14、海を挟んで
「では諸君、作戦行動開始だ!」
アネシュカ・アダミーク閣下の声が響く。
集まっていた軍人たちが一斉に動き始めた。バラバラに自らの配置へと向かって行く。
今いるのは、真竜湾の大陸側にある港町だ。軍港と基地に改造されたその場所には、メノア帝国右軍の大規模戦力が集まっていた。
飛行船は『ルドグヴィンスト改』『カノー』の二隻。
他は海上戦用に改造されたEA百一機と同数の小型高速戦闘艇。長距離射撃戦用の魔力砲撃強化型ボウレも十五機用意されており、停泊中の軍船に乗っている。
「冬の終わりを知らせる、凪の一週間か」
真竜諸島と大陸の間には、大洋から暖流が流れ込み、海水は比較的温かい。故にこの季節まで海面を氷が覆うことなどないそうだ。
さらに地元の漁師曰く、今日からしばらくは、波の穏やかな日々が続くそうだ。
つまり、絶好の侵攻日和というわけだ。向こうもわかっているとは思うが。
オレは目元を隠すマスクを正しながら、ダリボルの待つルドグヴィンストの前へと歩いていた。
「シュタク少佐、本気で一人でやるんですかい?」
髭面の船長ダリボルが不安げに尋ねてくる。
「ヴラトニア攻略戦を思い出してワクワクしてこないか?」
「あんときは戦々恐々でしたよ……」
我が特務小隊に補充はない。
コンラートは戦死扱いの行方不明、テオドアは戦死。
ミレナは今、コンラートとテオドアの件について、友人でもあった彼女は尋問を受けている。
というわけで結局、また一人の戦場に戻ったというわけだ。
真竜国に組するなんて、コンラートめ。巻き込まれても、もう面倒は見ないぞ。
周囲を見回す。EAはオレの分しかない。
身軽で何よりだな。
元々、一人で充分だったということか。
そう考えれば、納得もできる。
復讐に子供連れなんて、バカらしい話だったんだ。
「ハーイ、ヴィート」
気楽な調子で手を上げる白衣に軍服の女が近寄ってくる。
「……何でお前がいる、オラーフ」
「そりゃ、アンタの波乗り板の整備、誰がやると思うのよ」
得意げに笑う軍服に白衣のハーフエルフを見て、大きなため息が漏れる。
「調子は大丈夫なんだろうな?」
オレは飛行船の横に控えている黒と紺のEAを見つめる。今回限りの特別仕様機、バルヴレヴォ・イニシャルタイプ・シーモードだ。
肩には『波乗り板』と呼んでいる人間大の十字架があった。大人ぐらいならすっぽりと入る厚みがある。さらにすり鉢状の魔素噴出口が上向きに設置されていた。
その表面には多数の魔法刻印が刻まれており、これが今回の奥の手だ。
「もちろんよ。波乗り板の調教は済んでるし、魔法刻印も、あのクソ主任が絶対の自信を持って送り出したんだしね」
「わかった。それで、例の物は?」
「はいこれ」
オラーフが差し出したのは、ずしりと来る重量の、小さな黒い十字架のアクセサリだった。
「バルヴレヴォの装甲から削り出したか」
今回はいつものバルヴレヴォは帝都で留守番中である。クソ重いからな、あれは。
「お守りだそうよ。鎖をつけといたから、胸から垂らしておきなさい。使うときは」
「わかってる。最後は星に願いをかけるさ。では行くか」
飛行船ルドグヴィンストを見上げた。
そこのバルーン部分の先端にもまた、十字架を模した大きな装置がつけられていた。エディッタが開発した動体探索と同じ、魔素を飛ばす機構を備えた特殊な魔道機器である。
今回の作戦の重要な要素を一通り視認する。
それから人間大の十字架を担いだEAへと近づいた。
「こりゃ、後に十字架作戦と言われるかもしれんな」
独り言を呟いてから、EAへと手をかけた。
■■■
真竜湾に面した真竜諸島共和国側の港に、彼ら竜騎士はいた。
四人の竜騎士が波止場に並び、その背後には聖色竜と呼ばれる大きな竜が座っている。人間など一噛みで砕くような巨大さだった。
「今日は穏やかだな……来るなら今日か、帝国め」
三十台半ばぐらいの、がっしりとした体格の男が告げる。
未だ冬であり、風は冷たい。
タラリス海から暖流が流れ込む真竜湾といえども、凍えるような寒さだ。
「アッケルマン副隊長、敵が雁首揃えて襲ってくるなら、ありがたいことですけどねえ」
同じような年齢の男が笑いかけると、他の二人も同調して笑みを浮かべる。
「うむ。そうだな。我らは四人だけの竜騎士で、敵は千を越える大部隊だそうだ。この真竜国を守る聖色竜の騎士として、相手に不足はない」
「いやぁ、この二年間、海に住む生き物にゃ悪いことをしてきましたがね。ようやっと穏やかな海に戻りますか」
「そうだな。帝国の兵器を海の藻屑としてきた我々だ。そして空は我々の世界だ。飛行船だろうが、鎧型の新兵器だろうが、恐るるに足らん」
力説するのではなく、酒場の会話のような雰囲気で、竜騎士部隊の彼らは言葉をかわす。
アッケルマン初め他の隊員たちもわかっているのだ。
先日、他の竜騎士たちが乗る竜が、帝国の潜入工作員により毒殺された。
残っているのは今、目の前にいる四頭の上位竜だけだった。
それで帝国の大部隊による波状攻撃を守らねばならない。
勝てるかといえば、負ける。
だが、勝たねばならぬ戦いだ。
「あ、アッケルマン副隊長ー!」
彼らが談笑していると、一人の年若い鎧の女が走ってくる。その肩には大型の猛禽類が止まっていた。
「どうした? ロマナ。そんなに慌てて」
「間諜から報告が! て、帝国が大艦隊で出発したそうです!」
「やはり来たか!」
「それと! た、隊長が!」
「隊長が!? 戻られたのか!」
「は、はい。もう見えると思います! あ、あそこ!」
ロマナと呼ばれた女性が指さす先は、海の上だ。そこには何か巨大な物体がこちらに向かってきている。
「おーい! 帰ったぞー!」
その上から手を振る女性がいた。
「隊長!」
「隊長だ! エリシュカ隊長だ!」
「戻られたぞ!」
集まっていた人間たちが騒ぎ出す。
「……なんだありゃ」
アッケルマンが戸惑いの声を出す。
巨大な亀と、それに牽引される船。そして横には波をかき分け進むEAまでいる。
迎えに出た人間を混乱させるそれが、勇者たちの真竜国へ帰還風景であった。
「なんですと!? スホルテン議員が敵と密通!?」
一通り、帰還の挨拶をかわした後、エリシュカが発した言葉にアッケルマンが驚愕した表情を浮かべる。
「ああ、そうだ。そのスホルテン議員が開発している南西の島から、帝国領土内に海底隧道が伸びているそうだ」
「では、大部隊による侵攻だけではない、二面作戦と」
「そういうことだ。我々真竜国軍は、この二つに対応しなければならない」
「……なるほど。確かにスホルテン議員は前々から黒い噂の絶えない男でしたが……よもやそこまで」
「今はスホルテンを拘束している時間はない。場所はこちらのコンラートが知ってる」
エリシュカは後ろに控えていた背の低い少年の腕を掴み、前に引っ張り出す。
「彼は、どちらの?」
「元帝国軍人だ。帝国軍の横暴に耐えかね、我らとともに戦ってくれる。優秀なEA使いだ」
コンラートはすでに軍服の上着を脱ぎ、普通のコートに着替えていた。
変におだてられ、複雑そうな顔を浮かべる。
「何でも良いから、地図を見せてくれよ。場所はオレが覚えてる」
「あ、ああ。わかった。ロマナ、すぐ持ってこい」
アッケルマン副隊長の言葉に、伝令兵のロマナが返事をして駆け出す。
「何はともあれ、コンラート君だったか。歓迎するよ、ありがとう!」
そう言って、がっしりとした体格の竜騎士が、何度も肩を叩く。
「ってぇえ! て、手加減しろよ!」
「おお、すまん。だが、キミのように前途ある若者が、こちらの味方をしてくれるというのだ。間違いなく流れは来ている。勝てるはずだ。ありがとう、コンラート君!」
真摯な面持ちで真っ直ぐとした目を向けられ、コンラートは少し戸惑う。
ここまで歓迎されるとは思っていなかった。
元は帝国軍人だ。信じられるかと罵られるのも覚悟していた。
だが、初対面のアッケルマンは笑顔で歓迎してくれた。
悪い気はしない。だが、どこか居心地の悪さを感じ、ぷいっと顔を逸らす。
「へっ、オレがこっちについたんだ。絶対にあの仮面野郎の好きにはさせねえよ」
そんな彼の照れ隠しを見たアッケルマンは、一瞬だけエリシュカに視線を寄越す。
送られた方も小さく頷いた。
竜騎士隊副隊長のアッケルマンも、もちろん諸手を挙げて歓迎しているわけではない。元は敵同士だ。
だが、エリシュカの態度から、こういう歓待をするべきだと咄嗟に判断しただけだった。
それが正解かどうかの、確認の目配せだった。
小舟からゴーレムや老冒険者に勇者、そして最後に賢者が降りてくる。
「さて、コンラートに場所を教えてもらうとして、私たちはどう分かれる?」
彼女がエリシュカに話しかける。
「セラ、私は竜騎士たちと海竜で出るが、構わないか?」
「……行くのね?」
「ああ。海竜は海上戦力としては強力だ。足の速さは聖色竜ほどではないが、こいつの水流砲撃は強い」
「わかったわ。私も行く」
「では、私とともに頼む」
そこに勇者が近づく。
少し疲れた顔色をしており、その表情を防寒用のマフラーを首に巻いて隠そうとしていた。
彼女の肩に手を置きながら、老冒険者メンシークが口を開く。
「儂とリリアナ殿、それにアーシャ殿は海上では役に立たん。海底隧道を塞ぎに行く」
その言葉に勇者は何かを言いたそうに、メンシークを見上げた。しかし一番の年長者でもある老冒険者は首を横に振る。
結果、それ以上は何も言わずリリアナは、ゴーレムに荷物を載せるアーシャの元へ歩いて行った。
その様子を見送った後、賢者は青い髪の少年に視線を移した。
「そうね……わかったわ。それで、コンラートはどっちにする?」
賢者が問い掛けると、青い髪の少年は眉間に皺を寄せる。
「お前らに任せる。オレを見張らなきゃいけないだろ?」
「いえ、好きな方でいいわよ。どちらも足りないしね。あなたを信じるわ」
その言葉に、コンラートは一瞬目を見開く。
だが、すぐにしっかりとした目で、
「帝国本体と戦う」
と告げた。
「いいの?」
「EA用戦闘艇はあるんだ。オレもそっちに行った方が良いだろ? それに」
彼は一端言葉を切った後、瞑目した。
テオドアの死。
それもヴィート・シュタクによって殺された。
ならば、軍学校からの同期として、友人としてやらねばならないことが、彼にはあった。
だから、コンラート・クハジークは目を開いて、力強く、
「隊長……いや、ヴィート・シュタクを殺すのは、オレだ」
と宣言したのだった。
ミレナ・ビーノヴァーは、出発ギリギリで飛行船カノーに乗り込み、その艦橋へと入った。
「失礼します! 特務小隊ミレナ・ビーノヴァー中尉、入ります!」
内部に入ると同時に敬礼をした。船員たちはチラリと見るだけで、すぐに自分の仕事に戻る。
「ビーノヴァー中尉、ご苦労だったな」
彼女が戸惑っていると、船長席に座る黒髪の女将軍が、肩越しに声をかけた。
飛行船の窓から見える眼下には、帝国艦隊が列をなして北西へと向かっている。
「い、いえ! お役に立てず申し訳ありません!」
テオドアとコンラートの件で諜報部に拘束され、作戦開始直前まで、知っている限りの情報を引き出されていた。
もちろん彼女は何も知らず、精々コンラートの様子が変だったことしか覚えていない。
「戦争に参加しないのも寂しかろうと思ってな。私の船に乗せるよう言っておいたんだ」
「お、お気遣いありがとうございます!」
「そういえば貴公は、ヴィレームに会ったそうだな?」
「はっ! 南方での休暇中にお声を掛けていただきました」
それは南方での初期海上訓練前に、休暇中の第三皇子に出会った話だ。アネシュカ・アダミークが第三皇子の母であることは、周知の事実である。
「どうだった?」
「ご聡明な方のように感じられました!」
緊張した様子で精一杯のお世辞を言うミレナに、アネシュカが、さも愉快と喉を鳴らす。
「貴公はヴィート・シュタクの方が好みか。あんな仮面の男が良いとは、変わり者だ」
「い、いえ、そういうわけでは! た、ただシュタク少佐は尊敬できるお方です。部下に対しても寛容で、その……」
「わかったわかった。ところで、行方不明の二人とは仲が良かったのか?」
「は、はい。士官学校からの同期でした!」
二人とは、もちろん金髪のチャラ男と青い髪の生意気な少年のことだ。
赤髪の若き中尉にとっては、彼らは同僚であり軍学校からの同期である。
しかしテオドアは目の前でヴィート・シュタクに殺され、コンラートはそれを見て裏切った。
ミレナは目の前の出来事が処理できず、立ち竦むだけだった。
「諜報部からは何と聞いた?」
「はっ……テオドアは敵と通じていたと……。確かにアイツはお調子者で面倒くさがりでしたが、その、裏切るようなヤツとは」
話しているうちに目尻に水滴が浮かび、言葉がつまる。
会った頃から気に食わない人間だったが、それでも生真面目で煙たがられがちのミレナに声をかけてくる変わった男だった。
コンラートはテオドアを通じて知り合った、剣術バカだった。二本の刃を振り回すミレナにとっては、身近なライバルでもあった。
その二人がいなくなった。
「裏切るなら、早めにな」
アネシュカがからかう。
「う、裏切りません! 私は帝国軍人です!」
涙を拭いながらも、ミレナははっきり答える。
彼女はおよそ貴族令嬢としては失格という自覚がある。
礼儀作法や流行の衣服をまとうより、剣を振る方が楽しい人間だからだ。
それでも軍人としては上司に優秀だと誉められ、副隊長にまで推薦してもらった。いつも目を掛けてもらっている。
だが、友人二人がいなくなった。
ヴィート・シュタクは二名を行方不明と戦死扱いにしている。なぜなら裏切りだとわかれば、家族まで処刑される。
それが彼なりの温情だったと、ミレナも理解していた。
しかしコンラートの場合、真竜国側として姿を見せれば、どうなるかわからない。
不安さを隠せない年若き中尉を見て、将軍は慰めるように優しく笑いかけた。
「そうか。なら、これからの戦闘を目に焼き付けておけ。それと」
「はい」
言おうか言うまいか迷った後、アネシュカが左目を覆う布をなぞり、
「裏切るつもりがないなら、これからもあいつの味方でいてやってくれ」
とミレナに願うのだった。
なんかもう読んでいただいて、ホントありがとうございます




