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17、問い掛け





 ■■■




『なぜ貴方は、いつも悲劇をもたらすの!』


 リリアナは憎悪と哀哭を込めて叫んだ。

 ヴィート・シュタクが来る前なら、ほとんど血を流さずに戦闘が収束していたはずだった。

 しかし、彼の黒いEAが姿を現した時点で、そんな空気はなくなっていた。

 戦意を失いかけていた治安維持の左軍が、今は積極的に戦いを仕掛けている。

 頼れる仲間たちも負傷し、動く様子が見えない。

 それもこれも、全て黒いEAとその中にいるヴィート・シュタクのせいだった。


『二王国だって、あそこまでする必要があったの!? どうして!?』


 叩きつけるように剣を振り下ろせば、漏れ出た魔力が水滴のように弾ける。

 受流すことなく勇者の剣を受け止め、バルヴレヴォと呼ばれた黒いEAが光を切り裂くように剣を振るう。

 今度は勇者が受け止める番だった。


『悲劇を止めたいみたいだが、そこに君の意思はあるか、勇者殿』


 横から迫る鋭い斬撃に対し、垂直に構えた剣で弾き返す。


『悲劇なら止めたいと思うでしょう!? ヴィート・シュタク!』


 並のEAなら一撃で剣ごと真っ二つになるような攻撃を、お互いが受け止めては撃ち返す。


『ならば、一番最初の悲劇がなければ良かったんだ、勇者リリアナ』

『復讐だとでも言うの!?』


 重い金属同士を高速でぶつけ合う音が周囲に響く。


『復讐だよ、紛れもなく』

『だったら、今度は私たちが復讐する番になる!』

『できるものなら、してみるが良い。根絶やしにされた後でもできるのなら』

『どこかでその連鎖を止めようと思わないの!!』

『思うか!! そんなことを思ってはならないんだ、わからないかもしれないが!』

『私だって、帝国の、ヴレヴォの町にいた!』


 その言葉には、帝国軍の兵隊たちでさえ、耳を疑った。

 しかし、ヴィート・シュタクは違う。


『だったらどうした!』

『戦争が始まる前に出て行って、昨日、幼馴染みが死んだって、知ったばっかりだった!』

『ならば、なぜお前はそちらにいる!』

『真竜国にも大事な人間がいるの!』

『オレにはいない、いたとしても、殺す!』


 何合も剣と言葉を交えながら、黒と白の鎧が戦いを続ける。


『どうして!? あなたに大事な人はいないの!!』

『いるさ、いたらどうした!』

『その人が幸せに過ごすよう、過ごせるよう祈るぐらいはできるでしょ!?』

『できたらどうした、勇者!』

『それを、他の人に分け与えることはできないの!?』


 勇者が剣を大きく上から振り下ろす。

 ヴィート・シュタクがそれを下から跳ね上げた。

 互いがその隙に攻撃させまいと距離を取る。

 数ユルの距離を置いて、再び白と黒のEAが剣を構えて向かい合った。


『では聞くが、勇者』

『何……?』

『なぜ、分け与えられる?』

『え?』

『殺したんだぞ、罪もないヴレヴォの町の人間を。誰かが責任を取らねばなるまい』

『だったら、私が』

『だったら、お前がここまで、その責任者たちを、戦争を支持し熱狂した者たちを全員、そっ首刎ねて、ここまで持ってこい!』

『それは……』

『全てだ、全てだぞ、何も漏らすな、何一つ零すな。罪の全てを首だけにして持ってこい! いいか、一つの罪も零すな。その戦争を指揮した者も支持した者も全てだ』

『そんなこと、できるなら!』

『できないから、殺されるんだろう!』

『人に対する罰を、私が勝手に決めるなんて!』

『ならば『判決を下す者』などという、おこがましい名を名乗るな、レクター!』


 ヴィート・シュタクが言い放った。

 リリアナ・アーデルハイトはそこで初めて、ヴィート・シュタクという男の心根に触れた気がした。

 彼が復讐に身を焦がしたのは、誰よりもその人々を愛していたからだ、と理解してしまった。

 自分の傲慢さが嫌になった。

 正しいことをしよう、それは自分の親しい人を守ることだとリリアナは思っていた。

 だが、おそらく戦争当時幼かっただろう男は、その正しいことすらできなかったのだ。


『だからと言って、人を殺して……』


 彼女は剣の振りが弱くなったのを自覚した。


『人を殺したんじゃない。オレの恨みを晴らしたんだ』

『だったら、私が……』


 死んで詫びて……と言いそうになって、リリアナは自分の唇を噛む。

 そんなのはただ自分が楽になるだけだ。ただの逃げ道だとすぐに理解した。

 何をしたら良いのかわからない。ここでヴィート・シュタクに勝つことが正しいのか、これを止めるのが正しいのかわからない。

 殺してでも止めるつもりだったのに、と思う。

 でもそれで、ヴレヴォの幼馴染みたちに、何と伝えれば良いんだと涙が零れそうになった。

 そこに、


『だが、君が死ぬ必要はない』


 と不意に掛けられた優しい声。

 どこかで聞いた記憶がある、優しい優しい音。

 ヴィート・シュタクは特殊なマスクをかけることで、声を変えていた。

 それでもリリアナには、その言葉が優しい誰かに重なって聞こえた。






 青く長い髪を振り乱した賢者は焦る。

 目の前のたった一機のEAが突破できない。

 相手の間隙を縫って、周囲から襲ってくる帝国の汎用機を倒していくが、それでも手が追いつかない。

 せめてこの赤いレクターだけでも倒せれば、と気持ちは逸る。


『奸賊め、シュタク少佐の手を煩わせるまでもない、ここで落ちろ!』


 気の強そうな少女の声が鎧の中から聞こえてきた。

 仮にも賢者と呼ばれすでに十数年。

 もはや称号持ちの時代は終わったのだと理解はしている。それはヴィート・シュタクに敗れたときにわかっていた。

 それでも普通の兵士たちが操るEAに、負けるはずなどなかったし、事実、負けたことなどなかった。

 ヴィート・シュタクは別格。

 それさえ避ければ、充分に勝機はあると踏んでいたはずなのにだ。

 目の前の赤いレクターが振るう剣が、縦横無尽に襲いかかる。さらに軌道すら変えながら、賢者の張った障壁を削り取っていった。

 魔力で張る障壁は、魔法だけに限らず物理攻撃も防ぐ万能さがある。代わりに、一定以上の圧力を受けると削られるという特性があった。

 ゆえに、厚みが減るたびに体内から魔力を追加して、元の状態に戻さなければいけない。


「くっ、ジリ貧に過ぎる……わね……」


 エリシュカはすでに生死不明。何かと頼れるメンシークは気を失って倒れているようだ。

 ここまで来ると、ヴィート・シュタクが自分を祟る死に神にすら思えてきた。


『通らないか! こうなれば!』


 赤いEAが後方に距離を取る。

 焦れたか、これはチャンスだ。

 そう思って、次の魔法を展開しようとした。


『左軍、ランスチャージ!』


 勇者と剣を交えているはずのヴィート・シュタクの声が響く。

 周囲を見回せば、身の丈を超える槍を持った部隊が、いつのまにか距離を取って囲んでいた。


『槍構え、脚部装甲付与魔法陣に魔力込めろ! 三、二、一、第一陣突撃!』


 その号令とともに、一瞬で槍が障壁に届く。


『お願い、左軍のみなさん!』


 赤いEAの中から声が聞こえる。


「ぐっ、これは!」


 EAは熟練の魔法剣士並の力がある、と一般に言われている。

 それが十機以上、雪崩打つかのごとく、時速百ユミル以上の速度で次々とぶつかってくる。

 そのせいで障壁があっという間に削れていく。魔力を追加するにしても、全方面から絶え間なく訪れる攻撃に、張り直しているヒマなどない。


「こうなったら、まとめて吹き飛ばす!」


 杖を地面に突き刺し、防御を捨てて詠唱を口にしようとした。


『とったぞ! 賢者!』


 赤い残影。

 左右どちらから攻撃が来るかもわからない。

 だが、カンだけで障壁を右側に全力で集中させた。

 次の瞬間、賢者は大きく吹き飛んだ。

 彼女の右側からの、二つの剣での斬撃だった。

 斬撃は障壁で殺しきった。だが最後に止めきれなかった圧力が障壁を打ち破り、セラフィーナを空中へと舞わせた。

 襲いかかった衝撃に受け身すら取れず、地面へと右肩から落ちる。

 そして、赤いEAと数機の汎用機が武器を突きつけた。


『観念しろ、賢者』


 おそらくリリアナと同世代と思われる少女の声を聞きながら、賢者セラフィーナ・ラウティオラは気を失ったのであった。






 もはや自分しか残っていない。リリアナは混乱していた。


『さあどうする? 勇者よ』


 黒いEAが剣を構えたまま、挑発してきた。

 もはや負けは決定した。

 自分はヴィート・シュタクによって抑えられ、剣を交えている間に、廃坑には次々と帝国軍たちが突入していった。

 何も守れたものなどない。

 竜騎士も賢者も老冒険者も倒れた。

 勇者がただ一人立っているが、賢者には刃が突きつけられている。


「……ここまで、か」


 もういいか。

 ヴィート・シュタクに討ち取られるなんて。やはり、間違いを犯した真竜国は罰を受けるべきなの?

 そんな疑問によって力を無くし、剣を落として空を仰いだ。

 青い空だ。

 ほんの数日前と同じだ。

 幼馴染みと一緒に冒険に出た。彼女にとっては大した魔物ではなかったが、一緒に遊べて、本当に楽しかったと思い出していた。

 もはや戦う意思などないと言わんばかりに、膝をついた。






 ■■■




 ホッと胸をなで下ろす。

 どうにかリリアナを傷つけずに済んだ。

 ミレナと左軍は大殊勲だ。あとで皇帝陛下に申請しとこう。

 目の前には膝をついて、空を見上げる白銀のEAがいた。

 竜騎士がどうなったかは知らないが、賢者とメンシークは気を失っている。


「勇者よ、廃坑内の人間を殺さないようにと命令をしてある。安心したまえ」


 元々、たかが抵抗組織などという奴らに大して興味はない。

 オレの関心は真竜国の本土決戦だ。

 戦争中にすら帝国の町で商売してたような一般人の生き残りなど、本当にどうでも良いのだ。


『ヴィート・シュタクは……残酷だと』

「オレはたかだか商隊の生き残りを、わざわざ殺す趣味などない。刃向かった者だけだ」

『……私は、どうなる……の?』

「オレの一存ではどうなるかはわからんがね。キミの命を取るまでは考えていない」


 皇帝陛下と大将閣下には盛大な借りができそうだが、そこは家族ということで目を瞑ってもらうしかない。


『……みんなは?』

「そちらはさすがに無理だ。戦争だ。……わかって欲しい。特に賢者は無理だ。戦争を指揮した者の一人だからな」

『そっか……』


 諦観の感情が込められた声を聞くのはつらい。

 だが、これもいつか彼女の中で思い出となるだろう。

 元々、戦争などには向いてない性格だと思う。どこかで家族を持ち、子供を育てて、ゆっくりと老いていくのが、リリアナの人生であって欲しい。


『……死んじゃうのか』


 オレはリリアナのEAに触れようとした。彼女を中から出すためだ。

 そっと優しく、白銀のレクターにバルヴレヴォの指先が触れようとした。


『触れるでない、帝国の者よ』


 誰の物かもわからない、しゃがれた声が響いた。しかも、白銀のEAの周囲からだ。

 リリアナが戦意を無くしたせいで収まっていた、膨大な魔力の噴出が再開される。

 周囲に緑色に光る魔素が吹き荒れた。


「なんだ?」

『帝国の悪魔の欠片よ、我が娘に触れるでない。これは白銀の審判なる者。貴様に触れられては怖気が走るわ』

「……貴様は誰だ?」

『まだわからぬか』


 空気中に漂っていた緑色に光る魔素の粒子が集まり、濃度が増していく。

 白銀のレクターを中心に、巨大な魔法陣が一瞬で展開された。


「この術式はやはり召喚か!」

『触媒も魔素も全てを呼ぶには足らぬが、まあ良い』

「くっ!」


 剣で魔素を振り払おうとするが、手応えはない。

 やがて緑色の粒子が一つの形を取り始める。


「ちっ……くそっ、全員、一度下がれ!」


 慌てて声を上げる。


『刮目せよ、悪魔の欠片よ』


 粒子が集結し始めた、大きな光源となる。

 目を覆わずにはいられない光量が収まると、そこには一体の化け物が実体化を為していた。

 巨大な蛇のようでいて、蛇にあらず。数十ユルはある白い長躯には二対の足が生えている。

 EAを一飲みにできるほどの大きく長い口には数多の牙が生え、その上にある目には理知的な光が見えた。

 これは、伝説の時代から生きる、真竜国の象徴。


「聖龍……レナーテ……!」


 オレの眼前には、白銀に光る長躯のドラゴンが、ゆっくりとその鎌首をもたげていた。



『この手を使わざるを得ないとは、さすが鬼子の国よ』


 やつはそう、憎々しげに言い放ったのだった。






 だから、オレは内心でこう呟くのだ。

 お前が来ることなんて、お見通しだバカが、と。














問答はエース同士の戦闘の花

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