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旅商人ニナ ―守護獣と巡る街と品の物語―  作者: 秋野 玲
第一編 ユートルデ王国  第一章 ヴィヴィエン
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002 カミラのレース

手痛い市場デビューから一日。


今日選んだのは、中央広場にほど近い区画。

朝早いが、活気は十分。

あちらこちらで、慌ただしそうに人々が動いている。


今日売り場に置くのはチーズ。それだけだ。

顔ほどもある大きさのものから、手のひらサイズのものまで、種類はさまざまある。

ナイフとカットボードも今日のために準備した。


市場では食べ歩きというのだろうか?

その場で少量の食品を買って食べることも多いらしい。

特に朝食では、薄切りにしてもらったパンの上に、ハムやチーズを挟むのが定番らしい。

歩く人が皆、片手に持っているので気にはなっていたのだ。


新品のチーズを切ってしまって、数切れしか売れなかったらどうしようという不安はある。

しかし、これがヴィヴィエンの市場のやり方なのだろうから、試さない手はなかった。


種類ごとにチーズを並べ、手元にナイフを置く。

一度通路に出て、客からの見え方を確認する。


(うーん...華がない気がする。けどあまりごちゃごちゃはさせたくない)


迷った末、端に少しだけドライフルーツも広げた。

ともに食卓に上ることの多い組み合わせだ。

これならばチーズ屋に置いてあってもさほど違和感はないだろう。



最初の一人目は早かった。

そこからは波が来たように二人、三人と客が寄る。

ほとんどの客はスライスを注文していくが、まれに塊のまま買っていく客もいた。


流れに慣れてからは、ドライフルーツも提案してみる。

こっくりした甘さがチーズと合うのだと言えば、甘いもの好きだという女性が何人か買ってくれた。


人の波が切れた頃には、売り場のチーズは半分ほどになっていた。

特に、切り分け用の大きなチーズは、残り五人分も取れればいい方だ。

中途半端に残るのが一番嫌だったが、これならば許容範囲。


もともと狭い売り場だったが、余白が増えたせいでずいぶんと寂しくなった。

残った品物を見て、うまくいったんだという実感がふつふつと湧いてきた。

安堵よりも思い通りに事が進んだという興奮が勝る。


『よかったね』


「うんっ...本当に...!」


『ニナがチーズ屋さんになるとは思わなかったけど』


ピピは肩をすくめてからかうように言う。


「あはは、別にチーズ屋になったつもりじゃないんだけどね」


あくまでも、今の環境にはチーズ屋が合いそうというだけだ。


村には、父の商店の他に店と言える店はなかった。

野菜なり肉なりが欲しければ、それを作っている村人に頼むのが基本。

それでも足りないものを父のところで揃える。

つまり品揃えの良さが重要だった。


けれどここでは、それが中途半端に映る。

色々あるというのは、得意なものがないように見える。

昨日はあるもの全てを見て欲しいと思っていたけれど、そのやり方はここには合っていなかった。


だから今日は、商品をチーズに絞った。

私の手持ちの中で最も朝食向きの品がこれだったから。

スライスで人を呼びつつ、たまに丸ごと買ってもらえたら大成功。

その作戦がうまくはまった。


(さらに、今日はもう一つやりたいことがある。金額的には、そっちが本命......!)


残っていたチーズを丁寧に鞄にまとめたあと、鞄から木箱を取り出す。

そっと蓋をあけて、中身を確認する。


(よかった、傷ついたりはしてなさそう)


両手に少し余る大きさの箱の中には、束ねられたレースが入っていた。

移動で乱れてしまっていないか不安だったが、村で見たときのままの姿だ。


緻密な模様にうっとりしながら、ひとつずつ丁寧に並べる。

置き方は、悩んだ末に色でまとまりをつくることにした。

アイボリー、ベージュ、ピンクと順番に並べていく。


午前は食品の出店で賑わうこの市場も、午後になると姿を変える。

食料品の店がなくなる代わりに、道具屋に布屋、本屋のような嗜好品を扱う店が増える。

客も店も数は減るが、その分ゆったりした雰囲気で、人々は店を渡り歩いて商品を吟味するのだ。


手持ちのレースをほとんど広げ終えたところで、手元に残ったのは少し大きめの白いレース。


(これは...どうしよう)


カミラから、渾身の作品だから高く売ってちょうだいね、と託されたものだ。

カミラお得意の花に加えて少女にウサギという可愛らしい模様は、童話をイメージしたらしい。

レースを端からたどっていくと、少女とウサギの出会い、旅立ち、そして物語の終点までを見て楽しめる。

私自身、初めて見た時にはその仕上がりに手が震えた。


試しに白のレースの中に並べてみたがどうもしっくりこない。

こだわりの逸品だと知っているせいか、どうも格が合わないように見えてしまうのだ。

そもそも、素材も他のレースと違う。


(だめではないけど、良さを生かしきれていない...)


なにかいい方法はないかと手持ちの品や他の店に視線を走らせる。


(ちょっと不格好かもしれないけど...これでどうだろう?)


手に取ったのは、先ほどまでレースが入っていた木箱。

その上に布を敷いて、新作のレースを大きく広げた。

こうすれば一目でさまざまな模様が見えるし、高さがあるので特別な感じもする。

箱は市場の入口側に置いた。

これなら、歩いて来る人の目にまず入るはず。

一度区画から出て、通路からの見栄えを確認する。


(うん、いい感じ)


色ごとに並べられたレースが虹のようで美しい。

カミラほどの感性はないが、それでも最善を尽くして陳列した。


(...素敵な人に見つけてもらえますように)


すぐに買ってもらえなくてもいい。

大事に使ってもらえる人のところに行くのが一番なのだから。




そう思っていたのに、私はこのレースをあっさりと手放すことになった。

風が冷たくなりはじめたので、そろそろ店じまいをしようかというその時。

仕立て屋を営むという壮年の男性が買いたいと申し出てきたのだ。


誰彼構わず売るつもりはなかったのだが、「一目惚れした」とか、「これを使って作りたいものが浮かんだ」とか、あまりに熱心に語るので、根負けしたのだ。

綺麗だからとしまい込まれるより、使ってくれる人の手に渡るほうがきっといい。

彼の服が上質に見えたのも後押しとなった。


エルセイ村のカミラが作り手であることも抜かりなく伝えておいた。

気に入ってもらえたなら、直接注文がいくかもしれない。

そうしてカミラや村が豊かになるなら売った甲斐があるというものだ。






今日の最終的な売り上げは8万アウロ。

昨日と比べると大きすぎる進歩だ。


チーズはたくさん売れたが、金額的には全体の半分以下。

その代わり、一つ一つの値段が高いレースが、この金額を支えた。


売上は一見大きいように見えるが、滞在費に食事代、仕入れなどを考えれば利益自体はそこそこ。

金額どうこうより売り方がわかったことが最大の収穫だ。


達成感に浸りながら、木札を返しに事務所にやってきた。

わざと下唇を噛んで、うまくいかなかった風を装っている。

そうでもしなければ、ニヤニヤと口元が緩んでしまりのない顔になってしまう。


窓口にいたのは、やはりリカルドだった。


「どうだった?」


「はい、無事にいろいろ買ってもらえました。たくさんではないですけど...」


「そうか」


堂々と答えればいいのに、昨日の今日ではそれもなんだか気恥ずかしくて、控えめに報告する。

リカルドはそんな私を見て、目元だけで笑った。

やっぱりわかりにくいだけでいい人らしい。


「もうすぐジョレッツォで宝石市が始まるが話は聞いているか?」


『なにそれ楽しそう!』


宝石という言葉に、肩でぐでっとしていたピピは一瞬で起き上がる。

まだそんな元気があったのか。


「宝石市ってなんですか?」


「石に関するもの......宝石や原石、装飾品も含めて売買される大々的な催しだ。その日は研磨や加工の職人たちも特別に店を開いたりする。町全体が巨大な市場になるから、見るだけでも面白いぞ」


『ねえ、ニナ!行こうよ!ボク、キラキラ大好き!』


ピピはすっかり乗り気になっている。

ジョレッツォまではここから川を下って数日かかる。

さらに川下には王都があるので方面としても悪くない。


いつまでヴィヴィエンにいようか迷っていたが、あのレースも売れたのだ。

違う街に移動するのもありかもしれない。

なにより、せっかくの機会にワクワクしている自分がいる。


「うん、行こう!」


「詳しいことは商業会で聞くといい。商業会は市場の北の赤い屋根だ。わかるな?」


「はい、ありがとうございます」


やはり面倒見がいい。

リカルドのような職員がジョレッツォにもいるといいのだけど。

ピピもリカルドが気に入ったようで、じゃーな!と手を振った。




事務所を出ると、強い西日が目に差しこんだ。

昼間は干された染物と花壇の花々で色鮮やかだった街が、オレンジ一色に染まっている。


ちょうど、時計台の鐘が鳴った。

数は6回。

今ならまだ商業会は開いている。

ピピに行くよと告げて、私は駆け出した。


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