17、問い掛け
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『なぜ貴方は、いつも悲劇をもたらすの!』
リリアナは憎悪と哀哭を込めて叫んだ。
ヴィート・シュタクが来る前なら、ほとんど血を流さずに戦闘が収束していたはずだった。
しかし、彼の黒いEAが姿を現した時点で、そんな空気はなくなっていた。
戦意を失いかけていた治安維持の左軍が、今は積極的に戦いを仕掛けている。
頼れる仲間たちも負傷し、動く様子が見えない。
それもこれも、全て黒いEAとその中にいるヴィート・シュタクのせいだった。
『二王国だって、あそこまでする必要があったの!? どうして!?』
叩きつけるように剣を振り下ろせば、漏れ出た魔力が水滴のように弾ける。
受流すことなく勇者の剣を受け止め、バルヴレヴォと呼ばれた黒いEAが光を切り裂くように剣を振るう。
今度は勇者が受け止める番だった。
『悲劇を止めたいみたいだが、そこに君の意思はあるか、勇者殿』
横から迫る鋭い斬撃に対し、垂直に構えた剣で弾き返す。
『悲劇なら止めたいと思うでしょう!? ヴィート・シュタク!』
並のEAなら一撃で剣ごと真っ二つになるような攻撃を、お互いが受け止めては撃ち返す。
『ならば、一番最初の悲劇がなければ良かったんだ、勇者リリアナ』
『復讐だとでも言うの!?』
重い金属同士を高速でぶつけ合う音が周囲に響く。
『復讐だよ、紛れもなく』
『だったら、今度は私たちが復讐する番になる!』
『できるものなら、してみるが良い。根絶やしにされた後でもできるのなら』
『どこかでその連鎖を止めようと思わないの!!』
『思うか!! そんなことを思ってはならないんだ、わからないかもしれないが!』
『私だって、帝国の、ヴレヴォの町にいた!』
その言葉には、帝国軍の兵隊たちでさえ、耳を疑った。
しかし、ヴィート・シュタクは違う。
『だったらどうした!』
『戦争が始まる前に出て行って、昨日、幼馴染みが死んだって、知ったばっかりだった!』
『ならば、なぜお前はそちらにいる!』
『真竜国にも大事な人間がいるの!』
『オレにはいない、いたとしても、殺す!』
何合も剣と言葉を交えながら、黒と白の鎧が戦いを続ける。
『どうして!? あなたに大事な人はいないの!!』
『いるさ、いたらどうした!』
『その人が幸せに過ごすよう、過ごせるよう祈るぐらいはできるでしょ!?』
『できたらどうした、勇者!』
『それを、他の人に分け与えることはできないの!?』
勇者が剣を大きく上から振り下ろす。
ヴィート・シュタクがそれを下から跳ね上げた。
互いがその隙に攻撃させまいと距離を取る。
数ユルの距離を置いて、再び白と黒のEAが剣を構えて向かい合った。
『では聞くが、勇者』
『何……?』
『なぜ、分け与えられる?』
『え?』
『殺したんだぞ、罪もないヴレヴォの町の人間を。誰かが責任を取らねばなるまい』
『だったら、私が』
『だったら、お前がここまで、その責任者たちを、戦争を支持し熱狂した者たちを全員、そっ首刎ねて、ここまで持ってこい!』
『それは……』
『全てだ、全てだぞ、何も漏らすな、何一つ零すな。罪の全てを首だけにして持ってこい! いいか、一つの罪も零すな。その戦争を指揮した者も支持した者も全てだ』
『そんなこと、できるなら!』
『できないから、殺されるんだろう!』
『人に対する罰を、私が勝手に決めるなんて!』
『ならば『判決を下す者』などという、おこがましい名を名乗るな、レクター!』
ヴィート・シュタクが言い放った。
リリアナ・アーデルハイトはそこで初めて、ヴィート・シュタクという男の心根に触れた気がした。
彼が復讐に身を焦がしたのは、誰よりもその人々を愛していたからだ、と理解してしまった。
自分の傲慢さが嫌になった。
正しいことをしよう、それは自分の親しい人を守ることだとリリアナは思っていた。
だが、おそらく戦争当時幼かっただろう男は、その正しいことすらできなかったのだ。
『だからと言って、人を殺して……』
彼女は剣の振りが弱くなったのを自覚した。
『人を殺したんじゃない。オレの恨みを晴らしたんだ』
『だったら、私が……』
死んで詫びて……と言いそうになって、リリアナは自分の唇を噛む。
そんなのはただ自分が楽になるだけだ。ただの逃げ道だとすぐに理解した。
何をしたら良いのかわからない。ここでヴィート・シュタクに勝つことが正しいのか、これを止めるのが正しいのかわからない。
殺してでも止めるつもりだったのに、と思う。
でもそれで、ヴレヴォの幼馴染みたちに、何と伝えれば良いんだと涙が零れそうになった。
そこに、
『だが、君が死ぬ必要はない』
と不意に掛けられた優しい声。
どこかで聞いた記憶がある、優しい優しい音。
ヴィート・シュタクは特殊なマスクをかけることで、声を変えていた。
それでもリリアナには、その言葉が優しい誰かに重なって聞こえた。
青く長い髪を振り乱した賢者は焦る。
目の前のたった一機のEAが突破できない。
相手の間隙を縫って、周囲から襲ってくる帝国の汎用機を倒していくが、それでも手が追いつかない。
せめてこの赤いレクターだけでも倒せれば、と気持ちは逸る。
『奸賊め、シュタク少佐の手を煩わせるまでもない、ここで落ちろ!』
気の強そうな少女の声が鎧の中から聞こえてきた。
仮にも賢者と呼ばれすでに十数年。
もはや称号持ちの時代は終わったのだと理解はしている。それはヴィート・シュタクに敗れたときにわかっていた。
それでも普通の兵士たちが操るEAに、負けるはずなどなかったし、事実、負けたことなどなかった。
ヴィート・シュタクは別格。
それさえ避ければ、充分に勝機はあると踏んでいたはずなのにだ。
目の前の赤いレクターが振るう剣が、縦横無尽に襲いかかる。さらに軌道すら変えながら、賢者の張った障壁を削り取っていった。
魔力で張る障壁は、魔法だけに限らず物理攻撃も防ぐ万能さがある。代わりに、一定以上の圧力を受けると削られるという特性があった。
ゆえに、厚みが減るたびに体内から魔力を追加して、元の状態に戻さなければいけない。
「くっ、ジリ貧に過ぎる……わね……」
エリシュカはすでに生死不明。何かと頼れるメンシークは気を失って倒れているようだ。
ここまで来ると、ヴィート・シュタクが自分を祟る死に神にすら思えてきた。
『通らないか! こうなれば!』
赤いEAが後方に距離を取る。
焦れたか、これはチャンスだ。
そう思って、次の魔法を展開しようとした。
『左軍、ランスチャージ!』
勇者と剣を交えているはずのヴィート・シュタクの声が響く。
周囲を見回せば、身の丈を超える槍を持った部隊が、いつのまにか距離を取って囲んでいた。
『槍構え、脚部装甲付与魔法陣に魔力込めろ! 三、二、一、第一陣突撃!』
その号令とともに、一瞬で槍が障壁に届く。
『お願い、左軍のみなさん!』
赤いEAの中から声が聞こえる。
「ぐっ、これは!」
EAは熟練の魔法剣士並の力がある、と一般に言われている。
それが十機以上、雪崩打つかのごとく、時速百ユミル以上の速度で次々とぶつかってくる。
そのせいで障壁があっという間に削れていく。魔力を追加するにしても、全方面から絶え間なく訪れる攻撃に、張り直しているヒマなどない。
「こうなったら、まとめて吹き飛ばす!」
杖を地面に突き刺し、防御を捨てて詠唱を口にしようとした。
『とったぞ! 賢者!』
赤い残影。
左右どちらから攻撃が来るかもわからない。
だが、カンだけで障壁を右側に全力で集中させた。
次の瞬間、賢者は大きく吹き飛んだ。
彼女の右側からの、二つの剣での斬撃だった。
斬撃は障壁で殺しきった。だが最後に止めきれなかった圧力が障壁を打ち破り、セラフィーナを空中へと舞わせた。
襲いかかった衝撃に受け身すら取れず、地面へと右肩から落ちる。
そして、赤いEAと数機の汎用機が武器を突きつけた。
『観念しろ、賢者』
おそらくリリアナと同世代と思われる少女の声を聞きながら、賢者セラフィーナ・ラウティオラは気を失ったのであった。
もはや自分しか残っていない。リリアナは混乱していた。
『さあどうする? 勇者よ』
黒いEAが剣を構えたまま、挑発してきた。
もはや負けは決定した。
自分はヴィート・シュタクによって抑えられ、剣を交えている間に、廃坑には次々と帝国軍たちが突入していった。
何も守れたものなどない。
竜騎士も賢者も老冒険者も倒れた。
勇者がただ一人立っているが、賢者には刃が突きつけられている。
「……ここまで、か」
もういいか。
ヴィート・シュタクに討ち取られるなんて。やはり、間違いを犯した真竜国は罰を受けるべきなの?
そんな疑問によって力を無くし、剣を落として空を仰いだ。
青い空だ。
ほんの数日前と同じだ。
幼馴染みと一緒に冒険に出た。彼女にとっては大した魔物ではなかったが、一緒に遊べて、本当に楽しかったと思い出していた。
もはや戦う意思などないと言わんばかりに、膝をついた。
■■■
ホッと胸をなで下ろす。
どうにかリリアナを傷つけずに済んだ。
ミレナと左軍は大殊勲だ。あとで皇帝陛下に申請しとこう。
目の前には膝をついて、空を見上げる白銀のEAがいた。
竜騎士がどうなったかは知らないが、賢者とメンシークは気を失っている。
「勇者よ、廃坑内の人間を殺さないようにと命令をしてある。安心したまえ」
元々、たかが抵抗組織などという奴らに大して興味はない。
オレの関心は真竜国の本土決戦だ。
戦争中にすら帝国の町で商売してたような一般人の生き残りなど、本当にどうでも良いのだ。
『ヴィート・シュタクは……残酷だと』
「オレはたかだか商隊の生き残りを、わざわざ殺す趣味などない。刃向かった者だけだ」
『……私は、どうなる……の?』
「オレの一存ではどうなるかはわからんがね。キミの命を取るまでは考えていない」
皇帝陛下と大将閣下には盛大な借りができそうだが、そこは家族ということで目を瞑ってもらうしかない。
『……みんなは?』
「そちらはさすがに無理だ。戦争だ。……わかって欲しい。特に賢者は無理だ。戦争を指揮した者の一人だからな」
『そっか……』
諦観の感情が込められた声を聞くのはつらい。
だが、これもいつか彼女の中で思い出となるだろう。
元々、戦争などには向いてない性格だと思う。どこかで家族を持ち、子供を育てて、ゆっくりと老いていくのが、リリアナの人生であって欲しい。
『……死んじゃうのか』
オレはリリアナのEAに触れようとした。彼女を中から出すためだ。
そっと優しく、白銀のレクターにバルヴレヴォの指先が触れようとした。
『触れるでない、帝国の者よ』
誰の物かもわからない、しゃがれた声が響いた。しかも、白銀のEAの周囲からだ。
リリアナが戦意を無くしたせいで収まっていた、膨大な魔力の噴出が再開される。
周囲に緑色に光る魔素が吹き荒れた。
「なんだ?」
『帝国の悪魔の欠片よ、我が娘に触れるでない。これは白銀の審判なる者。貴様に触れられては怖気が走るわ』
「……貴様は誰だ?」
『まだわからぬか』
空気中に漂っていた緑色に光る魔素の粒子が集まり、濃度が増していく。
白銀のレクターを中心に、巨大な魔法陣が一瞬で展開された。
「この術式はやはり召喚か!」
『触媒も魔素も全てを呼ぶには足らぬが、まあ良い』
「くっ!」
剣で魔素を振り払おうとするが、手応えはない。
やがて緑色の粒子が一つの形を取り始める。
「ちっ……くそっ、全員、一度下がれ!」
慌てて声を上げる。
『刮目せよ、悪魔の欠片よ』
粒子が集結し始めた、大きな光源となる。
目を覆わずにはいられない光量が収まると、そこには一体の化け物が実体化を為していた。
巨大な蛇のようでいて、蛇にあらず。数十ユルはある白い長躯には二対の足が生えている。
EAを一飲みにできるほどの大きく長い口には数多の牙が生え、その上にある目には理知的な光が見えた。
これは、伝説の時代から生きる、真竜国の象徴。
「聖龍……レナーテ……!」
オレの眼前には、白銀に光る長躯のドラゴンが、ゆっくりとその鎌首をもたげていた。
『この手を使わざるを得ないとは、さすが鬼子の国よ』
やつはそう、憎々しげに言い放ったのだった。
だから、オレは内心でこう呟くのだ。
お前が来ることなんて、お見通しだバカが、と。
問答はエース同士の戦闘の花




