洗脳
無事に俺達は、件を式神にすることに成功した。
井戸から出ると、心配そうな顔の琴平と紅音が駆け寄ってくる。その後ろには雨燕さん。さらに、複雑な表情の村長もいた。
「優夏、無事だったか?」
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう、琴平」
「闇命様の体に何かあったら困るからな」
「俺の心配もしてほしい……」
いや、それ俺にも当てはまるけど。
……でも、なんか違う。違うんだよな。
紅音は紅音で、半透明の闇命君に一直線。
俺は素通り。……まぁ、いいけどさ。
はぁ……。結構頑張ったんだけどな。虚しい。
――ん?
頭に、温かい感触。
「ん? どうした、琴平」
「優夏もお疲れ様だ。本当に無事でよかった」
琴平が、頭を撫でていた。
不意打ちだった。
思考が追いつかない。
でも――どうでもよくなる。
懐かしい。
父さんや母さんに撫でられていた時みたいな感覚。
欲しかったわけじゃない。
甘えたいわけでもない。
それなのに、体がじんわり温かくなって――目の奥が熱い。
「ど、どうした優夏。嫌だったか?」
「っ、優夏? 大丈夫か?」
二人が顔を覗き込む。
そりゃそうだ。急に泣いたんだから。
「だ、大丈夫……」
そう言っても、撫でる手も、背中をさする手も止まらない。
……なんだ、これ。
違う。
これは、俺の感情じゃない。
温かい。優しい。心地いい。
でも、この涙は違う。
何かが、心を掴んでくる。
違和感。
ふと、前を見る。
闇命君と目が合った。
「これ、もしかしてあん──」
『とりあえず、件は式神にできた。僕達の勝ちだよ』
――話を逸らしやがった。
まったく。素直じゃないガキだ。
あーもう。涙止まらねぇし。
『雨燕。多少引っかかる点はあるけど、件は手に入った。これで道満とセイヤの居場所を探り、陰陽寮を辿る。情報を共有しながら、革命を起こす』
隣に立つ。
涙を拭いながら、雨燕さんを見上げる。
『最終目標はセイヤの奪還と、陰陽寮の規則改定。それと蘆屋道満の対処。動きは件で予測する。得た情報は安倍家にも共有する。悪い話じゃないと思うけど――それでも邪魔する?』
件を手に入れた。
俺達は一歩進んだ。
ここからは、今まで通りじゃダメだ。
変えないといけない。
この、どうしようもない常識を。
※
もうこの村に用はない。
それにしても、不気味な村だ。
隠れていたとはいえ、誰も気づかない。
気にもしない。
おかしいだろ。
「……村長」
「どうしましたか?」
村長の家へ向かう途中、声をかける。
「なんでこんなに平和でいられるんだ? いいことだけど……正直、不気味だ」
「件がこれまで予言をしておりました。それを守ってきたのです。何が起きても、件がいれば大丈夫――そう思っているのでしょう」
なるほど。
「だから、俺達の行動も気にしなかった?」
「……そういう面もあるかと」
納得はできる。
でも――怖い。
これ、ほぼ洗脳だろ。
この村にとって、件は神様。
だから近づいた人間は、罰を受ける。
理解はできる。納得はしない。
「……信仰、強すぎだろ」
ふと、現代のことを思い出す。
よくインターホン押してくる、ああいう人達。
……ドア、開けなくて正解だったな。
※
「どっこいしょっと」
「ん? なんだそれ」
「優夏、それは何かの祝詞か?」
え、嘘だろ。どっこいしょ知らないのか?
琴平と紅音が同時に首を傾げる。
……なんか似てるな、この二人。
『今はどうでもいい。早く本題に入るよ』
「どうでもいいけど、言い方……」
村長の家で円になり、向かい合う。
改めて見ると――顔面偏差値、高すぎだろ。
美男美女しかいない。……今の俺もだけど。
『じゃあ、まずこの村について。この村は件で成り立っていた。その件はもう僕のものだ。このままだと、いずれ立ち行かなくなる』
「どうするつもりですか」
『前にも言ったけど、安倍家で管理するか、他の寮に任せるか。もし、安倍家なら雨燕に任せる』
「勝手に決めるな」
『最適案を言ってるだけ。説得は得意でしょ。件の“信仰”を塗り替えればいい』
「洗脳ではない」
『はいはい』
軽いな……。
『とにかく、この村はそうやって存続させる。次に漆家。次の陰陽頭は決まってないはず。側近はいなかったの?』
闇命君の視線が、琴平に向く。
ほかの寮、本当に興味がなかったんだなぁ。
「詳しくはないが……側近はいたはずだ。志美津という女性だ」
「うろ覚え?」
「ああ。目立たなかった。陰陽頭の後ろにずっといた印象だ」
「なるほど」
整理すると――
陰陽頭が魔魅。側近が志美津。陰陽助は別。
「陰陽助は?」
「いますが、よくいなくなるのでいないものとして見ています」
「自由すぎない?」
「女性に目がない方ですので」
……なるほど。
なんか、最近女性好きな人の話、聞いたなぁ。過去話で。
「じゃあ、その人が次の陰陽頭になるんじゃ?」
「僕は反対です」
即否定。まあ、そうなるか。
「他にいないのか」
「陰陽助は一人だけです。漆家はそこまで大きくありませんので」
「そりゃそうか」
話が詰まる。
なら、その下は――
『陰陽允って言いたい?』
「それ。それって下の位?」
『違うけど、上層ではある。資料管理とか担当だね。漆家なら、その人でもいいかも。でも、いきなりは厳しい』
「だよな……。それなら、一時的に安倍家から貸し出し、とか無理かな」
『……アリだな』
「え?」
あ、アリ? 貸出が?
『雨燕』
「断る」
『まだ何も言ってない』
「分かる」
……まあ、そうなるよな。
雨燕さんを漆家に、って考えたんだろう。
無理に決まってる。
「闇命様が漆家の陰陽頭代理になるのはどうでしょう!?」
『紅音、今は黙ってて』
「……はい」
しょんぼりするなって。
琴平も肩叩いてるし。
……でも、闇命君が陰陽頭か。
悪くはない。
けど――動きにくい。
これから動くのは、現場だ。
縛られる立場じゃない。
別の形で、漆家に食い込めないか――。
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