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旅商人ニナ ―守護獣と巡る街と品の物語―  作者: 秋野 玲
第一編 ユートルデ王国  第二章 ジョレッツォ
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005 使えないものたち

「師匠、ただいま戻りました」


「おつかれさま。あら、お客さん?......昨日の方ね、いらっしゃい」


遠くから声がしたかと思うと、店の奥からミネルヴァが現れた。

エプロンを着けているので作業をしていたのかもしれない。


『そう!ボクはピピ!こっちはニナだよ』


「改めまして、ニナです」


ピピが片手を上げて挨拶するのを見て、ミネルヴァも真似をして小さく手を上げた。

思ったより茶目っ気があるらしい。


(ピピのおかげか、顔を覚えてもらいやすい気がするんだよなあ)


村にいるときはそこまで意識することはなかったが、やはり守護獣連れというのは珍しいのかもしれない。

ひっそり情報収集したいときは、ピピに隠れてもらおうか。

新しいもの好きのピピは、そんなこといったら大反対しそうだけれど。


師匠と調整するので少し待つようにナタリーに言われ、ありがたく応接用の椅子に座らせてもらう。


開いた窓からは、向かいの工房から人が出てきたのが見えた。

金髪の若者が商人で、髪を刈り上げた年かさの男性が職人だろう。

職人は若者の背中をバシバシと叩いて豪快に笑っている。


(商談がまとまったのかな。あそこまで遠慮のない関係が作れたら強いよなあ)


村へ来たいつかの商人が言っていた。

「人脈は作るものではない。これまでの仕事の轍なのだ」と。

当然私には実績もなければ人脈もない。

けれど、地道にやっていけばいつかは私も...と夢は膨らむ。





「お待たせしました、こちらになります。」


ミネルヴァとの話はついたらしい。

ナタリーの手元には、大きめの木箱が二つも抱えられていた。

テーブルにそっと下ろしたにも関わらず、かしゃんという軽い音がする。

他にもあるようで、ミネルヴァなどさらに大きな箱を持っている。


「たくさんあるんですね」


「ちょうど新人が増えたところだから特に多いのよ。今は留守にしているのだけどね」


もともとミネルヴァは、数年前に彼女の師匠から工房を引き継いだところで、弟子を取るのはその新人が初めてらしい。

ナタリーについては先代の頃からの付き合いなので、実際は先輩と後輩の気楽な関係なのだとか。


(何回か話しただけだけど、面倒見がいい気がするもんなあ)


ミネルヴァもナタリーも穏やかそうだから、弟子はのびのび挑戦ができそうないい環境だ。

弟子の顔も知らないが勝手に環境を羨む。


「触る前には手袋をしてね。欠けていたりして危ないから」


(ほら、こういうところ!いいお姉さんって感じなんだよね〜!)


細やかな気遣いに感謝して、早速箱の中身を見せてもらう。

中央にあったピンクの石を手に取って見てみるが、ぱっと見る限り傷は見当たらない。


「これ、本当に売り物ではないんですか?綺麗に見えますけど...」


「明るくしてみたらわかるわ」


言われるがまま日向に行き、石を光にかざす。

すると、中央に擦れたような傷が二、三本入っているのがわかった。


「少しだけですけど、傷があるのはわかりました」


「でしょう。それはまだ綺麗なほう。なかにはこういうのもあるのよ」


ミネルヴァが箱をがさごそと探して取り出したのはキラキラとしていない石。

けれどよく見ると、形は左右対称で精密なカットが施されていることがわかる。


「こういう石をね、『照り』がないって言うの」


「照り、ですか...?」


すごくふんわりとした表現に、わかったようなわからないような気持ちになる。

そんな私を見かねて、ミネルヴァはナタリーに目配せした。

ナタリーは軽く頷き、展示されていた宝石を持ってきた。


「一言で言い表しにくいのだけど...誰もが一目見て綺麗だと思えるもの、といえばいいかしらね。どんなに優れた職人でも、照りがない石を輝かせることはできないわ」


ミネルヴァはどこかここではない場所を見ているようだった。


いい石、いい職人。

この二つが揃わないと、綺麗な宝石にならないことはわかった。


「では、これらは染料にしたりはしないのですか?宝石としては使えなくても、染料としてならいいのではないですか?」


「この中にあるのは染料向きの石ではないんです」


ナタリーがゆるく首を振る。


「では、わけあり品として安く売るなども?」


「そうしている工房もあるわ。でも私たちは、納得のいかない品を世に出したくないの。工房の名前もあるし」


私の思いつくことなどとっくに考えていたらしい。

ぱっと思いついたような案ではさすがにダメか。


「再利用はなかなか難しいでしょう。大手の工房は建築資材として融通していると聞くけれど、うちのような小さな工房はそうもいかないの」


テーブルの上にあるだけでも3箱。

素人考えではずいぶんたくさん廃棄してしまうのだと思ったのに、資材として売るにはこれでも量が不足しているらしい。

ミネルヴァはそっと箱の蓋を閉めた。


「工房の価値を落としてまで売ろうとは思わないわ。だったら眠らせておくか、捨ててしまう方がいいから」


ここまでずっと穏やかな話しぶりだったミネルヴァにしては珍しく、その言い方はどこか厳しい。

けれどもこれは、工房の看板を担うからこそ必要な線引きなのだろう。


「そうですね...。もしも、何かいい使い道が浮かんだら、提案に来てもいいですか?」


「ええ、もちろんよ。でも思いつかなくても気に病まないで。いつでもまた見に来てね」


ミネルヴァもナタリーも、決してがっかりした顔は見せず、逆にそんな気遣いが申し訳ない。

もともと私に期待はしていなかったかもしれない。

でも、一商人としてなにもできませんとは言いたくなかった。










『使えないものを使えるようにするって難しいんだね』


「そうだね...。ミネルヴァさんたちが納得できる方法じゃないといけないし」


ミネルヴァの店を辞したあと、いくつか他の工房も回ってみた。

ミネルヴァの元で工房の雰囲気に慣れたおかげか、臆することなく店に入り職人たちと話すことができたのは収穫だった。


(でも、あの廃棄する石を使う方法は閃かなかったな...)


この際どこにきっかけがあるかわからない。

なにか参考になるものはないかときょろきょろしているが、ただの道端で見えるのは石造りの街並みと広い運河、それだけだ。


『もう染料を買っちゃえば?重いならニナが頑張ればいいだけだし!』


「ほんっとうに重いんだからね!?ピピは他人事だからそんなことが言えるんだよ!」


荷車でも引いていればそれもよかったかもしれない。

染料が無理なら、他に仕入れに向くものはなんだろう。

もしくは、きっぱり諦めてなにも仕入れなくてもいい。


(でも、あの石...このままだと捨てられちゃうんだよね...)


現物を見てしまったからこそ、余計にもどかしい。


「...よしっ、今は切り替える!」


顔を上げて、胸の前で両手を打ち合わせる。

力いっぱい手を叩いたから、少しだけひりひりした。


『わあ、ビックリだよ!なに!?』


「とりあえず自分の仕事に集中しようと思って!常設市場なら食品の店も多いらしいから、常設市場に行こう!で、一旦店を開いてみる!」


ついでに言えば、石のほかに面白いものがあれば僥倖。


常設市場については、商業会でしっかりばっちり予習済み。

場所はしっかり頭に入っている。


『おいしいもの探しー?いくいくー!』


(すぐ食べ物につられるんだから...)


売る気満々だったのに、ピピのマイペースさに調子を乱される。

正直全然お腹はすいていないのだが。


(いや、言われてみれば、工房でずいぶん頭を使ったし)


「ん~~~~。甘いものでも食べるか!」


『やったー!ニナありがと~!』


誤解のないように言おう。

普段なら買わないと一蹴していたはずだ。

ちょっと今日は疲れていただけ。

誰の目を気にする必要もないはずなのに、心の中でわざわざ言い訳を用意してからピピの意見にのっかることにした。


少し短いでしょうか?

どのくらいの文字数が読みやすいか研究中です。

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