13、分かれ道
「テオドア! しっかりしろ!」
姿を見せなかったコンラートが、EA姿で戻ってきていた。
無事か。
ふと視線を感じて見上げれば、賢者の前に白銀のレクターが立っている。
だが、こちらに何も言ってこないし攻撃を仕掛けてもこない。
「どうした勇者殿。言いたいことがあるなら、言えばいいだろう?」
「……私に、その資格はないから」
リリアナも未だ立てない賢者を背中に庇いながら、剣先をこちらに向けて構えている。
「そうかい」
剣を横に構え、加速しようとする。
「隊長!」
しかし、間にコンラートが割り込んできた。
「何だ? 邪魔をするな」
「何でテオドアを刺した!」
「邪魔だったからな」
「部下だろ! 何で刺したんだよ!」
青臭いガキの叫びが耳に刺さる。
「……何か勘違いしているようだが、そいつは裏切り者だ。裏で敵と繋がっていた」
「だ、だからって」
「コンラート」
「な、何だよ」
「黙ってろ。それ以上は口を開くな」
無事そうだし、それなら良い。
お前の相手をしている暇はない。
せっかく賢者が魔力を使い果たしたんだ。ここで仕留めておきたい。
オレは青いレクターを押し退けながら、前に進もうとする。
「隊長! 待てよ!」
だが、逆に肩を掴まれた。
「コンラート?」
肩越しに、青髪のクソガキが駆るEAを見る。
「やっぱ、てめえおかしいぜ! テオドア刺して、何でそんな平然としてやがる! 部下だろ!」
「……コンラート、いいから下がっていろ。今のは何もなかったことにしてやる。まだ、な」
「あー、そうかよ! 弱え奴ら殺して、今度はアンタより弱えオレも殺すのかよ!」
「いいから、黙ってろ」
「ミレナ! まだ間に合うかもしれねえ! テオドアを!」
呼ばれた副隊長は、何が起きたかわかっていないのか、動こうという気配が見えない。
何はともあれ賢者だ。そのためにこいつをどけなきゃならない。
「コンラート」
「何だよ! 邪魔すんな!」
「ちっ」
オレはその顔を殴りつけて吹き飛ばそうとした。しかし、コンラートはたたらを踏んでその場に留まる。
「……殴ったかよ」
「部下に対しての指導だ。認められた範囲内だ」
「わかったよ、隊長……いや、ヴィート・シュタク! オレはな! ダチを刺されてそのまま引き下がるような、弱え男じゃねえんだよ!」
何やらわめきながら、コンラートがオレに対して剣の切っ先を向けてきた。
「コンラート、いいのか?」
「いいぜ、うんざりだ。あのブラハシュアの騒ぎは何だよ。何もできねえ奴ら殺して、高笑いして、弱いものイジメをするガキかよ、アンタは!」
「言いたいことはそれだけか?」
ついため息が漏れる。
反抗的な態度を許してきたツケが、ここに回ってきたか?
こちらも剣を構えて相手をしようとするが、コンラートは、
「勇者! 賢者! テオドアを助けてくれ!」
と叫ぶ。
呼ばれたリリアナは一瞬、躊躇したようだが、オレたちの方へと走り近寄った。
「無駄だ。即死だろう」
「なっ!?」
これ以上、レクターを奪わせるのも良くない。
剣を振りかぶってコンラートに向け振り下ろす。
「くっ、簡単にやられるかよ!」
「……コンラート」
バランスを崩しながら受け止めた青のレクターと、鍔迫り合いの状態になる。EA同士で顔を突き合わせた。
だがオレのバルヴレヴォISの力を支えきれないのか、レクターの右膝が地面についた。
それでも剣を吹き飛ばされないように、両手で支えていた。
「なん……だよ」
呻くような声でも、まだいつもの反抗的な態度だ。
……全くもって嫌になる。
だが、これだけは聞かねばなるまい。
こいつが何を血迷ったかもわからん。
確かにテオドアはオレの部下だったが、裏切り者だ。
アイツは出し抜こうとしたんだろうが、こちらは全て把握していた。
テオドアを一人で勇者たちのところにやるわけがない。もちろん腕利きの諜報部に後を追って貰っていた。
母さん……アダミーク閣下も、自らが粛正した帝国東方貴族に組みする者がどう行動するか、気になっていたんだろう。
その上で、最後の試験を行った。
それでもテオドアはオレを裏切ろうとした。リリアナと交渉し、レクターを手に入れようとした。
何か譲れないものがあったのかもしれないし、守ろうとするものがあったのかもしれない。
ヤツが何もしなければ、不問にしてやっても良かった。
しかし、そうではなかった。
コンラートにも聞かねばなるまい。目の前で、勇者と賢者に助けを求めたのだ。
青臭いガキが、友情に狂ったか。それとも何かを血迷ったか。
わからないが、この質問は聞かねば始まらない。
「コンラート、お前は真竜国に組みし、オレの敵になるか?」
■■■
倒れる賢者の元へ、黄金のゴーレムが駆け寄る。その肩には、アーシャ・ユルが乗っていた。
「賢者、助けに来たけど、これ、何?」
小さなドワーフが怪訝な顔を浮かべる。
「わ、わからないけど、……仲間割れしてるみたい。あの緑色のレクターをヴィート・シュタクが突然刺して……」
「そう……」
アーシャの困惑した呟きと同じタイミングで、ゴーレムが賢者を拾い上げ、空いている肩に乗せる。
彼女は、周囲の状況を確認する。
赤いレクターは、何一つ動きを見せない。目の前の出来事が理解できず、硬直しているようだった。
他のEAはようやく動き出し、ヴィート・シュタクに味方しようとする。だが、リリアナのレクターに邪魔され、動けないよう脚部装甲の先を切り落とされていった。
「状況は五分五分かな……」
賢者は少し低めに見積もった。
今はコンラートがヴィート・シュタクと剣を交えている。だが、明らかに押されていた。動きが早すぎるのだ。
ヴィート・シュタクがいつものEAでないことは見て取れる。重装備の装甲を捨てた代わりに速度を上げたEAのようだと判断した。
「ちっ、クソ!」
「コンラート、なぜ逆らった?」
淡々と感情のない声を発しながら、黒いEAが左右から剣を振るって襲いかかる。
「お、オレだって譲れねえことがあるんだ、よっ!」
何とか防ぐ白地に青いレクターだが、その動きに余裕はない。明らかに追いついていない。
「先ほどまでなら許してやれた。だが、もう無理だ」
「結構だっての! どうせアンタはまた! 真竜国で! 何も知らねえ弱え奴らを、皆殺しにするんだろ!」
「それが何か問題があるのか?」
「そういうの! つまんねえんだよ!」
青いレクターが上から剣を振り下ろす。
「そうか。残念だ」
ヴィート・シュタクの剣が、コンラートの持つ剣を下から跳ね上げた。
弾き返されたレクターの刃が宙に舞った。
その隙を突いて黒いEAが剣を引いて構える。
防ぐ手段はない。
コンラートは死を覚悟した。
だが、後悔はしていない。
――弱い奴らを殺し回るより、よっぽどマシだ!
「シュタク隊長! コンラート!!」
ミレナがEAの中から発した叫び声は、悲痛さに溢れていた。
ほんのわずかだが、ヴィート・シュタクの手が止まる。刹那にも満たない時間だった。
そして、鋭い突きが相手に向けて放たれる。
その切っ先がコンラートの喉に突き刺さる瞬間、別方向から来た刃に弾かれて方向を変えた。
「リリアナ!?」
「よくわかんないけど! コンラート君が味方してくれるみたいだし、助けるよ!」
防いだのは、勇者リリアナ・アーデルハイトだった。
彼女がヴィート・シュタクとコンラートの間に割り込んだ。
「……お前も邪魔するか、勇者殿」
「よくわかんないけど! でも、罪もない人々をまた虐殺しようとするなら、止めるんだから!」
「そうか。それが、正しいのか、お前の中では」
どこか疲れたような、寂しそうな言葉だったことに、リリアナは気づいた。
だが、それを思いやる余裕はない。
「悪いけど、ここは撤退させてもらうよ! そっちのEAは無力化したし、戦えるのはあなたと赤のレクターだけ! こっちはケガ人抱えてる」
勇者の言葉を聞いて、黒い鎧が周囲を軽く見回した。
「……そのようだな」
「黙って引かせてくれるなら……」
「わかった」
「え?」
勇者が戸惑った一瞬だった。
ヴィート・シュタクの剣が煌めく。
類い希なき動体視力を誇るリリアナですら追うことのできない、左右からの連撃だった。
白銀のレクターもまた、剣を弾き飛ばされた。
自分の手に何もないことに気づいて、リリアナはEAの中で目を見開く。
「嘘……」
戦えるようになったと、彼女は思っていた。
壊れていたレクターは修復され、万全の状態だ。少なくとも簡単にやられることはない。
しかし、今の攻撃でわかった。
まだ底は見えていない。
どれだけ強いのかと、リリアナは驚愕する。
「負けたわけではない。しかし、ここは追わない。お前の言う通り、こちらも戦力がガタ落ちだ。さっさと去れ」
剣を下げ、黒いEAが背中を向けた。
「い、いいの?」
「……目障りだ。さっさとコンラートとそこの死体を連れて、この場を去れ。オレの気が変わらんうちにな。あと、緑色のレクターは置いていけ」
男はゆっくりと歩いて、リリアナの元から立ち去っていく。
「ま、待てよ、隊長!」
コンラートがようやく立ち直り、剣を拾って歩き出そうとした。
その肩をリリアナが掴む。
「行こう、コンラート君」
彼女が血を流す緑色のレクターを抱き起こす。前面部を前に引っ張って倒した。
中にいたテオドアは、とうに事切れていた。
血を流しすぎたのではない。ヴィート・シュタクの一撃が正確に心臓を貫き、ほぼ即死していたのだった。
「……クソが」
「私が持つ」
「いや、オレが担ぐ」
コンラートはテオドアの死体を、EAから優しく取り出して肩に担いだ。
白銀のレクターがヴィート・シュタクたちに背中を向け、賢者たちの方へと歩き出す。
帝国に剣を向けたコンラートもまた、その後をついていった。
反対側に向かうヴィート・シュタクの方は、ミレナの横を通り過ぎようとしていた。
「た、隊長、あの……」
「ミレナ、帰るぞ。行方不明者二名だ」
「で、でも」
「後は任せた。悪いな、オレは疲れた」
それだけ言って、歩いて行く。
ミレナがその背中を見送る。
黒い装甲の奥にある体は見えない。
だが、ミレナ・ビーノヴァーには、それが寂しそうに見えたのだった。
勇者たちは戦場となった宿場町から離れた。
EAを剥がされたテオドアは、すでに絶命していた。
助かるはずはない。
救助が遅かったのではなく、ヴィート・シュタクの攻撃が寸分の狂いもなくテオドアの心臓を貫いていたからだ。
「……テオドア」
コンラートはEAの中から、地面に寝かされた戦友の体を見下ろす。
妙に安らかな顔をしていた。ホッとしたような表情で死んでいた。
「アホかよ、これから先、ずっとサボるつもりかよ、テオドア」
精一杯の悪態を吐いた。しかし声は震えている。
初めての戦友の死は、上官からの粛正だった。
「コンラート、悪いけど私たちは行くわよ。エリシュカと合流しなきゃ」
賢者が声をかけるが、コンラートは、
「わかった。だけどまあ、ちょっと時間をくれ」
と手の平を突きつけた。
「あんまり余裕はないわよ?」
「賢者、代わりに一つ情報をやるよ」
「え?」
「今回の帝国の作戦の概要だ」
それは捕まったコンラートが黙秘していた内容だった。
もう帝国に帰るつもりはない彼は、今から起きる予定のことを話し始める。
「作戦名『地に潜り根を食らう蛇』。これは二面作戦だ。海上からはお前らも見た、EA用小型高速戦闘艇で竜騎士と戦う。その間に、秘密裏に進めていた海底隧道を通って上陸する」
「……海底隧道?」
賢者セラフィーナが怪訝な声で聞き返すと、コンラートは大きく頷いた。
「ああ。繋がっているのは、真竜諸島共和国の東の端にある無人島から、一番近い大陸側の半島までだ」
「メンシーク卿が言ってた話ね。でも、今から作っても、かなり時間がかかるはずよ」
「いや、すでに完成してるんだ」
「どうやって……?」
疑うセラに対し、コンラートはテオドアの死体を担いで、道の脇に生えた木に近づいていく。
「全ては囮だった。二年間、竜騎士を引きつけた海上作戦も囮だ。多数の工作員が真竜国に潜入し、何人かの議員とやらを籠絡している。その協力で鉱山開発に見せかけて、真竜国側から隧道をずっと掘っていた」
その言葉に、真竜国の人間が驚愕の表情へと変わる。
すでに準備は終わっていた、という意味だ。
「一番近い場所を通らず、内海にある大きな港をずっと狙っていたのは、囮だったというの……二年間も……」
「地に潜り根を食らう蛇。それは帝国軍諜報部による大規模潜入作戦のことだって、オレは聞いてる。竜の毒殺もその一部さ。地面を潜って真竜国に上陸するのも、その一つ」
コンラートのEAは、手に持った剣で地面を掘り続けながら、作戦内容を告げる。
「そう……」
その真の意味は、真竜国という地に潜り、民を先導する議員という根を食らったということだった。
結果として、海底にある地を潜る蛇として隧道を掘り終えた。
「……さすが帝国」
賢者の口から自然と賞賛が漏れた。
帝国の作戦はコンラートが教えた。これで作戦の成功率が下がる。隧道を埋められたなら、今まで通り、不安定な海上で竜騎士を攻略するしかなくなる。
「じゃあな、テオドア」
コンラートは掘った穴に、テオドアの死体を寝かせた。そして、土を被せていった。
勇者リリアナも、賢者セラフィーナも、原初のドワーフのアーシャも、その光景を見守った。
すぐに土に埋もれ、亡骸は見えなくなった。
賢者が膝をついて手を組み、小さく祈る。アーシャは立ったまま、目を閉じて胸に手を当て黙祷を捧げた。
リリアナは、何もせずに背中を向け、歩き出した。
「行こう、セラさん。アーシャちゃん」
「え、ええ」
「わかった」
二人は再びゴーレムの肩に乗り、リリアナの背中を追いかける。
「オレもついていく」
コンラートが剣を担いで、勇者たちに声をかける。
「好きにすれば良いと思うよ。戦力は貴重だし」
「真竜国を守る気はねえけどよ。弱え奴らをあの男がまた殺すってんなら、邪魔してやりてえ」
「そう。それが正しい判断かは、わからないよ」
「でも、そう間違った話でもねえだろ、勇者」
リリアナは誰にも聞こえないように、
――そうだといいよね。
と、心の中で呟く。
「賢者、どうすんだ?」
コンラートの問い掛けに、ゴーレムの肩に乗ったセラフィーナが少し考え込む。
「やはりエリシュカの海竜を使って船を引っ張ってもらって、真竜国側に行きたいわ。そこで竜騎士部隊と合流したい」
「隧道は良いのか?」
「もちろん、そっちも対処するわ。正確な場所はわかる?」
「たぶん大丈夫だ。これでも一応、帝国の軍人……だったからな」
「そう。頼りにしてるわ、コンラート」
「ケッ、アイツを倒すまでの間だけど、てめえらに付き合ってやるよ」
こうして少年コンラート・クハジークは、聖騎士のレクターに乗って勇者一行に合流した。
目的は、ヴィート・シュタクの虐殺を防ぐため。
彼によって、賢者たちに帝国側の作戦は知れた。勇者たちの勝算は上がったのだ。
そして数日後に、真竜湾攻略戦が開始されるのだった。
21:06に話がおかしいところを改訂しました。
評価、感想、ブクマありがとうございます。
ユニークがわりと多いってことは、色んな人にちゃんと読んでもらえてるってことかなあ。
だとしたら嬉しい限りです。




