009 危険予知?
無事に一発目の作品が仕上がったその夜、私はピピと小さな慰労会を開こうと話していた。
たまには贅沢をしたくなって、気になっていた食堂に来た。
あれも美味しそう、これもいいねなんて迷いながら牛の煮込みを注文したそのとき。
ピピの毛が突然逆立ち、耳が左右へ激しく動く。
「ピピ...?」
普段と違う様子に、すぐさま小さな声で呼びかける。
『ニナ、違うところに行きたい』
「...どうしたの?何か危ないことでもありそう?」
(さすがにこれは...危険予知だよね。でも食堂で何が起こるっていうの?)
周囲を見回しても、いるのはほろ酔いで談笑している人々だけ。
なにも妙な様子はない。
それでも、ピピが反応しているということはきっと何かが起こるのだ。
心臓が早鐘を打ち、指先が冷える。
食堂であり得るのは火事に爆発、あっても強盗?まさか。
『わかんないけど...すごくイヤな感じがする』
ピピはブルブルと震えながら縮こまっている。
ここまで怖がっているならすぐさま去るべきだ。
注文した料理はまだ来ていないがウェイターを呼び止め、お金だけ支払うとすぐに店を離れた。
翌朝。
(ぜんぜんねむれなかった...ふぁー...)
人目をはばからず大口を開けているが許してほしい。
道のそこかしこにはゴミが転がっていて、街全体がまだ夢とうつつの境目のようなぼんやりとした時間帯。
今日は髪飾りの初お披露目の日。
売れなかったらどうしようという重圧と、食堂でのピピの反応が気にかかって、昨日はよく眠れなかった。
何度も背後を確認しながら帰ったおかげか、結局昨日のうちに何かが起きることはなかった。
けれど、食堂はどうかわからない。
(食堂でなにか起きるなら、きっとみんなを逃がしたほうがいいはずなんだよね)
それが正しいとわかっていても、現実ではなかなかそう振る舞えない。
危険がなにかわからない以上、周囲を巻き込むことに抵抗があるのだ。
少し運動した方が眠れる気がする、などと都合のよい言い訳をして散歩がてら食堂の様子を見に来たのだ。
さて、この角を曲がれば食堂のある道。
大丈夫と言い聞かせながら顔をあげると、そこには昨日となんら変わりのない道が続いていた。
明かりがないので中の様子は良く見えない。
けれど、窓枠に飾られた酒瓶も、勢いのある文字で書かれた看板も昨日のままだ。
「.........よかった」
安心したら急にお腹がすいてきた。
いや、これは眠っていないせいだろう。
朝からミネルヴァ工房で作戦会議をする予定があるが、今ならまだもうひと眠りできる。
強引に連れてきたピピはポケットの中で眠っている。
心の中で謝って、ピピをポケットから出してそっと胸に抱く。
起きる気配がないのをいいことに、存分にぬくぬくして心と体を癒した。
『ねえ、今日のボクの毛、なんか変じゃない?』
「...そんなことないよ!いつもと同じで可愛いよ!」
『ふーん、そう?』
ぎくり。
宿に戻ってからというもの、ピピのぬくもりを手放すのが惜しくて一緒に横になった。
ここまでは普段からあることなのだが、思いっきり深く眠ったせいか、朝起きたらよだれが垂れていた...ような気がする。
ピピにはついていない...とは言い切れない。
(まあ、変な気がするってくらいなら大丈夫大丈夫!)
「さーて、どこに行こうかな!」
強引に話題を逸らしたが、何も言ってこないならば好都合だ。
工房での作戦会議はすぐに終わった。
出来上がったものは、ナタリーと私が2本ずつ持つ。
レオンは引き続き作業を続け、売れたらすぐに補充できる体制を作ってくれている。
「品物の数が多いわけじゃないから、川沿いの道じゃ負けそうだよね。あそこは大店ばかりだし」
『じゃあ裏通り?』
「なしではないけど...けどナタリーが行ってるだろうし」
ミネルヴァの勧めもあり、ナタリーは引き続き裏通りで店を開きながら、あわせてリボンを売ることになった。
あのあたりは、宝石市をよく知る人なら一度は通る。
個性的なものを探している人が行くので、今回のリボンを売るにはうってつけだ。
『もー、じゃあどこにするんだよー』
「うーん......」
土地勘があるわけでもないので、これといっていい案はない。
強いて言えば、誰が買ってくれそうかを考えてみたらいい気はするが...
(貴族は絶対買わないよね。なんなら、ミネルヴァの最高品質の石でオーダーしそう)
金持ち筆頭の貴族がだめなら商人は?と思ったが、行商人は圧倒的に男性が多い。
たったの2本では、仕入れとしても嫌がる気がする。
(なら、街の人?)
目の肥えた職人にとって、新しい品は面白く受け止めてもらえるはず。
この考えが正しいかはわからないが、まずはやってみなければ始まらない。
どれだけ考え抜いても、実際の客の好みとずれることは往々にしてあるのだから。
職人街を隅々まで歩いたのち、結局はミネルヴァの店の前で店を開かせてもらうことにした。
少し遠巻きに見られてなかなか誰も近寄らないが、辛抱強く笑顔で待つ。
たまたま向かいの工房が開店らしく、扉を開けに来たおじいさんと目があった。
先日若い商人と取引していた人だ。
「見ない顔だね。ミネルヴァ親方の許可はとったかい?」
「おはようございます。ミネルヴァさんやナタリーさんと作った品を売り出しているんです。よかったらご覧ください」
優しい声色だが、警戒されていそうな気配を感じるので、あえて二人の名前を使わせてもらう。
どんな形であれ、初めてのお客さんなら大歓迎だ。
知っている二人が一枚噛んでいると聞いて、おじいさんはそっとリボンを手に取った。
「使っているのはナタリーちゃんの石か。ずいぶんうまくなったもんだよ。で、これは一体なんだい?」
目が悪いのか、顎を目一杯引いた状態で表も裏も、様々な角度から観察される。
縫い目の部分までじっくりと見るのは職人としての性だろうか。
「これはリボンでして、髪に着けたりアクセサリーのように体に着けていただけます」
もう一本のリボンを手に取って、くるりと丸めて結んだイメージを見せる。
おじいさんは合点がいったように、リボンを頭にのせるふりをした。
「ほう、面白いな」
狙い通り、面白いという感想をもらえてニヤリとする。
興味は持ってもらえた。
「だが...爺さんにはちとかわいすぎだ」
「ははは...そうですね。ご家族などにどうでしょう?」
冗談めかして言っているが、これは笑ってよかったのだろうか?
愛想笑いに逃げてしまった分、提案では一歩踏み込む。
「悪くない。ただうちのは黄色が好きなんだ。黄色いのを作ったらまた教えとくれよ。じゃあ頑張りな」
そう言っておじいさんは丁寧にリボンを戻してから目の前の店に戻っていく。
こんなもの!!と怒られるかと思っていたが、意外にも反応は穏やかだった。
その後も恐る恐るこちらを見る人はいたが、話しかけてきたのはこのおじいさんだけだった。
『場所選び、よくなかったかなー?』
薄々感じていたが、ピピもそう思うのか。
次の場所選びのため、一度工房に戻る。
「ミネルヴァさん、ちょっと教えていただきたいのですが。このあたりの職人さんってどんな方が多いですか?」
「そうねえ、長くやっている人が多いかしら?どこも親方は30年、40年とやっているような人だと聞いたことがあるわ」
まずは行動!と工房街で店を開いたがちょっと失敗だった気がする。
いや、多少はリボンの存在を知ってもらえたから完全に失敗ではないが。
(誰なら買ってくれるのか、もう少し考えたほうがいい)
街の人に買ってもらうという考えは悪くないはず。
でも、職人ならば自分で作れてしまうし年齢的に難しそうだ。
「場所、ありがとうございました。この後は常設市場の方に行ってきます」
(あっちのほうがまだいける気がする)
誰かに伝える言葉にするほど考えは整理できていない。
けれど、一度常設市場には行っているのでおおよその雰囲気は掴んでいる。
とにかく、ここより様々な人がくるのだ。
「わかったわ。いってらっしゃい」
複雑な工具を使って作業をしていたところなのに、一度手を止めて送り出してくれる。
これだけ心を砕いてくれている人に、なんとか応えたいと強く思った。
予定変更があり新キャラがお預けに...
5話以内に新キャラ登場&ジョレッツォ完結しますので、もう少しお付き合いください!




