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旅商人ニナ ―守護獣と巡る街と品の物語―  作者: 秋野 玲
第一編 ユートルデ王国 第三章 王都グラディア
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023 二人の男

結局、成功報酬として



小さな食堂で、ピピとつかの間の休息をとっていた。

ピピは膝の上でパンのかけらを食んでいる。

床はすでにパンくずだらけなのでこぼそうが気にする必要はない。


「ここいいかな?」


「はい、どうぞ」


4人掛けのテーブルを占領して気まずかったのでちょうどいい。

座ったまま動かないのでふと顔を覗き見ると、こちらが顔を上げるのを待っていたように笑う男。


「やあ、ニナさん。偶然だね」


「そうですね...?」


ぼけっとしていたので適当に相槌を売ってしまったが、顔を見るや否や、偶然はありえないだろうと頭を振る。

広い王都の小さな店で出会うだけでもありえないのに、この相手ならば余計だ。

つっこんでも面倒なので今は偶然だということにしておくが。


「どうしてこんなところに?ジョレッツォぶりでしょうか?その節はお世話になりました。...えーと、セオドアさん」


この男の嫌なやり口についてはすぐに思い出せたのだが、名前がなかなか出てこない。

商人として致命的な自覚はある。

時間を稼いでなんとか思い出せたからよしとする。


「サイラスの劇場はどうだった?」


...ただの外交官が仲介人まで把握しているなんてあり得る?

サイラスへ譲り渡したのが一昨日の午後だというのに。


いや、もう契約は結ばれている。横から茶々は入れられない。


じらしてやろうと、ゆったりとした動作でグラスを口に運ぶ。


「綺麗な建物でした。劇は見たことがないのですが、いつかマーガレットさんのお芝居を見てみたいです」


まあ、今建物には手が回っていないようだったけれど、手入れしたらすぐに見違えるだろう。

二人が山羊と仲良くやっていけるかはわからないが、人となりはよさそうに見えた。

手放した以上信じるしかない。


「セオドアさんは今は王都にいらっしゃったのですね。」


「少し呼び出されてしまってね」


セオドアは困ったように首をかしげる。

振る舞いも服装も一見すると庶民らしいのに、どこかひっかかる。


何が彼を貴族然とさせるのか...。

まじまじと観察する私の視線には当然気づいていて、その上で微笑みを返してくる。

貴族ならそんなものは慣れっこ、ということか。







「そうだ、ニナさんにお願いがあってね」


「なんですか?」


セオドアの持ってくる話など、悪い予感しかしない。

これで会うのは二度目だし、特に仲良くなった記憶はない。


さっさと席を立とうと、大きな口で肉をほおばる。

こんな美丈夫の前ではしたない、という人もいそうだがどうでもいい。


「次の仕事、ニナさんの力が必要でね。二週間ほどニナさんの時間をもらえないだろうか?報酬はここに」


鞄から取り出したのは、淡い色の箱と一枚の紙。

紙の方はそっくりなものをつい先ほど見たばかりだ。

30万アウロと書かれている。


「何させる気ですか?」


「行きたい場所があるんだが、私一人だと行きづらくてね。同行を頼みたい」


二週間で30万アウロなんて、どう見ても怪しい話だ。

ただしピピは反応していないどころか乗り気。

今もセオドアに餌付けされている。


心地よい疲労感と、大きな取引を成功させたことでついた自信。

それらが最悪な方向でかみ合って、愚かにも私は紙と箱を受け取ってしまった。











夜の闇の中、ランプの光が部屋を照らす。

等間隔で扉が叩かれると、若い男がかしこまった仕草で入室した。


「急に呼び出さないでください」


表情は見えないが、声からは不機嫌さが滲んでいる。


「呼ばないと寄らないじゃないか。数日前から王都にいたのは知っている。それで、あの少女は?」


低い声の主が喉の奥で笑う。

若い男は眉間に皺を寄せると、それを見てさらに口角を上げた。


「ジョレッツォで私の接触を何度か回避しています。危険予知の能力を持つ守護獣連れです」


「それだけ?」


月明りを受けて、壮年の男の瞳が水面のように光った。

若い男は表情を変えずに相対する。


「はい」


「ふうん。つまんないの」


壮年の男は机から一枚の紙を持ち上げると、若い男に手渡した。

若い男は素早く目を通すと、その場で蝋燭に火をつけて紙を燃やした。


「まあいいや。次の任務、調査に留めるかそれ以上かは任せる」


「承知しました」


大きな鳥が、窓の外を横切った。


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