004 ナタリーとの再会
商業会。
ほとんどの街に存在している、商業を管理する半国営の組織。
ここでは、その街を拠点としている職人や商人などが確認できる他、物価の記録や取引の証明なども行っている。
(めぼしい資料は一通り見たけど、やっぱりいいものはないなあ)
もしも価格がじわじわと上がっている宝石があれば、数年寝かせたら高く売れるかも?と思ったのだが...そう都合よくはいかない。
職員とも話をしてみたが、これという案は見つかっていない。
手馴れた商人たちはここでは大きな原石を仕入れ、それから顧客のもとに赴いて一からオーダーを受けることが多いらしい。
貴族との繋がりもなければ大口の顧客もいない私には遠い世界の話だ。
唯一可能性があるのは、染料向けの小さな石を買うことくらいだろうか?
絵画や染物に使うための石は、一つ一つが小さく安価。
これならば買えることには買えるが...。
(なーんか気持ちは盛り上がらないんだよなあ...。妥協してるというか。わがままかな?)
悶々とここで考えていても何も変わらない。
いい案がないなら自分の足で見つけに行かなければ。
大通りに戻り、一つ一つの店で立ち止まりながら、商品を見させてもらう。
あまりにじーっと観察しては、何も買わずに去るので変な人に思われそうだ。
改めて見てみると、先ほどは気づかなかったような店がさまざまある。
平らで大きな石を皿として売る店。
動物か人をかたどった、石の彫刻を売る店。
ピンクの半透明の石だけを置いている店は、なんと塩屋だという。
つるりとした断面は宝石のようにしか見えなくて、料理に使うのがもったいない。
(宝石というか、石の祭りなんだ。売るのは値段の高い宝石じゃなくてもいい......)
途中、大量の袋に砂利を詰めて物を売っている店もあった。
聞けば、まさに染料の店だという。
緑や赤茶、黄土色など、色は暗めではあるが種類は豊富だ。
きっと混ぜて使うのかもしれない。
試しに小さな袋を買ってみたが、見た目の割にずっしりしている。
腐りはしないが、数が増えれば間違いなく持ち運びの負担になる。
(染料作戦は最終手段にしよう)
旅商人には、軽くて高くてすぐ売れるものが一番ありがたいのだ。
ふらふらと歩いているうちに、昨日の見習い職人通りへと迷い込んでいたらしい。
『あっ、ナタリー!』
「...昨日の商人さんですね」
一瞬、誰だっけ?と顔に書いてあった気がしたが、ピピを見てすぐに思い出したらしい。
今日も同じ位置に座っている。
「工房、早速お邪魔してきました。ミネルヴァさんの石、本当に美しかったです」
「ありがとうございます。師匠は輝き方ににとてもこだわっているんです」
だから、店頭に並んでいる石は厳しい基準をクリアしたごく一部なのだと教えてくれた。
特に、小さな石に正確にカットを施すのは難易度が高く、他の工房でもできるところは少ない。
そのため、細部までこだわる人にとっては、ミネルヴァのような職人は貴重なんだとか。
「ナタリーさんの作品もカットを生かしたものですよね。色々店をみましたが、こんな面白い形はありませんでした」
ミネルヴァの作品は...なんというか、そう。正統派なのだ。
王道を突き詰めた至高の一品であるのに対し、ナタリーの作品は遊び心が感じられる。
色も形もさまざまで、選ぶ楽しさがある。
「私はできるだけ原石の形を活かしたくて、本当に使えないところだけを取り除いて作っているんです」
「使えないところ?」
「はい。原石を削っていくと、石の中に黒っぽい点や、色がまだらな部分がでてくることがあるんです。
小さな点であれば穴を開けたり、まだらな色はあえてそこを主役にしたり...。
できるだけ大きさを保ったまま、形や色を楽しめるようにしています」
そう言いながら見せてくれたのは、中央が丸くくり抜かれたイエローの石と、ピンクのハートの石。
ハートの方は、とんがりから上部の曲線にかけて色が次第に濃くなっている。
イエローの石は、このまま紐を通せばすぐに身につけられそう。
ピピも興味を持ったようで、穴に顔を突っ込んで遊ぼうとしているので、首根っこを摘んで肩の定位置に戻した。
「無駄を少なく、ありのままの石を楽しんでほしいんです」
そういうナタリーの顔はどこか気恥ずかしそうだ。
きっと、ここにいる見習い職人たちもそれぞれが熱い思いを持っているのだろう。
その思いに共感してくれる人を探して、ここで店を開いている。
職人と商人では目指す方向こそ違うが、夢を追う人の姿に刺激される。
「ちなみに、金額はどのくらいなのですか?」
見習い職人とはいうが、言い換えれば新進気鋭の職人だ。
こういった独自性...形もそうだが、作者の信念のある品なら、よその街で興味を持つ人もいるかもしれない。
「ここにあるのは、10万から20万アウロくらいです。石自体は高いものばかりでもないのですが、使えない石の分を含めると値段を上げざるを得なくて...」
「なるほど...」
10万アウロならなんとか手がでないこともない。
食料品を売って日々の生活を賄うことはできているが、さらに大きな商売をするなら、挑戦するのにいい機会だ。
(よさげなものを二つくらい選ばせてもらう?それか、思い切って20万アウロを一つにするか...いや、それならば染料のほうが......けれど利益を乗せると...)
金額、買うもの、売り方...様々なケースを思い浮かべて頭の中で計算を走らせる。
10万アウロであれば、富裕層からしたらきっと手が届きやすい値段。
日常使いならば好まれるかもしれないが大きさの問題もあるし...
『...ニナ!!』
「あっ、すみません!つい考え事をしてしまって...」
ピピの頭突きで現実に引き戻される。
頬への頭突きは、痛いというよりくすぐったいんだよなあ。
ナタリーはくすくす笑いながら、大丈夫ですよ、と言ってくれる。
「商人さんは他の店も見て回られましたか?いい品はありましたか?」
「それが......」
ミネルヴァにはいいものがないと言われたこと、市場で染料を買ったが仕入れのメインにするには難しそうであることなどを話した。
「そういえば、使えない石があるということでしたよね?」
「はい、欠けてしまったものや、形が歪すぎるものです。こういったものは師匠からも売りに出すのは止められていて...」
もったいないんですけどね、と残念そうにナタリーはいうが、一定量の廃棄はよくあることらしい。
中途半端なものを扱うと、そのレベルの工房や職人だと思われかねない。
評判を下げるくらいなら、という考えは理解できる。
「ナタリーさん。もしできたらなんですが、使えない石を見せてもらえませんか?」
『いま売り物じゃないって言われたじゃん!』
「そうなんだけど。ナタリーさんはできるだけ石を無駄にしたくないと思っているんでしょう。何かできることがないか考えてみたいの」
食い下がる私に、ピピは押し黙る。
私なら売れるという自惚れはない。
けれど、このまま諦めるのもなんだか違うと思うのだ。
そんな私たちの言い合いを、ナタリーは見つめながら小さく口を開いた。
「...お見せするだけなら師匠も何も言わないと思います」
「ほんとですか、ありがとうございます!」
ナタリーからもいいと言われ、ピピはふんすっと鼻を鳴らしておとなしく座った。
『ほら、はやく行くよ!』
(急にやる気になるんだから...)
ピピは肩から一丁前に指揮を飛ばす。
どこか語気が荒い気もする。
ナタリーを不快にさせたかも、とこっそり謝ると、気にしないでくださいと微笑んでくれた。
『ニナぁ~?なにしてるんだよー!』
「いや!!なにも!」
このヤマネ、目ざとい。
余計な追及を受けないようナタリーの真似をして微笑むと、ピピはそれでいいんだと言いたげに腕を組んだ。




