02 再会?
明日から1話ずつ更新です。
いや、弁明させていただきたい。
覚……メルカにも、メルカの言い分がある。
メルカは前世、生まれて初めて触れたゲームが『聖ヒロ』であった。
家電量販店のゲームコーナーで販促PVを見て、トールに一目惚れし、その場で家庭用ゲーム機本体と物理ソフトを特装版で買った口、つまり純粋に『聖ヒロ』自体に惹かれてゲームをプレイした、割と珍しいユーザーである。
そのときはWeb小説などというものにも縁がなかったが、『聖ヒロ』の情報を追ううちにその開発コンセプトを知り、『聖ヒロ』への理解をより深めるために大型小説投稿サイトの鉄板と呼ばれる悪役令嬢もの、婚約破棄もの小説をいくつも読み漁った。
人気の小説の主人公たちは、破滅の未来を持つ自身の転生先を嘆きつつも、様々アクティブに行動していたものである。
例えば、冷たい婚約者などにはスッパリと見切りをつけ、別の素晴らしい男性と人生を共にしたり、恋愛なんてまっぴら! とばかりに領地経営や現代知識でのものづくりチートなるものに邁進したり、とバイタリティに溢れており、おおよその小説では主人公たちは暗い未来を吹き飛ばして幸せになっていた。
ひるがえってメルカがどうかというと、そういった建設的な展開とは無縁極まりなく、それはもう、まったく、これっぽっちも、推し変できなかった。
何故なら、解釈合致が過ぎたからである!
同担拒否オタクという生物にも多くの種別があるのだが、メルカはガチ恋同担拒否と他解釈アレルギー同担拒否を拗らせているタイプのオタクだった。
人語に訳せば同じキャラを好きなオタクが無理、公式と自分以外から発信されるキャラクター像を受け付けない、ということである。
そんなメルカの前にお出しされたのが、いわゆる2.5次元だとかドラマ版だとか、ちょっと役者さんの個性で差異の出る立体キャラクターではなく、まさに理想の、本物のトール・ケムエルンなのだ。
メルカ・ロマリウスに生まれ変わって5年、5歳の春、初めてトールと顔を合わせた瞬間、「ショタ(男性の幼年期を指す用語)スチルキターーーーー!!」と、もちろん口には出さなかったけれども、5年で培った付け焼き刃の淑女の笑みなどでは隠しきれない熱情を狂わせたし、その後の、ショタであるトールから繰り出される絶対零度の拒絶に関してはもう、落ち込むどころか解釈合致! と大いなる喜びと萌えをメルカにもたらした。
トール・ケムエルンというキャラクターは、初めはヒロインであるミシェルにも酷く冷たい態度をとる、人を拒絶する孤高の「氷悧の貴公子」なのだ。
その彼が、話しかけ続けるうちに徐々にヒロインへ心を開いていく様は大変に愛おしいもの、しかし初期の拒絶モードも最高だとメルカは考えている。
ちなみに、メルカは原作においても、今世においても、出会った瞬間、あるいはそれ以前から、トールに蛇蝎のごとく嫌われぬいていた。
それはメルカ・ロマリウスの生母とトールの生母の間にあった大変な確執を原因とするのだが、双方の生母が既に故人である以上、メルカにはどうしようも出来ないことであるとだけ一旦説明しておこう。
それで、原作通りにメルカを嫌いぬき、原作通りの声や仕草をし、何なら原作では見ることの出来なかった細やかな所作や小さな癖を見せてもくれた、トール・ケムエルンという本物を12年間、味わってしまったのである。
前世から好きでした! などと言われたらそれは恐怖であろうけども、メルカにとっては誇張のない純然たる事実であり、この気持ち、トール・ケムエルンに対する恋愛感情は全く変わることのない、困ったことに不動の巌のごとき頑強さとなってしまっていた。
そう、本当に困ったことに……このまま原作通りヒロイン、ミシェル・アルマロスが現れて、他の攻略対象でなくトールを選び、油揚げをさらうトンビよろしくトールをかっさらっていこうものならば……"殺る"……"殺"ってしまう……。
メルカは前世からそれなり善人であった。
虫も殺したことがない、とまではいかないが、道端で困っている老人や子供がいれば自分の予定をおしてでも世話を焼いてしまうくらい、真っ当な人間ではあった。
だから、当然のこと、殺人もだし、人肉食などもってのほか、ヒロインを"殺"っちまいたくはないのだ。
しかし己の巨大過ぎる恋愛感情の暴走の行方はメルカ本人にも如何ともしがたいものがある。
そんなメルカの赤裸々過ぎるお悩み相談を受けて、向かいの席でクスクスと上品に笑い声を立てるのはこの国の王太子、クリス・アムドゥシアである。
陽光を束ねたみたいに輝く金の髪を半分ほど上品に撫でつけて形の良い額を見せ、ふわふわと柔らかい髪質が執務の邪魔にならないよう整えている。
両の瞳はそれぞれ燃えるガーネットの赤、惹きこまれそうなサファイアの青、と色の違うオッドアイであり、彫刻のように整った顔立ちの中で、両極の色が意思の強さと冷静さを同時に感じさせる。
クリスは、メルカにとっては父の兄の息子、つまり従兄にあたる。
『聖ヒロ』での立ち位置は隠し攻略対象キャラクターだった、まあ販促PVの第1弾から登場していたので、別に隠れてなくね? との疑問を呈するオタクは多かったけれども、公式見解では隠しキャラだったのだ。
『聖ヒロ』原作では、メルカ・ロマリウスはクリスのことをお兄様と呼び慕っている。
今世のメルカも、同様にお兄様呼び慕って……慕っていないわけではないのだが。
メルカは下手に前世の記憶があるために、この文武両道才色兼備完璧超人たる王太子の肚のうちを知っていた。
クリスは、端的に言えば、性格に難がある。
生まれてこの方手をつけた物事で躓いたことがなく、学問では専門家に「素人質問で恐縮ですが」と言って泣かせ、武術ではもう護衛の近衛兵など要らないのでは? と囁かれる程度、具体的には近衛隊長を剣でも槍でも素手でも負かす腕があった。
他にも馬を駆らせればどんな駄馬をも駿馬にし、王家直轄領を任されれば税収を3年ほどで5倍にし、ほぼ全ての属性に適性を持つ魔法では魔法師団顔負けの大魔法を使いこなし、新たな魔法理論を確立し――その天才ぶりを挙げる例には事欠かない、天賦の才に溢れすぎた人間である。
だからこそ、クリスは世の中を酷くつまらなく感じていた。
下手に善性はあるものだから、自分以外の全ての人間について「全員無能な馬鹿だから私が庇護してあげなければならないね。」と素で考えている。
上位存在的な愛といえば聞こえは多少よろしいが、つまるところ極度に傲慢なのであった。
無論、クリスはそんな分かりやすい難を余人に見せるような無能ではない。
そのそつのなさが一層クリスの傲慢に拍車をかけており、もはやこの全能人間を真っ当な道に戻す術はない……ということもなく、原作ではヒロインであるミシェルに攻略される程度の可愛げはある。
オタク界で一種の概念と化している「おもしれー女」枠にヒロインが収まることで、クリスはこの世のままならなさを知り、愛を知る。
ただし、クリス基準のおもしれー女になるには、生ぬるい道はご用意されていない。
ヒロインが貴族学院での成績を文武双方首席に保ち礼儀作法も完璧にすることは前提条件。
その上で何故か衆人環視の中、平民の新年祭における昔ながらの芸としてドジョウすくいを披露するとか、王都付近の盗賊団のアジトに単身で乗り込んで壊滅させてくるとか、尊厳や命の危機に晒されるルートを通らねばならない。
これについても、ユーザーからは「隠しキャラルートのこと同人お祭りファンディスクだと思ってる?」「美少女がドジョウすくいしているスチルを描かされた絵師さんに謝れ」など、非難は轟々であったが、クリスのファン人気自体はかなり高かった。
上記のゲーム知識があったメルカは、物心ついて王宮に上がり、従兄と初めましての挨拶をしたときから微妙な心境でいた。
それがかえってクリスの気を引いたらしい。
メルカは当然に、自身が転生者で前世の記憶を持っていること、この世界の未来を限定的に知っていることなどについては誰にも言わず、墓場まで持っていこうと決意していたのだが、気が付いた時にはそのほとんどの内容をクリスへ喋っていた。
ありのまま昔起こったことを話すぜ、催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない……いやメルカも本当に何をどうして吐かされたのか全く不明なのだが、強いて言えば人心掌握術、心理学、誘導尋問等、現代日本で容疑者の自白を促すのに使われるような技術をもっと自然に、圧迫感なく、使われたのではないかと想像している。
何でそんな技術を10歳ちょっとの子供が扱えるんだ、という疑問に関しては、クリスだから、としか言いようがない。
普通ならば頭がおかしい痛々しい子供の妄想として扱われる話ではあれど、幸か不幸かクリスは自分の観察眼に絶対の自信を持っているようで、少なくともメルカの話がある程度は事実であろうと確信していた。
とかくあって、今世のメルカはめでたくクリスの「おもしれー女」基準をクリアしてしまっており、クリスから頻繁にお茶会に招かれてはトールに対する熱愛を面白おかしく聴取され、現代日本においてもほどほど変な女だったメルカの内面を楽しく観察される習慣が出来たのだった。
メルカとしても、趣味は悪いと思うがメルカの恋路を邪魔されるわけでもなし、何ならクリスはトールへのアタック方法についてアドバイスをくれたりもする。
アドバイスについては、クリスがメルカとトールを使って遊んでいるだけだとメルカにも分かっている。
ただ他に縋るものもないので藁以下の何かだと知っていても実行せざるを得ない。
5歳以降ずっとトールのストーカーをしていたメルカには恋バナが出来るようなまともな気の置けない女友達もなく、トールへの恋心はじめ、メルカの話を聞いて勝手に面白がってくれるのはクリスくらいであったため、クリスの存在に一応助けられてはいるのだ。
前世日本風に言うならば、公園で少年にくだらない嘘を吹き込む謎のお姉さん的な印象というか、まあろくでもないけれども実害は少ない優しい親戚のお兄さんなのである。
前世の記憶やゲーム知識などという壮大にイカレた話をメルカが1人で抱え込まずにこの17年弱生きて来られたのは、クリスのお陰であり……素直に感謝すべきかは措いても、今世のメルカにとってクリスは慕うべきお兄様であった。
「それで? メルカの言う原作とやらが始まる、学院3年生の始業式まであと3日なわけだけど、どうするんだい?」
音1つ立てず優雅にティーカップを置いたクリスは、メルカ目線ではワクワクを隠しきれていないのが分かりやすい意地の悪い笑みを浮かべていたが、話が聞こえない距離まで遠ざけられた侍女たちは極まった美しさを誇るクリスの楽し気な笑みを見て、ほぅ、と息を漏らしている。
メルカは目だけで抗議しつつ、カップを持ち上げてへの字に曲がりそうな口元を隠す。
「どうしたものかと悩み続けている、と申し上げたではありませんか。お兄様こそ、何か良い案をお持ちではありませんの?」
この17年弱ですっかり板についたご令嬢言葉に、違和感を覚えることもなくなった。
前世の覚を知る者のほとんどは、今のメルカと話をしても同一人物だと考えないだろう。
カップの中身、澄んだ赤色の紅茶に映るメルカは、原作通りの容姿――王家のものより少し薄い金髪が毛先だけ少し桃色がかっており、暗い緑の瞳は思慮深そうに見え、丸く大きな目が整った美貌の中で少し幼さを醸しだしている、そんな絶世の美少女だ。
『聖ヒロ』の男性ユーザーの中では、(容姿だけならと注釈がつくが)ヒロインであるミシェルと人気を二分していた。
中身が自分であるのが残念だと……思ったことはない、何故ならメルカ・ロマリウスこそが正当なるトールの婚約者であり、ストーカーし放題の大義名分を得る立場であるので。
メルカ・ロマリウスに転生して良かった~! と思ったことしかない。
とはいえ原作通りに話が進むとすると、メルカの将来はどうあっても暗いものとなる。
クリスに相談出来ないことも合わせて、どうしようと細い眉を僅かに寄せて憂い顔を作るメルカへ、クリスは珍しくクク、と悪戯っぽい笑いをこぼした。
「お兄様?」
「そう心配することもないと思うよ、かわいい私の従妹殿」
何を無責任な、とメルカは思わず無礼になりかねない程度の疑念を顔に浮かべたが、クリスは長い人差し指をちょんと己の唇に当て、軽くウインクしてみせた。
周囲の侍女のうち、新人だろう若い娘が思わずキャアと悲鳴をあげ、年長の侍女に下げられている。
きっとお説教だろう、気の毒に。
「根拠はお話してくださいませんの? 麗しのお兄様」
「愛らしい妹分の驚く顔が楽しみでね」
メルカはひとまずぬるんだ紅茶を一口飲んで、くるり思考を一周させた。
まさか、既にミシェルが他の攻略対象へのアプローチを開始しているとか、だろうか。
運命的な出会いの演出のため、物語の始まりであるヒロインの貴族学院への転入前にイベントが発生する攻略対象もいる。
そうなると、話がR17Gに向かう確率は低くなってくるけれども……。
結局はぐらかされて実のところを聞き出せなかったクリスの言葉を、メルカが真に理解するのは、原作開始の運命の日たる、アムドゥシア王国立貴族学院3年生の始業式後であった。
始業式当日。
メルカは学院の廊下で、淑女としては人に見られたくない失態、その場に尻もちをついて、背の高い青年を見上げていた。
幸い、始業式後、クラス分けが発表されており、学院掲示板周辺へ生徒が集中している時間帯の今は、図書室近くのこの廊下に居るのはメルカと、目の前の青年だけである。
「……ミカ?」
メルカは青年の、耳に髪をかける一瞬の仕草から、思わず口を開く。
「…………まさか、メル?」
そう返した背の高い青年は、耳上ほどの長さの白に近い金髪を無造作に見えるようきちんと整えていて、青に近い紫の、夜空色の瞳――髪色を含め、『聖ヒロ』のヒロインたるミシェル・アルマロスそのものの色彩の目を瞬かせた。




