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旅商人ニナ ―守護獣と巡る街と品の物語―  作者: 秋野 玲
第一編 ユートルデ王国 第三章 王都グラディア
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016 潜入、闇市!

「やあ、待ったかね」


「テリーさん...ですよね?」


夕方、待ち合わせ場所に現れたのは、赤いシャツに紫のベストを合わせた男。

革張りの鞄ですら、毒々しい葉のような派手な刺繍が施されている。

昼間はどこにでもいる中年だったのに、今はその装いのせいで人目をひいてしょうがない。


「そうだとも。似合っているだろう?」


横顔を見せつけながらウィンクを飛ばす。

ピピはあからさまに嫌そうな顔をしたが、テリーは全く意に介していない。


「とっても、はい。その、闇市ってこういう感じじゃないと入れないんですか?」


「そんなことはない。ただ、私の場合は未来のパートナーを探すだろう?おめかししてきたんだ」


「そ、そうですか...」


お世辞ですら言葉が詰まったのだが、テリーは気づいているのかいないのか。

今度は反対の顔を協調して口角をわざとらしく上げる。

ウィンクも微笑みも私には結構だ。


気合のいれようは十分伝わったが、絶対に隣には並びたくない。

夕方とはいえ人通りは多く、遠巻きに観察されている感覚がある。


ピピとともに黙って二、三歩後ろをついていく。

テリーはずっと上機嫌で、振り向きながら守護獣への熱い思いを語り続けた。










連れていかれたのは海岸にある倉庫街。

船着き場を挟んだ反対側には旧市場が見える。

倉庫の周りには山のように木の板が積まれている。

これから倉庫に搬入するのか、それとも持ち出すところなのか。

初めての海風は想像より冷たく、体がぶるりと震えた。


「17番倉庫をさがしてくれたまえ」


似たような形の倉庫が密集しているので、見分けのために入り口には大きく番号が書かれている。

きちんと連番になっているのでわざわざ探すまでもなさそうではあるが、黙ってテリーの指示に従う。

今宵のリーダーは彼だ。


「ありましたよ。どうするんですか?」


金属でできた大きな扉の前には、浮浪者と思われる男が扉をふさぐように座り込んでいた。

近くには酒瓶も転がっている。

瓶の破片が転がっているので、ピピが飛び出さないようにピピの背に手を当てておく。


テリーは迷うことなく男に近づき二、三言話すと何かを握らせた。


戻ってきたテリーが指差したのは向かいの倉庫。

じっくり見ると、ドアの隙間から光が漏れ出ているのに気づく。

ここが会場か。


「入場料はきみたちの分まで払っておいた。さあ、ピピ殿、ニナくん。用意はいいかな?」


そう言ってテリーはもったいぶって倉庫の扉に手をかける。

この奥にまだ知らない世界があるのだと思うと心臓が高鳴った。

私たちが頷いたのを確認して、テリーは一息に扉を開く。


「ようこそ、闇市へ」


『......わあ!!』


広がっていたのは昼間と見まがう世界。

オイルランタンが煌々と光る中、倉庫の奥まで連なる店の数々。

人々は商品を物色しながらそぞろ歩いている。

ストールや仮面で顔を隠している人もいて、それがこの市場が普通でないことを物語っている。


『行こう、ニナ!』


珍しく頭の上に乗ったのは、遠くを見渡すためだろう。

残念ながら、平均的な私の身長では、さほど遠くは見えない気がするが。


「落ち着きたまえピピ殿。騒いでは目立つ。」


(テリーさんの方がどう見ても目立つと思うけど...)


いや、野暮なことは言うまい。


テリーに連れられるがまま、ゆっくりと倉庫の中を歩く。

普通の市場なら活気ある声が飛び交っているのに、ここでは皆がひそひそと話していて、悪口を言われていると錯覚しそうになる。

もちろん、人々の視線はこちらにはなく、それぞれが商談をしているだけだ。


市場の中で広げられている商品は、奇妙という表現がぴったりのものばかり。

小瓶に入った謎の液体、動物の毛皮らしきもの、用途のわからないくねくねした金属。

雑貨としては面白いが、商品としては食指が動かない。


(魔女がいたら買いそう)


そうだ、既視感があると思ったら御伽話のようなのだ。

秘密の場所で、顔を隠して商売を楽しむ一夜限りのお祭り。

まるで魔法の道具のような売り物の数々。


(面白い...かも)


奥へ進むにつれ肩の力は抜け、代わりに好奇心に身をゆだねる。


「さあ、まずはこの店だ」


テリーが立ち止まったのは、灰色の天幕がかけられた店。

入り口には何か透ける布がかけられていて、中はぼんやりとしか見えない。

先客がいないことを確認すると、布の隙間からするりと入った。


天幕の中では蝋燭が焚かれていて、甘い香りがした。

テーブルの上には絵画に靴にナイフなどが置かれているが、そのどれもが時を経て埃のベールをかぶっている。


「ピピ殿、どうかね?」


テリー曰く、以前この店が販売した懐中時計に守護石が使われていたらしい。

時計を買ったつもりが守護獣までついてきたので、飼い主はお買い得だと大喜びしたそうな。


(そんな幸運、そうないと思うけど...)


ピピは何度か周囲の匂いを嗅いだあと、首を横に振った。


「わかった、では次の店だ」


天幕を出ると、テリーは人ごみの中を迷いなく進む。


ふとすれ違った集団が目に留まる。

使い込まれたケープを羽織って一般人を装っているが、裾から覗くズボンは皆同じデザイン。

貴人とその護衛だろうと踏んで、ぶつからないように道の端に寄っておく。


(それにしても...ほんとにこんなところに守護石があるのかな?)


守護石が希少だというのは、村から出たことのない私でも知っている話だ。

高値で取引され、手に入れられるのは貴族などの有力者がほとんど。

私が守護石を手に入れられたのも偶然川に流れ着いていたからで、買おうと思ってもそもそも出会えないだろう。


その後もいくつかの店を訪ねたが、結局ピピが反応することはなかった。


「テリーさん、これでおしまいですか?」


倉庫の中はすでに一周した。

美味しそうな焼き菓子を売る店があったので、これで解散なら買いに行きたい。


「いいや、ここまではいわば練習。今日の本命はオークションなのだよ」


「オークション?」


耳慣れない言葉だ。

聞き返すと、テリーは得意げな顔で先輩風を吹かせた。


「闇市でも特別な品が売られる場所さ。いくらで欲しいか競い合い、最も金を出せるただ一人が買うことができる」


「それっていくらになるかわからないってことですか?」


「鋭いな。集まる人次第でガラクタに高値がつくこともある」


いいものが安く買えることもあるか気になったが、そちらはあまりないかもしれない。

自分が目利きだったら、オークションで安く仕入れて他所に売る。


『テリー、お金はあるのかー?』


「もちろんだとも!今回のオークションには守護石が出ると確かな筋から聞いているのでね」


そう言いながら、テリーはあの鞄を持ち上げた。

小さな鞄だが、目一杯お金を詰めたならば一千万アウロは入るだろう。

無防備に持っているので、私のほうがひやひやする。


「テリーさん、盗まれないように本当に気を付けてくださいね」


「心配には及ばない。盗人もこんな鞄に入っていると思うまいよ」


テリーは呑気に構えているが、注意するに越したことはない。

ピピの能力も、テリーの面倒までは見てくれないだろうから。


「それにしても、確かな筋から聞いているならピピは必要ないんじゃないですか?」


「私が知っているのはオークションに出品されるというところまでだ。どの品がそれなのかは知らん」


『ボクがんばるよ!テリーのためにみつけるぞ!』


「頼りにしてるぞ」


『まかせとけー!』


ピピとテリーは、おー!やるぞー!その調子ー!と、延々と掛け合いを続けている。

出会って間もないが、二人はすっかり意気投合していて、むしろ私の方が置いてけぼりだ。


闇市に出入りしたりとちょっと危ういところは感じるが、テリーは悪い人ではないと思う。

そこまで肩入れしすぎるつもりはないが、せっかくの縁。

テリーが無事に守護石を手に入れられますように、と心からそう思った。


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