12、泥で作られた船
「賢者め! 時間稼ぎに徹するか!」
ヴィート・シュタクが苛立った声とともに、周囲に張られた氷の塊を剣で弾く。
「残念だけど、私の魔力量はかなり多いわよ!」
対する賢者セラフィーナは、戦闘開始からずっと、賢者は氷系統の魔法を連続で使っていた。帝国のEAに対して、足止めに徹している。
氷の壁を作ってはEAたちの周りを囲み、それを壊そうとしている間に足元に冷気を這い寄らせて、足を凍らせる。
この北の地はかなり温度が低い。賢者が使う魔法とも相性が良かった。
だが決して彼女が優勢というわけでもなかった。
事実、今のセラフィーナは肩で息をしている。
かれこれ三十分近く、ずっと多彩な氷の魔法を繰り出している。いくら称号持ちとして膨大な魔力を持とうとも、限界はある。
「それもそろそろ限界か」
その魔力量に呆れるばかりのヴィート・シュタクだったが、損傷も消耗も何一つなかった。
ただ、いつものバルヴレヴォと違い、海上戦闘用に仕立てた新EAは装甲が薄い。相手の魔法を無視して攻撃を仕掛けるという手段を取ることができなかった。
代わりに増した速度も、賢者の魔法によって意味をなしていない。
黒いEAが屋根の上に飛び乗る。
そこもすでに氷が張られているが、ヴィート・シュタクの技量なら足を滑られることもなかった。
「まだやれるわよ!」
セラフィーナが黒いEAの周囲を囲むようにドーム状の分厚い氷を張る。完全に作られた半球を、魔力砲撃で穴を開け、剣で打ち砕く。
「帝都で氷屋でも始めた方が良いんじゃないか、賢者!」
「あなたを倒した後でなら、いくらでもしてあげるわよ! 氷陣舞い浮かばせ、三つの鍵、弾かれよ、凍槍散砕!」
彼女の詠唱の終了とともに、ヴィート・シュタクへと鋭く尖った氷の槍が降り注ぐ。その数は三つだが、足元の悪い中では仮面の男も簡単に避けられず、一つを剣で弾き、二つ目を左手で撥ね除け、最後の一つを回し蹴りで打ち砕く。
「っと、面倒な。だが!」
妨害ではなく攻撃を仕掛けてきた。
ならばまた妨害をされる前に、懐に飛び込むしかないと決め、黒いEAが屋根を踏み砕き、一気に賢者へと近づく。
「その首、氷付けにして帝都に飾ってやる! 溶けて腐るまでな!」
「くっ!」
左手で十ルーほどの氷の礫を大量に放つが、ヴィート・シュタクが魔力砲撃を放ちまとめて破壊した。
「死ね」
その男の声が間近に聞こえる。
「こ、この! 古の氷壁、我が前に!」
賢者は杖を持ち両手で残った魔力を注ぎ込み、分厚い氷の壁と共に魔力障壁を全力で張った。
その二つの壁を薙ぎ払おうとし、足を踏み込む。黒い鎧の右腕、その内部にある魔法刻印がうなりを上げた。付与魔法の出力が増大する。
氷の壁は砕け、魔力障壁を突破する。
だが、勢いはほとんど殺せた。
賢者は何とか持っていた杖で受け止める。
残った魔力はほとんどない。
相手の放った圧力に逆らわず、わざと大きく吹き飛ぶ。
五ユルほど飛ばされ、賢者は地面へと落ちた。
「その顔も見納めだ」
セラフィーナは背中にぞわりと悪寒が走るのを感じる。
「隊長!」
そこへ、男の声が響いてきた。
白地に緑色の線が入ったEAが、ヴィート・シュタクに駆け寄ってきていたのだった。
テオドアが来ていたことは、コンラートは気づいていなかった。
冬の山の中にある小屋であり壁の板は分厚く隙間もない。その上、勇者がテオドアに気づいたのは、少し離れた場所だった。
そしてヴィート・シュタクが賢者と戦闘を始めた頃、リリアナはコンラートを今までより強く縛り上げ、
「コンラート君、悪いけど、大人しくしててね」
と言って急いで、小屋から出て行った。
ほとんど身動きが取れなくなったコンラートだったが、それでも背中に回されて固定された手首から先は動かせる。
全身を縛られた状態で何とかベッドから転げ落ち、その下に隠していたナイフを掴む。
「くっ、こんなもん!」
何とか手首を返してロープに切れ目を入れ、十分ほどの格闘した結果、彼は自由になる。
――あのちっちゃいヤツもジイサンもいねえ。
何が起きたのか疑問に思い、コンラートは周囲を覗いながら小屋から出る。
「舐めてんのか、ホントに誰もいねえぞ……」
寒さに身を震わせながら、人の気配を探すが、何も見当たらない。
「おっと」
小屋から少し離れた木の陰の中に、葉っぱや枝で隠された自分のEAを見つける。
「……見つけてどうする」
今更ノコノコと戻るのか。ヴィート・シュタクが許すのか。
テオドアの話ではコンラートはともかくレクターだけは持ち帰れと指示されたらしい。
だから彼は不安を抱いていた。
ふと地面を見れば、勇者のレクターとアーシャのゴーレムが走った痕跡が見える。それは山小屋から伸びた細い道を進んでいた。
「何はともあれ、勇者たちを追いかけてみるか……」
ヴィート・シュタクはともかく、テオドアやミレナに顔を見せるぐらいはした方が良いかもしれない。
その後にどうするかはわからないが、軍学校からずっと同期だったのだ。いつもやかましいミレナだが、それでもしばらく聞いていないと、どこか寂しいものを感じていた。
「レクター持って帰れば、隊長も文句ねえだろ……」
それは、仮面の男に許して欲しいという気持ちの裏返しだとは、彼自身も気づいていない。
EAに乗っていた偽装用の葉や枝を払い、装甲を開けて中に乗り込む。
コンラート・クハジーク十五歳。成人したばかりの年齢で、まだ少年と言ってもおかしくない容姿だ。
彼は自らの愛機であるレクターに乗って、戦場を目指す。
そこで見るものが、彼に何をもたらすか知らぬままに。
テオドア・シンドレル。十八歳。
東方ブレスニーク領に近い場所にある子爵の家に生まれる。
家は先祖のこさえた借金によって貧しく、また領地は険しい山裾にあったもので実入りは少ない。
それでも気さくな両親と、ノンビリとした領民たちに囲まれ、彼自身もノンビリとした暮らしをしながら育った。
彼は次男であった。帝都で軍学校に入った長兄が家を継ぐ予定であったし、兄も貧しい貴族の割には優秀だった。
それに加えてテオドアの母は、ブレスニーク公爵が側室に生ませた子供であった。ゆえに孫だとも言える。
ブレスニーク公爵も鬼ではなく、側室の子供に対し関心は薄いものの、力の及ぶ貴族の家へと嫁に出した。そしてシンドレル子爵家に対しての金銭的援助も行った。
それでも彼らの家は貧しかった。
なぜなら、末の子供であるテオドアの妹が大病を患ったからだった。
ブレスニーク公爵家の伝手を借り、何とか良い治癒魔法の使い手を見つけて治したが、後遺症が残り、一年の大半をベッドの上で過ごすようになった。
その後遺症を抑える特殊な薬が手放せない体になり、その薬代がまた子爵家の家計を圧迫した。
シンドレル子爵家は元々、稼ぎの少ない領地であり、そして領民から搾り取ることも良しとしない模範的貴族だ。
優しいテオドアは何とか妹の薬代を稼ごうと、弓で獣や魔物を狩って金を稼いだ。
そこでわかったのは、テオドアに天賦の才というほどのものはないが、何をやってもそこそこ優秀であるということだった。
そんなテオドアが十二歳になる前の話だ。
ある日、ブレスニーク公爵家から使いが来る。
テオドアが優秀なら軍学校に入り、その後は公爵家に使える従者にならないか、ということだった。
シンドレル子爵家は公爵家に返せないほどの恩があり、また妹の薬の件で今も世話になっている。母の生家でもあった。
テオドアは妹以外のことになると、かなり不真面目だった。何をやってもそこそこに優秀だったせいもある。
ゆえに悩んだ。
狩りで金を稼げるが、いつまで経っても裕福にはならない。領地も貧しいままだ。
その上、長兄が軍学校を卒業し、何年か経験を積んだ後は戻ってくる。
ならば外に出て公爵家で働き、もっと良い治癒魔法の使い手を探して、妹を完治させてやりたい。
「……お兄ちゃん? どうしたの? 珍しく悩んでる?」
十一歳のテオドアを、ベッドの上から儚げな妹が心配げに見上げる。
「何言ってんのー、ソニャ。オレっちが悩むわけないよー」
「……そっか。テオお兄ちゃんはいっつもヘラヘラしてるもんね……」
細い手足をした金髪の少女が、力なく笑う。
「そうだよー」
「でもね、おにいちゃん、あんまりソニャのことで悩まないでね」
「……ソニャ?」
「おにいちゃん、才能いっぱいあるから、がんばってほしいな。こんなところで終わる人じゃないよ」
妹のソニャは、病弱で体力はないが、テオドアより聡明で優しかった。
ゆえに優秀な兄の行く末を、幼い頃から心配していた。
「でもオレっちさぁ、真面目に働くなんて無理な気がするんだよねー」
「できるよ、おにいちゃんなら」
「そう?」
「おにいちゃんなら、なんでもできるよー、それこそ聖騎士様みたいに」
東方では、勇者より聖騎士が崇められていることが多い。ブレスニーク公爵家の影響が強いためだ。
「……そっか」
「そうだよ」
期待を込めて見上げる妹を見て、テオドアは決めた。
「ソニャが言うなら、そうかもねー」
もう少しだけ真面目になってみるかな、と。
だから彼は公爵家の言う通り帝都の軍学校に入り、今までよりは真面目にやった。
その結果、EAをまとう資格を得た。
そして軍学校を卒業して、治安維持の左軍かなんかを志望するかなとテオドアが考えていたときのことだ。
彼はブレスニーク公爵に呼び出された。
「我が孫、テオドア・シンドレルよ、頼みがある」
何回か会ったことのある母方の祖父。その顔に嫌な予感を覚えていた。
「な、なんすか、じっさま」
「お前には右軍に入って欲しい」
「う、右軍? えー……」
「ヴィート・シュタク。この男を見張って欲しい」
「え、帝国の英雄じゃないっすかー……」
「もし隙あらば殺しても構わん」
「え、ええぇ……」
やばい、泥船だ。
テオドアは相変わらず不真面目で、公爵家に対して恩義はあれども、忠義は抱いてなかった。
「頼むぞ、テオドア」
だが、それでもやはり妹のことで恩義がある。薬の手配も、公爵家の世話になっている。
こうしてテオドア・シンドレルは、嫌だ嫌だと思いながらも、泥船に乗ってヴィート・シュタクを追い続けることになった。
時は経ち、彼は北の地の宿場町で、レクターという名のEAに乗り、ヴィート・シュタクに近づいていった。
勇者から裏切るように言われた。
公爵家からの命令でレクターを手に入れるためには、従うしかない。
何より妹のためだ。
彼は不真面目だが、それでも妹のためなら、ある程度は頑張れる男だった。
「た、隊長、コンラートは助けましたー」
「そうか。ご苦労だった」
「ゆ、勇者が近づいてきてます-」
いつもの調子を心がけながら、ヴィート・シュタクの黒いEAに近づく。
賢者はすでに魔力切れのようだが、勇者は近くで見張っているはずだ。
ヴィート・シュタクは敵には厳しい男だ。だが、味方には異常なぐらい甘い。というより、年下の人間に甘いように思えた。
テオドアは明らかに信用に値しない人物だが、それでも自由にさせている。何か目論みがあるだろうが、それでも目の前の黒いEAの男は排除しなかった。
これが最後のチャンスかもしれない。
レクターを持って帰ったら、姿を消して別人にでもなろう。そして、報酬をふんだくって妹の薬代にして、後は好きに生きよう。
「いやー、隊長、苦労しましたよー」
「まさかやり遂げるとは思わなかったぞ、テオドア」
少しだけ楽しそうな仮面の男の声が聞こえた。
彼が鎧の中からチラリと横を見たのに、テオドアは気づかない。そこに諜報部がいて、手鏡による光の反射でサインを送ってきたことも、彼にはわからなかった。
「や、やるときはやるっすよ、オレっちもー」
テオドアは一歩、また一歩と、声をかけながらヴィート・シュタクに近づく。
「それでコンラートは?」
ギリギリ相手の剣が届かない距離、弓からの魔力砲撃なら確実に仕留められる場所。 そこに辿り着いた。
「近くで休んでますよー」
幸い、ヴィート・シュタクはいつものバルヴレヴォではない。装甲が薄い軽量型を持ち出している。
「そうだな。少し見くびっていたようだ。待ってろ、今から賢者にトドメを刺す」
――今しかない。
「だからなテオドア、その前に」
続くヴィート・シュタクの、どこか楽しげな声。
「な、なんすか、隊長」
弓型武装の持つ手に力が入る。
「死ね」
スッと、音もなくテオドアの体に剣が突き刺さる。
ヴィート・シュタクがEAの装甲の隙間から、彼の胸を突き刺した。
「う、そ……」
兜の中で血を吐き出し、テオドアは前に倒れる。
「テオドア!!」
すぐ近くから、ミレナの叫ぶ声が聞こえた。
「テオドアー!」
遠くから、コンラートが叫ぶ声が聞こえる。
――ああ、ホント、泥船から降りられなかったなぁ。
そう後悔しながら、テオドア・シンドレルは意識を失っていくのだった。
悩んだけど、テオドアはこういう結果に
妹のソニャは少し後で出てきます




