015 王都グラディア
「さあ、私と一緒に行かないか?商人なら興味があるだろう?」
「えっと...」
右におじさん、左にピピ。
困り果てた私は助け舟を求めて左肩を覗き込むが、ピピまでも期待に満ちた顔で私を見つめている。
なんならうずうずが隠せないのか、おしりがぷりぷり動いている。
『えー、ニナのケチ~!!いいじゃん!ぶー!!!』
気まずさを感じつつも断り文句を述べると、ピピは激しく足をを踏み鳴らす。
落ちないか心配になるが、それより。
(もー、おじさんの味方しないでよ!)
「きみにとっても悪い話じゃないと思うんだ。どうだろう?」
押せばいけると思われたのかもしれない。
畳みかけられるように左右から声を掛けられ、もうわけがわからなくなってきた。
彼の言うことにも一理あるのだ、それはわかっている。
「いや、うーん..........」
そもそもなぜ、初対面のおじさんにこんなにも言い寄られているのか......。
王都グラディアに到着したその日、私たちは小さな広場で店を開いていた。
建物も人も店も、これまでに見たことがないくらいたくさん。
あちらこちらから聞こえる人の声、露店や建物にかけられた数々の看板。
高い建物が隙間なく並ぶので圧迫感もすさまじい。
「ごめん、ちょっと休憩していい?」
考えるより先に飛び込んでくる刺激に頭がくらくらしてきて、目についた広場に逃げ込んだ。
ちょうど露店がいくつか出ていたので、休憩がてらその横に並ぶように店を開く。
『王都はおっきいねえー』
「入るだけで1万アウロも取られると思わなかった」
王都という場所柄か、他の街と違う部分が多くて落ち着かない。
入都税もその一つ。
王都やその周辺の人は1,000アウロで街の門を通行できるが、その他の地域の人は1万アウロを払わねばならない。
資金にゆとりがある今だから支払えたが、小綺麗な宿に一泊できる値段だ。高い。
「その分頑張って回収しなきゃね!」
そしてもうひとつ驚いたのが、市場がいくつもあるということ。
旧市場、新市場、それから今私がいる青空市場。
旧市場は、木材や穀物などの重いもの、新市場はそれ以外の船荷を扱う市場。
どちらも船着き場が併設されていて、街の最南端にある。
青空市場は平たく言えばなんでもありの市場で、行商人はここで店を出すのが基本らしい。
広場ならどこでも出店ができるらしいので青空市場とひとくくりに呼ばれているが、場所も規模もさまざまだ。
…というのを商業会で職員から教えてもらった。
ひとまず、広場にふさわしくおやつになりそうなものを並べる。
他の店の値付けを確認し、価格が横並びになるようにした。
ジョレッツォやヴィヴィエンと比べるとやや高いが、歩いている人はぽつぽつと買っていってくれた。
「それ一つもらえるかな?その一番右のやつ」
「はい、1,000アウロです」
人と話していると、幾分か気も紛れる。
調子も戻ってきたのでこのお客さんを最後に、また探索に戻ろうか。
「失礼だが、そちらの子は?」
『ピピだよ!おじさん、いい店を見つけたね!村のドライフルーツはおいしんだぞ』
やはりピピの存在は目を引く。
なんだかんだ看板ヤマネとして働いてくれるので助かっている。
これで村の名前まで紹介してくれたら完璧なのだけど、多くは望まない。
「おお...話ができるということは、ピピ殿は守護獣で間違いないかな?」
『ああ、そうだぞー!』
ピピ殿なんて珍しい呼び方。
さりげなくおじさんの見た目を確認する。
よくある麻の服にズボン。
年を取ってはいそうだが、顔には生気があるので若々しく見える。
そこまで怪しいところはない。
「きみたちは流しの商人かな?」
「はい、エルセイ村から来ました」
少し前までは、自分は旅商人と名乗っていいのかと答えにくかったのに、今なら自信を持って答えられる。
おじさんは、「ほう」と言ったきり急に黙ってしまった。
なにかまずいことでも言ったかと心配になっていると、おじさんはピピと私を交互に見たあと、すまなそうに口を開いた。
「...きみたちにお願いがあるんだ。きみたちにとっても悪い話ではないはずだ。聞いてもらえるかな?」
急な提案に驚いたが、どこに商機が転がっているかわからない。
とりあえず話を聞くだけだと念押しすると、おじさんは身をかがめて声を落とした。
「一緒に闇市へ行ってもらえないか?」
「.........」
(...顎鬚、もしゃもしゃしてるなあ)
聞いてはいけない言葉を聞いた気がして意識が飛んでいた。
この先の話も聞かない方がいいのではないか。
警戒を感じ取ったのか、慌てておじさんは説明を付け加える。
「闇市と呼ばれているが、なにも犯罪者の溜まり場などではない。ちょーっと表では扱いにくい品を扱っているだけの場所さ」
ちょーっとというのがかえっていかがわしい。
ピピも興味をなくしたようでころころ転がって遊びだした。
もう話を聞かなくてもいいだろう。
片づけのためにピピを摘まみ上げると、帰ろうとする雰囲気を察したのだろう。
おじさんは両手を広げてどうどうとなだめてきた。
もうちょっとだけ聞いてくれと余りに熱心なので、しぶしぶピピを元の場所におろす。
「例えばとある没落貴族の家宝。例えば海の民の羅針盤。レストラブルの初版本なんかもあるとか。本物とも紛い物とも言い切れない、そういうものが集まる。王家だって見て見ぬふりだ」
「...なぜですか?」
「行きたくなってきたかい?」
ニヤニヤと笑いながら言われると、反抗心が出てくる。
商人たるもの、珍しいものは一度見てみたい。
危ない橋は渡らないが、王家が認知しているなら極端に危険ということもなさそうだ。
でも興味があるだけだ。行こうとはまだ思っていない。
「必要悪、というのかな。みなの息抜きの場さ」
きつく取り締まって管理できなくなるよりも、見える範囲で怪しいことをやってくれた方がまし、ということならば理解はできる。
ただ、今の私には彼と行く理由がない。
手に余る商品は扱うべきでないとジョレッツォで学んだ。
見るだけにしても今行く必要はない。
「ちなみに、闇市場は紹介制だ。私の紹介で君も出入りできるようにしてあげよう」
…鋭い。
変なおじさんだと侮っていたが、鼻が利くのか地力があるのか。
たまたまかもしれないが。
いつかのために入る資格だけ持っておくのもいい気がしてきた。
最初は断ることしか頭になかったのに、今は行く理由を探してしまっている。
「私も探すのに苦労したんだ。あらゆる伝手を使ってようやく...」
「それで、なぜ私たちなのですか?」
目を閉じて語り部のごとく世界に入っていたところを遠慮なく遮る。
おじさんは気分を害するどころか興奮しているようで、なんだか調子を崩される。
「ピピ殿の力をお借りしたいのだよ。私は守護獣が欲しいんだ」
「ピピの?ピピの力はそういったものではありません。お役に立てるとは思えません」
「きみは守護獣を連れているが、その生態には詳しくないようだね。守護獣は、守護獣や守護石を見分けることができると言われている。ピピ殿、そうだろう?」
『うーん、わかんないけどたぶんそう!』
守護獣にそんな力があるなど初耳だ。
ピピだってできると断言していない。
「最近守護石の偽物をつかまされることが多くてね。困っていたんだ」
『ボクならちょちょっと見分けちゃうもんねー!』
「それは頼もしい。ぜひお願いしたい」
…私不在で話を進めないでほしい。
ここまでの話で私たちが闇市に行く理由があるのはわかった。
そもそもおじさんの話が本当だとは限らないわけで。
(ああ、でも......面白いものがないか探してみたい)
結局、考えていることはおじさんと同じだ。
闇市に紛れ込む玉を見つけ出したいのだ。
「なにも命を狙われるようなところではない。さあ、私と一緒に行かないか?商人なら興味があるだろう?」
次第におじさんは声が大きくなってきた。
ピピが肩に乗ってきて、行きたいを連呼する。
一人と一匹からぐいぐいと押され、とうとう承諾してしまった私に、おじさんは片手を差し出す。
手の甲もやはりもじゃもじゃだ。
「私はテリーだ。よろしく頼むよ。ピピ殿と...」
「ニナです。テリーさん」
不安はあるが、本当に困るようなことがあれば、ピピの助けを借りてなんとか逃げ出せばいい。
テリーは心底嬉しそうに笑っていて、その顔には邪気がないように見える。
(信じてみるか)
こうして私は闇市へ行くことになったのだった。




