。メルカ、どういうつもりだ。いくらお前が普段から常識をかなぐり捨てているド変人だと周知されていても、今回はかなりの非常識だぞ」


「学院の規則では禁止と明文化されておりませんもの」



しれっとしているメルカへ、カナンは渋面を作る。



「トールの顔を見たのか? あの無表情はどう考えても踏まれる前の地雷そのものだぞ」


「わたくしの前にいらっしゃるトール様のお顔の中では、ご機嫌が良い方だったかと存じますけれど……」


「ええい、それは確かにトールが悪い。悪いが、父上へ諫言する前の宰相は……いや、とにかく、トールへの当てつけのつもりならやめておけ、余計に拗れるだけだ。」


「? 当てつけ……? そんなつもりは毛頭ございません。こちらのミカエル・アルマロスは聖人ながらまだ貴族の作法に疎い状態です、友人として、またアムドゥシア王国の高位貴族として、彼の聖人という立場を利用されかねない事態は回避すべきと考えたまでですわ」


「そうはいっても、醜聞の材料にはなる。いくら日頃のトールの態度がアレだからといって、悪意のある噂に晒されるのはお前なんだぞ」


「構いませんわ。どうせ何をしても、噂のお好きな方はお好きなようにわたくしたちで暇を潰すのでしょうし。それに、本来であればカナン殿下こそ、ミカエルを庇護すべきお立場なのではありませんこと?」


「む、それはお前が……」



カナンの反論の前に、係の生徒がやってきてメルカたちの入場順が来たことを知らせる。


メルカはミカエルと共に立ち上がってカナンへ一礼し、微笑んで見せた。



「ご心配ありがとうございます、殿下。よろしければ今後、ミカエルのことも聖人として気にかけてあげてくださいませ」



ミカエルはメルカの横で、メルカから教わった通りの王族に対する礼を行う。


少しぎこちなさの残るその仕草を見て、カナンはメルカの言い分も一理あると思ったのか、説教を続けることはやめたようだった。



「……くれぐれも妙な諍いは起こすなよ」


「大袈裟ですわ、殿下」



先ほどのトールはまったくの無表情であった。


メルカが交友会に1人で入場しようと、ミカエルを連れて入場しようと、ひとまず自分にくっついてこないのなら不快の対象外になるのだろう。


先日の図書室での一件は確かに気がかりではあるが、トールにも虫の居所が悪い日くらいあるのではないか。


生憎というか、幸いというか、メルカの前では常に不機嫌なトールという解釈合致現象(とメルカの興奮で濁った目)によって、今まではその機嫌の高低が分かりづらかっただけ、メルカは先日の件をそのように整理していた。


体育館を出たところで、ミカエルは先導する係の生徒へ聞こえないくらいの小声でメルカへ話しかける。



「カナン王子、良い人だったね。俺様感薄くない?」


「わたくしと一緒に居たからですわよ。ミカ、くれぐれも1人でお話する際は礼を失しないよう気を付けてくださいませね」


「うん、気を付ける~」



へら、と笑ってみせたミカエルの白金の髪が初夏の陽射しで白く透けて光っている。


メルカ的にトールとは比べ物にならないけれども、ミカエルの顔は原作ヒロインと似て非常に整っているので、ミカエルの今日の立ち振る舞いによっては、今年の夜会でメルカの代わりにミカエルをフォローしてくれる親切な令嬢か、子息が見つかるかもしれない。


メルカとて今日のために若干社交界の情勢について予習してきた、無難な下位貴族の子女であれば、声をかけることも出来る、と思う。


妙な下心を抱いていないかはメルカが確認するべきだろうが、ミカエルは昔から対人運に恵まれている、あまり心配することもないだろう。



「頑張りましょうね、ミカ」


「何か緊張するなあ、でも頑張るよ。メルのためにもなるし」



エスコートの手順に沿って差し出されたミカエルの腕をとり、メルカは白と桃色の薔薇で飾られた大庭園の入口のアーチをくぐる。


メルカとミカエル以外の全員に予測出来ていたことではあるが、メルカとミカエルが共に入場したことにより、貴族然とお喋りをしていた生徒たちはしばらく身に着けた優美さが剥がれるくらいには騒然とした。



「何か騒がれてない?」


「日本で言うところの槍でも降るのか、的な反応ではないかと。そのうち落ち着きますわ」



メルカは生徒諸氏の反応を意に介さず、ミカエルの腕に手を添えたまま、居心地悪そうな係の生徒の案内で用意されたテーブルにつく。


カナンが最後に入場し、交友会の開始が宣言されれば、悪い意味で賑やかだった会場も落ち着きを取り戻し、メルカとミカエルへの不躾な視線も多少減った。


メルカは思っていた以上に他の生徒らの反応が大きいな、と思い、ミカエルに社交を学ばせるための相手について思案する。


これでも一応公爵令嬢、カナンとトール以外の生徒は声さえかければメルカの地位に気を遣って失礼のないよう会話してくれるだろう。


しかしメルカには、己の人を見る目の無さとコミュニケーション能力の欠如について一定以上の自負があった。


当初考えていた無難な下位貴族の子女たちは、この騒ぎの中心に居るミカエルとメルカが声をかけに行っても萎縮してしまうだろうから、良い交流が出来るとは思えない。


前世から対人関係についてはむしろミカエルに助けられてきた立場であるので、そのミカエルに紹介して良い結果を生む人材の心当たりが……そもそも常日頃から父の無関心にあぐらをかき、トールのストーカーにかまけて社交をサボっていたのだ。


本当に、ビックリするくらい、メルカには知人友人が居ない。


令嬢教育によって、不利益になるほど悪意ある人間を見分けるくらいのことは出来るけれども……こうとなっては仕方がない、唯一の例外を頼るか、とミカエルを連れて侯爵家の子女が集まるテーブルの方へ向かった。


ここで問題が起きた。


目的の人物へ辿り着く前に、トールの居るテーブルを通過することになったのである。


メルカが今日もトール様は至上のお姿をしていらっしゃる、とトールを見てパッと笑顔を浮かべたところで、トールが口端を嘲りの形に歪ませ、目には深い嫌悪感を滲ませて、2人へ声をかけた、いや投げつけたのである。



「厚顔無恥もここまで過ぎればいっそ感心するよ」



先日の図書館で聞いたのと同じくらい、トールの声は険しさで尖っていた。



「そのドレス、イヤリングにネックレス、装飾品にだけは僕の色を使って、恥知らずにも言い訳のつもりか?」


「トール様……?」



待機所で見た無表情とは打って変わって、今のトールの顔にはメルカに対する悪感情が止めどなく溢れているように見える。



「今までずっと、勝手に僕の色を纏っていたくせ、まさかそのまま他の男の腕にしなだれかかるとは。貧民街の娼婦のように見境の無い……」


「いえ、トール様、それは……!」



その辺の話をそれ以上言うと、トールが今まで一切メルカへ贈り物をしていなかった事実が白日の下に晒され、というか周囲に察されて、トールの立場が無くなってしまう。


思わず焦りの滲んだメルカの声を、図星をさされたものととったらしいトールが、更に暴言を重ねた。



「この10年以上、愛だの好きだの何だのと、本当にずっと煩わしくてならなかった。お前、本当は愛など抱いてもいないのだろう。なにせ母親は人殺しの死人、父親からは欠片の関心も向けられていない、そんなお前に愛などというものが分かるわけもない」



そんなことはない、とメルカが口を開くより先に、隣のミカエルがメルカの手を解いてぐいと前に出た。


先日の図書館のときとは逆に、ミカエルの方が分かりやすく顔に怒りを浮かべて、今にも攻撃魔法を放ちかねない殺気を放っている。


ここでもメルカは、ミカエルが何に怒っているのかは理解出来た。



「ミカ」



待って、までをメルカに言わせず、ミカエルは攻撃魔法の代わりに言葉の拳を思い切り振りかぶる。



「父親の無関心は貴方も同じことでは? 宰相閣下は随分お忙しいと聞きますよ。ご自分の劣等感を、唯一構ってくれる婚約者へなすりつけるのは甘え以外の何物でもない、ということを、それこそ恥を知る人間なら理解出来るはずですがね」



売り言葉が売り言葉であったとはいえ、それを買った言葉は高値過ぎた。


メルカ、及び周囲が止める間もなく、憤怒へ顔色を変えたトールが手元のテーブルにあったティーポットをミカエルの頭に投げつけたのである。


ガツンと鈍い音がしてティーポットが割れ、中身の熱い紅茶がミカエルの頭から降りかかった。


何人かの令嬢が悲鳴をあげかけ、口元を押さえて押し殺す。


交友会会場を円状に広がる静寂、ミカエルの肌を焼く熱湯、我に帰ったメルカは真っ先にミカエルの怪我の有無を確認した。



「ミカ!」



メルカは顔色をなくし、目に涙を浮かべて、ハンカチでミカエルの頭や肌を拭く。


頭から被ったのだ、当然頭皮や顔に火傷が……痕が残ったらどうしよう! 熱湯を被った時は服を脱がさなければならないのではなかったか、それより打撲、いやティーポットの破片で肌を切っていないか……!



「ミカ、頭は痛みますか? どこかから出血は……ああ、それより火傷、冷やさなくちゃ、どなたか人を呼んで、冷たい水か氷を……」



ここで混乱したメルカがとった行動は最悪であった。


メルカは水属性の魔法を使えるけれども、最も得意とする火魔法との相性が悪く、冷たい水や氷を出すことは出来ない。


しかしトールなら水属性、及び氷の魔法を使える、その考えに至り、ミカエルへの心配一色の顔でトールへ振り向き、懇願したのだ。



「トール様、わたくしがご不快にさせたのなら何でも謝罪いたします、今この場に這いつくばっても……! どうか氷をくださいませ、ミカが酷い火傷を負ってしまう……!」



メルカはトールの前ではいつも幸せそうに笑っていて、トール以外の前では令嬢然としておっとり微笑んでいるのみの、トールに関わらなければ暴走もしない、穏やかな気質の令嬢だという評価を受けていた。


実際、メルカが声を荒らげたところなど、この17年で誰も見たことが無かったし、このように取り乱す姿など誰にも想像もつかなかっただろう。


つまり、それだけ、誰よりもミカエルのことが大切なのだと……トールを含むその場の全員にそう映った。


次の瞬間、メルカの鼓膜をビリビリ震わす怒声が会場に響き渡った。



「この売女が! よりによってこの僕にその男の手当てをしろだと!? 戯言も大概にしろ!!」



トールが懇願するため1歩近づいて来たメルカへ向かって殴りかからんばかりの剣幕で怒鳴った、というのをメルカが認識出来たのは、それから数分は後の話である。


誰も、もちろんメルカでさえ聞いたことのないトールの怒鳴り声は、耳慣れないからこそ一番嫌なものに重なってしまう。


――母親殺しの、無駄飯食らい! お前が死ねば良かったのに!


怒鳴り声はやがて逃げられないほど高いところから降ってくる痛みに変わる、その条件反射が、未だに存在していたのだと、メルカはこの時初めて自覚した。


咄嗟に頭を抱え、声も出せず、震えてフラつき倒れそうになるメルカの背を支えたのは、心配されていた方であるはずのミカエルで、体に力の入らないメルカはミカエルの腕に縋るように、凭れてしまう。


どう見ても、か弱い姫君を守る騎士と、それに寄り添う怯えた姫君……トールはこの場で、否、メルカの前で初めて、"異物"となった。


その事実を前に、しかし続けられる怒声は無く、トールはただ殺意をぶつけるように2人を睨んでから、わなわなと体を怒りに震わせ、踵を返して交友会の会場を去った。


去るトールの背を視線で追うことも出来ず、紅茶の振りかかった芝生の上で視線を彷徨わせているメルカの息は浅く荒い。


ともすれば過呼吸にでもなりそうなほどだ、とこの場で判断出来たのもまた、ミカエル1人だけだった。



「メル、大丈夫、もう怖い人は居ない、大丈夫だよ、俺も居るから。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて」



ミカエルは紅茶で濡れているのも構わず、メルカの視界をその手で覆い、落ち着かせることに注力する。


事態を収めるため駆け寄ってきていたカナンは、今のミカエルとメルカの姿を見てただの友人同士だと断じられる者は居ないだろうと確信し、従姉と兄の側近候補の起こしたトラブルの行方を案じて内心辟易とする。


だから待機所でのトールのあの無表情は爆発寸前の宰相の顔とそっくりだと……今更言っても詮なきことである、カナンは無理やり呑み込んだ。


ひとまず問題の2人を隔離し、交友会を形だけでも続けなければならない、兄の影響で過小評価されがちなカナンではあるが、さすが王族としての判断は速かった。


メルカとミカエルは、カナンの指示でそのまま待機所へ戻された。


もちろん、カナンは手抜かりなく、ミカエルのために保健医を呼ぶよう指示もする。


待機所で保健医を待ちつつメルカを宥めるミカエルの声は、2人きりにならないよう配慮で置かれた主催側の生徒が空気になるほど、親密な優しさを空気に溶かしていた。


数分は深呼吸を繰り返していただろうか、メルカが弱弱しく顔を上げ、ミカエルを見上げる。



「ミカ……ごめんなさい、わたくし……わたくしのことより怪我は? 火傷は……?」



メルカが泣きそうな顔で濡れた髪を顔に貼り付かせたミカエルを案じると、ミカエルは何でもないとばかりに明るい声を返した。



「俺の得意属性をお忘れみたいだね、メル」



ずぶ濡れで紅茶色に汚れた格好ではいまいちかっこつかなかったものの、ミカエルは軽快にウインクまでしつつ、額に貼り付いた髪を避け、首の襟ぐりを少し下ろして、無傷の肌をメルカへ見せる。


ミカエルは聖人であり、聖属性の回復魔法についてはこの世の誰より適性が高い。


その上冒険者として火属性の魔法を使って戦う日々を過ごしていたのだ、熱湯程度で火傷を負うほど低い火炎耐性は持っていない。



「あ…………」



良かった、という言葉の代わりに一筋涙を零すメルカと、その涙を指で拭ってやるミカエル。


聖人であるミカエルから溢れる慈愛が見て取れる2人の姿は、1枚の宗教画のごとくであり、同席していた主催側の生徒の口からまたも学院中に広まった。


交友会での3人のやり取りを見ていたのは図書館の時の比ではない人数であり、その上侯爵家周辺の発言力ある生徒たちである。


ミカエルこそがメルカに似合いの相手なのではないか、とそういった空気が出来上がるのは自然なことだった。

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