014 たたかいだー!
「もう、ピピ!どこにいるの?」
『こっちこっちー!なんかゆっくりできそうなとこ!』
ゆっくりできそうなところ、と言う通り、なんとも説明しがたい部屋にピピはいた。
談話室とでも言えばいいだろうか。
小さなテーブルと本棚が並んでいるちょっとかしこまった部屋だ。
「もう、いまご飯食べてるの!なに?」
『これ見てー!おもしろそう。読んで!』
ピピが指さしたのは紐で綴られた紙束。
素材も大きさもきっちりそろってはおらず、日々継ぎ足されてきたのだろう。
書かれているのは筆跡もインクも違う文字たち。
ピピには重たいようで、引っ張っても全く動いていない。
「王都からの帰り。これから学術都市へ向かう。みんなに幸あれ」
「今年はトマトが豊作らしい」
「サイデルンで店を開きたい」
「村に戻ったら結婚する。サーシャ、愛してる」
他愛もないことから、商人として微妙に役立つかもしれない情報まで、内容はさまざま。
日付が書かれているので、前に泊っていた人たちが書き残していったものだろう。
夢中になってページをめくっていると、気づくと一年以上もさかのぼっていた。
(あ、これ。一年前の今日)
書き手によれば、この日は珍しく大雨。
川が荒れないか心配だったが、すれすれのところで氾濫は避けられたと書いてある。
書いた人はもうここにはいないのに、まるで彼の横に立って同じ経験をしたかのような感覚になる。
『ニナ、なんかおもしろいこと書いてあった?』
「そうだなあ、帰ったら結婚したいって書いてあったりしたよ」
『ほかには!?』
ピピの食いつきがいいので一つ一つ読んであげると、百面相をしながら聞いてくれた。
特にピピが気に入ったのは美味しい食堂情報。
王都に着いたら行けるように、メモをとっておいてあげた。
最後に、ピピも書きたいというのでピピが話す言葉をそのまま書いてあげる。
おまけでピピの顔を書いてあげたのだけど、ちょっと不格好になってしまって二人で腹を抱えながら笑った。
翌朝。
窓からは薄曇りの光が差し込んでいる。
手探りでカーテンを開ければ寝起きの瞳にはちょうどいい明るさになった。
窓から見える村の風景は、昨日と変わらず静か。
けれど、たまに旅人が馬を引いて去っていくのが見える。
今日の朝食はなしにする代わりに、王都でたっぷり昼ごはんを食べるということでピピと話はついている。
リネン類は、裏口のかごに入れておくように言われていたので、ざっとまとめて運ぶ。
使わせてもらった部屋にはいくつかのベッドの他は何もない。
本来ならば何人かで使う部屋だろうに、贅沢な使い方をさせてもらった。
(宿というより場所貸しって感じ。物が少なければ村は普段の管理が楽だもんね)
村と王都、それぞれに利があるので意外にいい取り組みかもしれない。
荷物も少ないので、身支度だけ整えたらもう出立できる。
玄関では、おばあさんがのんびりと茶を飲んでいた。
「お部屋、ありがとうございました。よく眠れました」
「そうかい。国王様と守護獣様に、旅の安全を祈っておいき。王都側に祠があるかんね」
「そうします、お世話になりました」
祠はすぐにわかった。
木彫りの小さな熊が置いてあり、周囲には切花が飾られている。
熊はどうしても怖い生き物だという印象があったが、この熊はかわいく見える。
丸まって眠っている姿で、それに顔も穏やかだからかもしれない。
「ピピは王様の守護獣の話知ってる?」
『なにそれー?』
「あれ、話したことなかったっけ?この国は、ずーっと昔から熊の守護獣に守られているんだって。で、その熊さんと契約しているのが代々の王様」
それこそ、国が興った時から絶え間なく存在していると聞いたことがある。
それが本当なら一体何年生き続けているのか。
国の歴史にさっぱり興味はなかったが、守護獣についてはいつかちゃんと調べてみたい。
熊の話が本当なら、ピピはきっと、私よりずっと長く生きるから。
『じゃあこの熊は王様の熊とおんなじってことー?』
「たぶんね。私も本物は見たことないけど」
ピピは熊の周りで両手をあげて、がおーと言っている。
熊の真似にしては迫力不足だが、可愛さは一級品だ。
「なにしてるの?」
『戦う練習に決まってるだろー!食べられないようにするんだ』
「...王家の熊さんは穏やからしいよ」
そもそも、この木彫りの熊は猫くらいの大きさだが、実物はもっと大きいはず。
蛇に驚くようなピピだ。
熊のような大きな生き物を目の前にしたら、威嚇すらできずに逃げ出す気がするが...
(まあ、考えるだけならただだからね)
私は私で熊に祈りを捧げる。
旅の無事と商売繁盛を願って。
ついでに良縁と父の健康と村の繁栄もよろしくお願いします。
「よし、いこっか」
私があらゆる願いをこめている間も、ピピの戦いは続いていたらしい。
『くらえー!あたたたたー!!!』
連続で攻撃を繰り出しているが、疲れてきているのか足元はおぼつかない。
そもそも、国を守っている守護獣を倒されては困るのだが。
「ピピ、行くよ」
『これで、勝ちだーーー!』
自分の世界に入りこんでいるかと思っていたが、一応私の声は耳に入っているらしい。
ピピは片手を突き上げてとどめの一発を決めたあと、満足げに私のポケットにもぐりこんだ。
「...ねえ、そこに入るってことは寝るってこと?」
『だってボクは一仕事終えたんだい!』
「まだなにもしてないでしょ!」
『でもつかれちゃったあ』
こうなったらピピは何を言っても聞かないだろう。
諦めて荷物を背負い直して、ゆっくりと村を出る。
ここから王都までは見晴らしのよい一本道。
遠くには荷物を引く商人の姿や、草を食べる馬が見える。
こういった歩きやすくて景色の変わらない道では、つい考え事をしてしまう。
ピピも休んでいて静かだから余計に、だ。
王都に着いたらやりたいこと、見たいもの、そしてその次の行先について。
(そうだ、父さんに手紙を書こうかな)
こんなに長い期間離れたことは今までなかった。
きっと心配しているだろう。
楽しみ半分、不安半分、そんな気持ちを抱えながら憧れの王都を目指した。
ピピは小学生並みのやんちゃさ持っていると思っています。
いよいよ王都、私も楽しみです!




