023 二人の男
結局、成功報酬として
小さな食堂で、ピピとつかの間の休息をとっていた。
ピピは膝の上でパンのかけらを食んでいる。
床はすでにパンくずだらけなのでこぼそうが気にする必要はない。
「ここいいかな?」
「はい、どうぞ」
4人掛けのテーブルを占領して気まずかったのでちょうどいい。
座ったまま動かないのでふと顔を覗き見ると、こちらが顔を上げるのを待っていたように笑う男。
「やあ、ニナさん。偶然だね」
「そうですね...?」
ぼけっとしていたので適当に相槌を売ってしまったが、顔を見るや否や、偶然はありえないだろうと頭を振る。
広い王都の小さな店で出会うだけでもありえないのに、この相手ならば余計だ。
つっこんでも面倒なので今は偶然だということにしておくが。
「どうしてこんなところに?ジョレッツォぶりでしょうか?その節はお世話になりました。...えーと、セオドアさん」
この男の嫌なやり口についてはすぐに思い出せたのだが、名前がなかなか出てこない。
商人として致命的な自覚はある。
時間を稼いでなんとか思い出せたからよしとする。
「サイラスの劇場はどうだった?」
...ただの外交官が仲介人まで把握しているなんてあり得る?
サイラスへ譲り渡したのが一昨日の午後だというのに。
いや、もう契約は結ばれている。横から茶々は入れられない。
じらしてやろうと、ゆったりとした動作でグラスを口に運ぶ。
「綺麗な建物でした。劇は見たことがないのですが、いつかマーガレットさんのお芝居を見てみたいです」
まあ、今建物には手が回っていないようだったけれど、手入れしたらすぐに見違えるだろう。
二人が山羊と仲良くやっていけるかはわからないが、人となりはよさそうに見えた。
手放した以上信じるしかない。
「セオドアさんは今は王都にいらっしゃったのですね。」
「少し呼び出されてしまってね」
セオドアは困ったように首をかしげる。
振る舞いも服装も一見すると庶民らしいのに、どこかひっかかる。
何が彼を貴族然とさせるのか...。
まじまじと観察する私の視線には当然気づいていて、その上で微笑みを返してくる。
貴族ならそんなものは慣れっこ、ということか。
「そうだ、ニナさんにお願いがあってね」
「なんですか?」
セオドアの持ってくる話など、悪い予感しかしない。
これで会うのは二度目だし、特に仲良くなった記憶はない。
さっさと席を立とうと、大きな口で肉をほおばる。
こんな美丈夫の前ではしたない、という人もいそうだがどうでもいい。
「次の仕事、ニナさんの力が必要でね。二週間ほどニナさんの時間をもらえないだろうか?報酬はここに」
鞄から取り出したのは、淡い色の箱と一枚の紙。
紙の方はそっくりなものをつい先ほど見たばかりだ。
30万アウロと書かれている。
「何させる気ですか?」
「行きたい場所があるんだが、私一人だと行きづらくてね。同行を頼みたい」
二週間で30万アウロなんて、どう見ても怪しい話だ。
ただしピピは反応していないどころか乗り気。
今もセオドアに餌付けされている。
心地よい疲労感と、大きな取引を成功させたことでついた自信。
それらが最悪な方向でかみ合って、愚かにも私は紙と箱を受け取ってしまった。
夜の闇の中、ランプの光が部屋を照らす。
等間隔で扉が叩かれると、若い男がかしこまった仕草で入室した。
「急に呼び出さないでください」
表情は見えないが、声からは不機嫌さが滲んでいる。
「呼ばないと寄らないじゃないか。数日前から王都にいたのは知っている。それで、あの少女は?」
低い声の主が喉の奥で笑う。
若い男は眉間に皺を寄せると、それを見てさらに口角を上げた。
「ジョレッツォで私の接触を何度か回避しています。危険予知の能力を持つ守護獣連れです」
「それだけ?」
月明りを受けて、壮年の男の瞳が水面のように光った。
若い男は表情を変えずに相対する。
「はい」
「ふうん。つまんないの」
壮年の男は机から一枚の紙を持ち上げると、若い男に手渡した。
若い男は素早く目を通すと、その場で蝋燭に火をつけて紙を燃やした。
「まあいいや。次の任務、調査に留めるかそれ以上かは任せる」
「承知しました」
大きな鳥が、窓の外を横切った。




