017 曰くつき
「ではそろそろ行くか」
オークション会場はなんと、旧市場だという。
王都には高い建物が多い中、旧市場は平屋。
おかげで空がよく見える。
立派な鉄の門にはところどころ錆びがあるが、うねる波と魚の意匠はこの場所にぴったりだ。
扉を押すと鈍い音を立ててゆっくりと開く。
隙間からするりと敷地に入り込むと、悪いことをしているようで子供の頃に戻った気分だ。
人の気配が全く感じられず、入っても大丈夫なのかと心配していたそのとき。
鳥が大きな羽音と共に頭上をかすめる。
『しー!』
思わず飛び跳ねてしまいピピにたしなめられるが、びっくりするのはどうしようもない。
「ニナくん、置いていくぞ」
ささやき声でテリーに呼ばれ、小走りで彼の元へ寄る。
鼓動がうるさい胸を押さえながら、建物脇の階段で地下へ降りた。
階段は急な上に、一段一段が狭い。
壁に手を付きながら注意深く進む。
地上は静まりかえっていたが、階段を降りるにつれてがやがやとした話し声がどんどん大きくなってきた。
会場はここで間違いなさそうだ。
階段の終わりは石造りの古い部屋につながっていた。
窓はないが、天井は見上げるほど高いので開放感がある。
(市場の下にこんなところがあるなんて)
手のひらにぽろぽろと砂がついてたのでさっと払った。
最奥にはこのために用意されたのだろうか、一段高い舞台が見える。
部屋に並べられた長椅子はほとんど埋まっていて、二人で座れる場所は見つからない。
テリーが先客に少し詰めるよう声を掛けてくれたおかげで、なんとか真ん中のあたりに座ることができた。
まもなく、オークショニアの一声でオークションは幕を開けた。
今日の目録が読み上げられるが、名前だけではそれらしい品はわからない。
内海の秘宝の地図、これはなさそう。
古代ネシルの土人形やアッカータの仮面...宝石がついているならありえるかも。
商品の紹介が続くが、ピピが反応を示した品はいまのところない。
入札が始まってからもそれは変わらずで、私の膝の上でちょこんと座ったままだ。
参加者の熱気はすさまじく、品物がお披露目される都度どこからか歓声があがり、ひとたび落札者が決まれば、喜びの声だけでなく溜息や舌打ちが聞こえる。
これまで口数の多かったテリーもいまは真剣な表情で舞台上を見つめており、そのこぶしは強く握られていた。
結局、予定されていた最後の品が紹介されても、とうとうピピが反応することはなかった。
今日最後の一品とあって景気のいい入札が続くがテリーの表情は浮かない。
「......そうやすやすとは出会えぬものだな」
耳を澄ませていなければ、周りの熱狂にかき消されただろうほどの小さな声。
守護石が確実だという情報に加えて、ピピまで連れてきたのだ。
期待も大きかったに違いない。
落札のガベルが打ち鳴らされる。
これで終わりか。
買うどころか出会えもせず、悔しさだけが残った。
人々は帰り支度を始めており、既に階段の方には列ができている。
不思議なことに、オークショニアは舞台の上で微笑みを崩さず立ち続け、会場内をぼんやりと見つめている。
怪訝に思った誰かが、ふとオークショニアの方を振り向くと、それは波のように広がり部屋中が静寂に包まれた。
人々の耳目が自分に集まるのを待ってから、オークショニアは前に歩み出た。
「ああ、私としたことが失敬。本日のオークションには、特別なお品物があったのを忘れておりました」
裏に控えていた助手が舞台中央にワゴンを運ぶ。
ワゴンには白い布が掛けられており、人々は興味津々で舞台を覗き込む。
気づけば席はまた埋まっていた。
ピピもいつの間にか肩に上って、小さな体で一生懸命ジャンプしている。
『見えなーい』と言われても困る。
「お待たせしました、こちらをご覧ください」
芝居がかった手つきで布を取り払う。
光がまぶしく、よく見えない。
息をのむ声に続き、ティアラだ!という声が聞こえて、ようやく何が現れたか認識できた。
現れた黒い台座には、華やかなティアラが載せられていた。
中央に嵌められた白い石には、虹色の光が浮かんでは消える。
ピピがピクリと耳を動かした。
人々はざわつくが、私にはこれまでの品と何が違うのかよくわからない。
「有名なんですか?」
「わからん。だがあれは高くつくぞ」
現に、一部の人は前のめりになりティアラの仔細をを見極めようとしているように見える。
オークショニアが軽く咳払いすると大きな話し声は止んだが、それでもそこかしこで本物だの偽物だの予想する声は続いている。
「こちらのティアラをご存知の方もいらっしゃるようですね。その名もアッシャー妃のティアラ。巷では呪いのティアラと呼ばれることもあります」
呪いのティアラか。
オークションのトリを務めるのに不足ない品だ。
言われてみれば禍々しいようなそうでもないような。
呪術に詳しければなにか分かっただろうか。
「名前の由来は昔々に遡ります。とある国に、一人の美しい王妃がおりました。賢く美しい王妃は、誰からも愛され、王と共に平和な治世を築きました。
王はそんな王妃のために特別なティアラを作らせました。ティアラを戴いた王妃は輝きを増し、この二人の元でなら繁栄は末長く続くと...誰もがそう、信じていました」
オークショニアはここで言葉を切って、ティアラを眺めた。
ティアラは先ほどと変わりなく、何も言わずに佇んでいる。
「ですが幸福は長くは続かなかった。王妃を妬んだ側妃の手により、王妃はその短い生涯を終えたのです。国は深い悲しみに包まれました」
「即妃は、ティアラと、新たなる王妃の座を手にしました。これで欲しいものを全て手にした。そう思ったのも束の間、側妃は表舞台から姿を消します。それがなぜだったのか、今となってはわかりません。けれど人々は王妃の怨念が側妃を消した...ティアラの呪いだと囁き始めました」
「ティアラはその後、何人かの王族の手に渡りました。手にした者はみな、はじめはその美しさに喜んでいた。けれども数日経つと、奇妙にもみな、ティアラを手放してしまいます」
舞台を端から端まで歩きながら語る様子は、さながら舞台役者のようだ。
周囲は会話することも忘れ、話に聞き入っている。
「王妃の呪いを信じた王は、ティアラを宝物庫の奥深くに隠します。それから長い時間をかけ、人々の記憶から事件の存在は消えていきました。しかし、なんの因果かティアラはここにやってきた」
ティアラの横に立ち、全員と目を合わせるように顔を動かす。
「さて、今宵こちらのティアラを手にするのは...どなたでしょうか?」
「1,000万アウロから始めます」
今日初めて1,000万アウロからの品物がでたことで、会場はにわかにざわついた。
ここまでの最高入札とて1,000万アウロを超えたものがあったかどうかだ。
『テリー!』
「わかっておる」
夢から覚めたかのように、時間が動き出す。
テリーはすぐさま手を挙げるが、金額は瞬く間に吊り上がる。
ちょうどテリーの隣から、「3,000万」と大きな声が響いた。
小太りの男がにやにやと笑いながらこちらを見ている。
テリーを品定めするかのような嫌な視線だ。
彼の入札を境に、冷やかしの手は下げられる。
「くっ...3,500万だ!」
「そんなお金あるんですか!?」
「かきあつめるしかない!!」
まんまと挑発に乗っている。
鞄の中がほとんどの手持ち資金ではなかったのか?
そんな金額、払えるとは思えない。
ピピもおろおろと首を振っている。
「5,000万!」
金額が跳ね上がった。
あの男だ。
横にいるやせ型の男がなにか耳打ちをすると、彼はもう500万金額を上げた。
「テリーさんもう無理です!」
「くっ...」
なりふり構わず叫ぶ。
守護石は珍しいが、目の前にあるものが全てではない。
今身を滅ぼしてまで落札しても、その後のテリーが幸せになれると思えない。
そんな気持ちが伝わったのか、テリーは下唇を嚙みながら力なく腕をおろした。
「他におりませんか?では5,500万で落札です!皆さま、このティアラを手にする幸運を掴んだこちらの男性に、大きな拍手を!!」
「旦那様、おめでとうございます」
「いやあ、いい買い物ができた」
オークショニアの高らかな声が部屋に響く。
男はにこやかな顔で、後ろを向きながら一礼したが、私は見逃さなかった。
立ち上がりざま、勝ち誇った顔でテリーをあざける姿を。
オークションのシーンはいつか書いてみたかったものです。
数年前、今はなきエンタメ施設でオークションの演劇シーンを見ることがあり、ずっと印象に残っていました。




