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旅商人ニナ ―守護獣と巡る街と品の物語―  作者: 秋野 玲
第一編 ユートルデ王国 第三章 王都グラディア
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22/23

022 相席食堂


私が考える、ティアラの守護獣の力。

それは一言で言えば、思いを強くする力。

好意はより純度を高め、まるで崇拝のように。

悪意は呪いと見紛うほど深く。


「でも、確信はありません」


そう考える材料は、ミーアと秘書の様子、それからティアラを手にしてすぐの王妃。

特に王妃は昔のことだ。

細かい記録などなさそうだし、仮に残っていたとしても一介の商人が資料を閲覧するなどできないだろう。


「ふんっ。家族には嫌われていたということだな」


…簡単に口に出していい考えではなかったかもしれない。

憎まれ口を叩いているが、どこか寂しげだ。

秘書もなんと言葉をかけていいかわからないようで両手を握りしめている。



「それで、もし呪いじゃなかったらなんだというんだ」


「少し話をしてみたい先があります」


どうにでもなれ、と自棄になっているように見えた。







売りたい相手を説明すると、氏は一つ約束を取り付けてくれた。


共に向かったのは、古ぼけた劇場。

入口の前には大きな噴水があるが、中には水ではなく枯葉が落ちている。


「何を見ている。早く来い」


ドラクロワ氏は秘書の手を借りながらふんぞり返って歩く。

偉そうな態度だがかたなしだ。


氏は迷うことなく二階席の個室に入った。

舞台は少し遠いが、遮るものがないので視界良好だ。


出迎えてくれたのは若い男女。


「この劇場の支配人をしております、サイラスです」


「妻のマーガレットです」


『きれー...』


「ありがとう。この劇団で女優をしているの」


長いまつげは愁いを帯びた印象で色気が感じられる。


(さぞ舞台映えするでしょうね。)


氏の話では彼女は見た目の割に演技力が冴えないということだったが、多少の演技の粗ならいくらでも外見でねじ伏せられそうだ。


「そちらが噂のティアラですか」


サイラスはすがるような表情でティアラの入る鞄を見つめた。










「この守護獣の力は、呪いではない。というのが私どもの考えです」


「詳しく聞かせてもらえるかな」


「もちろんですとも。こちらの品は...」


ドラクロワ氏が意気揚々と口を開いたが、サイラスに睨まれて不機嫌そうに黙った。

八つ当たりのように氏に睨まれ、慌てて説明を引き取る。


「はい。この守護獣は、人々が契約者へ抱く感情を増幅させる力があると考えています。ティアラのはじめの持ち主だった王妃は、側妃に殺められたとされていますが、それは側妃の嫉妬心が煽られたから」


証拠はないが、筋の通った仮定ではある。

あとはこれをサイラスとマーガレットが信じるかどうか、そして...。


「マーガレット様が契約者になった場合ですが...私の見立てでは、人々をマーガレット様の演技に魅了させることができると考えています」


「どういうことかしらもらえるかしら?」


「例えば、マーガレット様が演劇の中でピンチに陥ったとしましょう。観客の助けたい、可哀想という思いが一層強まり、よりハラハラとした感情で物語を楽しめるでしょう。反対に、物語の中で幸せになれば、観客も同様に幸福を感じる」


「...私の演技を助けてくれる力、ということ?」


マーガレットの瞳が揺れる。

演技に自信がないと聞いていた。


「はい。あくまでも私の考え、ですが。

そして、この力はお二人の関係にも及びます。実際に、ドラクロワ氏の奥様とお嬢様は...」


それだけ言えば察したのだろう。

サイラスが軽く手を上げたので口をつぐむ。


マーガレットは自分を守るように、両手を胸の前で合わせている。

突然このような話をされたら混乱して当然だ。


しかし、サイラスはこれまでの話に驚くことはなく、それどころかマーガレットの足元にひざまずく。


「マーガレット。君に知っていてほしい。私は今までもこれからも、君をずっと愛している」


二人は見つめあう。

ピピがからかうように口笛を吹いたが、二人の耳には入っていないようだ。


(すぐに決められなくて当然だよ。重い判断だもん)


マーガレットからすると、懸念は大きいだろう。

すべてがうまく行けば、劇場の再建の役に立つ。

失敗すれば、サイラスも、それ以外とも関係が悪化して...どうなるかはわからない。

大前提として、守護獣の力が私の想定するものなのか。










「金額ですが、5千万アウロ。ただし、もしも守護獣が期待通りの力を持っていなければ、4千万アウロをお返しします。」



金額を聞いてマーガレットは息を飲む。

これだけの劇場を持っていても、5千万は間違いなく大金だ。

サイラスはマーガレットをとろけるような瞳で見つめると、その手を両手で包んだ。


「大丈夫だ、私のミューズ」


マーガレットが小さく首を縦に振った。

二人は覚悟が決まったらしい。

サイラスは胸元から紙を取り出すと、さらさらと何か書きつけてからドラクロワ氏へ差し出した。


紙を覗き見る。

氏は隅々まで紙を確認したあと、秘書を一瞥した。


「それでは、契約成立です」


秘書がマルガリータの前にティアラを向ける。

皆の視線に促されるように、細い指をティアラへ伸ばす。


氏は目を閉じ、深く息を吐いた。

氏が何を考えているか私にはわからないが、それでもいくつかの深い感情が籠っているように見えた。


ティアラがマルガリータの頭の上におさまると、急に風の流れが変わったのに気が付く。

左右を見回してみると、一階席の通路に白い山羊が静かに佇んでいるのが見えた。

いつからそこにいたのだろうか。

建物の中に山羊など本来違和感が大きいもののはずなのに、意外にもしっくりくる。

劇場という場所が、異常性を受け入れる器なのかもしれない。


「マルガリータ」


サイラスに呼ばれ、はっとした様子で立ち上がったマルガリータ。

先ほどまではどこか迷いがあるように見えたが、すっと伸びた背筋からは彼女の切り替えが感じられた。












帰り道。


気を張り詰めていたので、体も頭もすっかり疲れている。

何か食べたくてしょうがないが、まだ気を抜くわけにはいかない。



「なぜあの二人にお売りしたいと思われたのですか?」


「あいつらはああ見えても貴族だ。金払いは間違いない」


貴族に対して、ずいぶんと上から目線な評価だ。

聞かれたらどうするんだと心配になるが、こういうところを素直に言えるあたりが彼の大胆さであり長所だと今なら感じる。


「うまくいくといいんですが」


「まったくその通りだ。能力が説明どおりでなければ返金だぞ?わかっているのか?」


意外だ。

これまでの氏なら唾を飛ばしながら文句をつけると思っていたのに、ずいぶん穏やかに話す。


(二人に買ってもらえて、満足しているのかな)


だったら仕事をした甲斐があったというものだ。






『こういう日には、やっぱりアレだよねー?』


「よし!行くぞ、美味しい食堂!」


氏は疲れたと言って、すぐに秘書とともに帰ってしまった。

私とピピは、なかなか興奮が覚めずに街をふらつく。

途中、焼いた肉の香りに誘われて小さな食堂に入る。


ピピは膝の上でパンのかけらを食んでいる。

床はすでにパンくずだらけなのでこぼそうが気にする必要はない。


「ここいいかな?」


「はい、どうぞ」


ちょうど席が空いたので4人掛けのテーブルを使っていたが、夕食時とあって店は満員。

占領して気まずかったのでちょうどいい。

座ったまま動かないのでふと顔を覗き見ると、こちらが顔を上げるのを待っていたように笑う男。


「やあ、ニナさん。偶然だね」


話しかけてきたのは......。




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