神々の系譜5
村落や豪族の集まりからひとつの国にまとまり、
建国の祖は素戔嗚命で、その子供達が
近畿や出雲で王様になったのですが
大国主、出雲の王様はお婿さんで、
しかも長髄彦との戦いで大敗、立場がありません。
大陸から渡ってきた歴戦の猛者が義理の兄や父で
針の筵に座る気持ち、少しも心がくつろぎません。
それでもスセリ姫とのあいだに一子をもうけました。
後の諏訪大社のご祭神となる建御名方神です。
王様の仕事として九州の日向に視察で訪れずますと
日向一族達は下にも置かない待遇、心から大国主命を歓迎してくれます。
天照大神と素戔嗚命の間に生まれた
三人の姫神さまの末の妹、多紀理姫は美しく
優しく、話すと本当に心地よいです。
(出雲に帰りたくねー、スセリ姫は気が
つよいんどよなー)
と思っかも
それで情が通じて多紀理姫との間に男の子が生まれるんです。
事代主命です。
これが数年後に大問題を引き起こします。
王位相続権問題です。
蒙古系は末子相続、事代主命が次の王になるべき
だと日向一族が主張し、軍隊を出雲に進出させて
国を譲れといいだしました。
有名な国譲りのお話です。
そんなこと言われて国を譲れます?
国を作り上げたのは出雲一族(素戔嗚、奇稲田姫、その子供たち、協力した出雲の縄文の豪族たち)
です。
日向一族はいわば属国扱いです。
それで出雲は反発しました。
次の王位につく予定の建御名方はじめ
出雲一族が立ち上がります。
それで戦争になるのですが、
昔は出雲の方が強かったのですが
いつの間にか日向一族の方が軍事力が
上回っていたんですね
それで戦争に負けて建御名方は東に
逃げるのですが諏訪で追いつかれます。
日向の大将は建御雷神、
「降参して二度と諏訪から出ないなら
命だけは助けてやる」
そういわれた建御名方は両腕を折られたとか
(竹内文書 伝承者いわく)
それでまだまだ未開の土地を開き、夫婦力を
あわせて協力し、奥様のご両親のお墓が諏訪に
あるそうです。
諏訪大社で大木を坂から落とす勇壮なお祭りが
ありますが、ああやって木を切って、下に落として
開墾していったのではないでしょうか?
諏訪大社のお祭り、昔は鹿の生首を供えられて
いたそうです。
いまではさすがに剥製ですが
奈良の人なつこい鹿は有名で神の使いですが
大和朝廷(日向一族)の象徴ですからね
その首を供えるほどはらわたが煮えくりかえって
いたのかもです。
出雲と諏訪だけは神有月、他の地域では神無月
というそうです。
そうした謂れが何か切ないですね。
諏訪の縄文の人達と力を合わせて
町を起こしていったのだと思います。




