表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/170

18、聖龍レナーテ




『さすがに我が子らが危機に陥れば、出ざるを得まいよ』


 その巨大な喉の奥から響いてくる声は低く腹の底まで響き、辺りの空気を打楽器のごとく振るわせる。


「クククッ」


 こいつが聖龍レナーテか。笑いがこみ上げてくるな。


『魔法付加鎧と言ったか。なかなかヒトの性能を上げるように思われるな。まさか剣聖が敗れ、賢者も倒れ勇者も窮地に落ちるとはの』

「お褒めに預かり恐悦至極に存じます、聖龍陛下」


 オレは冗談めかして、胸に手を当て頭を下げる。


『しかし、たったその程度の数で、私に敵う気か、愚かな。愚かなり悪魔の国』

「敵う? バカが。蹂躙するんだよ、オレが。このオレが。ヴィート・シュタクがな」

『ハーッハッハッハッハッ、面白い、やってみるが良い、ヴィート・シュタクとやら』


 トカゲごときがまるでヒト様のように笑い声を上げる。

 カンに障る、シャクに障る。

 オレは人差し指で自分の頭を指し示す。


「ちなみにな、オレは最初から気づいてたんだよ、最初からだ、バカトカゲ」

『む?』


 龍はその瞼を半分閉じ、訝しげに睨む。


「レクターシリーズに刻まれた、無駄にも思える召喚陣。勇者のEAから漏れた魔素に帰る前の魔力、そして竜の鱗を使った装甲。バカみたいに一つの方向しか示していねえ」

『ほう?』

「それは竜の召喚。聖白竜なんてものじゃない。本物の聖龍レナーテを呼び出すため。だったら良かったんだが、今回はヴラシチミルの解答が正解か」

『ハハハッ、貴様の言う通り、これは魔力で編まれた仮初めの体、いにしえの魔法よ。しかして、どうかの。我は古代より永く生きた竜。その辺りの子竜などと同じと思われては、あっという間に終わるぞ』

「どうだろうな。どちらにしても、我々が蹂躙して終わる。しかしこのような申し出、ありがたくて涙が出ますな、レナーテ陛下」

『ヴィート・シュタクよ。何を囀っておるか』

「いや、予行演習が行えるというわけだ。貴様の本体をやるときに対する演習さ」


 ちらりと横を見る。リリアナが腰を落とし呆然としていた。装甲に細かいひび割れが見える。触媒として使用され、龍鱗の装甲が劣化したようだ。


『リリアナよ、下がっておれ。このレナーテがこやつらの相手をする』


 トカゲが優しげな声をかける。途端にリリアナのEAが宙に浮かび、レナーテの遥か後方へと優しく下ろされた。魔力消費が膨大な浮遊魔法を、こうも易々と……。

 未だ何が起きたか把握しきれないのか、そのままへたり込み、呆けた顔でこちらを眺めている。

 あそこなら戦闘に巻き込まれることはなさそうだ。

 そこだけはトカゲに感謝してやっても良い。

 僅かな間、瞼を閉じる。

 さあ、楽しい予行演習を始めようか。こいつを倒しても本体に影響はないらしいが、実力の一端を計ることぐらいはできるだろう。

 背中越しに、帝国軍のEAたちを見る。

 EAの兜に仕込まれた拡声の付与魔法陣を最大出力で回す。


「さあ諸君、楽しい楽しい復讐の予行演習だ。どうも聖龍レナーテ様は我々を舐めきっておられる。屈辱を思い出せ諸君。このようなトカゲ風情が我ら帝国の土を踏みにじったのだ。ではどうする? 諸君、声を上げよ!」


 突然の事態に戸惑っていた連中だが、ミレナ・ビーノヴァーが真っ先に、

『殺します!!』


 と叫んだ。


『そうだ、そいつは敵の首領だ!』


 彼女に続き、他の兵士たちも声を上げ始める。


『蹂躙された領土の民の無念、晴らしてみせる!』

『そいつさえ倒せば戦争は終わるんだ!』

『オレの妹は竜騎士に焼かれて死んだんだ!』

『殺してやる!』

『殺せ』

『殺せ!』

『殺せ!!』

『殺せ!!!』

『殺せえ!!!』


 怨嗟は殺意に変わり集団で醸成され、蹂躙の決意となる。


「よろしい。では全EA、魔力砲撃、構えよ」


 聖龍レナーテの方へと視線を戻し、剣を振り上げた。


「帝国の精鋭たちよ、かかれ!」


 号令に従い、EAたちが左手から魔力砲撃を放ち始めた。


『うおおおおお!!』

『皇帝陛下万歳! エリク皇太子殿下万歳!!」

『しねえ、真竜国!!!」

『下等なトカゲに操られる蛮族どもめええ!!』

『くそったれがああ!』


 巨大な竜は光る障壁を前面に張り、自分の体を守る。


『ほほぅ、これほどの砲撃、この千年で味わったことなどないの。悪魔以来じゃ』


 余裕のある声が頭の上から降ってくる。

 さすがは伝説の竜ってところか。

 ヤツは長い首をもたげ、長い口を開いた。

 そこに魔力の反応が集まっていき、一つの光源となる。


「全員、砲撃やめろ!! 魔力障壁!! 正面にいるヤツは逃げろ!!」


 咄嗟に声を上げるが、その瞬間にレナーテの大口から熱線が放たれた。

 轟音が鳴り響き、地表が割られ舞い上がる。熱は土を溶かし、射線上にいたEA一機が蒸発して消えた。


『ほほっ、久しぶりに放ったの』


 弾んだ調子で楽しそうにトカゲ野郎が語る。


「怯むな諸君! この程度とは想定よりかなり下だぞ! 全員、槍を構えろ!」


 ボウレたちが槍を構え、前方へと突き出す。


『今度は何をしてくれるかの、ヴィート・シュタクよ』

「長槍突撃! かましてやれ!」


 長い円錐状の先端をレナーテに向けて、近い場所のEAから順番に突撃を始める。

 ぶつかるたびに障壁が揺れ、その厚みが減っていくのがわかる。


『なるほどなるほど、これほど近づかれては、確かに砲撃は放てん。じゃが』


 レナーテは地面についていたシッポを振り回し、突撃してくるボウレたちを薙ぎ払おうとした。


「バカが!」


 そこへオレが走る。

 剣を縦に構え左手を当て、その尾の先端を受け止めた。

 重い。確かに重い。踵が地面に埋まる。

 だが、このバルヴレヴォを弾き飛ばすほどではない。


『何!?』

「この鎧が何のために開発されたと思ってるんだ、トカゲ」

『ぐっ、この!』


 勢いを付けて振り回した尾を弾かれたレナーテは、短い手を付き首を地面スレスレまで落とし、上顎を開く。その喉の奥にはEAを溶かす業火がたゆたっていた。


「広範囲に来るぞ、全員、正面に立つな、回避!」


 EAには内部の人間の身体能力を高める魔法がかけてある。熟練の魔法剣士の増産と呼ばれる理由の一つだ。

 ゆえに、そんな予備動作が長い攻撃など当たりはしない。

 レナーテの口から、轟と空気を揺らし燃焼させる音が周囲に響くが、EAたちに被弾はない。


「いいぞ、さすが左軍のEAたちだ!」


 掛け値無しの褒め言葉を送る。

 帝国軍は対外敵のための右軍と、国内の治安維持を司る左軍に分かれている。

 今回の部隊は左軍が主だ。

 そして、治安維持任務には、魔物退治も含まれているのだ。EAより遥かに大きな生物だって相手にすることがあるのだ。


『ぬぅ、やるな、さすが悪魔の国よ!』


 悔しげに叫ぶ聖龍レナーテ。


「ははっ、トカゲ様は大したことないなぁ」

『ぐぬ、本来はこんなものではないと言えるが、説得力がないかの……』


 一度、全てのボウレたちが距離を取り、再び槍を構え突撃の準備に入る。


『じゃがの』


 レナーテの巨躯が首をもたげ足をつき、天へ向けて口を開いた。


「……何だ?」

『永きを生きるとは、こういうことじゃ』


 龍が直上に向けて熱線を放つ。

 何の意味があるのか、オレたちが計りかねているときだった。

 百ユルほど昇った熱線が、そこで傘のように分かれ、拡散された高熱の煌めきが地表に降り注ぐ。


「全機、魔力障壁、上だ!!」


 腕に仕込まれた障壁増強の付与魔法を走らせ、自分の周囲を守るように魔法を防ぐ盾を作り上げる。


「ぐっ、これは……!」

『散るが良い』


 岩さえ溶かす膨大な熱量の攻撃が、オレたち目がけて襲いかかったのだった。

 地響きと破裂音、そして岩を砕く音が続いた。

 土煙が高く舞い上がり、着弾点は溶け落ち、周囲の岩盤が砕け散る。

 オレのバルヴレヴォにも、相手の攻撃が直撃したようだ。しかし、この装甲に傷はついていないようだ。

 辺りを見回す。

 舞い上がった砂の向こう、右前方から巨大な影が迫ってきた。


「おっと!?」


 咄嗟に反対側に飛び、その攻撃を回避する。


『ほほぅ、かわしたか』


 すぐ近くに鎌首をもたげたレナーテがいたようだ。

 オレを噛み潰そうとしたようだ。


「なかなかに手強いな、トカゲ」

『私を見てトカゲなどと嘯くものなど、貴様ぐらいしかおらぬわ、ヴィート・シュタク』

「所詮はデカいトカゲに知恵が付いたようなものだろう? 聖龍レナーテなどと大層な名前で呼ぶまでもないわ、バカが」

『ふふふ、はははっ、良い、実に良いわ、その不敵さ、さすが悪魔の国の先兵じゃ』

「お褒めにいただき光栄至極……だが死ね」

『できるかの? たかだか付与魔法をつけた鎧ごときに』


 鎧の中の拡張された視界で状況を確認する。

 ボウレたちはほぼ半数が戦闘不能、これで二十機足らずか。レクター三機は残っているが、魔力砲撃が強力なテオドアの緑色以外は、有効な攻撃がない。

 さて、ではどうするか。


「しばし、オレ一人でお付き合いしようか!! 大トカゲ!!」

『誠に勇ましき者よ、かかってくるが良い!』


 敵の大きさは四十ユル近く。

 振り回す巨躯は動かすだけで凶器となり、その高度な知性と膨大な魔力で強力な攻撃魔法を操る。

 神世から生きる、生物としてはおよそ最強の存在だ。


「EA部隊、飛行船『ルドグヴィンスト』まで全機撤退しろ、エリク殿下の指示に従え」

『た、隊長はどうされるんです?』


 強奪任務からの部下であるミレナが心配げに問いかけてくる。


「こいつを殺すに決まってんだろ」


 魔力で編まれた仮初めの肉体のようだが、予行演習としては丁度良い。


『私も!』

「邪魔だから下がってろと言っている。では、エリク殿下の指示に従えよ、必ずな!」


 オレは長剣を右手に持ち、悠然と待ち構える巨大な龍へと向かって行った。






 ■■■




 帝国は狂っている。

 オトマル・アーデルハイトはそう思わざるを得なかった。

 人など遥かに超える巨躯に勇者であるリリアナや賢者セラフィーナすら軽々と超える魔力、長命種ならではの多岐に渡り深い知識。

 そんな存在に、EAで襲いかかる?

 正気ではない。

 やはり帝国は狂っているのだ。あのとき、逃げ出した自分は間違いでは無かった。

 ペトルーという天才付与魔法士に出会い、それしかなかった自信は崩された。

 勇者の末裔たる自分が、その辺の凡俗に見下され、それならば一族の子であるリリアナが勇者であると聖龍レナーテの元に向かった。

 あのような狂人たちを揃えた軍など、自分のような勇者の末裔がいるべきところではなかった。正解だった。

 汗をかきながら竜を走らせ、さっさと戦場を離れよう。戦う手段がないのだ。逃げて当たり前だ。

 言い訳ばかりを繰り返し、息を荒げひ弱な足で逃げようとした。


「オトマル」


 そこに響いたのは女性の声。


「え?」


 次の瞬間に、腹部に痛みが走る。誰かに殴られたことに気づきながらも、彼の意識は遠のいていく。


「こ……んな」


 倒れ込んだ彼の周りに、数人の男が現れた。いずれも帝国軍の服装ではない。

 こうして彼は、この戦場から強制的に離脱することができたのだった。













今更ですが、「バカが」はヴィート・シュタクの口癖です。

『』は魔法がかけられた音声の表現(EA内部から聞こえてくる声やレナーテの声)ですが、ちょっと多すぎるので変更するかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ