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旅商人ニナ ―守護獣と巡る街と品の物語―  作者: 秋野 玲
第一編 ユートルデ王国  第二章 ジョレッツォ
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007 はじめての提案

「こんにちは、ミネルヴァさんはいらっしゃいますか?」


昨日の興奮冷めやらぬままミネルヴァの元へやってきたが、出迎えてくれたのは明るい茶髪の少年だった。

どこか気の抜けた雰囲気で羽箒をパタパタさせている。


「あー...いらっしゃいませ」


『知らないヤツ。だれだー?』


「うわ!!しゃべった!」


『なにびっくりしてんだー!ボクが喋るなんてトーゼンだろっ!』


ピピがポケットからテーブルに飛び移ると、少年は大袈裟に後退りした。

すぐさま背後に何もないことを確認して、今度は大きく安堵の息を吐いた。

以前何か壊したことでもあるのだろうか?

忙しい子だ。


見たところ、少年は10代前半。

先日話に出た新しい見習いというのは彼に違いない。

何か言い返そうとしているが、ピピの勢いに押されてしどろもどろになっている。


二人の騒がしい声が耳に入ったのか、裏からミネルヴァが出てきた。


「レオン。お客様には丁寧な言葉遣いをしてちょうだいね」


「はい、師匠!すみませんでした!!!」


先ほどまでの怠そうな態度が嘘のような、はきはきとした返事。

ミネルヴァは一見穏やかそうではあるが、圧力をひしひしと感じる。


(や、やっぱり優しくないかも!!ちょっとこわい!!)


店の責任を持つのだからそのくらいの胆力はあって然るべきなのだろうが、これまで優しく見えていたからこそ怖い。

少年は急に背筋を伸ばして、逃げるように裏へ引っ込んでいった。


「恥ずかしいところを見せて申し訳ないわ。それで、今日はどんな御用かしら?」


勧められるがまま、先日と同じ来客椅子に座る。

ちらりとミネルヴァの顔を伺うと、いつも通りに戻っているように見えて少しだけ安心する。

機嫌が悪い時に交渉などするものではないのだから。


自分を落ち着かせるために一度ゆっくり目を閉じ、そのあと鞄から2枚の紙をテーブルに滑らせる。


「この絵のような商品を作りたいと思っているんです。こちらが身につけた時のイメージになります」


ミネルヴァは静かに紙に目線を落とした。

必要なことは大体紙に書いてある。


今回作ろうと思っているのは、廃棄される石を使った庶民向けの髪飾り。


貴族向けのアクセサリー...いわゆるジュエリーは、石の質もさることながら、実は金属の部分が非常に高くつく。

純度の高い金や銀を使っているからだ。

庶民向けのものには、金属の代わりに布を使い、価格を落とす。


考えてきたことをいろいろと説明したくなったが、ミネルヴァは真剣に紙を読み込んでいるので、ぐっと堪えて待つ。

ミネルヴァは2枚の紙を交互に何度も眺めたあと、ゆっくりと顔を上げた。


「私にこれを見せたということは、あの廃棄石をこれに使いたいということよね?」


「おっしゃる通りです。値段や加工などを相談できればと思っています」


「...まずは話を聞きましょうか」


いいとも悪いとも言わず、まずは話を聞くというミネルヴァの姿勢。

頭ごなしに否定されなかったことはありがたい。

けれども手放しで歓迎というわけでもなさそうだ。

私の説明次第でどちらにも転ぶ。

手のひらがぬるりとしたので、自分が強く拳を握りしめていたことに気がついた。


「まず、髪飾りにしたのは、宝石が輝きやすい環境を作ることができるからです。

頭ならば体の陰にならず常に光が当たります。さらに、リボンはゆらゆらと揺れるので、さらにその影響は大きい」


ミネルヴァは瞬きもせずこちらを見ている。

考え全てを見透かしてきそうな深い瞳の色。

心が縮こまりそうになるが、なんとか奮い立たせて目を合わせる。


「廃棄石を売ることで、工房の正規品への影響が出ないか、というご懸念ですが...こちらは穴を開けることで区別できると考えています。リボンから石を外して悪用しようとする人がいても、穴が空いているのでジュエリーへの転用はできません」


ほんのわずか、ミネルヴァの口角が上がった気がした。

とにかく、リボンに使う石は別基準の品だと知ってもらえればいいのだ。


「デザインについては相談したいところですが、私の方で二つ考えてみました。大きな石をメインにするものと、小さな石を全体に散りばめたものです」


持ってきたメモには、二つのデザインが清書されている。

大きな石のほうは、サイズのある一石だけを贅沢にあしらったもの。

もう一つは、まるで星空のようにリボン全体がきらめくものだ。


とりあえず、伝えるべきことはこれで全て伝えられた。

あとはミネルヴァの反応次第だが。


「...いかがでしょうか?」


「.........」


問いかけにすぐには応えず、じっと目を瞑っている。

神経が張り詰めすぎて、私の気が少しおかしくなったのかもしれない。

ミネルヴァの長いまつ毛が、なんだか赤ちゃんのようで可愛らしいなあとどうでもいいことが頭をぐるぐるし出した。


「いくつか教えてほしいのだけれど」


「もちろんです」


すぐさま我に返り、一度椅子に座り直す。

そうしてミネルヴァから尋ねられたのは、なぜリボンの髪飾りなのか、廃棄石を使う理由、誰に売るかなどだった。

事前に答えを考えてきたので、質問には迷いなく答えることができた...と思う。

それがミネルヴァを納得させる答えがどうかは別問題だが。

ミネルヴァは私の答えを聞いて、たびたび頷いている。


(...ちゃんと準備してきてよかった)


きちんと接する職人というのはミネルヴァが初めてではあるが、村を訪れる行商人たちからは、職人は気難しい人が多いと聞いていた。

ミネルヴァが気難しい人物だと感じてはいないが、職人としての信念を持っている人物だということはわかる。

尊敬に欠ける答えをしたら、その瞬間にこの話はご破算になってもおかしくない。


「ありがとう。面白い考えだと思うわ」


ミネルヴァの言葉に、もしかしたらという期待が膨らむ。

しかし、彼女の表情は私が想像していたものではなかった。


「でも、少し考えさせてもらえるかしら?明日また来てくれる?」








工房を出たあとの足取りは重かった。

明日来て、と言われて頭が完全に真っ白になってしまった。


一度でうまくいくとは思ってない。

でも。


「はあーーーーー...........。ショックだ」


深刻に捉える必要はないと頭ではわかっている。

それでも、自分なりに頑張ったことがうまくいかなかったのだ。

多少は心にくる。


『ニナ、ダメって言われたわけじゃない。今できることをやろーよ!』


「...うん、うん。そうだね...」


ピピの言うことはもっともだ。

宝石市の期間は限られている。

くよくよしている暇があるならば、新しい商売の種を探すべきだ。

……と、わかっている。


『ていやーっ!』


「いった!!ピピ!キックは痛いって!」


渾身の一撃が右頬に炸裂する。

完全に気を抜いていたこともあり、ちゃんと痛い。


『なにへこんでんのー!ほら次は?なにやるの?』


肩の上で大きな声を出すから耳もキンキンするが、ピピはおかまいなしだ。


「...次は商業会に行く予定だった。職人名簿を見せてもらって、布の加工をお願いできる人がいないか探す」


『いっくぞー!』


「...うん」


温度感についていけなくて、ついおざなりに返事をしてしまう。

違う、こんな風に不貞腐れたいわけじゃないのに。


『ニナ遅い!は、や、あ、しー!!!』


「...ふふっ、うん。わかった。早足ね!」


小さな体で力いっぱい叫ぶピピ。

少し乱暴にも思えるやりかただけど、ピピなりに一生懸命慰めてくれている。

心はまだ沈んでいるけれど、ピピがこんなに応援してくれているんだから、とやる気がちょっぴり戻ってきた。





今回、廃棄石を髪飾りにしようと思った理由の一つが、ヴィヴィエンで仕入れた布だ。

単純な宝石勝負ならばジョレッツォの商人には勝てない。

私にしかないものを、となんとか探した結果がこれだ。


(ヴィヴィエンで買ったのは二種類。いったん、どちらの色も切ってもらおう)


村では自分で裁縫をしていたが、今は時間との戦いでもある。

専門家にお願いできるならそれが一番だ。


ジョレッツォの商業会は、ヴィヴィエンのものよりも古めかしかった。

建物はもちろん、棚に保存されている書類が色あせていて、長くこの地の商業を支えていたことがわかる。

人は多いが、ちょうど受付の人波は切れている。

幸先がいいかもしれない。


「すみません、仕立て屋はこの街にありますか?」


訪ねると、職員はとたんに申し訳なさそうな表情を見せた。


「仕立て屋は二軒あります。でも、一軒はすでに大きな仕事を受注しているので、余力はないと思います。もう一軒は、毎年宝石市場の期間は休業しています」


「二軒ともだめなんですか!?」


前言撤回。運はまったく良くないかもしれない。

大きな仕事を請け負っている方は、もしかすると報酬次第では受けてもらえるかもしれないが、望みは薄いだろう。

となれば自分でやるしかないか?


「どのようなお仕事をお考えですか?」


職員は不憫そうに話している。

仕立て屋がダメならば、他のどこも難しいだろう。なんせここは石の街。

そうは思ったが、ダメ元でリボンの加工について説明してみる。

話を聞くとすぐに職員は奥の方から分厚い冊子を取り出してきた。

表紙には職人台帳と書かれている。

重そうなのにそんな素振りは見せず、慣れた様子でページをめくった。


「お直しの店であれば、もしかしたらできるかもしれません」


そうして見せてくれたページには、繕い屋という名前で5件の店が記載されていた。

簡単な特徴も横にまとめられている。


「お直しの店というのは?」


「服や革製品を直したり、ちょっとした飾りをつけてくれる店です。ズボンの丈を詰めてくれたり、刺繍をいれてくれたりするんですよ。繕い屋が正式な名前ですが、このあたりではお直し屋と呼ばれているんです。」


「繕い屋、初めて聞きました。飾りもつけてくれるんですか。楽しそう!!」


村にはなかった店との出会いに、思いがけず気分が上がる。

ちょっとしたほつれや裂けなら自分で直していたが、都市部ではそれが一つの職になるのか、面白い。

もし飾り付けも請け負うような店なら、宝石の縫い付けもお願いできるかもしれない。

それならばより早く、より多く作れるかも。

もっと複雑なデザインにしてもいい。

なにより、どんな店なのか...純粋に興味がある。


『ニナ、まずは依頼を受けてもらえるか、だからね』


「わかってる」


頭の中であれこれやりたいことが思いついて、浮かれていたのかもしれない。

じとっとした表情のピピに諌められた。


「繕い屋に行ってみたいと思います。柔軟に対応してくれそうな店はありますか?」


通常のお直しを頼むわけではないので、融通がきく店のほうがありがたい。

取り急ぎ、細長い布に裁断してもらおう。

試作品では、私が宝石を仮留めする。

その後に改めて持ち込んで、リボンへの加工をお願いする予定だ。


職員は少し悩んで、台帳で5番目に記載された店を勧めてくれた。

若い姉妹がやっている、比較的新しい店らしい。


(今の計画は全体的に綱渡り。ミネルヴァさんのところがダメなら別のところから石を探さないとだし、繕い屋も同じ)


仕立て屋が使えないと聞いたときはもう終わりだと思ったが、なんとか道はつながっている。

今度は心から、まだ諦める必要はないと希望がわいてきた。


受付の女性に感謝を伝え、繕い屋へと急いで向かった。



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