19 不自由を選ぶ自由
今更だがこの『聖ヒロ』世界の暦は前世日本と同じく1年365日の12ヶ月で分けられ、定められている。
理由は特にない、いや一応転生後にとってつけたような歴史的由来があることは知ったのだが、『聖ヒロ』公式設定資料集では「わかりやすいようにそうしました。」としか書かれていなかった。
適当極まりない、おそらくプロデューサーの言をそのまま載せたのだろう。
流石に二十四節気などは無いけれども、四季やイベントごとは前世日本と大きく変わらない。
ただ新年祭など通常は前世日本と同じく12月31日から1月1日までと定められている行事も、年によっては天候不順が予測されることもあり、王族が絡む場合は日取りが変わることもある。
そんな前提をおいて、2月半ば。
吐く息は白くなくなり、雪が降るほど冷え込むことは少なくなれど、まだ冬の外套が手放せない、そんな季節。
この時期、正確には2月14日、「愛告祭」というものが伝統的に行われている。
前世日本でいうところのバレンタインデーといえばわかりやすいだろうか。
ただし、この世界では男性から女性へ、チョコレートではなく花を贈る慣習となっている。
このイベントはアムドゥシア王国建国神話に登場する剣の青年が聖女へ花を贈り求愛して結ばれた、という伝承が元になっており、交際に至っていない男女から熟年夫婦まで、花を贈って愛を確かめ合う行事だ。
『聖ヒロ』ゲームにおける位置づけとしては、このイベントで攻略対象から花束をもらうことが出来れば(トール以外は)ハッピーエンドが確定となり、攻略対象ごとに豪華スチルもあって人気の高いイベントとなっている。
トールの場合はバッドエンドの場合もある、というデカすぎる落とし穴があるので、メルカの魔王化が起きないままこのイベントでトールの花束スチルを獲得し喜んでいる初見ゲーム実況者をニヤニヤして見守るファン、という図がよく見られたものだ。
愛告祭は身分を問わず、国民全体に広く愛されている行事である。
メルカはトールがあんな感じなので、この17年全く縁のないイベントであり、今年もそうであろうと思っていたのだが……。
貴族学院の放課後、最も人の行き来が多い学院掲示板前で、メルカは花束を差し出されていた。
ミモザを中心にした黄色の、華やかなアレンジだ。
白いチューリップと、赤いラナンキュラスがアクセントになり、黄色いフリージアがリボンに似てボリューム感を演出している。
それをメルカへ差し出しているのは、メルカの前に跪いたミカエルだった。
「メルカ・ロマリウス様、貴女を必ず、今度こそ幸せにします。愛している。俺の手をとってください」
情熱的な愛の告白は、メルカを驚愕させるとともに、周囲の野次馬生徒たちの間に「やっぱり!」という風の騒めきを呼ぶ。
新年祭の後、魔王復活の兆しはなかった。
宰相が何を考え、あるいは企んでいるのかはわからないものの、人的被害が出ないのは良いことである。
冬期休暇が終わり、学院が3学期に入った後も、何事もなく日々は過ぎていった。
トールが、メルカとの接触を完全に拒むようになってしまったことを除けば、であるが。
メルカが新年祭でのことを話し合おうと声をかけに行っても、トールはメルカへ視線も向けず、メルカをその場に存在しないもののように扱って、一切返事をしない。
人目のない時間や場所なら、と望みをかけて、新年祭に誘ったときのように、夜男子生徒寮へ行き、寮監に取り次いでもらっても、トールが出てくることはなかった。
朝も昼も夕方も、今までほんの少し存在していたトール側の妥協、あるいは許しのようなものが無くなってしまって、メルカはトールから完全に拒絶されてしまっていた。
当然の話だが、これは婚約者という関係性がなければ大問題である。
メルカは今この国で唯一の公爵令嬢という地位を持ち、王家の血統を継いだ、王妃の次に尊い身分の女性であるのだから。
婚約者であるトール以外がやったら、友人は離れていき、社交界では周囲から距離を取られ、孤立する程度には非常識な行動だ。
何なら婚約者であるという前提があっても、学院の女子生徒の大半はメルカへ同情的で、トールの態度について非難する声、非常識だと囁く声があった。
ミカエルという理想的な男性がメルカの近くに居ることも、その風潮を助長させた。
しかも、ミカエルが嫌がらせを受けている、という噂もいつの間にか学院中に広がっており、それはトールの指示であるとまで生徒たちの口にのぼる事態となっていた。
メルカを拒絶しながら、ミカエルへ過激な嫌がらせを繰り返す、そのトールの理解しがたい行動には、女子生徒のみならず男子生徒も眉を顰め、ケムエルン侯爵家の派閥に属しない生徒たちは婚約を見直すべきなのでは? と囁き合う。
メルカ自身も、おそらく完全に善意なのだろう見知らぬ女子生徒たち(そもそもメルカが見知っている生徒は非常に少ないが)から、「アルマロスさんとの愛を貫かれるのなら、わたくしたちも家の名前をもって支持いたします。」などと声をかけられもした。
メルカはそういった申し出に対してはその場でキッパリと否定したものの、何だか噂はあらぬ方向へ向かっており、そもそもメルカが長年トールにあれだけ冷たく扱われてきても耐えていたのはトールが得意の闇魔法で精神支配をしているからだ、などという事実無根の話がまことしやかに通説ぶるようにもなっていた。
そのような土壌が醸成された中で迎えた愛告祭、そこでミカエルからの求愛である。
掲示板前を歩いていてちょうどその場に行き会った生徒たちは皆、足を止め、メルカの反応を伺っていた。
反してメルカはわななく唇で、縋るように零す。
「ミカ……貴方は、わたくしの、親友で……」
その懇願を受けたミカエルは、しかし真っ直ぐにメルカを見上げたまま、メルカの望まぬ答えを返した。
「俺は親友じゃなくなっても構わないと思ってる。それでメルを護れるのなら」
メルカを見つめるミカエルの青紫の瞳には決意と、他に確かな熱が宿っている、その熱は友情というだけでは表し切れないものだとメルカにも理解出来る。
夜会の日のミカエルを思い出した、あの夜のミカエルも、同じ熱を揺らめかせて……お酒のせいだと思っていた、でも今のミカエルはアルコールを入れていない。
ミカエルはメルカのことをどう思っているというのだろう、親友じゃなくなっても構わないというのは、じゃあ、前世から変わらないとメルカが信じていた親愛の情は、変わらないと安心していた関係性は、何?
メルカは急に眩暈するのを感じ、ふらつきかけて踏みとどまる。
けれど何とか揃えたその足下から全てが崩れ去るような絶望か不安、形容しがたいぐちゃぐちゃの感情の塊がメルカの心で渦巻き、何もかも、メルカから遠く離れていくように感じられて、何を信じれば良いのか、自分のとるべき行動は何か、分からなくなってしまう。
離れていくトールの背中、目の前のミカエルの熱、家族の居ないタウンハウス、1人暮らしの6畳一間、どこにも誰にも、メルカは手を伸ばせない。
意識せず、メルカはポロ、と涙を零した。
声も出なかった。
その涙を、咄嗟に立ち上がったミカエルが拭おうと手を伸ばす前に、メルカはその場から逃げ出した。
公爵令嬢としての体面、人前で涙を流した醜態を隠すため、というよりも、ミカエルの前に立っていられない切迫感、そしてもう何も分からないという混乱がひたすらにメルカの足を動かした。
そのまま学院を飛び出して、メルカが向かったのは王宮であった。
いつも、答えを知っている、何もかも分かっているという顔をしている人、ミカエルと出会う前から、メルカの与太話に等しい身の上話を聞いてくれていた人。
クリスに、答えを与えてほしかった。
メルカにはもう、何も分からないから。
従妹とはいえ普段は必ず事前に面会申請をするメルカの突然の訪問に、王太子付きの文官は驚き、一旦「王太子殿下は執務中でして。」とメルカを専用の応接間へ通そうとする。
けれど、クリスはいつもと同じく、不思議なほどちょうど良いタイミングで執務室から出て来て、メルカを迎えた。
「やあ、メルカ」
「お兄様…………」
掠れた声を出すメルカへ、クリスは心配するでもなく頷く。
「ちょうど休憩を入れようと思っていたんだ。お茶でもしようか」
王太子の庭は、2月半ばの今は薔薇の休眠期であり、あの象徴的な赤と青は無く、白いクリスマスローズやシクラメン、ビオラにサイネリア、樹々には白い梅が咲き誇っていて、雪の積もった日のごとき無垢で静かな印象を与える。
いつもと違う、色の指針の無い様が、メルカの不安を大きくした。
ガゼボに腰かけたクリスはいつも通りに護衛の近衛騎士と侍女、文官たちを遠ざけて、メルカへ微笑んだ。
「ミカエル・アルマロスから求愛を受けたのだろう?」
当然のごとく、クリスは事態を把握していた。
何故ほんの数十分前に起きたことを知っているのか、と目を瞠ったメルカを見てクツクツ喉を鳴らし、種明かしをする。
「事前に本人からそう宣言を受けていたからだよ。一応、トールとの婚約を除外して考えた際に、メルカが次期王太子妃になる可能性が高いことを考慮したんだろう」
クリスは、中々賢い男だね、とミカエルの人物評を添える。
男……男、という単語で、メルカはまた分からないという混乱が胸と頭を強く叩いてくるのを感じる。
「ミカ……ミカは、大切な親友だったはずなのです。前世から、たった一人の……どうして、求愛だなんて」
泣き出しそうな顔で吐露したメルカを見て、慌てるでもなく苦笑したクリスは諭すようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「まあ、そんな顔をするものではないよ。私の庭の姫君たるメルカが涙など零しては、この庭の花も萎れてしまう」
冗談めかしてメルカを宥めつつ、クリスは何のことはない、と自然な風に言ってみせる。
「親愛もまた一種の愛、まして今は性別が違うのだから、それが男女の情へ発展したとしても、何もおかしくはない。メルカは男性として生きてきたミカエル・アルマロスの17年を知らないのだろう」
「でも、でも性別が変わっても、わたくしたちが親友であることは変わらないのだと……信じていたのです」
訴えかけるメルカへ、クリスは首を横に振った。
「それはミカエル・アルマロスに対して、残酷な話だ。メルカ、君の良くない癖は、相手と本当の意味で向き合っていないところ、あるいは、相手の本当に気づいていても、無意識にそれから逃げるところだ」
その指摘に、メルカはぐっと感情を呑み込む。
まさにクリスの言う通りであり、それはとっくに、夏季休暇のあの日に、吐瀉物に塗れて自覚したことだったから。
「本当はもっと前から、彼に親友というだけでない何かがあると気づいていたろう、君は敏い子だからね」
メルカは討伐演習の日に投げかけられた誘い、そして夜会でダンスを申し込んできたミカエルの瞳の熱を思い出した。
その本質から目を背けていたのは、事実だ。
メルカは目頭に溜まった涙を袖でそっと拭い、頷く。
クリスはいつもの、完璧な王太子らしいよく出来た笑みを浮かべて続ける。
「別に良いじゃないか、親友兼恋人でも。ミカエル・アルマロスは君を全力で幸せにしてくれると思うよ。その力も、立場も、覚悟もある。従兄としても安心だ」
メルカは眉を下げ、困り果てた顔をした。
「でも、わたくしは……ミカへ、そんな感情は抱いていないのです」
メルカがミカエルに感じているのは親愛と負い目、安心感であって、恋人に成り得るような感情はどこにも無い。
クリスは平然と紅茶を口にし、やはりゆっくりと諭した。
「構わないのではないかな。互いが全く同じ愛を持っている必要はないし、何より愛は変わっていくのだから。人と人との愛というのはそういうものだ。要は、自分が幸せになれるかどうかだよ。その点、ミカエル・アルマロスは正しく君と幸福を分かち合ってくれるだろう」
メルカはそれに、返す言葉が思いつかなかった。
実際に、ミカエルはクリスの言う通り、本当にメルカを幸せにしてくれる、そういう信頼がある。
ミカエルの隣で安心して微笑んで生きていられるメルカはきっと幸福だと思う。
いつかメルカの抱く親愛が形を変えて、メルカが遠い遠い昔に夢見た、幸福な家庭というものを持てることもあるかもしれない。
クリスはその背を押すように重ねる。
「トールとの婚約は、私の権限でどうとでも出来る。ロマリウス公爵自身が王家支持を崩さない以上は、婚約の1つや2つ無くなっても、派閥をまとめることに影響はないよ。私にとっては容易いことだ」
クリスの言う通りにして、そうしてクリスがミカエルをメルカの相手として推すのであれば、異を唱える者はほとんど出ないだろうと政治に疎いメルカにも分かる。
既に学院の、次期現役世代と呼べる生徒たちの間にはメルカとミカエルの仲を祝福する空気があるし、王家としても血統にまた聖人を取り込むことが出来、教会への影響力を強められる。
何ならただ王家支持派閥の結束の強化のために結ばれたトールとの婚約より、今となってはミカエルとの仲を推した方が利も大きいのかもしれない。
クリスはメルカと視線を合わせて問うた。
「トールとの婚約を、解消するかい?」
そう言われて、メルカの頭にはトールの姿が、記憶が、鳥肌立つような空虚さを伴って広がっていく。
前世で手の届かない場所に居たトール、メルカでない女の子へ愛を囁くトール。
幼い日の、父母の不在に寂しさを隠しきれていなかったトール、その傷を必死に隠そうと、メルカへことさら冷たく当たったトール。
ずっと見てきたトール、ひたむきに努力を重ねて、いつしか立派な青年となって、メルカの助けを必要としなくなったトール。
ずっと見ていたはずなのに、変わってしまったトール、心の内が分からなくなってしまった、メルカへ背を向けるトール。
メルカを傷つけることしかしないトール、メルカが、傷つけることしか出来ないトール。
「……それが、正しいのでしょうか」
答えを求めて、メルカは問いを絞り出す。
しかしクリスがその問いに救いをくれることはなかった。
「さあ、人生や愛などという哲学的な問題をどう定義するのかは人によるからね。結局は、君が何を必要としているのかだ」
首を横に振り、肩を竦めるクリスへ、メルカは不安げな目を向ける。
「必要……」
クリスは目を細めてメルカを慈しむ。
いつものおもしれー女に対するからかいではなくて、従兄としての情の籠った言葉なのだと分かった。
「人間の人生など、案外適当なものだよ。最期のときに、生まれてきて良かったと思える瞬間があったのなら、その人間にとってはそれが幸せなのだろう」
メルカは自分の今までを顧みた。
前世、祇園寺 覚として生きていた頃、覚は生まれて来て良かったと思ったことはなかった。
幼い頃に母と死に別れてからは、生き残ることに必死で、いつも天星家の人々、御嘉へ迷惑をかけていると引け目があって、ゲームにハマったのは一種の現実逃避で。
死の間際、父親という肩書だけの男の笑い声を遠くに聞きながら、ああ、これでやっと終わると、どこか徒労感だけが残っていたのを覚えている。
今のメルカは、どうだろう。
生まれて来て良かったと、そう思えるだろうか。
見返りを求めない、本質的には相手の感情を無視した愛しか抱けず、親友の心すらも分からず、恋した人は遠くへ、メルカに背中しか見せなくなってしまった。
……分からない。
自分の心も、ミカエルの心も、トールの本当の心も、どれも今のメルカには見えず、分からなかった。
黙り込み、考え込むメルカへ、クリスは珍しく少しだけ羨望を混ぜた声で告げる。
「メルカ、君には選ぶ自由がある。自由とは縛られないことへの楔だ」
ハッキリと矛盾した言葉に、メルカは二三瞬きをした。
「だが、その楔を断ち切って、不自由の形を選ぶことこそが人生なのだよ。メルカ」
クリスの言葉は、やはりメルカにはよく分からない。
それでも良いと思って伝えたのだろうことが、クリスの平然と紅茶を口にする姿から分かる。
メルカは記憶のほんの欠片、いつかの幼い日にメルカへ何かを教えようとした、母の姿をそこに見た。
クリスはメルカが落ち着くだけの時間をとると、休憩を終える。
ガゼボから去る際に、クリスは悪戯っぽく色違いの目で弧を描き、メルカへ告げた。
「最終、私のものになっても良いよ。私だけはいつまでも、メルカの優しいお兄様で居てあげよう」
「……それだけは、選びませんわ」
メルカは素直に口をへの字に曲げてむくれた。
からかいの中に少しの本気を混ぜるのが、この従兄の性質の悪いところだった。
王宮からの帰り道、馬車の中でメルカは静かに考えを巡らせていた。
行きがけに比べれば、随分落ち着いた気持ちになったと思う。
今のトールとメルカの関係は、破綻している。
あるいは、初めからずっと破綻していたのか……それでもメルカはトールへ愛を伝え続けたこの12年間を悔やむことはあり得ないし、その行動が間違っていたとも思わない。
結果として、少なくとも今、トールは生きているのだから。
ミカエルのことは……どうすべきなのか、考えても上手く掴めなかった。
今のメルカは、ミカエルへ、彼がメルカへ抱いている熱もつ感情と同じものを返すことは出来ない。
でも多分、メルカの知るミカエルなら、それでも構わないと言うはずだ。
ミカエルはきっと、メルカを再び喪うことを恐れている、自分の手で護り抜くことが最も確実だと思っている。
だからメルカが親友とだけ思って接しても、ミカエルは傷つかないだろう、ただ傍で護れたら良いと、それだけ……それはあまりにも、メルカにとって都合が良くて、贅沢な話だった。
だが、未来のことは分からない。
トールとの縁を切って、ミカエルと生きることを選んだメルカが、この長い初恋を諦めて、ミカエルへ親愛とは別の愛情を向けるようになれるのか。
メルカは何となく、それは不可能でない気がしていた。
ミカエルとなら、幸福に、傷つかず生きることが出来る。
それは楽園のように、甘美で平穏な未来だった。
メルカが選ぶ。
メルカしか選べない。
破綻していて、互いに傷つき続けるだけのトールとの未来を生きるのか、安穏で約束された幸福が待つミカエルとの未来を生きるのか。
ふと、メルカの脳裏に疑問が過った。
前世の、覚の母は、幸せだったのだろうか。
覚の父は初めからおかしかったわけではない、ほんの欠片だけれど、母が生きている頃には、優しく撫でられた記憶がある。
覚を庇って車に轢かれ、命尽きていくとき、母は何を思っていたのだろう。
そこに幸福はあったのだろうか。
幸福とは、どんなものなのか。
そう考えていたとき、馬車が、全体が揺れるほど唐突に止まる。
そしてすぐに、馬車の周囲で剣戟の音が鋭く響き始めた。
ここは王都の、王宮に近い貴族街であり、かつメルカはクリスの指示によって王家の馬車に乗っている。
それに手を出す流れの賊などというものは王都には存在しない、よって確実に、メルカあるいは王家の人間を狙った襲撃だ。
こういうとき、貴人は馬車の中で状況把握に努め、襲撃犯の手が伸びてきた時のため、迎撃用の魔法を冷静に練らなければならない。
メルカが最も得意としていて、対人戦においては威嚇に向いた火魔法を練ろうとした際、メルカの意識が急激に暗くなる。
視界から光が失せていき、脳が強制的に休みに導かれる、これは闇魔法の一種であるとすぐに気づく。
対抗用の光魔法を行使しなければ、と思うも、一瞬、その闇魔法の魔力に親しみを覚え、意識を緩めてしまったがゆえに、メルカは抵抗出来ないまま、意識を失った。




