19、ヴレヴォの子
■■■
黒い鎧『バルヴレヴォ』。
メノア帝国が生み出した、魔法付与全身鎧の一つ。
落ちてきた星の中より掘り出された鉱石の中で、最も破壊耐性が強いものを、この大陸では隕鉄と呼ぶ。そんな希少な鉱石を、特殊な加工技術により時間をかけて成形して作られた鎧があった。
その内部に、最新の技術で付与魔法を定着させた。
もちろん帝国でも一つしか存在しないエンチャッテッド・アーマーだ。
中のヒトは、踏みにじられた土地に住んでいた、一人の少年の果ての姿である。
マスクをつけ姿を偽る彼は、老若男女構わず千人を無慈悲に殺し、高笑いを上げた。
そして今は、敵の首魁たる龍という化け物に対し、切っ先を差し向ける。
「さてトカゲ陛下、オレと一対一で勝負してもらおうか」
『ほう? なかなか面白い提案じゃが、我に勝った者などおらん。ましてや一人でなぞ決して生き残れんぞ、ヴィート・シュタク』
「では、オレが最初の一人か、まあ殺すのだから、一人しかできんがな」
『よかろう、一瞬で終わるなよ、ヴィート・シュタクよ。龍光八線』
巨大な体躯の横に並ぶ八つの魔法陣が、レナーテの一句だけの詠唱で現れる。
賢者セラフィーナですら六句を必要とする魔法を、一瞬で使用できるのは、聖龍レナーテの知識と魔力の膨大さ、そして龍という神世の生物の特性ゆえにだった。
「上から目線もここまでだ」
八つの光が空気を焦がしながら、ヴィート・シュタクの立つ場所へと襲いかかった。
ヴィート・シュタクはEAの内部で魔力を流す。身体強化の付与を行い走り出すと、その速度は一瞬で最高に達した。
このメリハリの速さが彼の強さの一因でもある。
回避しきれなかった一本の攻撃に対し、彼は走りながら左腕を下から上へと振り上げた。
「オラァ!」
そこに一瞬だけ発生した分厚い障壁が、岩さえ溶かす熱線をかき消した。
『何!?』
「遅い!」
右足で地面を踏みしめ、バルヴレヴォはその黒い剣を横に薙ぎ払う。
レナーテの張った障壁の膜は、セラフィーナが局所的に張るものと同等の分厚さだった。
それを自分の前方全てを覆うように展開していたのだ。
「ふはははっ」
笑いながら一撃で切り払い、障壁に穴が開く。
そこへ左腕を突っ込むと、ヴィート・シュタクは魔力砲撃を全力で放った。
『ぐおおおおおお!?』
「はははははっ、どうしたトカゲ、届いている、届いているぞオレの攻撃が!」
『小癪な、これしき! 龍光よ!』
「おっと!」
再び放たれた魔法陣からの砲撃を、黒いEAが後方に飛びながら回避する。
着地と同時に、重い音を立て、地面がその足の形に少し沈んだ。
「ほらトカゲよ、行くぞ、次だ!」
『ぬううう、仮初めの体とはいえ、ここまでやられるとは! 地壊、飛跳八子!』
聖龍レナーテの足が地面を踏むと同時に魔法陣が発生し、そこから地表が逆さの氷柱のように飛び出していく。
再びヴィート・シュタクがそれを前方に走り出して避けようとするが、今度は彼を通り越した後に曲がり、背中から岩の塊が襲いかかってきた。
すぐさま異変に気づいた帝国の切り札は、振り向きざまに回し蹴りで一つを落とし、続いて剣で二つ目を落とす。
『隙はそこよ! 龍光四線!』
レナーテの顔の周りから、今度は四つの光が黒いEAを貫こうと襲いかかる。
「チッ、面倒な」
直上へと一蹴りで飛び上がり、挟撃してくる二属性の攻撃を回避しようとした。
『食らうが良い、ヴィート・シュタク』
宙へ浮き体の自由を取れない彼に対し、レナーテは口から炎の塊を吐き出す。
そして黒いEAへと着弾し、それを大きく吹き飛ばした。
弧を描いて地面へと落ちるバルヴレヴォ。
『油断するからじゃ』
老獪な商人のように、レナーテが愉快げに笑う。しかしその声はどこか女性的な響きでもあった。
「はっ、口から吐き出した火炎でもその程度か。所詮はトカゲだな」
黒いEAが剣を頼りにしながら、ゆっくりと起き上がる。
そこに損傷は見当たらない。
『ぬう、まさかと思うが、それは本当に隕鉄か』
「正解、簡単に倒せると思うなよ」
『そのような物を持ち出すとはまさに悪魔の国よ……。しかし、中身はどうじゃろうな。装甲は硬くとも、衝撃は通すはずじゃの』
「はっ、どうってことねえ。オレは今、滾ってるんだよ」
『ぬ?』
「やっとだ、やっと片鱗が見えた。まさに片鱗だ。待たされた待たされすぎた。国の事情で仕方ないとはいえ、二王国を蹂躙して、また時が経った。すでに十年、十年だぞトカゲ。オレの心が灰になってしまいそうだ」
『ヴレヴォという町のことかの、ヴィート・シュタクよ』
「ほう、人間の町のことを覚えているのか、トカゲのくせに賢しいな。いや小賢しいのか」
『その悲劇は私も覚えておる。ヒトは浅ましきことよ。与えた竜も取り上げたぞ、あのときの竜騎士どもからは』
「だから許せと?」
『いいや、言わぬよ帝国の志士よ』
少しだけ悲しげに、聖龍レナーテが呟く。そこには自戒の感傷が込められていた。
「ならいい。しかし、お前がどう思おうと関係ない」
ヴィート・シュタクは剣の切っ先をレナーテへと向ける。
「さあ、死ね」
負傷から立ち直った老冒険者メンシークは、目の前の闘いを、愕然とした表情で眺めていた。
突然現れた、自国の絶対的な象徴である聖龍。
その現象だけでも信じられないのに、一機の黒いEAが、圧倒的な強さを誇るはずの聖龍と互角の戦いを繰り広げているのだ。、
今までの彼は、厳しい任務に身を投じながらも、どこかで安心していた。
聖龍レナーテ様がいらっしゃるなら、帝国が本土に攻めてきても負けることなどない。
それは、真竜諸島共和国の人間たち全員が、無意識に持っていた拠り所だった。
「なんなんじゃ、これは……」
ヴィート・シュタク。
何度か邂逅した仮面の男だ。
生身のときでも手強いが、メンシークでも勝てぬ相手ではない。ましてや勇者らの称号持ちなら、一瞬で屠ることも可能だろう。
だがEAを纏えば、レナーテとも互角に戦う。
エンチャッテッド・アーマーという鎧型の魔道具を侮っていたつもりは、メンシークにはない。事実、剣聖さえ目の前で葬ったのだ。
しかし実態は、予想のさらに上であった。
「メンシーク卿……」
声を掛けられ振り向けば、剣を杖代わりに立つ傷だらけの女竜騎士がいる。
「エリシュカ殿! 無事か!」
慌てて支えに入り、肩を貸すと、エリシュカが血を吐く。
「エリシュカ殿!」
「だ、大丈夫です、メンシーク卿……竜が守ってくれました」
悔しそうな表情のエリシュカを見て、聖白竜がすでに息絶えたのだと察する。
「そうか……それは良かった」
「しかし、これは……」
「わからん。レナーテ様がここにいらっしゃる意味も、帝国の強さも……」
目の前の光景は、まるでおとぎ話の一節のようだ。
賢者級の魔法を連続で、しかも極めて短時間に放ち続ける巨躯の竜。
それと対峙しているのは、黒い鎧を身に纏った一人の男。
「……なんということじゃ……このままではレナーテ様が」
「メンシーク卿、あれはおそらく魔力で編んだ仮初めの体でしょう……。一度、その秘技を見たことがあります。聖龍様独特の圧力が感じられません」
エリシュカがそうは言うが、あれは異常だ。
たった一機、たった一人だ。
「なら、強さも本来には並ばぬと……信じてもよろしいか」
「ええ……間違いありません……レナーテ様は我々が逃げる時間を稼いでくれているのやも……」
「セラフィーナ殿は?」
「わかりません……リリアナはまだ大丈夫のようですが」
「……さて、どうするべきか……」
「とりあえずここを離れましょう、メンシーク卿。もはや」
「口惜しいが、そうじゃな……我らにできることなど何もない」
メンシークはエリシュカに肩を貸したまま、その場を離れていく。
周囲を見渡せば、帝国兵も見当たらない。飛行船も見えなくなっていた。
「帝国のヴィート・シュタクを残して撤退したか……?」
エリシュカが呟くが、明確な答えなどない。
これは幸いと思い、メンシークは傷の深いエリシュカを担ぎ上げ、走り出すのだった。
レナーテにより待避させられた後、リリアナは呆然と目の前の出来事を眺めていた。
自分から溢れ出る魔力と、レクターに刻まれた召喚陣により、レナーテが仮初めの体を魔力で作り上げ現れた。
そこまでは理解できた。
触媒として使われたレクターの龍鱗装甲が、ひび割れていることからも明白だ。
我に返り立ち上がってレナーテの元に向かおうとしたが、ヴィート・シュタクとの戦いが始まってしまったのだ。
「……そんな」
復讐を誓ったという男が、魔力で編まれた仮初めの肉体とはいえ、地上最強とも思われる聖龍レナーテと互角の戦いを繰り広げている。
自分にはできない。
彼女は八歳からレナーテに育てられたと言っても過言ではない。ゆえにその強さも知っている。
曰く、神世の時代、魔龍と争いメナリー山脈の半分を、一つの魔法で砕いた。
曰く、星の外より降りし魔素を吸う悪魔と戦い、七日間の闘争の後、当時の勇者とともにその体を打ち砕いた。
曰く、増長した古きアエリア大陸の国の軍勢三万人を、一息で焼き尽くした。
そんな伝説にすら語られる生物だ。
ヴィート・シュタクに撃ち込まれる龍の光熱の魔法の一閃をとって見ても、賢者が放つ最高威力の魔法と同等だと彼女は理解していた。
勇者の称号を持つリリアナ・アーデルハイトであっても、受け止めては重傷を負う。
それを魔力障壁で打ち消しながら剣を振るい、攻撃を食らっても何事もないかのように立ち上がる。
いつのまにか、彼女はどちらを応援して良いかわからなくなっていた。
ヴィート・シュタクの復讐という行為は、彼女にとって認められるものではない。真竜国が滅んでしまうからだ。
だが、死んでしまった者のため、あの巨大な龍にたった一人で挑む姿に、高潔さを感じてしまっていた。
勇者という称号は、彼女に有り得ないほどの力をもたらした。
力も魔力も強く、二級冒険者たちが数人で挑む相手ですら、彼女にとっては一振りで終わる雑魚でしかない。
それでも、レナーテと正面切って戦う力などないと思っている。
「でも……」
その心滾らせる伝説の一幕も、徐々に聖龍レナーテへと傾き始めた。
攻撃を回避しきれず、吹き飛ばされては追撃を何とか逃げ切っているような状態だ。しかもEAの中身は、彼女のような膨大な魔力を持つ人間ではない。普通の兵士より少し強い程度だと聞いている。
ヴィート・シュタクは敵だ。倒さなければならない相手である。
本当なら自分がここで、ヴィート・シュタクへ攻撃を仕掛けるのが正しい。
しかしリリアナはなぜか、もう少しだけ見守っていたいと思ってしまっていた。
「はっ、トカゲめ。やるじゃねえか」
『ようここまで頑張ったの、ヴィート・シュタク』
「ここからが勝負さ。今からお前に向け、オレの最大の魔力をこのバルヴレヴォで増幅して放つ。受け止めてみせろよ」
ヴィート・シュタクの操る黒い鎧が両手を前に突き出した。
『ほう? ではかかってくるが良い』
レナーテが前面に巨大な魔力障壁を張る。
込められた魔力の強さゆえか、盾状に作り上げられた障壁が、リリアナの目にはっきりと見えていた。
賢者だろうと勇者であろうと、聖龍が前面に集中させた障壁を突破することなどできない。
そう確信していた。
「では行くぞ、増幅魔法陣、全開」
黒いEAの伸ばした両腕に、赤い線がいくつも浮き上がる。それは書き込まれた付与魔法に強い魔力を注ぎ込まれた証拠だった。
「我らが帝国の、その力を見よ!! このクソッタレのトカゲ野郎が!!!」
ヴィート・シュタクが叫んだ。
そのときだった。
『ぐおおおお!?』
まだ何も攻撃が行われていないのにも関わらず、轟音が響きレナーテが身をよじる。
きらりと空で何かが光ったことに気づいた。
『二番槍貰いだあああ!!』
『皇帝陛下ばんざーい!! エリク皇太子ばんざーい!!』
『こんな高さ、死ぬうう、かあちゃああーん!!』
様々な声が上空から響いてきた。EAで増幅された音声のようだった。
リリアナは空を見上げる。
『ぐおおおお!! ぬううう!!』
地面を砕く音が鳴るたびに、レナーテが痛みに身をよじらせる。
次々と何かが重力に従い落ちてきていた。
慌てたリリアナが見れば、それは帝国の汎用EAのボウレであった。
「ハッ、所詮はトカゲの浅知恵か。的がデカいだけあって良く当たる」
ヴィート・シュタクが嘲笑う。
空から攻撃が落ちてきているのは、聖龍レナーテもわかっていた。
それを防ぐために魔力障壁を張ろうとも、黒い鎧の男が前方から絶え間なく強力な砲撃を繰り返していた。
『こしゃくな真似をおおおおお!!!』
「何とでも言え。我らは凡人の軍隊である。ゆえにきさまらは蟻に集られるが如く死ぬのだ」
遥か上空の飛行船からEAが槍を持って降下し、轟音を次々と響かせレナーテに突き刺しているのだ。
『この野郎!! ヴレヴォの町の仇だあああ!』
『くそったれえええ!! ヴィート・シュタクめえええ、こんなことさせやがってえええ』
『ぬおおおおおー! 齢五十になって、こんな怖い真似に遭うとはあああああ!!』
『死んじゃう、死んじゃう!!』
『ふわああああああ!! ふええええええん!! 治安維持部隊って楽だと思ったのにいいいい』
『死ねええええ!!』
帝国兵たちの叫び声を上げながら、続々とレナーテ目がけて落ちてくる。
今更になってリリアナは気づいた。
ヴィート・シュタク。
彼は命がけの戦いを演じながら、ただひたすら時間稼ぎをしていたのだと。
撤退したEA部隊が飛行船で遥か上空まで運ばれ、落下してくるタイミングを待っていただけに過ぎなかった。
しかも有能な指揮官と船長がいて、遥か上空からレナーテ目がけて、ボウレを落としているに違いない。
「左軍の諸君、ご苦労。卿らの勇姿は忘れない」
笑いながら、ヴィート・シュタクは黒い剣を横に構えた。
外れた機体こそあれど、すでに三十機近くが落下している。
如何に巨躯のレナーテといえど、無事に済むはずがなかった。
ゆっくりと歩きながら、すでに死に体の聖龍の元へと、黒いEAが近づいてくる。
『せ、めて……、リリアナとセラフィーナだけでも……』
すでに巨躯が分断され、頭もかろうじてついているだけで、目すら見えていないだろう重傷だ。
指先を動かし、
『転移……龍の加護を……』
と呟く。
リリアナと倒れたままの賢者の足元に魔法陣が現れた。光が包み、彼らの体が消えていく。
「フハハハハハッ、予行演習は終わりだ。ではトカゲ君、また真竜国でお目にかかろう!!」
勇者が最後に見たのは、レナーテの巨大な首を笑いながら剣で斬り飛ばす、ヴィート・シュタクの姿であった。
一章はあと一回で終わりです。
タイトル変えました。
やっぱり地味なタイトルのが好きらしい。




