006 常設市場
街中の賑わいとはうってかわって常設市場は閑散としていた。
ジョレッツォの常設市場は国内でも珍しく屋内にある。
水回りもきちんと整備されているようで、壁の近くには細い水路があり、小さな水音が聞こえる。
日陰のおかげか水のおかげか、市場の中はひんやりしていて、人々の熱気にやられて熱った体には気持ちがいい。
普段はもっと人出があるのだろうが、今は食べ物を扱う店が広い空間にぽつぽつあるだけだ。
店同士の隙間を見つけ、商品を広げる。
「なあ、北に行ったところで、馬車が襲われたらしいぞ」
「物騒で困るな。宝石市だってのに、客足鈍るんじゃないのか?」
「仕入れた帰り道だったみたいだ。気の毒だよなあ」
がらんとした空間では話し声もよく通る。
北といえば、ヴィヴィエンの方角だ。
「ピピ、やっぱり遠回りをしてきてよかったみたい。ありがとね」
『ふんっ、そうだろそうだろー!』
小さな声で肩に向かって呼びかける。
あのときピピが反応したのは、このせいだったのだろう。
ピピも聞こえていたようでふんぞりかえりながら頷いている。
まったく、お調子者なんだから。
『...へっくしゅん!』
「あれ、ピピ風邪?」
『なんだろう、嫌な感じがする...』
むずむずするのか、ピピは一生懸命に鼻の頭を掻く。
その後も何度か小さなくしゃみの音が聞こえた。
「嫌な感じって、危険が迫ってるかもってこと?それとも風邪かな?大丈夫?」
嫌な感じと言われても、それが必ずしも危険察知ではないと思っている。
なにぶんピピは自由人ならぬ自由獣だ。
風邪をひいたのを見たことはなかったが、毎日動き回っている今の生活では体調を崩してもおかしくはないだろうし。
(無理しない方がいいよね。少し休みをつくってもいいかも)
市場にきたばかりだが、今日中に売らなければならない商品はない。
潔く帰ろうと荷物をまとめようとしたとき、正面の店からおじさんが近づいてくるのが見えた。
「よう!おたくはどこから来たんだい?」
人好きのする笑顔で話しかけられる。
タイミングの悪さにほんの少し眉間に皺が寄ってしまったかもしれない。
それでも、商人たるもの人当たりよくあらねば、と意識して表情を和らげる。
長居はしないと決めて彼の話に応じることにした。
「北のほう...ちょっと前までヴィヴィエンにいました」
「ああ、ヴィヴィエンか!いい街だよな。俺は宝石市が終わったら行く予定なんだ。
領主さまにもうすぐ子供が生まれるだろ?だから誕生祭に便乗しようってわけだ」
領主に子供など初耳だ。リカルドをはじめ誰も教えてくれなかった。
そもそも領主がどんな人なのかもちゃんと知らないのだが...。
「赤ちゃんが産まれるなんて知らなかったです。有名な話なんですか?」
「この辺の商人はみんな知ってるさ。なんだい、誰からも聞かなかったのか?」
「その、ヴィヴィエンで行商をはじめたばかりなんです。だからそういったことに疎くて」
「かー!そりゃ勿体無いことしたな!いいか、情報ってのは自分から取りに行くんだ。商人なら話しかけてなんぼよ!じゃあ商業会の裏技も知らんだろ?教えてやる!」
おじさんはいい気になったようで、どんどんと話を続けようとする。
普段だったらありがたく思えたかもしれないが、今は一刻も早く帰りたい。
ピピは私の首元に顔を埋めてずっと黙っているので、悪化していないか心配だ。
「ピピ、大丈夫?」
『ニナぁ~!この人、嫌!!』
「...ちょっと!なんてこと言うの!」
ピピの声は思ったよりも張りがあり、とりあえずは安心...。
だが、言った内容は失礼そのもの。しかもおじさんにもはっきりと聞こえているだろう。
村ではピピは生意気なところがかわいいなんて言われていたが...おじさんが好意的かはわからない。
「おや!!ちっこいのがいるじゃないか。嫌なのはこれだろ?ほら」
おじさんはピピの発言など気にしていないようで、笑顔でピピに向かって手のひらを差し出す。
手には何も乗っていないのに、ピピは突然頭を振って反応した。
『くっさー!!これ!!きらいっ!!っくしゅん!』
「はっはっは、おまえさんはハーブが嫌いなのかな?俺はハーブ売りだからな。匂いがしみついているんだろうよ」
正面のおじさんの店を改めて見ると、たしかに様々な植物が陳列されている。
落ち着いた雰囲気の店に、豪快な店主の組み合わせは少しアンバランスにも感じる。
大きな箱にひとまとめに入っている枝は月桂樹のように見える。
上には花束が吊るされており、リボンで結ばれていてかわいらしい。
あれがハーブならば、見た目も香りも楽しめる飾りなのだろう。面白い商品だ。
「ハーブのお店、初めて見ました。どうしてこの時期のジョレッツォに?」
「不思議だろう、そうだろう」
おじさんは待ってましたと言わんばかりに、人差し指を振りながら口を開く。
曰く、ハーブは食事のほか、石と組み合わせて占いや厄除けに使われることもある。
石を探すついでにハーブも買い求める占い師は多いらしい。
村には占い師はいなかったので、いつか会ってみたい。
「ついでに、ヴィヴィエンだと虫避けやネズミ避けとして人気なんだぜ」
「っくしゅ...ボクは悪いネズミじゃないやい!」
ピピはくしゃみが止まらないらしい。
人間にはいい香りでも、守護獣にとってもそうとは限らないものなあ。
「そりゃあ悪かったよ!可哀想になってきたから俺は店に戻る、じゃあな!」
別れ際、おじさんは手を振ろうとしたが...
ピピに臭いと言われたことを思い出し、すぐに手引っ込めて去っていった。
「...いい人だったね」
『どこが!?ボク大変だったんだから』
「いろいろ教えてくれたしさ。ピピにはちょっと災難だったけど」
ピピは不服そうにしているが、悪意がなかったことは理解しているようだ。
ただ純粋に、相性が悪かっただけだ。
「とにかく、大きな危険じゃなくてよかった」
ボクにとっては危険だったとかプンスカ言っているが、本気で嫌だったらポケットに隠れるだろう。
『ニナ!おやつ!!』
「はいはい」
鞄の外ポケットを片手で漁る。
ヴィヴィエンで自分用に買ったくるみが少し残っていたはずだ。
八つ当たりのような要求だが、余り物で機嫌が直るなら受け止めよう。
『ニナはヴィヴィエンとジョレッツォどっちが好きー?』
殻がついたままのくるみを受け取り、ピピは鞄の上に座る。
食べながら話すので、ぽろぽろとくずが落ちている。
まあ、あとで掃えばいいか。
それよりピピが休憩している間に、さっさと店を閉じてしまおう。
「難しいなあ。やっぱり王都に近い分、ジョレッツォのほうがいろいろありそうだよね。食堂も、美味しそうなところいろいろなかった?」
『あったあった!!ボク魚が食べたい!』
「いいね!私は貝を食べてみたいの、村に貝なんて全然なかったでしょ?」
おやつを食べながら食べ物の話をするなんて、食い気に満ち満ちている。
ヴィヴィエンの時は、食事は市場や露店で済ませてしまっていたから、こちらでは一度くらい、ゆっくり店の中で食べたいものだ。
(ヴィヴィエンの朝ごはんも、いろんな組み合わせでもっと食べてみたかった~)
思い出すのは、あの薄切りのパン。
好きな食べ物を組み合わせて、自分好みの朝ごはんが作れるというのは画期的だった。
仕事をしながら、歩きながらでも食べられるのもいい。
市場の中では店子たちが片手で食べながら作業していたし、外へ出て布屋や仕立て屋、古着屋などウィンドウを見ながら食べるのもまた一興だろう。
数日前に見た風景を思い出していたところで、ふっとなにか、線がつながりかける感覚があった。
(あのとき見かけたのは......そうだ)
「ピピ、ちょっと静かに待っていられる?残りのくるみ全部あげるから」
私が真剣になったことを察したのか、ピピは鞄から飛び降りて少し離れたところへ行った。
私は急いで、鞄からメモとペンを取り出す。
頭に浮かぶ絵を取りこぼさないように、とにかく早く。
(人に見せるならあとから綺麗に描き直せばいい。今は粗くても形にする)
すぐに周囲の音は聞こえなくなった。
(よし、とりあえずこれでいい。それでこの後は...)
勢いのまま、これから作りたいものを描きつけた。
続けて、やるべきことを紙に書いてはぐちゃぐちゃと消してを繰り返す。
メモは高価だが、かまっていられない。
(採算がとれるかも考えないと...金額はミネルヴァ工房で相談してみてもいいかもしれない。誰か作ってくれる人も探さないとだよね)
忘れてはならないことは一通り書き留めたが、大事なのはこの後だ。
ものを作って売るまでが仕事。
すでに紙にはやることがぎっしり書かれている。
その端になんとか、「金額の調整と職人の紹介」と小さく書き足す。
(工房の二人はこれを見てどう思うだろうか。快く協力してくれるといいのだけど。)
生半可なものをミネルヴァたちに見せて、期待外れだと思わせないように。
すでに一度、いい提案ができなかったという過去がある。
次はないかもしれない。
その夜、宿に戻ってもなかなか部屋の明かりは落ちなかった。




