決断
え、闇命君? 今の口調は?
闇命君は気づいているのかいないのか、そのまま話を続ける。
『もし安倍家で私が必要なら、全力は尽くそう。だが同時に、こちらはこちらで動かせてもらう。そもそも今までの安倍家は、私を浄化の時にしか使っていなかっただろう。今さらいなくなったところで問題はないはずだ。それとも、この程度の少年がいないと、まともに浄化もできないのか? だとすれば、地に落ちたものだね』
目の前の少年が、本当に闇命君なのか。
そう疑うほど、口調が大人びていた。
元々落ち着いてはいたが――これは別人みたいだ。
「闇命様、口調が戻っておりますが……よろしいのですか?」
『……え、戻ってた? うそ。やば』
「え、戻っ……??」
戻ってた?
じゃあ、今のが本来の口調……?
「闇命様は父上が大好きだからな。感情が昂ると、口調も父上のように――」
『琴平、ちょっと黙って。別に父さんは関係ないし、好きでもない。口調は近くにいた人に影響されるだけでしょ。好き嫌いは関係ない』
……めちゃくちゃ早口。
完全に図星だろこれ。
「えっと……その話は置いといて」
『ちょっと』
「雨燕さん。さっきの話ですが、協力できるところは協力し、互いの行動には口を出さない。まずはそれで進めたいんですが、どうでしょう」
これが一番楽だ。
干渉しすぎず、邪魔もしない。
「その意思は変わらんのだな」
「変わりません」
「この先、何が起きるか分からん。それでもか?」
「起きないように動きます。それに、仲間もいます。俺は折れません」
怖くないわけじゃない。
でも――進むしかない。
「……そうか。なら、後は陰陽頭様の判断に任せる」
「……はい」
――通った、のか?
「勘違いするな。認めたわけではない」
「あい……」
読まれてるなぁ……。
『疲れた』
「それな……もう寝たい」
気が抜けた瞬間、強烈な眠気。
視界が落ちる。
※
――暗闇。
床も壁もない。
自分だけが、ぼんやり光っている。
「安倍晴明さん?」
『よく分かったね。こんにちは』
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
近い!! 後ろにいるな!!!
『ふふ。今回は大変だったね』
「本当に……疲れました」
『まだ試練は続くよ。ここで倒れるわけにはいかないだろう?』
「大丈夫です。もう最初の頃の俺じゃないので」
最初は何も分からなかった。
流されるまま動いていた。
でも今は違う。
『考えに浸るのもいいけど、次を考えよう』
「現実的すぎる……」
『目は逸らせないからね』
「……そうですね。ここは夢みたいな世界ですけど、闇命君にとっては現実です。問題を一つずつ解決して、靖弥を取り戻す。そして、自由を手に入れる」
『そうだね。君が折れたら終わる。だから――何があっても、諦めないでほしい』
その顔。
なぜ、そんなに悲しそうなんだ。
『これからも、私の子孫をよろしく頼むよ』
「はい。全力でやります。それしかできないので」
俺はまだまだ未熟者。
闇命君や琴平たちがいないと、行動にすら移せない臆病者。
でも、もう動くと決めた今、全力で体を動かすしかできない。
『時間だ』
視界が白く染まる。
『道を外さないで。自分を信じ続けるんだよ、牧野優夏』
「――はい」
微笑みを残して、消えた。
光に包まれ、意識が浮かぶ。
※
体が重い。でも、ふわふわで暖かい。何かに包まれているような感覚だ。少しおでこが痛い気もするが……。
気持ちがいい。このまま目を閉じていたい。でも、周りが明るいのか、閉じているはずの瞼の裏が白い。
「ん……あれ。ここって……」
木製の天井。
横を見ると、鼠姿の闇命君が丸くなって眠っている。反対側には、琴平が壁にもたれ、腕を組んだまま目を閉じていた。
重い体を起こすと、かけられていた毛布がはらりと落ちる。
「ここ、宿屋じゃないよね……」
見回しても見覚えはない。
布団以外ほとんど何もなく、壁際に座布団があるくらいだ。
首を傾げていると、外から声がする。紅音か。
「あ、はい」
「目を覚ましたか、優夏」
扉が開き、紅音が入ってくる。手にはお盆。いい匂いだ。
「それは?」
「村長と作った穀物のスープだ。栄養満点らしい。疲れた体にいいだろう」
紅音が隣に座り、器を渡してくる。
木製の器は熱が伝わりにくいのか、湯気は立っているのに持っても熱くない。
「ありがとう、紅音」
「礼はいらん。やりたくてやっただけだ」
「それでも言うよ。本当に助かる。ありがとう」
「…………ふん」
そっぽを向かれた。
でも耳が少し赤い。分かりやすいな。
「いただきます」
「ゆっくり食え」
「うん」
……あれ。
お盆にはもう一つ、同じスープがある。
「それ、紅音の?」
「琴平のだ」
「ああ、なるほど。まだ寝てるのか」
「いや、起きているだろう。あいつは人前で深く眠れん」
いや、普通に目閉じてるけど……。
「琴平、ご飯だ」
「紅音は食べたのか?」
・・・・起きてた。
紅音が声をかけると、琴平は目を開け、水色の瞳を向ける。
「ワタシは味見した」
「つまり食べていないな。なら紅音が食え」
「琴平が食べる」
「いや、俺はいい」
「駄目だ」
「だが――」
「駄目だ!!」
……何これ。
目の前で繰り広げられる小競り合い。
いや、これほぼイチャつきだろ。
スープを口に運ぶ。
……うまい。温かい。
体は温まるのに、心が寒い。
あれ、目からなんか出てきた。
汗かな。うん、きっとそう。
…………彼女ほしい。
「……分かった。もらう」
「っ……ああ」
めちゃくちゃ嬉しそうじゃん。
もう付き合えよ。
どうせ将来そうなるんだろ。早くしろ。
スープを飲み干したところで、右手に違和感。
……くすぐった――
「いたたたたたたた!!」
この感覚、覚えがある!
「闇命君!!」
視線を向けると、鼠がこちらを見ている。
「その目で見ても無駄だからな! 可愛いけど無駄だから!」
見た目は可愛い。
でも中身は闇命君だ。
『黙れ』
「すみません」
即謝罪。
『体のだるさは?』
「あ、うん。寝たら大丈夫。それよりここどこ?」
『漆家の陰陽寮。君がいきなり倒れたから運んだ』
「え、そうだったの?」
『どうせ来る予定だったしね。それより――その額どうするの? 顔から倒れるのやめてくれる?』
「……だから痛いのか……」
地味にジンジンする。
『これから陰陽允に話をつける。その後、一度戻る。一応、報告だけはしないといけないからね、猫じじぃに』
「あー……」
そうだ。
今回の件、元は紫苑さんからの依頼だった。
……他の依頼、大丈夫かな。
夏楓、すまん。
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