ある日、異世界のお祭りに行った。5
昼時、屋台から漂ってくる匂いにお腹が反応する。
朝食はしっかり食べたくせに、しっかりお昼には空くんだな。
「何か食べるか」
「そうですね」
折角だから昨日とはまた違ったものが食べたい。
屋台に目を滑らせていると、不意に威勢のいい呼び込みが聞こえてきた。
「さあ!グラスドラゴンが焼き上がったぞ!柔らかくて脂の乗った上等な腹肉だ!」
その言葉に、思わずそちらを向く。
「……ドラゴン」
「気になるか?」
「ま、まあ…本当に、食べるんですね…」
「食べられないものは売らんだろう。気になるなら食べてみればよい」
皇帝さまはそう言って屋台へ向かい、焼きたての串を二本買ってくれた。
これが、ドラゴン肉…。
一口では食べきれないほど大きく切られた肉には、香ばしい焼き目がついている。見た目だけなら、ごく普通に美味しそうだ。
意を決してかぶりつく。
「…柔らかい」
もっと筋張った肉を想像していたのに、簡単に歯が通った。ほどよい弾力はあるが硬くはなく、噛むほど濃い旨味と脂の甘みが広がっていく。
ジビエ肉にありそうな独特の臭みもほとんどない。
「…美味しいです…ドラゴンって、もっと硬いものかと」
「グラスドラゴンは食用に飼育されている品種だからな。野生のものとは肉質が違う」
「ドラゴンって養殖するんだ…」
塩だけでも十分に美味しい。鶏肉より好きかもしれない。
「気に入ったか?」
「はい、かなり好きです」
「そうか」
…他の調理法でも食べてみたいな。ブロックで売ってたりするのかな。お土産に…駄目かな。
聞けば、部位にもよるけど1頭からとれる量が多いこともあり、お手頃な値段で手に入るらしい。
こっそり脳内のお土産リストを更新した。
その後もいくつかの屋台を巡り、気になったものを少しずつ買って昼食にした。
休憩を挟みつつ、あちこち歩き回っているうちに、気づけば陽も傾いていた。
傾いた陽に代わるように、街のあちこちで明かりが灯り始める。
それに混じって、昼間はほとんど見えなかった精霊の『祝福』も、少しずつその姿を現していた。
「そろそろ土産物屋を見に行くか」
「そうですね、お菓子とか見たいです。…この国らしいものって、あります?」
「ふむ、菓子か。伝統菓子はいくつかあるが…しかしあれは味がな…」
「ああ、そういうものですよねえ。でも、どういうのかは気になるので食べてみたいです」
「む、そうか。では、あちらだな」
皇帝さまに連れられて入ったのは、素朴な焼き菓子が所狭しと並ぶ店だった。甘い香りに混じって、香辛料のような少し刺激のある香りも漂っている。
「あ、これですかね」
明らかに目立つところに置かれている、精霊の羽を模したらしい平たい焼き菓子。表面には細かな模様が刻まれていて、見た目はとても可愛らしい。
「1箱もらおう」
「毎度!」
「それと、1枚そのまま食べて行きたいのだが」
「ああ、では別で焼き立てをお出ししますよ」
皇帝さまがスマートに会計を済ませ、私の手には焼き立てのお菓子が収まっていた。
温かくて、美味しそうないい匂いだ。
「いただきます!」
店を出て歯を立てた瞬間、思っていた以上のガリッとした歯応えに驚いた。
「……かたい」
「ははは!」
予想通りだと笑う皇帝さまを横目に、なんとかゴリゴリと噛み砕く。焼き立てでこれとは。
独特のスパイスと甘みが口に広がっていく。甘さは控えめで、香ばしい。少し大人の味だ。
「顎が疲れそうですけど、癖になりそうな味ですね。飲み物と一緒に食べたいかもです」
「そうだな、ミルクティーと合わせるといい」
「たしかに」
眠い時にかじると目が覚めそうで、これはこれでアリかもしれないと思う。
ドラゴン肉は柔らかいのに、焼き菓子は硬いのか。異世界って不思議だ。
その後も店を巡り、いくつかのお土産を見繕っていく。
基本は食べ物などの消え物を中心に。ドライフルーツ、花びらの浮かぶ石鹸、ドラゴン肉の燻製。
こちらの世界らしい品を見つける度に足を止めた。
「……ちょっと買いすぎましたかね」
「そうか?まだ持てるぞ」
「いえ、さすがに申し訳ないので、これくらいで…」
大小いくつもの包みを抱えた皇帝さまは、それでも平然としている。
少しくらい持つと言っても渡してくれなかった。
香油を扱っている店もあったが、目当ての花の香りは置いていなかった。
ほかにも気になる香りはあったものの、これ以上荷物を重くする勇気はなくて香油自体を断念する。
夜も大分更けていた。
「そろそろ戻るか」
「……そうですね」
返事をしながら、無意識に辺りを見回した。
まだ見ていない店も、食べていないものもたくさんある。お祭りは明日まで続くというのに、私の時間だけが先に終わってしまうようで寂しかった。
最終日には、お祭りを締めくくる式典があるらしい。皇帝さま本人は挨拶するだけで大したものではないと言っていたけれど、そんな日にまで私の案内をさせるわけにはいかないので、仕方がない。
行き交う人々の笑い声も、どこかから聞こえる音楽も、帰る場所へ近づくにつれて少しずつ遠くなる。
「ありがとうございました。お祭り、すごく楽しかったです」
「なによりだ」
今度はお祭りじゃない時も来てみたい、という言葉を飲み込む。
それが簡単じゃないことがわかっているから尚更口にできない。
「みんな優しいですし、食べ物も美味しいですし、本当に素敵な国ですね」
「余が治めているからな」
「あはは、そうですね」
「次こそもっと盛大に迎えてやる」
次、という言葉を聞いて言葉を失う。
「……お忙しいのでは?」
「お前一人を招く時間も作れぬほど、余は無能ではない」
「それは、そうでしょうけど…また来てもいいんですか?」
心がソワソワした。
次を期待してもいいのだろうか。
ふいに、皇帝さまがふっと笑った。
「この前と逆だな」
「え?」
「余がお前の国に行ったときの話だ」
『また来てもいいのか?』
『え、来ないんですか?』
ああ、そういえばそんな話をしていた。
あの時の皇帝さまもこんな気持ちだったのかな。
たしかにまるきり逆の立場で、笑ってしまう。
「本当ですね。じゃあ、また来たいです」
「うむ」
そして、ワードローブの置いてある家へと辿り着いた。
家に入って、暗い奥の部屋へと進む。
古びたワードローブの扉を開ければ、その先にあったのは見慣れた自分の部屋。
さっきまでの賑やかな音が途絶え、急に現実へ戻ってきたような気がする。
荷物を運び込んでもらい、皇帝さまと向かい合った。
「ありがとうございました」
「ああ。…これを」
置いた荷物とは別に、買った覚えのない細長い箱を手渡される。
「開けてみろ」
促されるまま蓋を開く。
中に入っていたのは、透明な素材と白い金属を組み合わせた、小さな木のオブジェだった。
手のひらに収まるほどの大きさだが、昨日見たものと同じように、枝葉の一枚一枚まで細かく作り込まれている。
光を受けて輝くその葉の色は、やはり皇帝さまの瞳によく似ていた。
「欲しがっていただろう?」
「…そんなにわかりやすかったですか」
「ああ。此度は何を見ても、随分と分かりやすく楽しそうにしていた。…お陰で、余も楽しませてもらった」
子どもっぽくはしゃいでしまったのは間違いないので、少し恥ずかしくなる。
いや、はしゃぐなというのは無理な話だ。それにお互い様だ。今更、今更。
「嬉しいです。大事にしますね」
「うむ」
皇帝さまは短く答え、満足そうに目を細めた。
細工物を傷つけないように箱を閉じ、ほかの荷物と一緒に置く。
「では、余もそろそろ戻るとするか」
「はい」
皇帝さまがクローゼットへ向かおうとする。その姿を見て、ふと思い出した。
「…あ、そうだ」
「ん?」
振り返った皇帝さまの肩に手をかけ、ぐいっとこちらへ引き寄せる。近づいてきた額へ、いつもされているのと同じように、軽く唇を触れさせた。
いつもと逆、ということもあったので、今日は私から挨拶をしてみたのだが。
「……」
顔を離しても、皇帝さまは屈んだ姿勢のまま動かなかった。緑色の瞳が、珍しく大きく見開かれている。
「……あれ?」
もしかして、女性側からはしないものなのだろうか。
「間違えました?」
「……いや」
「え、本当ですか?」
「ああ…間違ってはいない」
皇帝さまはゆっくりと身体を起こして否定したが、額を気にするように指で触っている。
なんだかじわじわ恥ずかしくなってきた。
「…では、またな、マユミ」
「…はい、また。ハルさん」
皇帝さまはそうしてクローゼットの向こうへ戻っていった。
途端に静かになる部屋。
けれど、夢のような時間の余韻が続いている。
お土産の中から、先ほど貰った細長い箱を取り出した。
蓋を開けば、小さなオブジェが部屋の明かりを受けてきらきらと輝く。
形に残るものは持ち帰らないつもりだったのに、これを貰ったことは少しも後悔していなかった。
「…楽しかったな」
よく見えるところに飾ろう。
いつでも今日のことを思い出せるように。
これで異世界編はいったん終わりです。




