288 イルーシヴ・ハンター ①
リヴグストとカイゼリンは二人きりでのデートを経て、さらに仲を深めるような展開になっていました。互いにこの機を逃すまいと思い、なにやら甘い雰囲気に至りそうでしたが、無粋な邪魔が入って…?
【 第二百八十八話 イルーシヴ・ハンター ① 】
現代でこそその姿は先ず見かけられなくなったが、〝竜種〟という存在はフェリューテラの一般で極当たり前に知られている。
それは歴史上伝説として語られる邪龍マレフィクスや、エヴァンニュ王国のルクサールに出現したアリファーン・ドラグニスとシェナハーン王国の王都シニスフォーラでの出来事のように、人の営みにとって時に突然現れて恐るべき脅威となる事例が見られるためだ。
そして『残溜者』ではないカイゼリンも、これまでの人生で実際に目にしたことはなくても世界には未だ存在していることを知っていた。
その彼女の中で竜種とは、人の身に抗えぬ圧倒的な力を所有し自然界の頂点に君臨する生物であり、時に敬われ崇められ、また畏怖されるべき対象でもあった。
しかしその認識はたった今良い意味で変化する。
目の前の揺蕩う水中に確かに見える紺碧の竜。身体を僅かにくねらせる度、上方からの木漏れ日による光の加減でその鱗はキラリと瑠璃色の輝きを放って見えた。
魔法により簡易的に作り出された水槽内で龍眼を細めるリヴグストを見、カイゼリンはあまりの美しさに恍惚としながら尋ねた。
「リヴグスト様は竜種なのですか…?」
鋭く一列に並ぶ背鰭にダツのように尖った顔かたち。二十メートルはあろうかと言う体長にこの空間はかなり狭そうだった。
蛇行した躯体の前後には竜種の特徴でもある手足も見えるが、鋭利な鉤爪の間に水棲生物には良くある蹼も付いている。
僅かな時間その真の姿を晒した後、再びリヴグストは人の姿を取りカイゼリンの前へと戻って来た。
その瞳はわざと残した竜種と同じ『龍眼』であり、頬の一部には鱗も浮き上がっている。
程なくして完全に人化した彼は問いに答えるべく口を開いた。
「…海竜だ。――予の父は海棲族を統べる者にしてオセアノ海王国の偉大なる王、海神リヴァイアサンであった。予はその継嗣であり海神となるを秘めし者。覚醒時に必要な秘宝の一つ『水晶の珊瑚』が行方知れずとなり、未だ力を目覚めさせられぬという未熟者でもある。その他にも予は、人族で言うところの〝監獄〟にて懲役に服した過去を持つ罪人でもあった。それでも何故であろうか…まだ出会って一月にも満たぬと言うに、そなたなら予のなにを知ろうとも受け入れてくれるような気がしておる。」
リヴグストは緊張から何時になく固い表情をして、カイゼリンは聞いてもいないことを話し始める。
「その…な、誤解されとうないのだが…予はこんなにも早く、知り合ったばかりの相手に素性を明かしたことなぞない。カイゼリンの真っ直ぐな気性に惹かれたこともあるが、そなたのような女性にはもう二度と巡り会えぬであろうと思う故、時期尚早と思われようと振られるのであらば少しでも早い方が良いかと――」
両手の人差し指を突き合わせるように弄りながら、リヴグストはモジモジと情けのない面を隠さずに見せる。
そんなリヴグストにカイゼリンは思わず「ふふっ」と微笑んだ。
「な、何故笑うのだ?いや、勘違いでなければ嘲笑っているようには見えぬが…」
「もちろんです。少々失礼なことを申し上げてもお許し頂けるのなら、リヴグスト様はあまりにも〝可愛い方だ〟と思ってしまいました。」
「かっ…」
«可愛い!?»
その一瞬でリヴグストは顔から火が出そうになるほど真っ赤になった。…かと思えば、すぐに冷静さを取り繕って真顔になる。
「念のために尋ねるが予は人族でなく海竜であり、罪はきちんと償っておるが罪人という過去もある。そう告げたばかりだと言うに…そなたは気にならぬのか?」
そんなリヴグストにカイゼリンは優しく微笑む。
「そうですね…人でなければ私とは加齢の仕方も異なるのか、竜種であるあなた様の犯した罪とはどのようなものだったのか…素直に気になることはございます。ですがそれはこの瞬間、最早私にとって〝些細なこと〟となりました。」
«些細…予の正体も罪も、取るに足らぬと申すのか。»
リヴグストは過去に全身全霊で愛し、今はもうその顔すら思い出せなくなった遥か昔の恋人が、正体を明かした途端に去って行った場面を思い浮かべた。
「今の私の気持ちを何色かで申し上げるなら、きっと〝桃色〟でしょうか…とにかく心は泣きたいほどの歓喜に震え、その喜びと至上の幸福に満たされてただただ胸が一杯です。」
「おお…ではそなたは真実を知っても受け入れてくれると…末永く生涯を共に生きてくれると、予はそう思うても良いのだろうか?」
震える声で確かめるリヴグストに、カイゼリンは大きく頷いた。
「はい、喜んで。ですが一つだけ我が儘を申し上げたいのです…どうか一言だけでもリヴグスト様から、私への愛の言葉をお聞かせ願えませんでしょうか?」
カイゼリンの懇願するような申し出にリヴグストは今さらハッとなり、本当の自分を受け入れて貰えるかどうかということに必死なあまり肝心な好意をはっきり伝えていないことに気がついた。
「こ、これはすまぬ、予としたことが…伴侶となる相手に愛も告げず先に求婚だけしてしまうところであった…!」
「リヴグスト様…」
こほん、と咳払いをし、リヴグストは水色の瞳を潤ませて照れ臭そうに頬を赤く染めながら、それでも真っ直ぐにカイゼリンの目を見て息を吸う。
«一世一代の大事ぞ!!ここで決めねば…っ»
「――カイゼリン。ちと順番を間違えたが、予はそなたを…」
待ち望んだ愛の言葉を、ようやくリヴグストから聞ける。カイゼリンがそう思った瞬間、無粋にも彼らの背後から、パンパンパン、と三度大きな拍手がして遮った。
「「!?」」
驚いた二人が同時に振り返ると、一体いつからそこにいたのか背中に巨大な戦斧を装備した男が近くの大木に寄りかかるようにして立っていた。
「な…!?」
「なんぞ、無粋な…!」
まさかこんな森の奥で人に会うとは思わず、肝心な場面で邪魔が入ったことに落胆するも、リヴグストとカイゼリンは目を合わせて瞬時に同じことを思った。
««この男、全く気配を感じなかった…!»»
男は地面に落ちている小枝をパキッと踏み折って、ゆっくりこちらへ近付いて来る。
「いやあ、すまねえなあ…折角の良いところをできればもう少し待ってやっても良かったんだが、そのまんまだと益々盛り上がって声をかけるにかけられねえ状況になるから邪魔させて貰ったわ。まあそういう〝お楽しみ〟はもうちょい後に取っとけよ。」
ニヤリと少し不快に感じるくらいの笑みを浮かべ悪びれなくそう言った男は、金と銀、そして黒灰色の短い斑髪に後頭部の後ろだけを長く伸ばした不思議な髪型をしている。
豪快な印象の男らしい顔付きに、その非常に珍しい髪色と見たことのない青銀の瞳が相俟って、リヴグストとはまた違ったタイプの美丈夫だ。
その言動から一見すると性質の悪い破落戸か野盗のような印象を受けるが、本能的に危険を察知したリヴグストは、すぐさまカイゼリンを庇うようにして前へ進み出た。
「リヴグスト様?」
不安げな表情になるカイゼリンへ、リヴグストは下がっていよ、と目配せをする。
「――随分珍しい髪と瞳の色をしておるな…その方、予らになにか用か?」
警戒するリヴグストに、男は瞳をニッと細めてくくっと笑う。
「用、か…まあそうだなぁ、今世界で最も注目されているSSランク級パーティー太陽の希望に、竜種が人へ変化した存在がいるとは驚きだろう。しかも懲役を済ませた更生者だって、人族の求婚相手に包み隠さず打ち明けるとは…いやはや健気で泣けるねえ。」
「「!!」」
«しまった、予の秘密を見られた…!?»
一瞬で険しい顔になるリヴグストを見て、咄嗟にカイゼリンは剣の柄に手をかけた。
それは相手がリヴグストの秘密をネタに脅迫してくるなど、場合によってはこの場ですぐに始末しようという〝守護者〟としてあるまじき行動だが、太陽の希望とリヴグストを守るという意味では元騎士として当然の判断だった。
男はすぐさまピクリと反応を見せる。
「おおっと、勘違いするなよ?俺様には秘密をバラすと脅す気もなけりゃあ、青髪が人でも竜でもそんなことはどうでもいい。」
「…なに?では私達になんの用があるのだ!!」
「カイゼリン!」
リヴグストは左腕を伸ばして、後ろから正体不明の相手に問い質そうとするカイゼリンを止めた。
この手の男は大抵が気の強い女性を好む傾向にあり、興味を引けばその分危険も増すと知っているからだ。
そしてその危惧通り男はリヴグストからカイゼリンに視線を移した。
「女騎士は伊達じゃあねえか、強い女は悪くねえ。『カイゼリン・マクレリアン』。俺様の用があるのはそこの〝お嬢様〟だ。」
「「!」」
«予感的中か…!»
リヴグストはギリリと歯噛む。
カイゼリンはファーディア王国の公爵家令嬢だ。そのカイゼリンを『お嬢様』と呼ぶのなら、この男はもしや貴族としての彼女が目的なのか、と彼は思った。
「なに、別に取って食いやしねえよ、ちょいと秘密のオハナシがあるだけだ。あまりのんびりしている時間はなくなって来たからな…まあ素直に応じるならそれで良し。青髪と一緒になって抵抗する気なら、力尽くでも付き合わせるぜ。――さあ、どうする?」
「私に用があるのか?なぜ…」
「相手にするでない、カイゼリン!!戯れ言を申すな…!!なにが目的かは知らぬが、予のカイゼリンは連れて行かせぬぞ!!!」
「リ、リヴグスト様…♥」
こんな緊急時なのに、自分を守って凜々しく言い放ったその姿に、カイゼリンの瞳は並行世界での本人同様(一時的に)ハート型になった。
「おう、そうかい…威勢だけは良いなぁ〝青髪〟。じゃあどう連れて行かせねえのか、竜種の誇りを見せてみろ。折角だ、試しに遊んでやるわ。」
「笑止!!予を嘗めるでないわ!!!喰らえ、分子動停『アブソリュート・ゼロ』!!!」
ゴオッ
――瞬間、本気のリヴグストから周囲一帯を一瞬で凍らせるような、絶対零度の最上級氷結魔法が放たれた。
リヴグストを中心にした巨大な青色の魔法陣から、360度円外へ向かって青く透ける氷の山が次々に出現する。
それはカイゼリン以外森の草木までもを巻き込みながら、半径十五メートル以内の全てを破壊しながら凍結させた。
無論、その中には正体不明の男も含まれており、それはまるで低温の冷気を放つ氷の中へ閉じ込められた『標本』のように見える。
「さすがです、リヴグスト様!相手は普通の人間ですもの、殺さずに無力化されたのですね!!」
祈り手を組んですっかり目の形がハート型をしているカイゼリンに褒められ、リヴグストはつい調子に乗る。
「ふっ…口ほどにもない。少々大人げなかったでするかな?」
最上級魔法を使うほどの相手ではなかったか。
リヴグストはほんの一瞬本能で感じた警鐘を侮り、格好付けて前髪を掻き上げながら男へ近付くと、氷の標本と化した男を覗き込むようにしてその顔をまじまじと見た。
――次の瞬間、凍結しているはずの目がギョロリと動いてバチッと合う。
「!!」
ゾワッ
全身に走る電気のような戦慄に、リヴグストは声を発する間もなく三節棍を呼び出すと、長年の戦闘経験から反射的に防御姿勢を取った。
『「遅え!!!」』
ゴッ…バキバキバキバキッドゴオオオオンッ
「ぐわあああああ!!!!」
「リヴグスト様!!!」
しかし油断したリヴグストの防御は間に合わず、氷塊を粉砕して尚弱まることなく放たれた男の反撃をまともに食らい、近くの大木を薙ぎ倒しながら遠くまで吹っ飛ばされた。
その衝撃は並の人間による攻撃とは思えないほど凄まじく、リヴグストは樹齢数百年を超える大木に叩き付けられて止まるまで、身体をくの字に折り曲げながら空を飛んだのだった。
「ぐう…っ」
«しくった、今のであばらが何本か折れたでする…っ»
――千年もの長い間、生命維持装置の中で眠っていた上に、目覚めてからは大きな怪我を負うような敵と対峙したこともなかったため、すっかり忘れていた負傷の痛みにリヴグストは愕然となる。
そこへ男は戦斧を肩に担ぎながら、平然とスタスタ歩いて来た。
「ハッ、惚れた女の前で無様だなぁ?どれほどの実力かとわざわざ受けてやったのに、口ほどにもねえのはどっちだ。武器も使わない防御技能だけで動けなくなるようじゃ、ヤワすぎて愛しのカイゼちゃんに愛想尽かされちまうぞ?ああ?」
«予の最上級魔法で僅かな凍傷すら負っておらぬとは…»
此奴、本当に人間か?、と思いながら龍眼を使い睨み返す。けれどもどこをどう見ても特別な力の存在など見受けられず、男はただの人間にしか見えなかった。
ポウ…
すぐさまリヴグストは治癒魔法を使いその場で受けた傷を治した。普段は滅多に怪我をすることはなく、ルーファスが一緒なら防護魔法で守られる上にその付随効果で簡単な傷も癒されるため、自分で治癒魔法を使うのはかなり久しぶりだった。
ルーファス独自の高度な治癒魔法と異なり、暫しの間痛みが残る。
「さあ、どうした。まだ立ち上がれねえのか?これで終わりか?青髪がこの程度じゃリーダーもきっと大したこたぁねえんだろうなぁ!?ククククッ」
「な…おのれ、貴様あッッ!!!予のみならず、ルーファスをも愚弄するかーッ!!!!」
男のその一言は正に竜種の逆鱗に触れ、滅多に本気では怒らない彼を激怒させた。
ドオッ
直後怒りによる魔力の放出で生じた衝撃波を素早く避けて間合いを取ると、男は右の掌を上へ向け、人差し指と中指でくいくいっとあからさまに挑発する。
「そうそう、そう来なくっちゃあな。――ククッ、さあ来いよ…〝青髪〟。」
完全に理性は吹っ飛び、興奮してフーフー荒い息を吐くリヴグストは、半ば人の姿を制御し切れずに龍眼へ変化し、手の爪は鋭く伸びて両頬と腕にも鱗が浮き出ている。
そうしてまだ残る傷の痛みすらもう忘れ、三節棍を手に再び戦闘へと突入した。
ダダッ
「許さぬぞ、徒人風情がッ!!予の全力を以て地にその高慢な額を擦りつけてやるわッッ!!!」
「おうおう、結構だ、やれるもんならやってみな?そいつができたら少しは見直してやらあ。」
「抜かせ!!!」
――手を抜かないリヴグストの攻撃は、最早常人では視認することの不可能なほどの速度を持っている。
正確無比に狙いを定め、同時に龍眼で魔力の流れを読みつつ魔法などの攻撃を阻害するのだ。
しかしそれも〝当たらなければ〟意味はない。
連結した三節棍を棒状にし、広範囲を巻き込むようにして回転攻撃や薙ぎ払い、振り下ろしに突き上げ、と踊るように連続した攻撃を繰り出すもその全てを男に避けられてしまう。
ならば、と仕込み刃による延伸で細かく攻撃範囲に変化を持たせればどうか、と切り替えてみても、まるで実体のない存在を相手にしているかのように全く当てられる気配はなかった。
おかしい。魔法を使われている様子もなければ、予が惑わされているわけでもない。なのになぜ当たらぬ?――と、リヴグストは違和感を抱く。
「どうしたどうした?さっきみてえな凍結魔法で俺様の動きを止めてから攻撃したって構わねえんだぞ?尤も、それも当てられりゃあの話だがよ?ククククッ」
「!…この…ッ!!」
カッとなったリヴグストは敢えて挑発に乗り、さらに攻撃を加速させて行く。
予とて日々ルーファスと共にただ魔物と戦っているわけではない。成長の過渡期は疾うに過ぎたが、それでも今度こそ暗黒神とカオスを完全に倒すため影ながら努力はしておるつもりぞ。
その成果の一つをここで見せてやるわ…ッ!!!
――棍による連続突きから三節棍への形状変化で至近距離の打撃技、続く仕込み刃による延伸車輪攻撃に間合いを詰めての斬撃と打撃の棍技。
普段左程汗も掻かずに飄々と戦闘を熟している感のあるリヴグストが、その額や紺碧の髪から玉のような汗を飛び散らしている。
その雄姿を固唾を呑んで見守っていたカイゼリンは、ふとあることに気づいてハッとなった。
リヴグスト様はあれほど汗を掻いているのに、相手は涼しい顔をしてまだ手にした戦斧を盾代わりに使うことすらしていない…
それだけではない、あの男…戦闘領域内の一定範囲を周回するように移動しているだけで、殆ど身体を動かしていないのではないか…?
あれではリヴグスト様の方が先に疲れ切ってしまう。彼女はそのことに懸念を抱き、最悪の事態が頭を過った。
ゾッ
そして意を決し、カイゼリンは剣を抜く。
「ハハ、棍を振り回すだけの一つ覚えか?俺様にこのサガリス(両刃斧)『パラシュラーマ』を使わせてみろや。なんなら竜種に戻って戦っても――」
余裕綽々で男がリヴグストを嘲笑っている最中に、その攻撃魔法は脇から飛来した。
ゴッ
赤々と燃え立つ炎を纏った魔法槍が、超高速で一直線に迸るカイゼリンの火属性魔法だ。
男は会話を途中にしてその軌道を読むように、ススッと僅かに身を引いただけで難なく躱す。
「…火属性攻撃魔法『ファイアーランス』か。その程度の攻撃が当たると思って…」
「無論、思っていない!!!」
タンッ
「!」
男がそちらを向いた時にはもう、カイゼリンは地面を蹴って攻撃態勢に入っていた。
「カイゼリン!!!」
「――はああっ!!!」
リヴグストが止めるよりも早く膝を折って頭上へと高く跳躍した彼女は、攻撃を避けようとした男のタイミングを見計らい風魔法で僅かなフェイントをかけ、振り被った剣の切っ先を真正面へ振り下ろした。
瞬間、男は口の端へ笑みを浮かべ、戦斧を盾代わりに翳して受け止める。
ガキインツ
「チィッ!!!」
«外した!!»
あと僅かなところで剣の刀身は届かず、受け止めた攻撃を弾くようにして彼女の渾身の力は押し返された。
ドンッ
カイゼリンは空中で魔法を使い身を飜しつつ受け身を取り、落下の勢いをしなやかに殺しながらリヴグストの前へスタン、と着地する。
魔法から剣での攻撃、反撃による吹き飛ばしからの回避に着地まで、とその一連の動きはまるで背中に翼でもあるかのようだ。
「…やるじゃねえか〝お嬢様〟。ファイアーランスで身を引いたところを襲撃、しかも風魔法で微妙に攻撃タイミングをずらしやがったな?」
「あの一瞬で私の行動をそこまで見切れたか…実に恐ろしい男だな。」
男の動体視力と冷静さに脅威を感じゾッと寒くなる背筋に、彼女は自身を奮い立たせようと笑んだ。
「使用魔法は下級でも使いどころは絶妙で、着地も見事なもんだ。――ただ惜しかったなぁ…得物がリーチのある槍系なら今のは俺様にヒットしてたぜ?そいつはお嬢様に合ってねえ。」
「ご丁寧に助言をありがとう、と礼を言うべきか?」
「いいや?自覚してンなら余計なお世話だったろ。それより〝青髪〟ィ…愛しのカイゼちゃんが見かねて飛び込んで来ちまったぞ。ちったあ情けねえと思わねえのか。」
男は少し苛ついたようにリヴグストを睨んだ。
「なにをっ、予は――」
反論しようと口を開きかけた時、そのリヴグストより早くカイゼリンはしゃしゃり出る。
「リヴグスト様は普段中衛を担っておられる!!この方の戦闘能力は前衛のいる隊形で仲間との連携によりその真価も発揮されるのだ!!貴様の腕はもう認めるが、パワーヒッターの前衛戦闘型と比べられるものではない!!」
瞬間、男とリヴグストは目を丸くして秒の間絶句してしまう。
「――だ、そうだが?」
やがて同情するような目を向け、男は鼻で嘲笑った。
「…くっ!!」
カイゼリンに見当違いの方向で庇われ、リヴグストは恥辱にカアッと顔を赤らめる。
「随分とまあご大層な言い訳だが、今まで魔物相手にもそれで通じて来たのかよ?くははっ、とんだお笑い種だぁな、青髪。」
「??」
カイゼリンはなぜリヴグストが笑われているのか理解できないようだった。
「おのれ…!!!」
前に立つカイゼリンを腕でグイッと押し退け、リヴグストは半ば涙目になりながら男へ向かって行く。
「リヴグスト様、私が前衛を務めます!ここは連携して相手を――」
「そなたは下がっておれ!!予は海神リヴァイアサンを継ぐ海竜ぞ!!!女子の助けなぞ要らぬわッ!!!」
あまりの恥ずかしさにカッとなったリヴグストは、らしくなく思わず強い口調で助力を拒んでしまう。
「…リ、リヴグスト様…」
それは普段穏やかで紳士的にとても優しいリヴグストがカイゼリンに初めて見せた一面であり、喜んで頷いてくれると思っていた彼女は予想外の反応にショックを受けて傷ついた悲しみを瞳に滲ませる。
そしてそれを目の当たりにしたリヴグストは益々自己嫌悪に陥り、ふいっと視線を逸らすようにして男へ向き直った。
「その方の相手は予が一人で致す!!彼女には手を出すでないぞ!!!」
「フッ…ま、俺様はどっちでも構わねえんだが、それじゃあ青髪の男が頽るってもんだな。いいぜ、おまえが〝立っている間〟は待ってやるよ。――少し急げや。」
「言われるまでもないわ!!!」
そんな気持ちを抱えたまま、彼は再び男に挑んだ。
――前々前世にて、女性優位の戦闘王国『ユングフラウ』の戦乙女『ヴァルキリー』だったカイゼリン(スペルビア・ファート)は、実に強気で勝ち気、屈強な男性も顔負けの豪胆な女性だった。
その外見も現在のような赤毛に青い瞳で令嬢らしいスラリとした体型ではなく、リヴグストが即座に悲鳴を上げて逃げ出すようなゴツゴツした鉢割れ顎に太い眉毛、栗毛のくりくりショートに緑がかった赤目という、筋骨隆々の大柄なマッチョだったのだ。
その彼女の母国は、子孫を残すのに絶対的に必要な男性数が極端に少なく、それ故に一夫一妻制でありながら浮気にも寛容で、『男は家を守るもの』という他国とは男女の立場が異なる風習を持っていた。
そんな中スペルビアは、細身でありながら戦闘能力に長け魔法と武力の両方に優れた見目麗しい男性を理想とし、自身の夫となるならば奴隷のように一生傅いても構わないと考えるような面があった。
そうして出会ったのがスペルビアにとって『理想の王子様』リヴグストだった。
当時から既に女性の人気者であり、海竜としても海王としても真の自分を受け入れてくれる伴侶を(海神覚醒そっちのけで)探していた彼は、初対面でいきなりスペルビアの猛烈なアタックを受ける。
ルーファスと守護七聖の滞在期間中は一日と欠かさず迫られまくり、逃走による運動量の多さと精神的疲労から二週間で十キロも体重が落ちた程だ。
しかし『赤毛に青い瞳』という外見に異常に拘るリヴグストは、なにもマッチョな外見だけでスペルビアから逃げていたわけではなかった。
実はその理由の一つに、リヴグストを〝理想の王子様〟と崇めるあまり、彼がなにをしても全てを良い方に考えて受け入れてしまうような過度の許容があった。
その悪い面が転生しても垣間見えた、たった今のやり取りだ。
リヴグストは高慢ではないが、男としても竜種としても当然一定のプライドを持っている。
カイゼリンはその彼のプライドをスペルビア当時にあった〝とある出来事〟同様に、傷つけたことにすら気づけなかったのだった。
――頑張れ、と励まされるのならともかく、普段シルやデウテロンを前衛にして援護や補助に回っていることを力不足の理由にされるとは…あまりにも情けなかろう、リヴグスト!!
予は万能型であり、臨機応変に立ち位置を変えながら戦うのが本来の持ち味だ。故にルーファスにもイスマイルやサイード殿方の盾役として割り振られることとてある。
それに対しシルやデウテロン、そしてカイゼリンも主に前衛向きのアタッカーではないか!!
それだけに三人とも支援を必要とする場面は多く、仲間の安全を最優先とするルーファスの指示で中衛を担うことが多いだけぞ!!
…わかっておる、彼女は加入して日も浅く、予が中衛以外を担っているところはまだ見ておらぬ。
それにあの言葉は予を気遣ってのものだ、悪気もない。寧ろ人族よりも優れた竜種であり、守護七聖の青として死線を幾度も潜り抜けた身でありながら、この徒人に一撃すら加えられぬ方が無様なのだ!!!
リヴグストは恥ずかしさと情けなさから必死に気を取り直し、カイゼリンの横槍が入る直前にその機を窺っていた〝成果〟を見せようと、改めて今度は男を侮らずに対峙した。
カイゼリンには冷たくしてしまったが、おかげで一つ気づけたでする。彼女のフェイントを使った攻撃には思わず此奴も戦斧を盾にした。
つまりこの男に予の攻撃が当たらぬのは、『攻撃予測』のようななんらかの最上級戦闘技能を所持しておる可能性が高いからだ。
ならばそうと仮定して技能による予測の付きにくい攻撃を繰り出せば良い。そこに多少なりと身体能力による差は生じるであろうが、それでも先程よりは幾分マシになるであろう!!
そう気づいてからリヴグストは、流れるように舞い踊る攻撃形の途中途中に、わざとリズムを崩す変則的な動きを取り入れた攻勢に出る。
それにより極僅かずつでも肌スレスレに武器が掠めるようになり、男がヒヤッとする場面も増えて来た。
やがて男はリヴグストの意識が完全に変わったと認識し、ようやく戦斧を使った対処に切り替える。
«男の対応が変化した…さすがはリヴグスト様だ、仰る通りお一人で十二分に戦えていらっしゃる。それなのに私如きが余計な真似をして水を差したのだ。…気分を害されても当然だな。»
もしかしたら嫌われてしまったかもしれない、と見守るカイゼリンの表情は暗い。
ガガッギンギンッズガガガガガッ、と頻繁に形状の変わる棍の先端がサガリスの平たい刃面に当たり音を立てていた。
しかし未だリヴグストの攻撃は男にたった一撃を加える事ができずにいる。
カイゼリンは余裕の崩れない男に、まだなにかある、とハラハラしながら見ていた。
「少しはまともになったな。本来三節棍や棒術ってのは、相手を殺さずに無力化するのを目的とした用途で好まれる場合が多いんだぜ。もちろん、高度な技術を身につければ急所に強力な一撃を加えて即死させたり絞め殺すなども可能だが、青髪…お前はなぜその得物を使っている?」
「無駄口の多いことよの…!予に答える義務はない、その方になんの関係がある!?」
「――まあいい、そいつは “また今度” だな、そろそろ時間切れだ。」
そう告げた直後から明らかに男の目つきが変わる。
「!」
それまでは一切攻撃を行わず、リヴグストの攻撃をただ回避して防御するのみだった男は、サガリスの持ち方を変えて強い殺気を放った。
ゾクゾクゾクッ…
直後全身を駆け巡った〝怖れ〟に飛び退いて間合いを取ると、リヴグストは攻撃に備えて身構える。
だが両手で棍を握るその手は、カタカタと小刻みに震えていた。
「もう少し遊んでやりたかったが、もたもたしてるお前が悪ィ。せめて血の一滴でも流させられりゃあ、ちったあ見直してやったんだが…仕方ねえ。残念ながら俺様はまだ〝盤上の駒〟なんでな。――精々手加減してやるから、死ぬんじゃねえぞ。」
ゴッ
「リヴグスト様!!!」
男の全身を包む、その髪と同色の闘気がリヴグストの紺碧髪を靡かせた。
――男はあくまでも『徒人』だ。それも異種族などではなく、人族の。
どんなに目を凝らしても特別な力を秘めている点は見当たらず、何度龍眼で見ても巡る魔力にこれと言った大きな変化は見られない。
それなのに、リヴグストはこの瞬間〝勝てない〟ことを悟った。
なぜ徒人に勝てぬと思うのだ?予は生態系の頂点と言われる竜種ぞ。海神リヴァイアサンを継ぐ者にして守護七聖が〝青〟である。
それが…〝手加減してやるから死ぬな〟だと?…馬鹿にするでないわ!!!
〝勝てない〟にしても負けるわけには行かない。自分がここで倒れれば、カイゼリンが目的だと言った男に彼女は連れ去られてしまうだろう。
馬鹿正直に男の言葉を信じるわけではないが、リヴグストが〝立っている間〟は待ってやるとも言っていた。ならば決して倒れるまい。
リヴグストはそう強く思いながら、男が攻撃してくるその瞬間を待った。
技能を無効化できない以上、どんな魔法も魔法陣を形成する詠唱過程で気づかれる。だからこそ相手が攻撃してくる瞬間を狙おうと機を窺っていたのだが、ここまで男が手を出してくる様子は見られなかった。
だがそのことが却って効果的な一撃を加えられそうだ、とリヴグストは心の中でほくそ笑む。
防御姿勢を取る彼に残像を伴うほどの高速で間合いを詰め、男は目にも止まらぬ速さで幾度にも渡りサガリスを動かした。
その刹那、リヴグストの声は男の耳へ囁くように響く。
「――『アフトクトニア・ゲフリーレン』。」
「!?」
サアア…パキパキパキパキ…
リヴグストは防御姿勢を崩しておらず、魔法を唱えていた様子はない。その手元にも魔法陣は見えず、どこからそれが発動しているのか男は全くわからなかった。
けれども超低温の冷気が秒の間に辺りを包み、そこから無数の氷の棘が四方八方から自分目掛けて襲い来る。
カッ…ズドドドドドンッ
真っ白な冷気で戦闘領域は煙り、カイゼリンを含めた三人共から一時的に視界を奪った。
リヴグストはルーファスの傍で戦いながら影で学び、その努力の甲斐あって魔法技能『瞬間詠唱』と隠形魔技『体内発動』の二つを習得していた。
『瞬間詠唱』はルーファスの使用頻度も高く仲間内では既にお馴染みとなっている技能だが、『体内発動』はリヴグストの所謂〝固有技能〟だ。
この至近距離なら確実に届く。そして攻撃を行うタイミングで発動すれば、決して避けられまい。
その正体は不明でもリヴグストにただの人間である男を殺す気はなく、彼の治癒魔法で治せる程度の負傷を負わせるつもりでいた。
ところが――
冷気が消え視界が晴れて来ると、目の前にいたはずの男の姿がない。
「なっ、馬鹿な!!今のは確実に当てられたはず――…!?」
シュッ…
「残念、詰めが甘え。」
頭上から降ってきたその声にリヴグストが顔を上げると、いつの間に跳躍したのか、既にサガリスを振り被った体勢の男が見えた。
ドンッ
そうしてそのまま全身を使って縦一直線に振り下ろされた刃は、背の高いリヴグストを頭から真っ二つに切り裂くような衝撃を与える。
秒の間不気味な沈黙が流れ、ほんの一瞬二人の動きが停止する。
「――事前の攻撃は〝囮〟だ。俺様の派手な言動に惑わされて、手応えのねえ動作にすら気づけねえとはな…程度の知れる野郎だぜ。」
着地した地面に低く身を屈め、斧を振り下ろした体勢のまま男がそう呟いた直後、リヴグストの体内からその凄まじい衝撃は爆発的に体外へと抜け出し、同時に彼の全身を切り裂いた。
ズババババババババッ
それはまるで鎌鼬に切り刻まれているかのようで、リヴグストはその身体の至る箇所からブシュシュシュッと鮮血を噴き出した。
「きゃあああっ!!!いやあああッ、リヴグスト様――ッッ!!!!」
「おおっと、そこから動くんじゃねえぞ、〝お嬢様〟。今こいつに近付こうとしたら却ってトドメを刺すことになるぜ?」
「!!」
男の脅しにカイゼリンは、リヴグストへ駆け寄りたい思いを堪えてピタリと踏み留まった。
リヴグストは切り裂かれた衣服を真っ赤に染め、ふらふら蹌踉けながらも棍を支えにまだ頽れず立っている。
だが内側から受けた損傷は深刻な状態であり、声の代わりに逆流する血液を手で押さえた口元から吐き出して、今にも倒れそうな状態だった。
「手加減はしてやった、素直にぶっ倒れちまえよ。無理に立ち続けるとその分内出血は広がって酷くなる。さっさと気絶してリーダーを呼ぶんだな。」
「………」
大量に出血しているせいで血の気を失い、青ざめた顔で朦朧としながら虚ろな目を向けるリヴグストは、やがて静かに目を閉じて膝からゆっくりとうつ伏せに倒れ込んだ。
ドッ
男はそれを確認すると戦斧を仕舞って踵を返し、怯えるカイゼリンの方へスタスタ歩き出した。
「さあて、カイゼリンお嬢様?青髪は倒れた、俺様と一緒に来て貰おうか。」
「だ、誰が貴様なんかと…ッ!!私に近寄るな…ッッ!!!」
カイゼリンの腕を掴もうとしてスッと伸ばした男の手に、その時ポタリと一滴の血液が滴り落ちる。
「…?」
それに気づいた男は一旦手を止め、そのまま自身の頬を手の甲で擦ると、いつの間にか顔に小さな切り傷を負っていて笑みを浮かべた。
「――前言撤回だ、見直したぜ〝青髪〟…いや、〝リヴグスト・オルディス〟。ハハッ、こいつは〝次〟が楽しみだな…!!」
遅くなりました。次回、仕上がり次第アップします。




