呪いのはじき出し
女性は、水歌村の人の住人。
かけられた呪いは「徐々に屍人に近づいていく」もの。
屍人に近づくということは、死に近づいているのと同じだ。
「本当に、呪いを浄化してくださるのですか?」
『浄化は準備が面倒だから却下』
「理由おかしくない? 闇命君」
『面倒なのは事実だよ。だから、呪いをはじき出す』
はじき出す?
『体内の呪いを外に出して、別に移すってこと』
「え、それって他の人が犠牲になるんじゃ……」
『僕をあんたと同じにしないで。そこも考えてる』
「はいはい」
相変わらず言い方がきつい。もう慣れたけど。
――いや、ちょっと待ってよ?
他人事のような返事をしてしまったけど。
「……ねぇ、もしかして。というか、やっぱり……?」
『君がやるの。慣れなよ。琴平でもできるけど、別のことを任せたいしね。やり方は教えるから、成功させて』
「……ちなみに練習は――」
『なし』
最後まで言わせてもくれないのか。
……やるしかない。
「では、俺は村を――」
「『駄目』」
「……………………はい」
琴平を一人にするわけにはいかない。何が起きてもおかしくない状況だ。
……守られてばかりだけど。
※
女性を連れて部屋に戻ると、紅音たちが魔魅ちゃんと遊んでいた。
お手玉なんて、どこにあったんだ。
「お帰りなさい。その方は?」
「森で色々あってな。呪いを受けているから、はじき出す準備をする」
「呪い……?」
事情を説明する。
闇命君の身体が狙われたと聞いた瞬間、紅音が女性に殴りかかろうとして、全員で止めることになった。
「なるほど。それなら闇命様が行うのが一番確実ですね。命に関わることですし」
「今は闇命君であって、闇命君じゃないんだよ、楓夏……」
「あ、えっと……大丈夫です優夏さん! 慣れてきてますし、きっとできます!」
「ありがとう……」
優しいな。
……でも、その分、重い。
この人の命がかかってる。
俺に、できるのか。
いや、この体は闇命君のものだ。信じろ。
『呪いをはじき出すには、まず体を清めて、夜まで座禅を組んでもらう。今回は無理やり吐き出させる形になる。負担は大きい。かなり苦しい。人の命を狙ったんだから、それくらい耐えてよね』
「は、はい……」
言い方が本当にひどい……。
女性は顔を青くしつつも頷き、楓夏と共に部屋を出ていった。
『それじゃ、こっちは準備だ。一回で覚えてね』
「……………………はい」
一回か。
覚えられなかったら終わりだな。
――やるしかない。
※
今、部屋では女性を囲むように俺と楓夏、魔魅ちゃんが座っている。
闇命君は半透明の姿で胡坐をかいていた。
襖の外には琴平と紅音。呪いをはじき出している最中に襲われる可能性を考えての配置だ。
『それじゃ、始めようか。苦しむ覚悟はできてる?』
「闇命君、言い方に気を付けて!!」
『ふん』
「こらっ!!」
まったく……。もともと青ざめていた女性の顔が、さらに青くなる。
闇命君は相当いら立っているみたいだ。俺が手間取ったせいで……。
だって、難しかったんだもん。
……それでもやるしかない。
『式神の準備』
「あ、はい」
言われた通り、一枚の札を取り出す。
そこには「吸」の文字。あらかじめ俺――闇命君の法力を蓄えてある札だ。
「……よし。始めるね。苦しいと思うけど、俺たちを信じてほしい。必ず呪いをはじき出す」
「……はい」
「魔魅ちゃん、お願い」
「わかった」
今回は魔魅ちゃんが体内の呪いを操作し、外へ引き出す。
それを俺が札で吸い取り、封じる。それが今回の流れだ。
――絶対に成功させる。
魔魅ちゃんと目を合わせ、集中する。
最初に、魔魅ちゃんが祝詞を唱え始めた。静かで安定した声。
すると、徐々に女性の様子が変わる。
「う、あ……あああああああああ!!!!!!」
女性が胸を押さえ、苦しみだした。呪いが動き出したんだ。
――今だ。
「『呪いの根源、忌まわしき呪術よ。今ここで我が力の糧となれ。呪吸の儀、急急如律令』」
教わった祝詞を唱え、指に挟んだ札へ法力を集中させる。
……あれ、出ない?
光るだけで、式神が現れない。
『間違ってない。少し時間がかかるだけ。それにこれは、式神と呼べるほどのものじゃない。ほぼ実体はないからね。法力を送り続けて』
……わかった。
集中を切らさず、法力を流し続ける。
「ア、アァァァァアアア!!!!!!」
女性が苦しみにのたうつ。
自分の肌を掻きむしり、皮膚が裂け、血が床に落ちる。
……止めたい。でも今は近づけない。
「あ、あれ!!」
楓夏の声。
見ると、女性の肌が黒く変色し始めていた。
濁るように広がり、叫び声もさらに大きくなる。
早く……!
札は光るだけで、まだ何も現れない。
本当に、大丈夫なのか――
『大丈夫』
隣で闇命君が呟く。前を見据えたまま。
頬を、一筋の雫が伝っていた。
……焦ってるのか。
『大丈夫だから、優夏。僕を――自分を信じて』
「……っ」
橙色の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
……信じるしかない。
闇命君を。俺自身を。
信じなければ、力なんて出せるわけがない。
法力を注ぎ続ける。
女性は苦しみ続ける。
焦るな。わかっていたことだ。これは必要な苦しみだ。
本人も覚悟している。
だから――
ここにいる誰も、中途半端な覚悟で立っていない。
絶対に、成功させる。
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