呪吸の儀
法力を送り続けると、光が徐々に大きくなる。だが、札から何かが出てくる気配はない。まだ時間がかかるのか。
バチ、バチ。
札から火花が弾けた。
もしかして――
『やっとか。優夏、行くよ』
「うん!!」
準備が整った。
「『呪吸の儀、遂行』」
札の光が一気に強まる。目が眩むほどの光が膨れ上がり、札から放たれた。
光は苦しむ女性の前で止まり、そのまま人の形をとる。鏡写しのような輪郭。細い腕が伸び、女性の体を抱き留めた。
女性は激しく暴れるが、光はびくともしない。
やがて、肌に張り付いていた黒い痣のようなものが浮かび上がる。
「あれは……」
黒い液状のものが、皮膚から剥がれるように宙へと引き剥がされる。
暴れようとするが、見えない力に押さえつけられている。
すべての痣が消えた瞬間、女性は力なく倒れ込んだ。
光は顔のような部分を上げ、宙に浮くそれを見据える。
伸ばした手で掴むと、黒いものはそのまま吸い込まれるように光の中へ消えた。
すべてを取り込んだ光は、俺に一礼し――消えた。
「……終わった、のか?」
『みたいだね』
女性に近づく。眠っているだけだ。痣も完全に消えている。
……助かった。
よかった――けど。
「闇命君……」
『気づいた? 外から感じる《《七人分の気配》》』
……やばい。
気配はわかる。でも、体が重い。強い睡魔が襲ってくる。
呪吸の儀は大量の法力を使う。体が休もうとしているんだ。
「優夏」
「琴平、気づいたんだね」
「あぁ」
琴平と紅音が入ってくる。二人とも険しい顔だ。
「優夏、大丈夫か?」
「少し眠いだけ。大丈夫。外に行こう。魔魅ちゃん、少しの間だけ頼んでいい?」
「……うん」
「ありがとう」
納得しきれていない様子の魔魅ちゃんの頭を撫で、外へ出る。
夜の陰陽寮は静かだった。人影もない。
強い気配の方へ向かう。
周囲は森。月明かりだけが差し込む。
……まだいる。
だが、少しずつ遠ざかっている。
逃げているのか――なら、追う。
『目を閉じて。気配の強い場所を探れるはず』
「わかった」
目を閉じ、集中する。
静寂。水面のような空間。
その中で、わずかな波紋を探す。
……あった。
「――見つけた」
小さいが確かに感じる。森の奥、ゆっくり移動している。
――追いつける。
地面を蹴り、走り出す。琴平たちも続く。
足音が森に響く。風が木々を揺らす。
暗い。足元を取られれば終わりだ。
それでも――見失うな。
「うわっ!」
「闇命様!!」
足がもつれた。だが紅音が腕を掴み、支えてくれる。
「ありがとう、あか――」
紅音の視線が、俺の後ろに向いている。
他のみんなも同じだ。
……気配も、後ろから感じる。
ゆっくり振り向く。
そこにいた。
錫杖を手にした妖。笠で顔は見えない。だが、確かにこちらを見ている。
視線だけが刺さる。
……気味が悪い。
『ここで封じるよ』
「うん。これ以上被害は出させない」
七人の悪霊。見た者を殺し、列に加える妖。
「ここで終わらせる――七人ミサキ!!」
※
森の中に佇む七人の僧侶。片手に錫杖、頭には笠。首からは一から七の数字が刻まれた木製の首飾りを下げている。
俺たちに気づいたのか、先頭の一人が錫杖の石突きを地面に打ちつけ始めた。
シャン、シャン、と規則的な音が響く。
……嫌な感じだ。
この間に動くべきか。だが、下手に動けば裏を取られる。
今の俺たちは疲弊している。
俺は儀式の反動で強い眠気。琴平や紅音たちも万全とは言えない。
使える式神は――百目。
だが、あの件がある。正直、今の俺に使いこなせる自信はない。
どうする……。
「っ、動いた!」
『紅音!! 夏楓!!』
七人ミサキが錫杖を掲げ、歩き出す。
――え?
なんで二人の名前を?
「「了解、主の仰せのままに」」
紅音と夏楓が即座に前へ出る。そのまま七人ミサキへ突っ込んだ。
「琴平!!」
「任せろ。『氷柱女房。赤き灯に、氷刃を与えよ。急急如律令』」
札が放たれ、氷柱女房が現れる。
吐き出された冷気が紅音の右手に集まり、形を成す。
「あれは……薙刀?」
氷の薙刀。
「一瞬で終わらせる」
「紅音、私もいるわ」
二人が同時に駆ける。
……速い。
紅音が先頭に踏み込み、振り下ろされる錫杖を膝を落として回避。
そのまま薙刀の柄で足を払う。体勢が崩れた一瞬で、斬る。
一撃で、左肩から右脇腹まで。
黒い靄が噴き出し、一体が倒れる。
間髪入れず、夏楓が二体目へ。
振り上げる直前の手首を掴み、ひねる。ひるんだ隙に懐へ入り、そのまま投げる。
残り五体が一斉に襲いかかる。
だが――
二人はすでに動いていた。
視線を合わせ、左右に分かれる。
次の瞬間、次々と倒れていく。
……強い。
倒れた七人ミサキが震えながら起き上がろうとする。
それを、二人は冷ややかに見下ろしていた。
……怖い。
『何やってんの!! 今だよ!!』
「あ、うん!!」
今しかない。
一瞬で倒すなら雷火――……
『七人ミサキを式神にするよ!』
……正気かよ。
だが、闇命君が言うならやるしかない。
空の札を構え、法力を流し込む。
「『現世を彷徨う者、七人ミサキ。我を主とし、我に従え――急急如律令』」
札が光る。
光が広がり、七人ミサキを包み込む。
……いける。
だが――重い。
件の時より、明らかに抵抗が強い。
くそ……。
このままじゃ、持たない。
焦るな。集中しろ。
できる。
必ず。
抵抗していた七人ミサキが、徐々に引き寄せられる。
光が収束し、札へ吸い込まれていく。
重く、濁った声。
最後の抵抗。
――だが、届かない。
すべてを飲み込み、光が消えた。
「はぁ、はぁ……」
……できた。
これで――
「っ、優夏!!!!」
琴平の声。
そのまま、意識が落ちた。
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