ある日、異世界のお祭りに行った。3
お腹もいっぱいになったということで、今度は見世物のゾーンへと足を向けることになった。
そこにはまさに期待していた、如何にもファンタジーといった現実ではありえないような光景が繰り広げられていた。
本当にタネも仕掛けもない魔法によるショーや、角や翼の生えた動物のミニサーカス、きらびやかな騎士の演武など、どれも見応えがあるものばかりだ。
「次、次あっち行きましょう」
子どものように皇帝さまの手を引っ張れば、皇帝さまは文句も言わずついてきてくれた。
「楽しいか?」
「はい。とても」
「そうか」
目の前に広がる新しい世界に夢中になってしまう。
皇帝さまがこちらに来た時にはしゃいでいた気持ちが、今更になって理解できた。
あの時の私のように微笑ましい目で見られているだろうとは思いながらも、ワクワクが抑えられない。
ふと、あるお店に目が奪われる。
「うわ、すごい。あの細工物、持って帰りたい」
ガラスのような透明感のある素材と白い金属のような素材を組み合わせた、身の丈ほどある木のオブジェを指差した。
光がキラキラと反射して、すごく綺麗だ。葉の一枚一枚が皇帝さまの眼の色に似ている。
「…あの家に置けるのか?」
「あはは、無理ですね」
家にあったらオシャレだろうと思って言ってみるが、もちろん本気ではない。
「小さいものもあるだろう。見ていくか?」
「ああ、いえ、大丈夫です。今買っても持って歩けないので」
確かにこちらの世界のお土産は欲しいけれど、あまり形に残るものを持って帰るのはなんだかいけないことのようで気が引けた。
お土産にするなら消え物がいいだろう。
「買うなら明日にします」
「そうか」
その後もしばらく店を巡っていたのだが、足の痛みによって、慣れない靴で歩き回ったことを思い出す。
座って確認してみれば、案の定靴擦れを起こしていた。
「今日はこれまでだな」
そう言いながら私を抱えようとするので断固拒否し、ゆっくり歩いてもらう。
あのワードローブの家まで戻るのかと思いきや、連れて行かれたのはなんだか酷く豪奢な建物だった。
大きな噴水や、荘厳な彫像。
入口の前にはロータリーがあり、ちょうど豪華な馬車が横を通り過ぎて去っていくところだった。
「あの…ここは?」
「今日の宿だ」
「えっ、泊まるんですか?」
「ああ」
てっきり日ごとに一度帰宅するのだと思っていたので、用意など何もしていない。
「じゃあ、一回家に帰りたいんですけど…」
「それでは宿を取った意味がないだろう。それに、その靴でこれ以上歩かせる気はない」
それはそうなのだが、そうではない。
宿泊に必要なあれやこれを思い浮かべるが、伝わらないだろうと苦悩する。
「何の心配もいらん」
自信たっぷりにそう言われ、何も言えなくなる。
手を繋いだまま、気持ちの上では引きずられて建物の入口へと連れて行かれた。
「お待ちしておりました」
入口の前から次々にホテルマンが頭を下げる。
それを当然のように受け入れ、中へと進んでいく皇帝さま。
これが格の違いか。
「ここで待っていろ」
私を椅子に座らせて、ホテルの人へと何かを話す。
そのうち別のスタッフの方が、柔らかい室内履きのような靴を持ってきてくれたので、お礼を言って履き替えさせてもらった。
「こちらのお靴は如何致しますか?こちらで処分もできますが」
「あ、いえ、持って帰ります。あの、何か袋とか…入れ物をいただけませんか?」
そう伝えると嫌な顔一つせずに頷いて、一度預かると言い、靴を持っていった。
今まで履いていた靴をあんなに丁寧に持っていかれると恥ずかしい気持ちになる。
「マユミ、いくぞ」
「ご案内致します。どうぞ」
靴は後で部屋に届けてくれるとのことで、案内してくれる人の後ろを、皇帝さまと並んで歩く。
「足は大丈夫か?」
「あ、はい。おかげさまで」
「抱えてやってもいいぞ」
「…いえ、大丈夫です」
「遠慮するな」
「大丈夫です」
そんな問答をしながら辿り着いたのは、信じられないくらい豪華な部屋だった。
まず、天井が高い。成人男性が縦に3人並べるくらい高い。
それにすべての家具と調度品が高そうだ。
テーブルや革張りのソファですら触って指紋をつけるのもはばかられる。
その上、一部屋ではない。
トイレや浴室はまあいいとして、リビング、ダイニング、寝室、寝室、書斎?
何故寝室が二部屋もあるのか。ホテルで書斎なんて使うのか。
様々な疑問が次々浮かんでは消えていく。
これは、いわゆるスイートルームなのではないのか。お値段が馬鹿高いのではないのか。
しかし早々にバーカウンターから酒を物色している皇帝さまに、なにも聞けないでいる。
「お前も飲むか」
「あ、いえ、大丈夫です」
「そればかりだな」
笑いながらグラスに茶色い酒を注いだ。
…というか、ひとつ、絶対に聞かなければならないことがある。
「…このお部屋、2人で泊まるんですか?」
「そうだが」
…同室らしい。
いや、確かに私のアパートより広いけれど、未婚の男女が同室…というのは。
しかし、これだけ広いし、寝室も2つあることを考えれば別にいいのか?
だが酒に酔った私が皇帝さまを襲うかもしれない。いま絶対にお酒を飲まないと決めた。
そのうち、部屋に女性のホテルスタッフが現れて、部屋の外にあるスパへと連れて行かれた。
人に身体を洗われるなんて初めての体験だった。
「力を抜いて、私どもにすべてお任せください」
「あ…はい」
恐縮しきりの中、マッサージまでしてもらった。
絶妙な力加減で歩き疲れた足をほぐされて、天にものぼる気持ちだった。
身分を隠して泊まっているはずなのに、この扱いである。
皇帝じゃなくても、一体どんな身分で予約したことになっているのだろう。
皇帝さまってすごい。最高。かっこいい。
全身つるつるぴかぴかになって、夢心地のまま部屋に返される。
靴擦れには薬を塗ってもらい、柔らかな寝間着まで用意してもらった。
「戻ったか」
皇帝さまは部屋についているお風呂に入ったらしく、バスローブ1枚でまたお酒を飲んでいた。
風呂上がりの皇帝さまは、いつにもまして大人の色気が漂っている。
まるで有名な絵画のようだ。
「どうだった?」
「最高でした…ありがとうございます…」
そう言えば得意気に頷いた。
ポンポンとソファを叩いて隣に座れと促されたので大人しく従う。
「いつも世話になっているのは余の方だ。こうしてお前に好きなだけ贅沢をさせてやりたかった」
自然な動作で手を掬い上げられて、甲に唇を落とされた。まるで映画のワンシーンのようだ。
「いい香りだな」
手に塗られた香油の香りだろう。自分でも良い香りだと思ってはいる。
現実味のないその光景をぼうっと見つめた。
「…眠いのか?今日は疲れただろう」
「ああ…そう、ですね」
そういえば仕事終わりなのだった。
確かに体の疲れもあってまぶたが重い。
皇帝さまともっとお喋りをしていたいが、明日もあるのだ。
寝ぼけて変なことを言う前に寝たほうがいいかもしれない。
「すみません、寝ます…」
「わかった」
スマートに寝室の1つへとエスコートされる。
そこにはダブルより大きいサイズのベッドがひとつ鎮座していた。
「何時に起きればいいですか?」
「起こしてやる。気にせず寝ろ」
そういえば私物はすべて置いてきたのだった。
スマートフォンもないのだからアラームも設定できない。
本当に眠気で頭が回っていないらしい。
もそもそと布団に潜り込む。
柔らかなスプリングと滑らかな肌触りのシーツが気持ちいい。
「おやすみなさい…」
「おやすみ」
優しく頭を撫でられながら額に唇が落とされ、そこで私の意識もすこんと落ちた。




