013 ブルーベリー
ジョレッツォを出て数日。
これまでは何もない土地の中を歩いてきたが、急に畑が広がり始めた。
いや、正しくは木や小さな野花はあった。
人の手が入っている場所に、ようやく辿り着いた。
街道沿いには等間隔に畝が作られていていて、ちょうどこれからが植え時のようだ。
遠くのほうに目をやれば、緑がこれまた線のように伸びている。
「長閑...時間の流れがゆっくりに感じる」
すれ違う人もほとんどおらず、自分たちの動く音だけが聞こえる。
時たま、生ぬるい風が顔を優しくなでていく。
『こんなおっきい畑で何つくるんだろーな?ボクも食べられるものかな?』
「トマトとか作ってそうだけど、ここからじゃあよくわからないな」
王都グラツィア。
言わずもがな、人口、規模ともにユートルデ王国最大。
それを支えるのが、王都の周囲にある農村だ。
王都を囲むようにいくつもの村や集落がある。
ちょうど私たちの正面にも、ぽつりぽつりと建物が見えてきた。
あっという間に全貌が見渡せる距離になる。
畑の広さを考えると家の数はやや少ない。
この人数であの畑を管理できているなら、なにか農業を助ける画期的なものがあるかもしれない。
注意深く観察しながら歩を進める。
家の壁には土汚れやヒビがない。
そのせいでどこか生活感に欠け、絵の中のような風景だ。
地図や特産物を確認したりとこのあたりのことは十分理解したつもりになっていたが、実際にその場所に来ると新たな発見がある。
気になるのは街の奥にある大きな建物。
個人の家にしては大きいから、役場だろうか。
王都に近いので関所のような役割があるのかもしれない。
『ぜんぜん村人がいないけど、みんなどこいったんだー?』
「そうだね...畑に行ったりしてるのかな?」
住民らしき人は全く見かけず、それよりかは、ジョレッツォから流れてきただろう石売りが目立つ。
彼らも店を出しているわけではないから、荷物からの推測だけれども。
この街道において、ここが王都に最も近い宿場町。
宿も小さいだろうから、早めに宿を取ってしまった方がいい気がする。
しかし、宿らしい建物はないが...。
まさかと思って、あの大きな建物に向かうと、そこには小さく宿の看板が出ていた。
『すっごく安い!3千アウロだよ!!』
「3千アウロ!?ジョレッツォの半額以下だよ」
耳を疑い、看板に小さく書かれた文字を確認するが間違っていない。
ジョレッツォは宝石市の最中に泊ったので値段は少し高めだったとは思うが、それにしても安すぎる。
値段設定に違和感を覚えたが、周囲の商人がそれに反応している様子はない。
ここから王都までは3時間。
今日のうちに歩いてしまってもいいけれど、こんなに安いならここに泊っていくのもよさそう。
『ボクはどっちでもいいよー』
新しくて綺麗な宿に心惹かれてはいる。
ただし、決めるのは値段のからくりを知ってからだ。
場所に不釣り合いな金属のドアノブに手にかけた。
「いらっしゃい」
宿の扉を開けると、しわがれた声のおばあさんがカウンターに座っていた。
窓が小さいので昼間なのに薄暗い。
「こんにちは。こんなに大きな宿があるなんて驚きました」
「そうだろうさ。私が若いころにゃ、ここはなーんにもなかったんだから。王様が作れっちゅうんで村も宿もできたんよ」
部屋の雰囲気のせいで勝手に暗い人だと思い込んでいたが、早口ではつらつとしている。
おばあさんの膝の上で寝ていた猫が身じろぎした。
起こしてしまったなら申し訳ない。
「王様が?」
「そうだべ。今はまあぼちぼちだが年に何度かは五月蠅くなるさ」
「どういうことですか?」
小さな村がにぎやかになる時といえば...収穫祭でもやるのだろうか?
村人が少なさそうだからそれも違う気がする。
「王都の宿がいっぱいになっても困るってんで、王様がここに宿を作らせたんだよ。自分らはなんにもないときの宿の面倒を見るのが仕事さね。ほんに忙しいときは王都から人が来るさ」
おばあさんの説明ですべてを理解できなかったが、なんとなく国が絡んでいそうなことはわかった。
団体客が来た時にここに通したりするのだろう。
ピピも反応していないことだし、今日はここに泊ってみることにする。
「王都と違って大したものはねえけどな。食事は自分で用意しとくれ。買い物したきゃ廊下の突き当りに店がある。キッチンはそっち。あるものは好きに使っとくれ」
立ち上がったおばあさんの背中はお辞儀しているかと思うほど曲がっていた。
おばあさんに歩調をあわせ、案内につきしたがう。
食事なし、寝床で3000アウロということか。
それならば安さにも十分説明がつく。
キッチンの棚には、瓶や箱がいくつか並んでいた。
瓶にはタグがついていて、何かが書いてあるが横書きで消されている。
(名前?それとも他の言葉?よくわからない)
箱を手に取って開くと、ニンニクとハーブが入っているが、ニンニクは干からびかけている。
次の箱には、ピンクの石のかけらが入っていた。
(わー!これ、ジョレッツォで見たピンクのお塩!ほんとに使って大丈夫なの?)
使ってはいけなかった、なんて後でわかっても怖いので一応確認してみよう。
振り返るとおばあさんの姿はすでになく、のそのそと廊下を歩いている。
「すみません、ピンクのお塩、使っても平気ですか?」
「ええさ。置いてったんだろうからね」
一瞥もせず断言するので、置いてあるものは本当に自由にしてよさそうだ。
荷物をほどいてから宿の中にあるという店の様子を確認する。
店というから村のようななんでも置いてある店を想像したが、ここは人がおらず、集金箱が置いてあるだけ。
簡易的な販売所という表現が的確だ。
野菜と日用品が申し訳程度に並んでいる。
値段は高くも安くもない。
夕食用に、新鮮そうな野菜を選んでいくつか手に取る。
『ニナぁ~、ボク、これほしーな~』
ピピがクネクネしながら上目遣いで指さしたのはブルーベリー。
村にいた頃は、林の中で適当によくもぎって食べていた。
ただで食べられる物だという印象が強いので、お金を払うことになんとなく躊躇いがあったが、ピピが『いいでしょお~?』とクネクネし続けているので根負けして少しだけ買うことにした。
ここのブルーベリーは、身は小ぶりだが皮の色は濃い。
表面は粉がかかったように白くなっている。
こういうブルーベリーの方がおいしいのだと昔、父が教えてくれた。
半分こだからね、とピピに念押ししてカップひとすくい分を量る。
皿も自由にキッチンから持ち出していいそうだから、直に皿に入れた。
ピピは我慢できなかったようで、よそったそばから一粒口の中に入れた。
「ピピ、できるだけ汚さないように食べてね」
ブルーベリーの時期、ピピはこっそり林に出かけてはしょっちゅう口を黒くして帰ってきた。
『なにもないよ~』なんてしらを切っていたが、口を見ればブルーベリーを食べてきたことなど丸わかりだった。
村にいるうちは汚れなどどうにでもなるが、今はいつでも水が手に入るわけではない。
(ピピの口は拭けばいいけど、お願いだから私の服や荷物は汚さないで...!!)
口うるさく言いたくはないが、一応目線で強めに訴えておく。
ピピはそんな表情を勘違いしたようで、器用に腕を駆け上がると私の口にブルーベリーを押し込んだ。
「んー!!すっぱ!」
口にいれて一番に感じるのは酸味。
そのあとだんだん甘さが出てくる。
張りがあるいいブルーベリーだ。
私は芋と黄色い豆を選んでお金を箱に入れた。
隣のキッチンで早速調理する。
ピピは芋には興味がないようで、ひとしきりブルーベリーを食べたら食後の散歩に出かけた。
知らない人がピピを見たら、宿の中に動物がいると驚くだろう。
見つからないようにと念押ししたが、ちょっと不安だ。
広間に行ってもいいが、キッチンには小さなテーブルがついているので、そのままここで食べてしまおう。
茹で上がった芋によく息を吹きかけてから皮ごと口に含む。
土の香りが少し強いが内側はほくほくとしてあたたまる。
「わすれてた」
行儀が悪いが、芋をかじったまま棚から塩を取る。
底のほうに溜まっている小さなかけらをひとつまみ。
芋に振りかけるとところどころが赤く色づいて可愛くなった。
「うん、おいしい」
ほっくりとした食感に癒される。
のんびり食事を楽しんでいると、たまに別の宿泊客がキッチンに訪れる。
軽く挨拶し、たまに一言二言話すがすぐにそれぞれの世界に戻る。
今までにない経験だが、決して悪くはない。
どの宿泊客も、閉鎖的な印象はないが、踏み込むこともしない。
一晩をともに過ごす者同士、不義理のないようにしている感じだ。
こういった宿は初めてだったが感覚はだいたいわかった。
次も利用してみてもいいだろう。
『ニナー!きてー!』
どこからか聞こえてきたのはピピの叫び声。
困った様子ではないから急ぐ必要はないけれど、他人の迷惑にはなってほしくない。
残りの芋を一口で詰めこみ、ピピを探しに席を立った。
旅の醍醐味、寄り道回です。




