嫌な予感
琴平に問いかけた結果、返ってきたのは予想以上に強い言葉だった。
「逆に問うが、貴様は闇命様がこのような物も覚えられないほど頭が弱いと思っているのか? それは闇命様を侮辱していると受け取っ──」
「あ、はい。分かりました。分かりましたよ琴平。だからお願い、青筋立てないで。怖い」
闇命君の言葉が本当かどうか確認しただけなのに、見事に怒られた。
別に侮辱したわけじゃない。
ただ、本当にやっていなかったのか確かめたかっただけだ。
……ん?
そこでふと引っかかる。
闇命君は、この儀式には参加していないと言っていた。
なのに琴平は、俺に参加させようとした。
いつも参加していない人間が急に加われば、逆に怪しまれるんじゃないのか?
そう考えていると、琴平が気まずそうな顔で俺の肩を見た。
正確には、肩に乗っている闇命君の依代を見ている。
『琴平。確かにこいつは単純だけど、僕がさせないからね。“あの闇命様がやっと真面目に参加するようになった”とか周りに言わせて、僕がここから逃げられないようにするつもりだったんでしょ。でも、そんなの無駄だよ。残念だったね』
冷めた目で言い放ち、闇命君はふいっと顔を逸らした。
それを見た琴平は顔を青くし、そのまま肩を落とす。
なるほど。そういうことか。
確かに今の俺なら、何も知らず普通に参加していた。
周りにそう思われれば、闇命君が戻ったあとも続けさせられる空気になる。
習慣づけて逃げ道を塞ぐ。
……琴平って、普段どこまで考えて動いてるんだろう。
俺なんて毎回、その場のことで精一杯なのに。
結局、朝の儀式には参加せず終わった。
多分、これから先も参加しないままだろう。
その横で琴平は、きっちり最後までやり遂げていた。
やっぱり根が真面目なんだな。
その後は朝食のため、食堂へ向かうことになった。
ただし、汗を流してからでないと入れてもらえないらしい。
実際、巫女さんに追い出されている人を何人か見た。
しかも箒で叩き出していた。
……怖い。
食堂の襖を開けると、中は大広間になっていた。
長机が並べられ、その横には一定間隔で座布団。
机の上には朝食が並び、湯気と一緒にいい匂いが広がっている。
「わぁ、美味しそう」
味噌汁、白米、鯖。
これぞ朝ご飯、という並びだ。
一口食べれば、白米はほくほく甘い。
味噌汁も温度がちょうどよく、味もしっかりしている。
……うまい。
いやぁ、朝四時に起こされたのに食事が十時って。
背中と腹がくっつくかと思った。
勢いよく食べていたら、
「がっつくな」
と琴平に怒られた。
だって、腹減ってたんだもん……。
……おかわりって駄目なのかな。
※
食事を終え、部屋へ戻る途中。
前方から紅音が歩いてきた。
その後ろには、洗濯物を抱えた夏楓もいる。
「あ、闇命様、琴平さん。おはようございます」
「闇命様、琴平。おはようございます」
「おはよう」
「おはよう。今日の仕事は一段落つきそうか?」
そういえば、陰陽師が修行している間、巫女たちは家事をしているんだった。
人数も多いし屋敷も広い。
そりゃ時間もかかる。
「あと少しで洗濯物が終わりますので、そこで一息つけそうです」
「そうか。なら、少し時間を作ってもらえるか?」
二人は顔を見合わせたあと、小さく頷く。
「分かりました。時間ができましたら伺います。闇命様のお部屋でよろしいですか?」
「あぁ、待っている」
三人の会話にうまく入れず、肩にいる闇命君を見る。
……鼻ちょうちん。
寝てるのかい。
いや待て、鼠って鼻ちょうちん作れるの?
本物を目の前で見せられると何も言えない。
その後すぐ、紅音たちと別れ廊下を進む。
景色はずっと同じだった。
長い廊下。
左右には高い位置に灯篭。
一定間隔で襖が並んでいる。
何の部屋かは分からない。
陰陽師たちや巫女の部屋だろうか。
響くのは俺と琴平の足音だけ。
ひたすら真っ直ぐ歩いていく。
……どこまで行くんだ。
そういえば夏楓は「闇命様の部屋」と言っていた。
なら向かっているのは闇命君の部屋か。
「琴平、闇命君の部屋ってどこにあるの?」
「このまま真っ直ぐ行けば辿り着く。もう少しだ」
もう少し、か。
だいぶ歩いてる気がするけど、屋敷が広すぎる。
「…………!! …………。……」
……ん?
前方から声が聞こえる。
「この声って──」
女性の声だ。
二人いる。
一人は淡々としていて、もう一人は焦っているように早口。
「琴平、この声どこから聞こえるの?」
「恐らく外だろう。換気のため上の窓が開いているからな。どうしても聞こえる」
見上げると確かに窓が開いている。
「なんか、言い争ってるように聞こえるけど、大丈夫かな?」
「…………いつもの事だ。気にするな」
琴平は、そのまま歩いていく。
……今の返し、少しおかしかった。
背中から漂う空気が違う。
諦めに近い、重たいもの。
その背を追いながら、視線を落とす。
「…………あ」
琴平は気づいていないかもしれない。
握った拳が強く震えていることに。
指先に力が入り、微かに震えていた。
……何を考えているんだろう。
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