確実なもの
体に浮遊感。動かしても何も掴めず、何にも触れない。
この感覚は知っている。夢の中――安倍晴明と会える唯一の場所だ。
目を開けると、見覚えのある狩衣。柔和な笑みを浮かべた安倍晴明が立っていた。
『お疲れ様です、牧野優夏』
「あ、いえ……。こんにちは」
『はい、こんにちは』
くすくすと笑う晴明。相変わらず何を考えているのかわからない。
『今後の動きは考えていますか?』
「……行動すれば何かにぶつかると思うので。考えても無駄だと」
『つまり、何も考えていないと。貴方らしいですね』
「うるさいです……」
事実を言わないで、悲しくなるから。
『ですが、その考えでも大丈夫な気がしますよ。これからもその調子で』
「待って。助言とかは?」
『ほしいですか?』
……ここで断ると後が怖い。
「お願いします」
『素直な方は嫌いではありません。特に貴方のような方は』
「はぁ……」
素直に喜べないんだよなぁ。
『今回は時間がありますし、少し話しましょうか』
珍しい。いつもはすぐ終わるのに。
『今回の件、どの組織が関わっているかは?』
「氷鬼家から消えた陰陽師です。単独で動き、水歌村の住人を脅し、無理やり協力させている……違うんですか?」
『あっていると思いますよ。でも、もう少し、考えた方がいいかも』
考える……。
途中まではあっているけどってことか。
「うーん」と唸っていると、晴明がクスクスと笑いだす。
『考えるのはいいことです。続けてください』
「……はい」
『それにしても、道満は変わりましたね。昔は真面目な方だったのですが』
「それ、本当ですか?」
『ええ。共に高め合う関係でした』
晴明が目を伏せる。
『楽しかったですよ。頭にカエルを乗せたり、夜中に驚かしたり――』
「それ絶対恨まれてますよね!?」
まさか、そんないたずらの恨みが積み重なって今みたいなことをしているとかないですよね!?
『ふふ、冗談です』
「冗談に聞こえないんですが……」
『では本題に。今回は、あなたの友人も関与しているでしょう』
「靖弥が!? なんで……」
いや、靖弥は俺の命を狙っている。
俺のというより、闇命君の命を、蘆屋道満の指示で。
まさか、今回も蘆屋道満に従って、こんなことを?
『ただ、道満の気配がない。一方で、貴方の友人の気配はある。不思議ですね』
「いや、怖いって……。もしかしてですけど、楽しんでいませんか?」
『まさかぁ~』
「説得力ない!」
へらへら笑っているし。
ほんと、この人は……。
『ひとまず道満のことは後回しに。友人について考えましょう』
「でも裏で動いてる可能性も――」
『子供は想像力が豊かですね』
「……あなたから見たら皆子供でしょ」
『ふふ。ですが、その考えも一理あります』
結局、確定はできないか。
……そもそも、なんで俺がこんな世界に。
役に立ってる気がしない。むしろ足を引っ張ってばかりだ。
俺じゃなくて、他の人の方が絶対に役に立てていた。
俺みたいな子供ではなく、大人だったら――……
『――時間です』
「っ、あ」
空間に光が広がる。
「待って! 俺をここに呼んだのはあなたですか!?」
『貴方を選んだのは、子孫の意志です』
「……っ」
『信じなさい。自分を、仲間を』
その言葉を最後に、光がすべてを飲み込んだ。
※
「ん、……っ。あれ、ここって……」
どうやら、あの空間から目を覚ましたらしい。
薄く目を開けると、暗い光景が広がっていた。
和室で、布団の上に横になっている。
壁にもたれて目を閉じている琴平。すぐ隣には紅音が横になって眠っていた。
反対側では、夏楓が舟をこぎながら座っている。
頭の上には、おそらく鼠姿の闇命君。視界には入らないが、何かが触れている感覚がある。
……どうしよう。動けば起こしてしまいそうだし、このままも正直きつい。
「起きたか、優夏」
「あ、琴平。起こしちゃった?」
「いや。前にも聞いたと思うが、俺は人がいると深く眠れないんだ」
「あぁ、そうだったな」
琴平が近づき、紅音を起こさないように体を起こしてくれる。
一瞬だけ紅音が唸ったが、すぐに寝息に戻った。
「ここで話すのはまずいな。まだ深夜だが、外に出るか?」
「助かる。色々聞きたいし」
「了解だ」
立ち上がろうとしたところで――
「……あ、闇命君も起こしちゃった? ごめん」
『早く』
「……はい」
裾を噛まれ、足が止まる。
見下ろすと鼠姿の闇命君。手を差し出すと、肩に乗ってきた。
周りを起こさないように襖を開け、廊下へ出る。
※
外はまだ夜。月だけが静かに輝いている。
思わず息が漏れた。こんな空気、都会では味わえない。
「座れそうな場所を探すか」
「そうだね」
歩きながら、座れそうな場所を探す。
「……ふわぁ……」
「まだ眠いか?」
「いや、そうでもない。ただ、起きた直後って欠伸出ない?」
「俺は出ないな」
「……ないのか」
「すまない」
なんで謝るんだ。
「あそこ、座れそうだ」
「あ、うん」
指さされた先には、一人分の岩。
「優夏」
「え、でも琴平が――」
「気にするな。立っている方が楽だ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
岩に腰を下ろすと、琴平が隣に立つ。闇命君も姿を現した。
「その姿になるのですね」
『嬉しそうな顔しないで』
「それでも嬉しいものは嬉しいので」
『……別にいいけど』
顔を逸らす闇命君。わかりやすい。
「優夏、本当に寝なくて大丈夫か?」
「うん、大丈夫。それより、俺ってどれくらい寝てた?」
「一日だ」
「……え?」
い、一日? 丸一日寝ていたの?
「前は三日寝ていたからな」
「あぁ……」
確かに、それと比べると短すぎる。
なんでこんなに早く回復したんだ……?
『体の中の力に集中してみて』
「わかった」
意識を内側に向ける。
……何も感じない。
「どうだ?」
「何も……」
『おそらく、法力は回復していないね』
そ、そういうことか。
目を覚ましたからと言って、すべてが回復しているわけじゃないのか。
「問題ないのですか?」
『たぶんね。こうして僕も出られてるし』
琴平は納得しきれていない様子だ。
……どう説明すればいい。
「……それよりさ。俺が倒れた後、どうなった?」
「そうだな」
琴平が説明を始める。闇命君はその間、何かを考えるように空を見上げていた。
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