ある日、異世界のお祭りに行った。2
「さあ、いらっしゃい!皇国名産、アカバ鳥の串焼きだよ!」
「歩き疲れた体に、絞りたてのフルーツジュースはいかがでしょうか!」
屋台を構えた人々の、様々な呼び込みの声が飛び交う。
「す、凄い出店の数ですね…!」
「普段は店を営んでいない者も出店しているからな」
いかにもお祭りらしい活気があり、釣られて気分も高揚した。
思わず口を開けたままキョロキョロと辺りを見回してしまう。
今の私は完全におのぼりさんだ。まあ、間違いではない。
漂う焼き物の香りに、ついついお腹も主張をしだす始末。
そういえばまだ夜ご飯を食べていなかった。
それを思い出し、隣を歩く皇帝さまを振り返った。
「ハルバー…うぐっ」
名前を呼ぼうと口を開いたところに、タイミングよく何かを突っ込まれる。
どうやら揚げ物の串のようだ。
いつの間に買ったのだろう。
それにしても急に口に突っ込むなんて、と抗議の目を向ければ、揚げ物の串を持った皇帝さまがにやりと笑った。
「言い忘れたが、その名は今代の皇帝にのみ許された名だ。ここでは口にするな」
「……」
確かにお忍びなのだから偽名は必要だろう。
とはいえこんな方法で口を塞がなくても良いのに。
先に説明して欲しかったという思いを込めてまた目線を向けたが、皇帝さまは素知らぬ顔で自分の串を頬張った。
ともかくこの串を処理しよう。
そしてそれを噛んだ瞬間、じゅわっと油が口の中に広がった。
なんとか火傷せずに済んだが、あつあつの揚げたてだ。
ザクザクとした食感の衣に包まれた中身は、芋のようでいて微妙に食べ慣れない風味がする。
味付けは塩と…ハーブだろうか。スパイシーな香りが鼻を抜けた。
「美味しい…」
「気に入ったか」
「ジャガイモに似てますね。これ自体にはあんまり味ないですけど、味付けが濃いので丁度良いです」
「ああ…そうだな、確かに似ている。『ジャガイモ』の方が癖がなく食べやすいが」
「これはこれで美味しいですよ」
本当に美味しかったし、空腹なことも手伝ってあっという間に食べ終えてしまった。
しかしまだまだ満腹にはほど遠い。
そこで視界の端に映った屋台を見つけ、思わず皇帝さまに声をかけた。
「ハルバ…あ、あー…」
声に出してから名前を呼んではいけないんだったと思い出し、言葉を濁す。
「どうした?」
「いえ、あー…えーと…なんてお呼びすれば…?」
普段使っている偽名とかあるのだろうか。
困った顔を皇帝さまに向けると、彼も少し考えてから口を開いた。
「好きに呼べ」
そういうのが一番困る。
なんだか期待するような目を向けられている気がするけれど、ネーミングセンスに自信がない。
全く違う名前では咄嗟に呼べる気がしないので、愛称のようにしてはどうだろうか。
「じゃあ、ハルさんでいいですか?」
「…は、」
「安直すぎますかね」
「い、や…その程度ならば、問題ない」
「はい。じゃあ、あそこの屋台が気になります、ハルさん」
要はバレなければいいのだ。
これならちょっと気安く聞こえるかもしれないが、出だしも一緒だし呼び間違えもあまりしないはず。
これで押しきってしまおう。
「あっ、あの飲み物なんですか?買っていいですか?ハルさん!」
「…ああ。いいだろう」
笑って受け入れてくれたので、こうしてお祭りの間は皇帝さまをハルさんと呼ぶことになったのだった。
そのほかにも、屋台を巡って美味しそうなものをいくつか買ってもらった。もちろん食べきれる範囲で。
しかし次第に両手も塞がり、流石に食べ歩きとはいかない量になってしまった。
「一度座るか」
「そうですね」
そう言った皇帝さまについて行けば、やがて椅子やテーブルの並ぶ広場へと辿り着いた。
どうやら飲食スペースになっているらしい。
「…空いてないみたいですね」
「流石に人が多いな…」
何度見渡してみても、人であふれて座れそうにない。
この辺りは日本と同じ光景だなぁ。
「…席数を増やすべきだな」
「この人数ですし増やしてもキリがないとは思いますけど、もう少し詰められそうではありますね」
「あとで連絡しておこう」
もう祭りに関しては何もすることはないなどと言っていた皇帝さまは、しっかり仕事をする気のようだった。
私の観光に付き合わせてしまって申し訳ない気持ちが芽生える。
「あの…」
「仕方がない、少し歩くが向こうに行くぞ」
「あ、はい」
この場に見切りをつけてさっさと歩きだした皇帝さまに大人しく従う。
タイミングを逃し、そのまま言葉を飲み込んだ。
「よお、そこのお二人さん!ここ、空くから良かったら座りな」
近くにいた男性二人組が、声をかけてきた。
食べ終わった器を持って席を譲ってくれるようだ。
「いいのか?」
「丁度食い終わったんだ。荷物持ったまま女の子を歩かせるもんじゃないよ」
「あ、ありがとうございます…」
気のいい人たちだ。
お言葉に甘えて座らせてもらった。
男性は私の手元を興味深そうに覗き込んだ。
「ところでその串はどこで買えるんだ?うまそうだな」
「え?ええと…その道を入ってすぐのところに…」
「ん~?…あ、あの道か!盲点だったな…行ってみるわ、ありがとな」
「そんな、こちらこそ」
これでもかという量の食後の器を抱えているのに、まだ食べるのだろうか。
席を譲ってくれた2人は、笑顔で手を振りながら去っていった。
すごいフレンドリーさだ。しかも相手を全く不快にしないコミュニケーション能力は見習いたいくらいだ。
自分から話しかけたわけでもないのに、知らない人との交流に少しの達成感を感じた。
さて、いよいよテーブルの上に広げられた未知の屋台飯たちと向かい合う。
「それはこちらの調味料をつけて食べた方が良い」
「へえ、そうなんですか」
「これはそのままでも味がある」
「そうなんですね」
「この果実は我が国の特産品だが、祝い事でのみ店に並ぶ貴重な品でな」
「はー、なるほど」
皇帝さまが食べ物についてそれぞれ説明してくれる。
皇帝さまはこういうのもよく食べるのだろうか。
「詳しいですね」
「…祭りには、毎回参加しているからな」
聞くと温かい食事が食べられる数少ない機会なのだそうだ。
…確かに、それならばはしゃいでしまう気持ちはわからなくもない。
「…とにかく、食え。まだ祭りは始まったばかりだぞ」
「はい、いただきます」
買った屋台のごはんはどれも美味しかった。
あまり舌に馴染みのない味だったが、それがまた新鮮で刺激的だった。
食べきれる範囲で買ったつもりだったが、調子にのって買いすぎてしまったらしい。私の分も皇帝さまが引き受けてくれた。
「ごちそうさまでした。どれも美味しかったです」
なんならちょっと食べすぎたくらいだ。
「特に気に入ったものはあるか?」
「うーん、そうですね…あの、薄くカリカリに焼いてあったやつとかかなり好きですね」
「ほう、ギーヴルか」
「あっ、あとはあの赤いフルーツも甘くて美味しかったです。香りも華やかで」
「メッカリだな。確かにあれは女子供に人気がある」
「ああ、わかります。持って帰りたいくらいです」
それくらい美味しかったのだと言い募れば、皇帝さまも満足そうに頷いた。
自国のものを褒められて悪い気はしないのだろう。
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