003 出遅れ
ヴィヴィエンを出立して4日。
ようやく辿り着いたジョレッツォはすでに宝石商や職人でごった返していた。
大きな荷車がぎしぎしと音を立てて人混みをかき分けていく。
「まだいいものが残っていますように〜!」
『難しそうだけど...応援はしてるよー』
両手を組んで祈る私とは対照的に、ピピはどこか他人事だ。
もともと、予定では2日前には到着するはずだった。
宝石市初日から参加して、掘り出し物を見つけて......という完璧な計画があったのに!
同じように考える商人はきっと多い。
いいものはもう売れてしまったのではないかと焦ってしまう。。
「やっぱりもっと早く来たかったーーーー!!!」
やり切れない思いのまま、うわーんと泣き真似をしていると、肩から冷たい視線を感じる。
予定を変更することになった元凶...というと言い過ぎだが、きっかけとなった生き物が、自分だって不本意だというように文句を言う。
『別に第一街道を行ってもよかったんだよー。...たぶん危ないけど』
「危ないんじゃん!」
そう、ここまで来るのに時間がかかったのは、最短かつ最大規模の第一街道ではなく、第二街道を経由してきたからだ。
ジョレッツォまで残り半分というところで、ピピがこのまま進むのは危険だと突然言い出した。
時間はかかっても、一人旅では安全を優先する方がいい。
苦渋の決断ではあったが迂回を選択した。
結果的には、途中の農村で商売もできたので、悪いことばかりではなかったのだけれども。
「でもでもぉ!やっぱ早く来たかった〜!!」
未練がましく騒ぎ続ける私に、ピピはもう何も言わなかった。
ジョレッツォの街は、北から南に大きな川が走っている。
…はずなのだが、今は人混みのせいで全く見えない。
川沿いの通りが目抜き通りだということでにやってきたが、店の数が多すぎて、どこから見たらよいか迷ってしまう。
時折、数段高い位置に人だかりが見えるので、おそらくあれが橋だろう。
前後左右を囲まれてしまったので仕方なく人の流れに身を任せて通りを進む。
人波の狭間から見える店は気になるものばかり。
村に宝石商が来たことはなかったので、私にとってはすべてが新しい世界。
道端に落ちていそうな石が山のように積まれていたり、大きな岩があると思いきや、その内側は紫の結晶がびっしりとくっついていたり。
宝石がどんな風に採れるかなど考えたこともなかったが、きっと山の中にこうやって埋まっているのだろう。
先ほどまでしょんぼりしていたのが嘘のように気持ちが高ぶってくる。
別の店では、小さな石が光沢のある布の上にぽつんと置かれ、いかにも高そうな雰囲気を醸していたりする。
石だけでは価値も値段もさっぱりわからないが、たまに置いてある値札を見る限りではまさにピンキリ。
(何かほしいと思ってたけど、そもそもお金が足りないかも...私でも買えるものがあるといいんだけど)
宝石市は年に一度。
宝石を仕入れるなら今が絶好の機会だが、無理をする必要はない。
探索は一度やめにして、ひとまず宿を探しに行くことにする。
川沿いの道を離れ、適当な路地に入ったところで、私はまた驚く。
小さな露店がいくつも出ているではないか。
しかもほとんどが若い人の店だ。
気になっていくつか店を見てみると、なるほど、それぞれの世界観がしっかり出ている。
(街全体が市場というのはこういうことなのね)
先ほどの青年の店は、内包物を生かした、さまざまな色が混じり合った石の作品が多かった。
緑と青の石は、静かな湖畔と森、オレンジと茶色の石は夕焼けの空など、自然界の景色を切り取ったよう。
こちらの女性の店は透明感のある石が多く、形は様々...丸はもちろん、三角や長方形、雲のような形もあって、どこか美味しそうにも見える。
視線を上げると、女性と目が合ってしまったので、咄嗟に口が動く。
「こんにちは。これはあなたが作ったのですか?」
「はい。よろしければ肌に乗せてみてください。見た目と印象が変わりますよ」
その言葉に甘えて、目についた緑の石を手に取ってみる。
若葉のような爽やかな色合いに惹かれたのだが、手の甲に乗せると、途端にくすんだように見えた。
「あっ...色が...」
「こちらはいかがですか?」
残念に思ったのも束の間、女性が勧めてくれたのは長方形のグレーの石。
布の上ではとても地味で、正直に言うとピンとこない。
「これ、ですか?」
「私の見立てではお似合いになるかと」
せっかくの機会だからと促されて肌と合わせてみる。
先ほどまでは影のようだった石が、途端に神秘的な雰囲気を醸し出した。
『ボクこれ好き!』
話を聞いていたピピも、ぴょんと肩から飛び降りて、一つの石の横に並ぶ。
蜂蜜のような濃い黄色が楕円にカットされている様はナッツのよう。
うるうるとおねだりするような瞳で見つめられても、自分たちのために買うほどのお金はない。
「こちらの通りで店を出されているのはなぜなのですか?」
私の態度を見て買ってくれないとわかったのだろう。
ピピは口を大きく開けて怒ったふりをした。
「私は見習い職人でして、宝石市の間はこうして裏通りで力試しをするんです。この通りの職人は大半が見習いだと思いますよ」
普段は出店が厳しく制限されているジョレッツォだが、宝石市の期間はどこでも露店を出せる。
それを利用して、自分の店を持たない若手が、独り立ちの練習をする他、スカウトの場にもなっているんだとか。
数年前には、異国の貴族に気に入られて彼の国へ移住した者もいたらしく、実に夢がある。
商品だけでなく顔も売る大事な期間というわけか。
「私はミネルヴァ工房に所属しております。工房は、ここから西に3つ目の橋の通りにありますので、よろしかったらご覧になって行ってください」
師匠の作品はすごいんですよ、と付け加えられて興味が出てくる。
普段は関係者しか訪れないような工房も、この期間は開放しているらしい。
より独創的な品物がでてくるのか、はたまた一生に一度拝めればよいほどの豪華な代物があるのか。
楽しみだ。
宿だけさっさと確保して、案内してもらった通りに向かう。
目抜き通りに比べると人通りはぐっと減って静かだ。
このあたりは工房が集まる地区のよう。
堅牢な石造りの建物が並んでいるが、よく見ると窓が大きい。
試しに覗いてみると、工房の雰囲気が良くわかった。
この建物では親方らしき人が淡々と作業をしており、冷やかしで入るには少し気が引けた。
『ねえ、あれがミネルヴァ工房じゃない?』
「どれどれ...あっ、あれね!行こう!」
他に比べてやや小さな建物。
壁に据え付けられた鉢植えには、黄色の花が咲いていて明るい印象だ。
飴色の扉は開かれており、中では赤毛の女性が真剣に書き物をしていた。
「いらっしゃい」
私の存在に気づいたからか、書類をまとめながら立ち上がる女性。
年は私と同じくらいに見えるが、短く切り揃えられた髪がよく似合っている。
「裏通りでこちらの見習い職人さんに工房を教えていただきまして」
「あら、ナタリーに会ったのかしら?私はミネルヴァ。私の作品はここにあるわ。ごゆっくりどうぞ」
工房の中は思ったよりも広い。
入って右手に、応接スペースと展示用のテーブルがあり、左手には作業場が広がっていた。
ミネルヴァが教えてくれた展示場所を見てみると、ワインレッドのビロードの上に等間隔で石が並べられている。
窓から入る光を反射しているのか、一歩近づくたびに、虹色の光が燃えるように瞬く。
『きれー...』
「本当に...。石ってこんなに輝くのね」
ミネルヴァの作品は、まさに王道を徹底的に極めたものだった。
形は一見するとよくある正円。
ただしどこまでも輝きを重視したもの。
うっかり触りでもしたら石が曇ってしまいそうで、無意識に胸の前で手を重ねていた。
ピピも近づくことはせず、テーブルの端から首を伸ばして眺めている。
「それで、何かお探しかしら?」
赤毛の女性は、少し離れたところから穏やかに声をかけてきた。
先ほどミネルヴァと名乗ったので、彼女がここの長なのだろう。
私たちが石を見るのを邪魔しないような距離感、そして落ち着く声色。
職人としての技術はもちろん、接客の質も高そう。
格の違いを見せつけられた気がして、少したじろぐ。
「えっと...小さくてもよいので、あまり高くない石をいくつか買いたくて」
ミネルヴァの石に値札はついていないが、これが高いことは素人にでもわかる。
それほどまでに美しいのだ。
予算を素直に伝えると、渋い顔を隠さずにミネルヴァは言う。
「それだと少し厳しいかもしれないわね...。うちで扱っているのは特殊なカットの石だから、どうしても値段が高くなってしまうの」
ミネルヴァが言うには、石の価格と加工料、どちらかを下げれば買える石はたくさんある。
けれどもそういった石は売るのが難しいということだった。
「うちはカット技術の高さに自信があるの。もしいい原石が手に入ったら加工はできるわ」
いい原石が手に入る見込みなど全くないが、すっかり彼女の雰囲気が気に入ってしまった。
機会があればぜひお世話になりたい。
そう伝えると、喜んで、と花のような笑顔でミネルヴァは笑っていた。
『残念だったね』
「やっぱり予算が足りないのかな?」
『「安い石は誰もが仕入れられるの。だから、街の宝石店が既に取り扱ってると思うわ」、だっけー?』
腕を組んで、鼻息荒くピピが言う。
ミネルヴァを真似しているつもりらしい。
「そんな意地悪そうな言い方じゃなかったでしょ、もう!
でも、ミネルヴァさんの言う通りだよね。
旅商人が宝石を売るなら...どうしたらいいんだろう」
街の専門店で売っているものを、わざわざ行商人が持ち運ぶ理由は薄い。
原石を買っても、加工に優れるのはジョレッツォの他にない。
研磨した宝石は、高いものだと買えないし、安いものはミネルヴァの言った通り。
他に何か...
(まあ簡単に解決策が浮かんだら苦労しないよね)
まだ宝石市は続く。
ひとまず店を見て情報収集したり、手持ちの食料品を売るのもいい。
他の商人たちはどのようにしているのか調べてみようか。
『なにか思いついたー?』
「うん、明日の朝、商業会に顔を出してみる。宝石市で人気のあるものとか、情報がまとまってそうだし」
はーい、とゆるい声で返事をすると、ピピはそのまま鞄の中に消えていく。
人の多さに疲れたのかもしれない。
鞄がもぞもぞしなくなったことを確認してから、私は歩き出した。




