008 ナタリーの思い
翌日。
ミネルヴァ工房へ向かうと、これまでとは違う光景が広がっていた。
どこからひっぱり出したのか大きな机が並べられ、その上に、大小さまざまな石が山のように積みあがっている。
ミネルヴァとナタリーは、石を摘まみ上げてはなにやら議論をしている。
「ミネルヴァさん、ナタリーさん!これは...一体?」
「ああ、待ってたわ。使えそうな石を選り分けていたの」
そう言って、ミネルヴァは私たちをテーブルの元へと促す。
見ると、テーブルの上にはすでにいくつかのデザインの原型ができていた。
昨日までは絵の中でだけ存在していたものが、急に輪郭を持ちだした。
想像よりもずっと洗練されたデザインに心躍る。
「話を聞いたナタリーが真剣なっちゃってね。穴あけはレオンの修行にもちょうどいいから、この話、乗ることにしたわ」
目くばせを受けて工房の奥の方を見やると、確かに作業台でレオンがなにかやっているのがわかった。
「ナタリーさんが...!?ありがとうございます!」
心からの感謝を伝えると、ナタリーははにかみつつ、こちらこそと言ってくれた。
…なんだかこそばゆい。
「金額についてはこちらで考えてみたの。確認してもらえる?」
昨日はさっぱりお金はできなかった。
ミネルヴァの方でまとめてくれたなら助かる。
彼らに損のないようにしたい、と丁寧に目を通していると、穴あけ費用の金額に違和感を抱いた。
「これ、桁はあっていますか?それか単位が違いますか?」
記載されていたのはリボン一本あたり1,000アウロ。
いくつ穴をあけようともこの値段では、工房は儲からないのではないか。
そんな心配から疑問を口に出したが、ミネルヴァは断固とした態度で首を振った。
「見習いの仕事でお金は受け取れないわ」
「でも、やってもらっているのに払わないなんて...」
なおも食い下がろうとする私に、今度はナタリーが口を開いた。
「ニナさん、本当にお金はいいんです。見習いは毎月決まったお給金をいただけます。そのかわりに、どんな仕事をしても、何も成果がなくともお給金は変わりません」
何をしても稼げるお金は変わらないなんて、厳しい。
苦い顔を続ける私に、ナタリーは職人の中で伝わる考えを説明してくれた。
見習いの仕事でお金をもらわないのは、報酬に惑わされて仕事の質を変えないようにという戒め。
同時に、毎日の生活は保証するので全力で修行に打ち込みなさいという愛の鞭。
(...外野の私がとやかく言ってはいけないんだ)
彼らは、彼らの価値観の中で生きている。
素直にそう受け止めて、二人に向き直った。
「...わかりました。では、これでお願いします」
一商人としては、なんだか借りを作ってしまったような居心地の悪さがある。
せめて、なにかほかの方法で彼女たちに報いたい。
作品を大事にしてくれる人に売るのもひとつ、遠い地域の人にミネルヴァ工房を知ってもらうのもいい。
やり方はいろいろある。
商人ならできるはずだ。
「販売価格はだいたい一本30,000アウロでいいかしら?」
ミネルヴァが問う。
この辺りは石の数で多少上下するだろう。
髪飾りとしては高いが、宝石を使った装飾品としては安い。
この辺りがどう評価されるかは未知数だ。
「ナタリー、頼まれたやつ持ってきたよ」
背後からの声に驚いて振り返ると、やはりエプロンを身につけた、かくしゃくとした女性が、何やら袋を届けにきたようだった。
ナタリーが袋を受け取ると、聞きなれたじゃらりという音がした。
「小さい石はこっちの袋。じゃあね」
言いたいことだけ言ってさっさと去っていく。
ナタリー以外は見えていないような態度だったが、ミネルヴァは気にも留めていない。
ナタリーは別の箱を用意すると、その中に袋の中身をざらざらと移し替えた。
「知り合いの工房からもいくつか譲ってもらったわ」
「ほ、ほかの工房から...?」
なんでもないことのように言うが、思ったより大事になってしまっていて、驚きやら申し訳なさやらで動機がしてきた。
むしろ、ここまでしてもらったからにはなんとかいいものを作りたいと自分を鼓舞する。
「重さは量ってあるので、戻すときに減った分だけ払えばいいそうです」
「太っ腹ね。今度お礼しておくわ」
ミネルヴァとナタリーは口を動かすが、それ以上に手が動く。
先ほど持ち込まれた石はあっという間に色ごとに分けられていった。
「そうだ、私のほうでも、布を用意してきたんです」
「あら、準備がいいじゃない。流石ね」
昨日訪れた繕い屋は、小さいながらも仕事が早かった。
布を切って欲しいと注文すると、すぐに作業を始め、あっという間に5本の細長い布を作ってくれたのだ。
「見せてもらった図案の通りに作ってみればいいかしら?」
「そうですね...せっかくこんなにいろいろな石があるんです。考え直したほうがいいかもしれません」
「あら、じゃあ少し任せてもらえるかしら?そのあたりは私たちの腕の見せ所」
そういって、ミネルヴァとナタリーはあっという間に布の上に宝石を並べていった。
テーブルの上と布の上ではベースの色が違う。
布の上で思い通りの色が出るように、石を入れ替えながらどんどんと形を作っていく。
ミネルヴァは、様々な色をなめらかにつなぎ合わせて大輪の花を描く。
ナタリーはあえて複雑な形のものを選び、川の流れのように散らしている。
やはり二人の作品は対照的だ。
『ニナ!すごいすごい!!きれーだよ!!』
「...ほんと、すごい」
二人の圧倒的な手腕に言葉が出てこない。
まさかこの石が捨てられるはずだった石とは誰も思うまい。
「さあ、ここからはレオンの出番。私がレオンにつくから、ナタリーはほかのものも仕上げてもらえるかしら?」
「任せてください」
ナタリーは宝石から目を話すことなく、けれども自信に満ちた声で返事をした。
宝石の山はまだまだあるが、石を割ったらまた一から探さなければならない
レオンの責任も重大だ。
ミネルヴァの指示に従って、レオンは慎重に作業する。
指示も作業も的確らしく、ここまで割れた石はない。
穴が空いた石を、私が別の布に簡易的に縫い付ける。
これを縫い屋に持っていけば、石の縫い付けからリボンに整えるところまでやってくれると話はついている。
しかも、昼までに持っていけば夕方までに仕上げてくれるという驚異的な速さまで約束してくれた。
その分少し値段はしたが、他に店がない以上仕方ない。
穴が空いたそばから、どんどんと縫い付けていく。
最初は事細かにレオンを指導していたミネルヴァも、次第に見守る体勢へと変わっていく。
稀に、あっ!という声が聞こえるので、多分失敗しているのだろう。
そのたび、すぐにミネルヴァが合う石を探し出してレオンは絶え間なく穴あけを続ける。
ピピはいつしか飽きてしまったようで、窓辺でうたたねをしている。
耳はぴんと立っているので、話だけは聞いているのかもしれないけど。
明日売り始めるとして、残る宝石市は4日。
(なんとかジョレッツォで売れる?だめならば他の街に持っていこう)
きっと、盛り上がりは今が最高潮。
この後は少しずつ店も客も減っていくはずだ。
幸い、どこの街でも売れるような品物だ。
まとまった量ができてから移動するのがいいだろう。
どんな柄をたくさん作ってもらうか、図案と睨めっこしていると、あまり見かけないデザインがあるのに気がついた。
「この柄、何の柄ですか?四角?」
色使いからして、おそらく作ったのはナタリー。
ミネルヴァであれば引き算の洗練が見えるところ、これには華やかさが感じられるから。
けれども、菱形を横に三つ並べるやり方はナタリーらしくはない。
「これはこの辺りに伝わるおまじないの柄です。三連角と呼ばれているんですが、それぞれ宝石の採掘、研磨、加工を象徴します。そのどれもがうまくいきますようにという願いが込められているんですよ」
「わあ、素敵...。それなら職人さんにぴったりかもしれませんね」
ナタリーは少し前のめりになり、そうなんです!と目を輝かせた。
私にはわからないが、採掘はこの色で、研磨はこの色でというこだわりがあるに違いない。
これは早めに作って宝石市の間に売り始めたい。
今後の予定に意識を飛ばしていたところ、申し訳なさそうにナタリーが首を傾げたのですぐに焦点を合わせた。
「それで、お願いがあって...ニナさんさえ良ければなんですが、このリボンは私に売ってもらえませんか?」
「私は全然構いませんけど...何か気を遣って買う必要はないですからね!?」
協力すると言った手前、責任を感じているというのならやめてほしい。
身内で売上を立てようなど思ったことはない。
ピピも驚いたようで、嬉しいと困ったを行き来してわたわたしている。
「いえ、私が本当に欲しいんです」
そんなピピの様子を見てくすりと笑うと、ナタリーはポツポツと自分の過去を語り出した。
ナタリーの親は採掘の仕事をしているということ。
幼い頃、売れないとされた石をおもちゃにしていたこと。
価値がないと言われてもナタリー自身はその石を綺麗だと思っていたこと...。
「今は宝石は貴族のものですが、もっと自由に宝石を楽しんでいいんだと伝えたいんです。どんな形でも色でも、自分が素敵だと思えばそれが一番だと私は思うんです」
「...ナタリーさん」
言葉を選びながら熱を込めて話す姿に、すっかりひきこまれてしまった。
ナタリーに声をかけたのは完全に偶然だった。
ここまでやる気を持ってくれるなんて、いい波が来ているとしか思えない。
三連角のリボンはナタリーに譲ると約束すると、満開の笑顔が花開いた。
次回、ちょっと不穏な気配あり?
お楽しみください!




