ある日、異世界のお祭りに行った。4
眩しくて目が覚めた。
陽の光を避けるように寝返りをうてば、あれ、いつもの布団じゃないなと気づく。
のっそりと身体を起こしてようやく、そう言えば異世界に来てたんだったと思い出した。
いま、なんじだろう。
思わず枕元でスマートフォンを探して、だから異世界なんだって、と脳内で自分にツッコミを入れた。
ベッドから降りてリビングへとペタペタ歩く。
そっちの部屋はカーテンを閉めていなかったので、ずいぶん明るかった。
何時かはわからないが、起こしてやる、なんて言っていた皇帝さまはまだ寝ているようだ。
顔を洗おうと浴室へと向かってみる。
水の出し方や顔に塗るものの勝手がわからない。
だが水が溜めてある器と、その横にいい香りのする液体、使ってもよさそうな布があったので、これはきっと洗顔用だろうと使わせてもらった。
さっぱりしてバルコニーへと向かう。
テーブルと椅子があったので、優雅に座ってみた。
昨晩は気づかなかったが、この部屋は階が高くて賑やかな街がよく見える。
4年に1度のお祭りを楽しんでいる人々。昨日も見たが、沢山の種族が行き交っている。
それを守っているのが、皇帝さまなんだよなぁ。
すぐそばにいる人のことなのに、実感がわかない。
本来なら言葉を交わすどころか、姿を見ることもあり得ない存在。
それを幸福だと喜ぶべきなのか、悲劇だと嘆くべきなのか私にもわからない。
今、一緒に過ごせることがただ嬉しい。
そうしてその先を考えることをやめている。
きっとこれから、何度も何度も考えるだろう。
「…マユミ?」
部屋の中から名前を呼ばれる。
驚いたような顔の皇帝さまがこちらを見ていた。
「おはようございます」
「…おはよう」
少し乱れた髪のまま、ドサリと向かいの椅子に腰掛ける。
柔らかな部屋着の襟元は緩く、褐色の胸元が覗いていた。
ふぅ、なんて悩ましげに息を吐きだす。目に毒だ。
「消えたのかと思った」
「え?」
「ベッドにおらぬのでな」
「ああ…すみません」
掠れた低い声でそんな事を言う。
いい大人なので、勝手に部屋を出ない分別はあるのだけど。
皇帝さまが起こしに来るまで大人しくベッドの中にいればよかったのかもしれないが、目が覚めたのだから仕方がないだろう。
「…飾りを持ってきただろう。こちらにいる間は、なるべく身につけていろ」
「はい。そこにありますよ」
「身につけろと言っている」
「え、今ですか?」
鋭い目線に気圧されて、化粧台の上に置いておいた皇帝さまの腰飾りを持ってくる。
太陽の下で見る金色の石は光り輝いて一層綺麗だ。
「いいか、こちらにいる間は常に身につけていろ」
「はあ…」
まだ寝間着のままだったが、圧を感じて腰の紐に通す。
納得したように一つ頷いたので、落ち着かないがこのままでいることにした。
傷つけたり落としたりしたくないのだけど。
そのうち、部屋にベルの音が鳴る。
皇帝さまが応対してくれて、あっという間にダイニングに朝食の用意がされた。
パン、チーズ、卵、肉…のようなもの。
大体の分類はわかるが、素材そのものには馴染みのないモーニングだ。
食べてみれば、慣れたものと味は少し違うが、ちゃんと美味しい。
…ただひとつ、半透明でドゥルンとした塊を除いて。
揺らせば震える。まるでゼリーのようだが、少し粘度がある。
「…あの、これって…なんですか?」
「スライムだ」
「スライム…?スライムって、あの、スライムですか?」
「どのスライムかわからんが…朝食の定番だぞ」
皇帝さまが手本のようにスプーンで割って、口へと運んだ。
「美味い」
「……」
勇気が出ない。
ゼリーよりも透け感がない上、ドロっとしていてベタベタも気になる。
「あの、私のも食べませんか…?」
「なんだ、要らんのか?」
「ごめんなさい、ちょっと…その、苦手な感じでして…」
「ふむ。まあ、無理して食べるものでもないからな。貰おう」
お皿ごと渡せば、皇帝さまはペロリと食べてしまった。
…食わず嫌いはよくない。わかっているが、駄目だった。ごめんなさい。
「今日は朝食を食べたらまた街を歩く予定だが、足はどうだ?」
「大丈夫です、昨日手当てもして頂いたので」
それとは別に少し筋肉痛ではあるが。昨晩のマッサージのおかげできっとこの程度で済んでいるのだろう。
支度は時間になったらまたスタッフさんが来てくれるらしい。
それまで寛いでいていいというので、本当に一度ベッドに戻ってごろごろした。
こんな高そうなベッド、存分に堪能しなくては勿体ない。
皇帝さまは少し仕事の連絡をするらしい。休日まで大変だ。
満たされたお腹にうとうと微睡んでいれば、いつの間にかちゃんと寝ていた。
「…マユミ、そろそろ時間だぞ」
「…ぅ」
「ほら、起きろ。じきに人が来る」
「…んん、ん」
目を開けば、目の前に褐色の美丈夫がいた。
すぐ横に横たわってこちらを覗き込んでいる。
「起きたか」
「ひぇ」
破壊力抜群の顔面が眩しくてガバッと布団を被る。
寝起きの顔を見られるなんて耐えられない。
「おい、何故隠す」
「お、お仕事終わったんですか」
「とっくにな。今朝は見られなかったお前の寝起きを見に来た」
「や、やめ…ひっぱらないでください!」
冗談を言いながらぐいぐいと布団を剥ぎ取ろうとする皇帝さまに、笑いながら抵抗する。
「そろそろ時間だぞ」
「わかってます、わかってますから!」
お互いケラケラ笑いながら攻防をしていれば、部屋のベルが鳴った。
「時間切れだな」
そう言って、皇帝さまは扉へ向かった。
支度の人が来たらしい。
昨日と同じように女性スタッフたちに促され、別室へと連れて行かれる。
あっという間に着替えと髪を整えられ、外に出られる姿へと仕上げられた。
服は昨日と同じものだが、私が着るより全然早い。慣れなのだろうか。
預けていた靴には靴擦れしたところに当て布がされていて、不安なく歩けるようにしてくれていた。
ありがたい。折角皇帝さまに貰ったものだし、また履けて嬉しい。流石高級宿。
腰飾りを忘れずにつけて、部屋に戻る。
「お待たせしました」
「…うむ。待った甲斐があった。昨日とはまた違った美しさだ」
「…ありがとうございます」
流れるように褒められ、照れてしまう。
きっとお貴族様の社交辞令だし、素敵な髪型にしてもらったのは本当なので、甘んじて受けとっておく。
「世話になった」
「お世話になりました」
「精霊のご加護がありますよう」
ホテルを出ると、昨日とはまた違った賑わいが広がっていた。
夜ほど幻想的ではないが、明るい陽の下で見る街並みも新鮮だ。
「何かやりたいことはあるか?なければ昨日見ていない通りを中心に歩いていくが」
「うーん、そうですね。何かお土産でもと思いますが、それは後でも良いので…」
荷物を持って歩きたくないし、移動するのであれば元気な今のうちにしておきたい。
「ハルさんのおすすめ、あります?」
「ふむ…ならば城へと向かうか。この時期だけ民にも庭園を特別開放しているのでな」
「あ、それはぜひ行ってみたいです」
「ではそうしよう。ただし、そこに向かうまでにも見るものは多いぞ」
皇帝さまの言葉通り、まっすぐお城へ辿り着くことはなかった。
通りを練り歩く楽団に足を止め、広場に作られた巨大な精霊の飾りを眺め、見慣れない屋台を見つけるたびに覗き込む。
皇帝さまは急かすことなく、私が興味を示す度にそれがなんなのかを一つ一つ説明してくれた。
そうしてお祭りを楽しみながら歩いているうちに、いつの間にか皇城の近くまで来ていた。
普段は閉ざされているという門が、大きく開かれている。私たちも他の人々に混じってそこをくぐった。
庭園へ足を踏み入れた途端、思わず感嘆の声が漏れる。
見たことのない色とりどりの花が整然と植えられ、その向こうには立派な皇城がそびえ建っている。どこを見ても絵画のようで、つい落ち着きなく辺りを見回してしまった。まるで海外だ。海外どころか異世界だけれど。
「ハルさんのお部屋どれですか?」
「警備上、ここからは見えんな」
「それはそうか…あ!このお花、前に頂いたやつですね」
薔薇に似た、鮮やかな赤い花。
もらった花束は少しでも長生きするよう努力したが、流石にもう枯れてしまっている。
こうしてまた見られて嬉しい。
「この香り、すっかり気に入っちゃって」
「…持って帰るか?」
「いえ、今日は流石に」
キョロキョロと辺りを見渡し始めて人を呼ぼうとするので、慌てて制止する。お忍びじゃなかったのか。騒ぎにしたくない。
「この花の香水とか、香油とかがあればお土産にしたいです」
「…なるほど。わかった」
売っているかはわからないけれど、欲しいお土産リストに並べておく。
もう少しだけ見て回ってから、私たちは庭園をあとにした。




