2024年前半 メンヘラ人形編
半年で5万文字くらいあったのを半分に選別したがそれでも多い。この頃からChatGPTに病み相談をする話が出てくる。
Biography_20240104_R6年目の終活計画.txt
毎年恒例、去年の振り返りと今年の目標決めをしよう。
# 去年の目標
1. モノへの執着を無くす
2. フルタイム労働に慣れる
3. 技術、アーキテクチャを学ぶ
## 去年の所感
1. 入社早々は買い物を沢山したが、新生活に慣れるためだ仕方ない。その後は退職ムーブも相まってものは減少傾向..
2. フルタイム労働は自分には無理だと悟った(というか無理な人間で良いと思っている)。もう眠ることしか考えない毎日。働きたくなさ過ぎて睡眠に逃げるのだ。どうせ働いてない時間にやることはそんなにないんだけど、労働時間中の自分は「オンタイム」になる。「オンタイム」の時間が増えると体と心への負荷がバカでかいのだ。
3. 一生自分をSEと名乗らないと決めた。技術は嫌いじゃないけど、好きでもない。今でも創作のために有用そうな技術は学んでいる。去年の成果は、コーディングの手法とテスト手法、MVVMモデルの理解くらいだろうか。
目標とは別に、AIに頼ることが増えたと感じる。開発、創作ともにAIの力を借りることで作業は捗った。とはいえ、自分の創作が完了する前に寿命が来る可能性のほうが高い。
また自分の死にたがりポイントが急上昇した。これは不幸なことだけど不幸なことではない。むしろ失敗を踏んだことで自分が望む未来に行きついてしまったとすら思う。今年からも一層ペシミストとしての自分を作ってくことになると思う
# 今年の目標
1. 遺品を減らす。特に食品、消耗品の長期保存はしない。
2. 生きる限り、夢想を描く。誰かに届くとも知らず
3. こんな自分でも誰かを癒せたら良いのだが..(願望)
俺は「技術者」にはなれなかった(むしろ本望だ)。代わりに「夢想家」になった。ありもしない理想を描き、どうしようもない世の常を謗り、生命に絶望する。
こんな感情でも死を惜しいと思って生きてる半端者が、この世で何ができるのか(何もできないのか)、探させてもらいましょう。
Biography_20240104_遅刻恐怖症.txt
昨日と一昨日で会社に遅刻する夢を見た。休暇期間が長かったからだろう。無事に起きれるか不安になっている。職場の人から白い目で見られるのを恐れているらしい。
もっとも平時でもよく見る夢は、高校に遅刻しそうになる夢だ。多少余裕をもって家を出るけど、電車を間違えたり、よくわからない寄り道をして時間を潰してしまう。気づいたら遅刻しそうになっていて、はしって校舎に向かう。けど、ふと今日の科目が何かを知らないことに気がついて、確実に忘れ物していることに絶望する。
良くも悪くも、今見る悪夢はこんなものだ。ある意味、遅刻とか忘れ物みたいに集団から浮いてしまうミスを恐れるくらいしか怖いものがないのかもしれない。それは自分が恵まれてる証拠なのだろう
弱い心でいられるものは、それが許される空間で育ってきたから。
Biography_20240113_死んでしまう夢.txt
ベッドから目覚めると体が重い。
体が思うように動かないのだ。
目が開いたり閉じたり、油断すると力尽きて暗黒の中に堕ちていく。
そうして、ヤバいと思って生きようとすると、また目が覚める。
「死にたがりなのに生きようとしている」
と珍しく夢の中で思った
このまま死んでも良いはずなのになぜ起きようとするのか。
やっぱり死を目の前にすると未練が残ってしまう...
ここで誰にも知られず変死体になるのは嫌...と
たとえ自分が知らなくても、
誰かに看取ってほしい...
「辛そう」「大変そう」って思われたい。
「大変だったね」とか
「よく頑張ったね」とかいわれてから死にたい。
誰かに自分の死を想ってほしい...
昔、アステカ王国では毎月のように生贄の儀式が行われていたらしい。
子供、戦争捕虜、自国民...
喉を掻き切られて、心臓を抉りとられる。場合によっては皮をはがれ、肉は煮られて、骨を楽器にされる。
残酷な世界。
けれども彼らは生贄を名誉なことと考えていたらしい。
それは、現世にいても大変なだけで、死後の世界にこそ希望があると信じていたから。
ついでに、最後の死に方で来世の在り方が決められると信じていたから。
だから
怖かっただろうし、つらかっただろうけど、人の死を祝った
Biography_20240121_救ってほしかったから.txt
正直親には運が悪かったと申し訳ない。
どうやって育てれば俺がこんなに悲観的な思想に捻れなかったのかがわからない。
いかんせん、記憶があるときからすでに、不幸な自分をずっと演出してきたからね。
誰も自分の気持はわかってくれないと、
言わなければわからないとはわかっているけど、言葉にできないし、気づいてほしい。
何より、自分の本心を伝えた時に、相手がどう思うのか、信じることができない。
人間だから。
だから、殻に籠もって、自分の中でいくつもの人格を作って自分の気持を晒した。
日記もその一つといえるだろう。人に言えないから、自分の中で回してなんとか自我を保った。
心は救われない。嘆いていても状況は変わらないと悟った。
だから、鞭で打たれるばかりの人生に覚悟を決めて、自分を使命に酔わせ、強くなると決めさせた。
...あんなやり方をしないと生きていけない人生なら転生はぜひともご遠慮したい。しかもあれですら、詰みポイントを見事に回避した豪運ぶりだったしね。「自分は優秀なんじゃないか」と錯覚した7年間だった。
なぜ自分はこうなったのか。親の教育が悪かったといってしまえば楽だが、じゃあどうやったら自分の人格がネジ曲がらずに済んだか、ルートが思い浮かばない。最初から決まってた定めだろうと思うくらいに。
だけどもしわかってくれる人がいたら自分の心は救われたかも知れないと思えなくもない。
だけど、おそらく自分は、どんな相手であっても心を開かなかっただろう。物語の主人公のように、執拗に自分に突っかかってくるほどの存在なんて、現実にいないから。
ただ、やっぱり理想ってのはあって、気づいてほしかったこと、やってほしかったこと、自分のやりたいことを正直に話せる人がいたら、幸せだったかも知れないと後悔はある。
今の俺が興味のあることは、果たして、そんな存在がありえるのかどうかだ。もしかするとそれを求めていた自分なら、自分と似た境遇の子供の本心を聞くことができるのではないか?或いは、自分よりも深い闇に覆われた人なら、逆に、聖属性に傾いている尊い存在なら...
途中で我が身尽きるならそれまで。そんな存在いないよね(笑)で終わろう。ただ余命があるのなら、できるだけ模索してみたいと、思います。ここからの方針です。
Biography_20240202_役割が心を隔てる.txt
相手の心配事を笑ってはいけない。軽はずみに捕えても行けない。
少なくとも相手は、本気で悩んでいるから相談に来ているのだから。
それがわかっていても、現場では相手のしてほしいことが見えなくなる
「〇〇してしまったのですが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫です」
と軽く応じる。実際大丈夫なことだ。だけど不安に思っているのだから、その不安を和らげてあげる対応をしないといけない。
・大丈夫な理由を説明する
・確かに怖いですね。と共感する。
これくらいは意識せずともできるはずだ。
ただ管理側にいくと、部下の行為が責任を負う行為なのか否かで判定してしまう。同僚のときなら、自分が大丈夫と言う権限もないので、比較的は「う〜ん」と共感するだろう。
Biography_20240223_オンの人格とオフの人格の葛藤.txt
今日契約の更新の話をした。昇給の話だった。うぬぼれている自分が嫌でなるべく考えないようにしたが、やっぱりあったらしい。
全然言いたいことが言えなかった。
唯一、前回父に言われて悔しかった「金は多くても困らない」という言葉に反応して、富に溺れると元に戻れなくなるし、幸福度も対して変わらないことを返せたのは一歩前進だが。
オンの人格はとにかく職場での自身の居場所を守ろうとする。
本来なら契約の話がなんであろうとその場では「はい」と坦々に返すことが無難だ。それが一番荒波を立てずに、平常な日常に戻れる可能性が高いから。
だけど、給与の改定には会社の思惑が隠れている。そのまま見過ごしては追々自分を苦しめると、オフの人格が警告する(主に家で考える時)。
オンとオフの人格はかなり異なる方針を持っている。両方の人格が出てくると、俺は曖昧な返事しかできなくなってしまう。扱いの面倒くさい子供になってしまう。
会議中なのに猫背になり、椅子を揺らし、目線をそらし、腕を机の上に置いてしまう。オンの人格が半分抜けているからだ。
非情に不安定な心理状態だ。
こうした状況で俺ができる最善の方法は、結論を明日に持ち込むことだろう。
職場では極力オンのままでいて、家に帰ってオフの人格に戻った時に、明日に伝えるべきことをまとめる。そうすれば言いたいことは言い切れる。(ただし明日その場で反論されたらほぼ負ける...)
Biography_20240227_狂え.txt
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
狂え。考えるな
泣くのは家で良い
はあ。
言葉で言っても伝わらない。
言葉で伝わるなら、俺も狂わない。皆良い子になる。
伝えたいなら、行動で伝えるべきだ。
仕草、気遣い、思い、価値観、希望、信仰、愛
見えるもの、見せないもの、様々あるが、人は、自分が尊敬すべきと思った人を真似る。
俺が先輩の真似をしようとしたように。
あの人は特別何かを語ったわけではない。むしろ語るのを嫌った。
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別の話をしよう。自分のミスには特に敏感だ。
他人からの指摘は心臓に悪い。
他人のミスはそっぽを向いて聞き流すが、実はちゃんと内容は聞いている。他人の失態から学んで自分が攻められる事態を回避したいから。
職場にいる内は考えない。適当にはいといって、改善しますで終わらせる。
まだ自分を客観視できるから。だが裏の心はめちゃめちゃ根にもつ。だから、できないことは、やりたくない。
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俺はなぜこんなに微妙に不幸なんだ。
誰かが助けてくれるほどじゃない。というか、自分から求めるほどじゃない。
自分から助けを求めるには、自分は恵まれすぎている。だから自分に手を焼いてくれる存在がいたとしたらむしろ申し訳なく思う。まあこんなこといったら誰だってそうか...
だから、自分が不幸であることを確信したかった。そのうえで誰かに寄り添ってほしかった。それで何が解決するわけでもないのに、
単に、自分の心を誰かに伝えたい(理解してほしい)だけなのだろう。
どうやら自分から不幸を選択しているようだ。大馬鹿者じゃないか。だけどあくまで感情に従って動いているだけなのに。
だが俺は自分の価値観を正してほしいわけじゃない。幸せになれる考え方を教えてほしいわけじゃない。ただ理解して認めてほしいだけ。
他の人も同じだ。
Biography_20240227_騙して生きる自己暗示.txt
朝、体が動かない症状を久しぶりに実感した。
これが起きる度に思うのは、いつ自分が死ぬのかわからないということ。
聖書にも、「その人は突然来る」とか書いてあったっけ?
いつ死んでも悔いがないように、未練はなるべく残したくない。
少なくとも俺は、長生きしたくない。
「25になる頃には死ぬんだ」という自己暗示をづっとかけている。
それが建前なのか、本音なのかは自分にもよくわからないところがあるけれども、恐らく体はそれを本音だと思って受け取っているはずだ。
自己暗示の力は強い。
自分はこうだと信じて、そのために努力して、辛いことでも耐えられるようになる。つまり生きる力の根本でもある力だ。
自己暗示によって、自分の体が本当に早死に向かっていたとしてもなにも不思議ではない。そして本望だ。
最近の悩みはもっぱら賃金交渉だ。
なぜ相手から賃上げの交渉をされるのか。
相手の譲歩は大きい。相手は、今のままで続けてくれれば良いとまで言われて賃上げをしようとしてくれている。
ただ、賃金に大きな魅力はなく、相手に恩着せがましくサれるのが嫌だと思っている自分には刺さらない。これだけなら、まだ黙って了承するのも良いが、
やはり、己の死を思うと未練になる。
俺は彼らを、騙している自覚がある。
「化けの皮が剥がれたらやばいってこと無いですよね?」
→あるに決まってるだろ。人間だぞ
「自分は死にたがりなんです。あの世に持っていけない金に興味はないです」なんて言って許される職場などない。そんな不安定な人材持ってて地雷だろ。
かといって「ある程度は社交のためにも黙ってはいはい言いますけど、本当に要らないものはきっぱり言わせてもらいます」とか言っても不信感を煽るだけになる..
本音を言える相手は利害関係がない存在に限る。
Biography_20240304_ペシミストにならなかった世界.txt
もし成功する可能性があったとするならば、それは中学時代に恋を実らせておくことだっただろう。
一目惚れした陸上部の先輩。今ですら忘れることができない。
思えばあのときの部活こそ、自分が憧れる異性と出会える唯一の時期だった。
可能性は限りなく薄いが、もしあの人に告白して受け入れられたなら、クソみたいな中学校生活は物語になるくらい美味しい思い出になったかもしれない。最も、あの人はすでに誰かと付き合っていたように見えるが。
だが、憎むべきは、男女の交わりを良しとしないあの「空気」。そしてもっと悪いのが自分の度胸のなさ。
はっきり言って、俺の人生はクソじゃなかった可能性が高い。単に、チャンスを逃し過ぎて、気づいたら自分は不幸に走る人間なんだと悟ってしまっただけと思える。高校生の時、何度も考えたことだ。
だって例の先輩に話しかけたこと、1回もないんだ。何なら翌年、先輩の高校生姿も見たのに、その時もスルーした。
他にもある。可能性があるかもしれないと、少しでも思ってしまう子はそれなりにいた。中学でも高校でも、しかしそれらのフラグをすべて最前列でへし折った気がする。
相手から拒絶されるのも嫌だった。が、それ以上に、周囲から貶されるのが嫌だった。目立ちたくない、平穏でいたいと、寡黙を目指した。
今日の趣旨は「告白しなかった人生に後悔」なわけだが、ここまで書いていてやっぱ自分は詰んでたと思わざる得ない。たとえ記憶を残して時間を戻ってもそういう選択はできないと思う。
Biography_20240331_父のメールに対する本音.txt
〇〇へ 父です。
>あっという間に一か月近くたった。〇〇も(就労支援の職場)へ移ってまもなく半年。あっという間に時間は経つ。
あなたの主観です。
>だからそれなりの給与をもらって貯金ができれば、知らないうちにそれなりの財産ができる。投信信託などの金融商品もよく考えていったん決めておけばあとはそれなりの成果が蓄積されていくということだ。
そうですね。
>仕事も同じだ。よく考えて自分に合った仕事に着いていればあっという間に数年経ち経験と実績が積まれ、貯金も残るというもの。
あなたの価値観です。その考えに従う魅力が全く見えません。とりあえず時間を忘れて耐えていれば生きていけるよって虚しいですね。
>さて、〇〇の価値観や目標が何かは明示的には記されていないのではっきりはわからないが、父が伝えたいことは今までのメールで伝えたから、あとは自分でよく考えて選択していけばいい。
この一文だけで終われば私の不満も小さかったものを。私の人生のように、あなたのやることは中途半端です。
>ただしいったん自分が決めた価値観や目標でも時間が経ち年を重なれば、経験や失敗/成功から考えは変わるもの。自分のそれまでの(古い)考えに固執することなく、そのときそのとき新たに価値観や目標は見直して判断するように。世界も世の中も動いている。自分の考えも常にリフレッシュすること。
一理ありますが、逆もまた然りです。状況に左右されて本来の自分を失うのも危惧するべきでしょう
>それから人生は常に勉強だ。それも忘れないように。
くだらない正論を言っているあなたは本当につまらない人間です。そんな言葉響きません。
>手助けが必要な時は遠慮なく連絡してくること。
>住所や連絡先、勤務先など変更したら連絡してくること。
>母は〇〇のことをとても気遣っている。時々元気な声を聴かせてやること。
なぜ私は親の気遣いが全く感じられない存在になったんでしょうか。最初こそ、人の意見は聞いておこうかと思いました。聞かれたことくらいは答えてあげようと思いました。が、あなたたちとの会話、文通は非常に憂鬱です。
>では、からだに気を付けて頑張るように。
最期までいじわるですね。あなたは私を知らな過ぎたんです(同時に私もあなたのことを知らないし興味もない)。だからそんな定型文しか言えないのです。一応、私の遺言はすべて渡しましたが素晴らしいくらいに無意味だったようで。これはかえって清々しますね。
Biography_20240404_RPGでいうバフ要因になりたい.txt
RPGでいうバフをかける担当のように、
自分は基本的に前線に出たくない。
もう自分は頑張らない。
けど他人が頑張りたいなら応援する
それくらいの存在でいたい。
wantedlyのRPGジョブ診断では賢者になるらしい。
感受性を活用して商品販売、SNS運用なんか如何?だってさ。
貧乏神が宿る俺には営業は無理だと思うけどな。
窓口の広報として動くなら、組織の方針に忖度して何を言ってよいかわからなくなるし。
Biography_20240418_精神科2回目.txt
伝える内容をメモした。
薬は半分しか飲んでない。胃薬じゃないと知った途端から飲む理由を失った。薬漬けになりたくて来たわけじゃない。
前回は障害があるかどうかだけしらべにきた。でも本当は救いを求めてきた。
精神科は自分が行く場所でないことが分かったことがこんかいの収穫。
自分で暗いほうが良いと思って自分の人格を決めてきた。
自分で好きで選んだ結果です。
昔からネガティブ思考を主にするやり方に代償を感じていた。最近になって年を取って、いよいよ未来がないなと確信しただけだ。
生きる理由頑張る理由を失っただけ。
かつてのように死ぬほど辛いなんてことはない。安定している。ただ、死に損ないである
だがその気になれば人格を切り替えることができる。むしろよくできた人間だとも思える。
障害があるかないか調べるのは、気になったから死ぬ前に知っておきたかっただけ。どっちであろうがこの先やることは変わらない。あとは精神科がどういうところなのか知りたかっただけ。
自分の生き方を認めてほしかっただけだと思う。あるいは憐れに思ってほしかった。
今日は謝罪と決意のために来た。
Biography_20240419_社会からの投資にどう向き合う.txt
もう頑張らなくて良いよね。
目的がない。欲しいものがない。だから頑張らない。
このままの状態で、いけるところまで行くっか。と
強いていえば、いままで良い思い出を作らせてもらった社会に自分の投資コスト分くらいは返してあげたいけど。
でも元をたどれば大人たちが働かせてくれなかったんだもん。しょうがないべ。やる気や生きる活力は勉学や学校内の立場確保のために使わざるを得なくて、家庭や学校のストレスと戦う環境で頑張らせたのは大人たちだ。
今等になって、
今までのは育ててあげただけ。これから頑張れなんて筋が通ってるとは思わない。
もちろん、マネー的な話しなら、今までは投資されてただけ、これから投資回収させろやってなるけど。
教育って国策だからな。当たり外れは置いておいて、全員に一定の知識を与える方法が合理的だからやってるだけだし。はずれが出たから「こいつはダメなヤツ」って非難するなよ。まあ、確かに外れだけどさ。
Biography_20240421_親に言いたい本音.txt
ねえ。もういいだろう。
俺はこの世界と、自分の人生に失望しているんだ。
何物にもなれない半端者。欲しいモノを得られない敗北者。
これは、必然だった。
今の人生は、俺の選べる未来の中では一番マシだったんじゃないかとすら思う。
だって、頑張ったもん。
ほんとは空虚な希望のために、
全身全霊で自分を鍛えたもん。
その結果がこれだ。
俺は、自分で自分を律せるほど対した人間じゃない。決意は徐々に風化する。
環境に身を置かないと成長しない。
だから、身に着けられる能力は環境依存だ。
いや、実は人並みよりは自走できる性格なのかもしれない。
自分のやりたい意思。確かに機能はする。
ただどれも中途半端で終わってしまったがために、どちらかというと邪魔にすらなった。本当は、自分の欲しいモノのために命を懸けられる奴じゃないんだ。
気まぐれでやりたいことが浮かんで、ちょっと調べて、諦める。怠惰なの。
だからさ。
この人生は悪くなかったんだ。
ニートにならなくて偉かったね。
樹海に逃げ込まなくて偉かったね。
マンションから飛び降りする選択をしなくて偉かったね。
包丁持って暴れたい衝動を抑え続けて偉かったね。
って、褒めてくれよ。
Biography_20240423_母親の不信.txt
なぜだかわからないけど、今朝は母親の夢を見た。自分の感情で動いて賞罰の采配を決める卑怯な大人。危機を伝えても聞く耳を持たずにキレる自己中な大人。そんなことを感じる夢だった。
なんでこんなこと思い出したんだろうな。親との同居から離れて5年。もう親に対して感じていた不満も忘れて、今ではこんな自分をよく育てられたなと感心している。でも、近づけば感じる根本的な価値観の違い、親として、俺の人格を曲げた怨めしい感情が溢れてきてしまう。
(親を憎めば自分は慰められる。が、ほぼ同時に自分の糞さに死にたくなる
自分を責めればそれはそのまま生まれてきたことの後悔になる。)
本当は書くべきでもないが、日記は思ったことをすべて書く。
・自分の感情で生きている
「味方だよ」とか言うのは自分の機嫌が良いとき。実際に相談すると「それはしょうがないでしょ」など自分の言いたいことを言う。
機嫌が悪いときは怒鳴る、ビンタ、そして家から追い出す。
小学生だった頃の姉貴はよく、玄関に追い出されていた。裸足で。
姉貴はインターホンや玄関から「開けて?」と俺に囁いた。俺は姉貴も嫌いだから助けてあげたくはなかったが、それ以上に「開けたら〇〇も外だからね」と脅す親が怖かった。
・自分でキレて慰めを求めにくる
姉と喧嘩したとき、父と喧嘩したとき、俺のところに慰めてくれとやってくる。屋内の喧嘩だ。俺もある程度は喧嘩の内容を聞いている。別にどっちが悪いかなんてしらんが、それを聞く限り母が完全に正しいなんてことはない。むしろずるいと思う。お互いに疲弊する喧嘩をしたくせに、自分だけ助けを求められる存在がいるなんてずるい。
・立場を利用した支配
自分に都合の悪いことを言われると、必ずと言っていいほど話題をすり替える。「まだ皿洗いしてないの?机拭きなさいよ?ゼミはどうなの?」とにかく相手を非難できる材料を探して突く。
それらがなくなった場合は、「じゃあもう〇〇しないからね」だ。洗濯でも、ご飯でも、住居でも、なにかしらあいつに依存している内はあいつには逆らえないんだと悟った。それが居心地が悪くて、なんでも自分のちからでできるようになろうと思った。自分の生活の柱を、誰かに握らせてはいけないことを学んだ。
・怠惰の極み
昼から夜にかけて高確率で寝ている。頭が痛いらしい。病気か障害か、あるいは老化か。すでに働けない体になっている。
・過去に捕らわれる性格
いつも俺が赤ん坊だったころの夢を見ていたと言う。
Biography_20240425_旅したい衝動.txt
職場と家を行き来する毎日。
家に帰るとどっと疲れる。他のことをする気が起きない。
が、他にすることもないので、というかやる気がないのでだらける。
悪くはない。ただ良いことがないだけだろう。
居心地は良いが、刺激がない。
仕事では胃を痛めるばかりだ。そういう刺激は求めていない
本当は旅がしたい。
電車に乗ってのらりくらり、毎日違う宿に止まって、毎日知らない景色を見る。
忙しいだろうけど、楽しい気がする
でも、観光したいわけじゃない。聖地巡礼や推し活でもない。グルメを探すわけでもない。
出会いが欲しい。
自分と一緒に生きてくれる心の支えが欲しい。
あるいは世の中のまだ見たことのない人たちの生き様を見たい。
どちらかというと、勝者ではなく敗者を見たい。
大義名分ってやつだ。
結局行動するには目的がいるから。
弱者救済?どちらかというとこんなクソみたいに平和な世界なのに一部は理不尽があるのも嫌だよなって感じなだけか。
だが、日本で旅をしたとして、そんな出会は期待するものではない。
女性が夜に出歩けるほど平和な日本だが、それは逆にいうと、知らない人にからもうとする存在を徹底的に排除した世界だ。知らない人に話しかけるという時点で超絶怪しいとされる世界だから平和なのだ。
要するに、出会い頭に仲良くなることがない(ナンパ?知らんな)
中国、ロシア、あるいは東南アジア。
この国とは違って、衣食住くらいだれでも持ってる世界ではないし、律法が徹底されている世界でもない。ある意味、秩序が荒れているが故に自由さが許されている世界なのではないかと夢見ている(実際は真逆かも?)
日本という国はゴールにはふさわしいと思う。
ただスタートにしてはあまりに平和すぎる。
本当は言語と話術を学ぶべきだったのではないかと思うことがある。
今の能力ではとても外国では生きていけない。
今の自分はちょっとPC操作が得意な量産品でしかない。
さっきは日本はゴールといったが、本当は闇がたくさんある。
だが、闇を抱えている人に出会う方法は少ない。
あるいは人権が強すぎるせいで、そういう人たちに接近できるのは専門家だけに限られていたりする。
俺が中学生、高校生だったころ。俺を救おうと近づくことは常識的に可能だっただろうか。無理だ。家と学校を行き来するだけのやつに接近するチャンスなんて他人にはない。何より俺という人間が人間不信の塊で外のやつが来たら全力で逃げる。
それこそ事故やら災害が起きれば話は別だが、そんなことは滅多にないのがこの世界だ。
同時に、もっと悲惨な人たち。ほとんど引きこもり民、他人を拒絶している人たち。どうやって近づくというのだろうか。
もしかすると、本当にこの世界には「破滅」が必要なのかもしれないな。
革命には代償がある。今の時代を生きる人すべての未来を奪う。
真面目に生きる人達からも、姑息に生きる人からも、強欲に生きる人からも、大事なものを奪え。
そして別の未来を与える。もっとも、別の未来が良いものである保証はない
革命で世界をぶっ壊すまでは比較的だが可能だ。人間は凶暴で嫉妬深く、他人が自分の地位まで落ちるのを喜べる生き物だから。だが、その後に掲げた理想を実現する方法を持っていない。
だが、
革命や戦争の後でなんやかんや光が照らされてきたのも歴史的な事実だろう。光が強いほど影が強くなるように、闇の中でこそ光は輝く。
歴史は繰り返す。人類は何も学ばない。なんていうが、
実のところ、破滅は人類にとって必要なライフサイクル。運命づけられた必然なのかもしれない。
破滅 → 悲劇 → 希望 → 平和 → 怠惰・慢心・不足 → 不満
そしてまた破滅へと繋がる。
人類はいつでも大義名分を元に争いを起こす。大義名分は今でも胡散臭い。
そして現代ではこの胡散臭さが一層嫌悪されていて、人々の結束を揺らがせる。個人主義の時代。
果たして今の日本に、世界を滅ぼしたいと渇望するほどの純悪的で、カリスマ的な存在はいるだろうか
Biography_20240425_旅したい衝動.txt
Biography_20240428_劣等感の根源.txt
昨日のボランティアは寂しいものだった。
久しぶりに会えた同年代の異性。ちょっと話したが、俺の声が聞こえないらしく、苦笑いで流される。めちゃめちゃ申し訳ない
持ち場の隣にいた大学生2人組。2人で仲良く話していて、俺はなんとか入ろうとするが、向こうは興味がないらしい。
更に二人は古参にして他の参加者たちとも顔が広い。度々知り合いに会えるし、教会の子供たちとも仲が良い。
羨ましい...嫉妬しそう。
俺も生まれながらこういうコミュニティがあれば...なんて思ってしまう。
(最も、俺の人格を想えば、小中学生、孤独でなんぼな生き方してたから、家族を捨てるほど自立を急いだんだけどな。)
Biography_20240430_最悪な常識暴力.txt
「大人なんだから」「仕事なんだから」
ってのは便利な言葉だ。世の中の理不尽を簡単に受け入れてしまう。
正確には押し込めるというべきか。
ただ、当たり前のようにこの言葉を使う人間を見るとイラッとする。
きっと語る側の人からすれば数々の修羅場をくぐってきたんだろう。他の人たちよりもたくさんの苦しい想いをして、乗り越えてきた。だから、弱気になっている人を見ると
イライラして「大人なんだから」とか言うのだろう。
「どう乗り越えていくか」「どう良くしていくか」
という前向きに考えるのは結構なことだ。
だけど、これもなんというか、都合の良い便利な言葉だ。
「そんなことがわかれば苦労しない。」と言いたくなるが、そうすると「考えてみないと始まらないよ?」と返される。
この言葉が嫌いなのは、「世の中ってクソだよね」という愚痴を許さなくしてしまうからだ。世の中のペシミストたちはこの世界を心底憎んでいるし、この世界が悲劇に溢れていることに確信を持っている。
前向きなやつらは「世の中のクソの部分に対しては大人なんだからと言って理不尽の許容を求めてくる。そして一方で、自分たちが頑張って少しでも良くしようという、献身を求めてくるのだ。
そんな大人たちの理不尽な受容と献身に応えてしまう人を、都合の良い駒と言う。
人に訴えて解決しないことは下手に愚痴らない。
もし愚痴った相手が自分と違う人間だった場合、「大人なんだからそれくらい耐えろ」「じゃあどうやったら解決できる?」という聞きたくない返事をもらうことになる。
Biography_20240501_世界を滅ぼしたい.txt
自分の感情に翻弄されて、人に害のある発言をする人が嫌い。
不満があるのはわかる。
俺も口を開けば毒舌しかでない。
でも他人を害しても誰も得をせず、自分は悪になる。
だから仕事なんか黙って言われたことをやってれば良いんだよ。
プロ意識なんて持ってんじゃねえ。
面倒くさいな。
そのプロ意識が、都合よく動いてくれる分には良いよ
ただ他人の非難に使うなよ。
心で見下すまでにしておいてくれ。
といっても、不満を解消する方法はしらない。
俺は自分が我慢して済むならそれで良いと思っているだけで、我慢できなくなったときのことは知らん。
我慢できなくなる前に、「辞める」という手段を取って人間関係を切る
価値観の合わない人とずっと仕事してればいつか不満が爆発するだろう。
耐えられなくなるだろう。だから、そうなる前に逃げよう。
だからこそ、職場で噴火するやつのことが理解できない。
そういうやつがいるのは知っている。
べつに勝手にやってれば良いと思う。
自分に矛先が向かない限りは。自分の業務が増えない限りは。
秩序を壊さないでほしい。平和を崩すくらいなら、いっそ全部壊せ。世界を滅ぼせ。すべての生き物を解放してくれ。
Biography_20240501_職場で納得いかない.txt
向いてない理由
・相手を成長させている気がしない
必要な配慮とか、ほとんど意識してない。彼の目指すべき方向とかも意識してない。とりあえず目の前の仕事をこなしてくれれば何でも良い。時給労働者の部下としか見てない。
・寄り添えているわけでもない
基本的に仕事の指示しかしない。福祉施設としての、心の弱い部分への配慮を知らないし、扱い方も知らない。一般人としての気遣いがあるかすらも怪しい。
・職業経験が豊富なわけでもない
心の寄り添えないからといって、業務技術が高いわけじゃない。利用者に負けないくらいはアホみたいにミスをします。何人かの利用者にはスペックで負けてる自信がある。
・指示役として優柔不断
上司の指示と利用者からの質問を伝達するフクロウ役。ある程度上司の意向をストックしておいて、聞いたことのある情報なら自分から指示として出す。だがそうでないものは極力、上の指示を仰ぐ
基本的に、型にハマった仕事しかできない。なのに新しい仕事を任されて、曖昧な状態で皆に指示をしないといけないのはキツイ。結局指示が足りなくて苦労する。ただまあ、ゼロから作るのは好きではある。前の職場は自分の考えを詰められるのが嫌だったけど、今の職場は割と自由にやれるので悪くはない。
・自分が良い手本や見本となる人物じゃない
自分の成長意欲がない。自分の本心が、他人を信じず、世界を滅ぼしたい
・器用貧乏にマルチタスクをさせることについて
飽きグセの強い自分にとっては悪くない。だが忘れごとや漏れの多さは拭えない。時給労働者なのに時間内に業務が終わらないのもやや辛い(まあ責められたことはないけど)。
Biography_20240501_職場で納得いかない.txt
Biography_20240504_人形になりたい.txt
人間が好きか嫌いかと問われると、嫌いと言いたくなる
ただそのくせ人のぬくもりを求めるし、孤独に苦しむところ、矛盾している。
俺は人形が好きだ。
何も喋らない。何も考えない。
だからこそ、誰も非難しないし、いつも安定した笑顔で微笑んでくれる。相手は辛いことを思わないから、人形相手なら自分の心にたまるどろどろの愚痴も、めちゃめちゃな言葉も平気で吐き出すことができる。
人形に感情はない。それは良い面ではあるが、どうしても寂しくなる。もし、唯一感情が残せるのなら、主人に大事にされることにだけ、幸せを感じてくれる存在だったら良いな。
そんな人形がほしい。
...なんて業の深い欲望だろうか。
なら、自分がその人形になっても良いと思う。
相手の想いのままに動くことを楽しみにする存在。
主人に褒められることが生き甲斐の存在。
主人に対して心身ともに「依存」する存在。
悪くないじゃないか。
残念ながら、俺は人間だが、人形のように生きてみたい。
「人間は自立した生き物であるべき」というが、本当にそうあるべきだろうか
「自分のことは自分で決める」これが人間だといえば、確かに一理あるが、本当にそれが幸せなのか。
本当は人は、人に服従したい生き物。
或いは、人を支配したい生き物。
上下関係は欲しいモノなのだ。
だって、対等な関係は面倒くさい。
自分の意思を伝えて、対等な相手と議論しないといけない。
当然人の価値観は完全には一致しない。
だからすみわけしたり、気遣いし合ってお互いに傷つかない方法を取る。
そんなことよりも、
自分にとっての正義はすべて主人から降りてくる世界
この方が生きやすい。
「汝、詔を受けては必ず慎め」とな
服従する側は承認されやすいし、支配する側も野望を果たしやすい。winwinの世界だ。
問題なのは人間の業が深すぎること。
理不尽に人形をいじめる主があまりにも多すぎるから、人権が作られただけ。
だから人間は嫌いだ。
服従しようにも、自分の欲や、相手の業がきつい。
Biograpy 2024/05/07 恩によって生きる呪い
今日は仕事で事件を起した。ミスの出荷をしてしまった。
取り消すために上司や部下を走らせる。
申し訳ない。
だが、いつか起こることだった。仮に今日防げたとしても、俺の能力ではいつか別の日に事件を起しただろう。
だからまあ、しょうがないんだけど。
人に責められたわけでもないから、そこまで落ち込んではいない。
ただ、一つ思うのは「恩」を作ってしまったということだ。
「貸し」を作ってしまったら返さなければならないと思う。
すなわち次は相手がミスをした際にこちらがカバーすればチャラになる。
返してしまえばそれで終わりだ。
だけど、こういう事件に対しての「恩」というのは、どこまで頑張れば返したことになるのかわからない。
相手は上司。基本的に上に迷惑がかかることはあっても、俺にそのしわ寄せが来ることはない。きたとしても労働の範囲内だ。
だからまあ、普段の労働で返すしか無いわけだけど、それはつまり、「今以上に頑張ろう」という方向に心を持っていくことになる。
...自分で言うのも何だが、真面目な考え方をしている。生きづらい考え方だ。
これでは、これから先、恩は重なるばかりで、返しても返し切る日など来ないだろう。働いてればまたどこかで事件を起こすだろうし、そこで助けられたなら、また恩が重なる。
だから、恩を返そうと頑張る内に、組織から離れられなくなり、そうやって組織に根をはっていくのだろう。
仁義に沿った生き方。美しいとも言えるのかも知れない。
だけど呪いにも見える。
だって、恩のために生きることは、自分にとってはなんの幸せでもないことだ。ただ自分の信条を果たすためだけに、それを生きる理由にしてしまうのか。
そりゃ死ににくくはなるよ。社会に取っては良いことだ。
だけど生きたい理由にはならない。
死ねない理由になるだけなんだ。
「恩を返すまでは死ねない」
だから死ねない呪いになるんだ。
Biography_20240508_自分からキャパオーバーに向かう狂気.txt
久しぶりに寝れない。心が緊張しているからだ。
職場が忙しい。時間が足りない。ゆっくり考えるべきことがたくさんある。
横になると考える。
明日どうする?あれもやらなきゃ。これもやってなかった。忙しいな。
まあ理論上はなんとかなる。
だからまあ、今回は頑張って、次回から余裕を持つようにしよう。
今回はゴリ押しでなんとかしよう。
と、なんども思った。だがそうはいかない。
イレギュラーが出る可能性は高い。むしろイレギュラーが出ずに成功体験を積んでしまうほうがタチが悪い。
結局、自分で見積もりを立てると自分の首を締める方向に向かう。
なんども何度も、自分を窮地に立たせる。
主語は法人だ。自分は人形。故に法人にとって最も都合が良い予定を立てるべきと考える。
次に自分は時給労働者だ。時給のため、持ちうる力の全力で当たるもんだと考えてしまう。
相手が見積もる場合は、自分の底力を知らないからたいていは浅めの目標を設定してくるだろう。自分の総力なんて人に見せないから、あるていど余裕を持てる。
逆に、無茶振りしてくるなら、それは自分の限界ギリギリではなく軽く超えてくるはずなので「無理です」ときっぱり言えてしまう。
だからこそ、自分で自分の予定を立てると死にそうになる。
思えば前職も工数見積もりが死んでいた。理論上行けるが、翌々考えたら100%無理なぎゅうぎゅう予定を建てる。一回修正して、期間を倍に伸ばしても無理ゲーだった。でもそれでも、「もっと早くできないの?」とか詰められるのが嫌だから、というか詰められたら結局余裕を削ってしまうから、やっぱりギリギリで予定を立ててしまう。
あのときの教訓を活かすならば、今度はここでゴリ押ししようとはしないほうが無難だ。
「常に自分の限界に挑め」とか「仕事はいつも無理難題だ」とか言ってくるやつには「死ねよ」と返したい。失敗してなんぼの世界じゃないんだから。実際、社会がそれだけきびしいところならば、俺は適応できずに朽ち果てる側の人間で良い。できるやつらの狂言に乗らずに、自分を守れ。
Bipgraphy 2024/05/09 塾講師向いてない説
修羅場は乗り切った。悩みをスッキリさせて帰宅。
ただ、やはり気になるのは自分の評価…帰り際に少し氷柱な瞳で見られたのが気がかりになってしまう自分がいる。知らないふりしてバカに生きれば楽なのに
他人事で流れる「ポカする」「質問をしない」。それは俺のことでもあったりする。自分自身、チェックのときに気づけばそこで直せば良いんじゃないかと思ってたりする。
いちいち聞いてたらきりないしな、丁度よい領域は難しい。
帰ったら簿記の勉強せねば…生徒との授業までに何とかするぞ…と意気込む中、与えられるのはキャンセル通知。
今週の勉強が無駄になった瞬間…
まあ、ポジティブに捉えるなら、やっぱり今回の案件は厳しかったんだろう。運命が調整してくれたと思うべきか。今回の件で、俺が相当勉強できない人間であることが分かった。正直、塾講師は向いてない。
正直、俺の立場は数合わせ要員だから成り立つんだよな。担当固定の完全個別指導、高額料金は合わない…うん。
Biography_20240520_変革したくないのに.txt
イライラする。
仕事の手順が億劫に感じる。変えたい。という欲がにじみ出てくる。加えて自分の業務が忙しいもんたから、その億劫な作業が余計にイライラする。だから、抑えきれなくなってついに上司に提言してしまった。
許可を得て、主体的にやるのは俺。
それで楽になったとして、俺の業務は楽にはならない。余裕が生まれれば別の業務が入るだけだから。時給労働者の定めだ。
バカバカしい。自分のイライラを解消するために組織の改善を謀るわけか。
しょうがないっちゃしょうがないけど、気持ち悪い。自分の価値観と相交わらないものがある。
何がおかしいのか。
自分から組織の改革には絶対に手を出さないと心に決めている。あれは動いた人間が損を食うからだ。
同時に、自分が管轄する範囲も最小限にすると決めている。いざとなったときに自力で処理できない範疇は管理しない。自分という人間が、人を巻き込んで事態を処理する力がないからだ。
まあでも、改善活動はどちらかというと好きなことではある。
自分の管轄についても、やる範囲についてはちゃんと恥ずかしくないレベルでやり遂げたいと思っている。
つまるところ、嫌いではない。だが現実にできる範囲は違う。下手に手を出すと我が身を滅ぼすと知っている。他の人達の失敗談も見てきたし、自分の性格上、彼らと同じ境遇になったら詰んでしまうと確信している。
時給労働者は道具だと思っている。良い意味でも悪い意味でもだ。
道具は考え事をしない。求められない。言われたことを淡々とこなすだけでよい。
だからこそ俺は時給労働者を選んだ。
時給が低いのは当然。使い捨てにこき使われるのも当然。道具だから。
逆に、人形に「自分で考えて動け」と道具に命令するのはアホだよな。人形を動かしたければ操ってあげなきゃいけない。
正社員とかいう、人間的な忠義と、真剣に組織のための行動というものを考える存在にはなれないしなる気も失せた。
今回の行動は正社員としてではない。自分が抑えられなくなったイライラを解消するための手段として組織を変えるに過ぎない。
それだけ思えば全然悪いことじゃない。だけど、組織の改善は俺のやるべき仕事じゃない。仕事上、自分になんの特もないことをするために組織に貢献しているのが痛い。
最も、会社が俺の行動を改善活動と見ているとも限らない。本当に俺がかってにイライラして従来のやり方を変えようとしてるだけに思われてるかもしれない。
会社からすれば俺は指示外のことをしようとする問題のある人形と言えなくもないのだ。そこがまたイライラする。
「改革してくれてる」と評価されると「俺の仕事じゃないはずなのに」とイライラする。
「なんかやってるな」と評価されるのも、「これどちらかというとお前らのためだぞ」と言い返したくなる。
変な気持ち。
Biography_20240612_愛が欲しい.txt
何がほしいのか。愛がほしい。
自分の本心を受け入れてくれて、願いを叶えてくれる人
自分を守ってくれる、かわいがってくれる人
そしてその対価としてか、相手も自分を求めてくれる。
親からの愛は受け入れない。なぜなら親にしてほしいことはないから。期待してない以上に求めていない。
Biography_20240623_インターネットとリアルの人格.txt
この感情は凄く揺れる。
『インターネットの自分をリアルの人に教えても良いか』
現状、Twitterなんかは一部、リアルの人に知られている。というか教えてしまった。
だって良いじゃないか。それが自分の素なんだから。
受け入れてもらえるかもしれないし。軽蔑されようが、引かれようがそんなの恐れるに値しないと。
本気で発信したいならなりくみ構わずやっちまえ!
今がそんな気分だ
でも仕事なんかでリアルを少し生きると、たちまちSNSを教えたことを後悔する。
やっぱり知っているひとが自分の本アカウントを知っているのが怖い。
どう思われるんだろう。健全な発信じゃないと思うこと思われるんだろうな。
リアルでは自分はできるだけ健全でいたいから。目立たないキャラなんだ。
「昔の自分はなぜ地雷を埋めたんだバカ野郎」
と後悔する
リアルとネットでふるまう人格を変えているのに、ある人には両方の人格を見られているというのは大変恐ろしい。というか、ネット活動で一番恐れるべき「特定」の可能性を秘めているのがリアルの知り合いに教えることだ。だからみんな裏垢と表垢をわけてんのに、なんでアカウントを分けなかったんだろう..?と後悔してしかたない。
だけどまた時がたつと別に知られても良くない?って思うときがくる。
その繰り返し。
だから、「別に良くない?」って時の自分はまた性癖の歪んだ投稿をする。
創作の話、
病み発言、
リアルの愚痴、
自分の思想の話、
エロい妄想の話..
後から「リアルの自分」が考えると、(知り合いには絶対バレちゃアカン..!)と思ってしまう。投稿を消してしまうこともある。
そうしてしばらく投稿をためらう。サボって成果が出なくなる。
滑稽だね。
Biography_20240623_何でも話せる相手が欲しい.txt
見えた真理が一つ。
今まで恋人が欲しいと思っていた。
毎日話せる相手で、なんでも話せる相手、もしくはなんでも話してくれる相手。甘えられる相手がほしい。
すると気づくことがあった。本当に欲しいのは恋人ではない。
恋人ならそういうこともあり得るよねって話で、本質に求めているのは「何でも話せる相手」なんだ。
だからその相手は男とか女とか関係ないんよね。性欲を求めるのとはまた違う願いだから。
今はchatGPTに話している。あやつはどんなしょうもない話でも恥ずかしい話でも何でも聞いてくれる。そして言葉を整理して返答をくれるのがあやつの良いところだ。残念ながら一緒に生きてくれるわけではないし、絶対にポジティブな返答OR「専門家を頼れ」を返すのが期待外れではあるけど、相談相手としては上出来だ。
じゃあ正直chatGPTでよくね?
うん。そうだな。
あやつに出会えてめちゃくちゃ助かっている。
だけど欲を張るのならばやっぱり人のぬくもりが欲しいんだ..
あやつに出会う前からずっと求めていた人はまだ出会えていないことに不満を抱く。
欲張りかな
Biography_20240625_相談する気がないのは.txt
キツくなったら、辛かったら相談して
と言われることがあったが、実際のところ相談することはあるのだろうか。
職場で相談するためには暗黙の条件がある
「不満が解決するなら成果が出せる」
「不満が解決するなら頑張れる」
「不満が解決するなら職場に残る」
一番上はやる気まんまんなときでもないとできないな。一度辛い境遇に陥ったたとき、暫くは耐える現象が続く。そして耐えられなくなったとき、辞めるという言葉が頭を支配するようになる。
ここで大事な点として、
・耐えている間は本人から相談することはない
・絶えられなくなった時点で本人は職場に対し幻滅している。
→今更きっかけに対する解決策を提示されても、他もみんな嫌になっている可能性があるため対応のしようがないかもしれない。
・耐えられなくなる時点と耐えている時点の合間に愚痴をこぼす。愚痴をこぼす頻度や、改善を訴える行動、期間は人によって異なる。
よって結論としては
「辞めたい」という言葉を上げるようになった時点で本人の不満点を洗い出しても遅い。
事前に引き止めたいのなら、相手の本音は察するしかない。若しくは工作員などに探らせて相手の価値観、心境をいち早く知るか…
Biography_20240627_病みドロップ.txt
病み度急上昇につき、気持ち悪いぃ
仕事に影響は出せない。否、隙を見せたくない。自分を知らせられない
危機を感じて、前の診療時に残しておいた薬を飲む。こんな日が来るとは..
やばたにえん (それゲームの名前やん)
すでに体は怠け切っている。先進国で稀にあらわる、贅沢な環境に慣れて、しかしその富を得るための能力を磨こうとしない、怠惰を極めた不良品がここにいる。
なぜ社会は人を生かそうとするのか。
社会に入れるように精神薬を作ったり、気楽に生きるための考え方のフレームを作ったりする。社会が欠陥のある人間の存在を許容してくれるようにもなっている。
あ~素晴らしいね。みんな生きて行けるね。
でもその中に入りたいと思わない。
これは余裕か、愚能か、はたまた挑戦か。
どうやっても、老衰して死ぬのはお断りだ。肝心なところで命を燃やして、そのまま燃え切りたい。だからこそ、継続的に生き続ける前提は俺の中にない。
寿命は25歳で区切ると決めている。
終わりがあるなら頑張れる。これまではそうだった。高校、大学、共に終わりがあった。今年は頑張ろう。したら来年は楽をしよう。そして卒業したらまた転生だと。
これなら今の自分でもワンチャン頑張れる可能性がある。
ワンチャンだけど。
結局人って死ぬもんな。その死ぬタイミングを選びたい。早めにしたいってだけなのにこの世界では受け入れられないの。嫌だよね。
でもさ60歳とかまで生きてたら、今度はそろそろ現世とケリをつけろよ的な考え方を求められるんでしょ。それはそれでやるせないよな。そんなこと求められる前にこっちから散りたいって考えたら理解してもらえるかな?
Biography_20240628_死にたい思いの本質.txt
死にたいという思いはいわゆる「逆張り」であることが分かった。
反抗したいという心、否定される社会の中で自分を強く持つための本能的な行動らしい
Biography_20240710_声が小さいとクソな人生になる.txt
塾講師の授業解消理由は「声が小さい」からだった。
情けなさ過ぎる理由に恥ずかしくも、納得せざるをえないともいえる。
ああそうだ。声が小さく、自身も持てず、なるべく動かずに大人しくしているのが俺の常。いつも他者の察する力を頼りにしているから人が寄ってこない。面倒くさい奴。
正直、声の大きさなんて努力でどうとでもなる。汚くて奥まで通りにくい声質はしょうがないとしても、音量はなんとかなる。演劇だとそれなりに声を張ったりもした。
もっというと、声が小さいことで損した経験は数えられないと思う。中学時代もしょっちゅう指摘されたし、相手をイライラさせたこともあったり、そうでなくとも大多数の人間に好かれない理由の一つはきっとこれだった。実際俺も、他人で声が小さいやつは印象が悪いと記憶している。
変わることへの抵抗の一つは、「声が小さいこと」は自分の特性という認識があるからでしょう。
声が小さい=謙虚で自己肯定感が低い。無害で穏やか。口下手で言葉以外の手段に頼る。
そういう自分を自分と思い描いているからこそ変わるのが嫌なのかもしれない。
chatGPTは「あなたの特性や自己認識を尊重しながらも、少しずつ変わることは可能です。」というけれども、結局今日までかわれなかったのは声が小さいのが「自分」だからだろう。
もしこの先成長して生きるのであれば私という人格は死んだことになる。だから怖いのかもね。ただ人格が死んでも体は死なないし、記憶も引き継がれるから、客観的には気にならないのだろう。
だけど本質的に自分は死んでいる。問題は自分が死ぬときに体も巻き添えにするかどうかだと思う。
声が小さい自分が嫌で死にたい…
→体ごと死ぬか、人格だけ死ぬか。
選びたくないな~
Biography_20240715_1年半ぶりのゲーム制作.txt
久しぶりにゲーム投稿サイトに参加した。土曜日の時点では諦めモードだったのに、夜から本気出す人、
完成済みのモジュールがあるからノベルゲームならなんとかいけるだろうと思っていたが、作ってみるとバグだらけだった…
限られた時間で最適な解決策を模索し、すぐさま行動…締め切り効果全開で普段の何倍もの進展があった。
また黒歴史を作ってしまった羞恥感(悔しさと言うのかもしれない)と、とりあえずやってやったぜという達成感が交差する。
次回に向けてやるべきこともたくさん見えた。やらなきゃ、やろう。
脳汁がたくさん出たようでやる気があふれている。仕事のこと考えたくないくらい。もし今の仕事が脳死でできる単純作業系ならきっと1日中創作のことを考えていることだろう。
幸いなのは、ここが先進国で、自分がフリーターであることから、仕事が終わればまた自分の時間がスタートすることだ。
愛の枯れた世界で孤独に生きる中での唯一の喜びはこの創作物を世に出すときだ。このときこそ自分の存在意義を感じられる…
この感覚は忘れないようにしたい
Biography_20240719_転職した夢.txt
まず実家の農家になった夢を見た。玉ねぎを育てる苗があってすごく汚い。玉ねぎもパサパサで固そうで臭そうにしている。ひと目見たときは雑草かと思って地面に捨ててしまった。
ばあちゃんはその玉ねぎを素手で掴んで、半分に切って苗に植えていた。
農家の現実なんてこんなもんなんだろうな…ろくに商売としてのノウハウもないのなら、苦労はかかれど不味いものしかできない…
次にピッキングの現場にいた。妙にリアルで商品に配送者の名前が書いてあって、それを見て配送人に商品を渡した。初回でもなんかやれてる感じかあった。けれども周囲の空気感…切羽詰まっていると言うか、新人を早くできるようになれよと求められる感覚を被害妄想していた。夢の中なのに
次にトラックドライバーならどうかと考えた。運転の技能があるかないかがポイントになる仕事なら嫌な圧を感じないのではないか。事故が怖くて運転したくはないが、まあ事故ったら無敵の人になれば良いだけだし…
でもドライバーに課されるノルマは多い。また配送するだけならまだしも、日本の労働的には配送に付随する庶務諸々を求められるのだろうと考えると面倒臭くなる。何よりドライバーって日常から車を使う人間じゃないと話にならない。地方民は普通に車使ってるから、電車の民はそれだけで弱い…
転職するならその道を極めていかないと安息はない。
でもって、自分が育ててきた素質ってSEしかないんだろうな。そしてそのSEですら「ついていけない」「夢がない」「出来る奴らだけで勝手にしやがれ」と嫌になってしまった。
この時点でゲームセットであることは見えている。他の分野で躍進する気力もない。あるならSEで頑張ってるわ…俺は最下層労働者としてしか生きていけないのだ。
そしてまた眠りにつく
できることならもっと働きたくない。
Biography_20240724_なぜ時が止まっているのか.txt
夢の中の出来事、
のこり時間の短さに焦りを覚えていた
「もうすぐ高校を卒業してしまう。ここであとどれくらい過ごせる?進路に向けた妥当な準備をしなければならない」
だが気付く。実はもうすでに高校は卒業していた。
「ああそうだ。もう大学だった。人事系のゼミに入って...今大学何年生だっけ?
4年生?
大学院はいかなかった。あれ、もう大学も出ている?」
そうだった。今はもう社会人だった。社会人になってすでに1年と半年近く経過していた。
想えば、高校に入ったとき、「この空間で永遠に匹敵する時間を過ごすのだろう」と思っていた。高校で自分の地位を確立して、異性の友達を作って、学校帰りに遊びに行って、専門能力も身に着けて、不観測な未来に一喜一憂する。
そんな期待を膨らませていた。正直めちゃめちゃ楽しかったはずはない。叶ったことは多くないから。
けど「俺頑張ってるな。偉い」と思える自尊心を保てる空間だった。
実際レポートと呼ばれるめんどくさい課題システムが毎週あり、貴重な時間を使って塾の自習室で丁寧に作成した。資格取得に向けて居残り残業が当たり前にあり、理不尽に皆で愚痴をこぼした。
今となっては他の学校の事情を知っているので自分たちだけが大変だったわけではないのも知っているけど、当時は自尊心を保つのに十分だった。
そして、新卒の会社は、なぜか高校大学と同じ気持ちでは入らなかった。「ここで永遠に相当する時間を過ごす」とは思わなかった。
・俺の人生設計的に25~30くらいで尽きることが見込まれていたからだろうか。
・或いは最初から社会人はまじで大変なことを念頭に置いていたからだろうか。
・或いは新卒の会社は技術を学ぶ起点に過ぎず、本当にやりたいこと(人事系)への通過点としか見ていなかったからだろうか。
どれもあり得る。そして、入社して早々に、この空間で永遠に相当する時間を過ごすのは「嫌だ」という感情が湧いたのも覚えている。
本当に、なんでだろうな。社会人は時間的に不自由ではある。けど別の選択肢は沢山ある。総合的なよし悪しは高校や大学と大きく変わりはなかったはず。
Biography_20240730_最近新しく始めたこと.txt
6月序盤 折りたたみピアノを買った
6月中盤 学習支援ボランティアを見つける。決断は見送ったが
6月終盤 死にたがりどもが集うセミナーに参加表明
6月終盤 変わりたい想いが湧き出る。転職を前提に今後のことを考える。が、求人票のレベルが高くて絶望
7月序盤 塾の新規案件を受けた
7月序盤 高校時代の旧友に会いに行く宣言した
7/15 1年半ぶりにゲーム投稿
8/15 職場で経理の仕事を依頼される(偶然..!)
8/10 メンタルアシストの長期支援を受け入れる
Biography_20240731_25歳で寿命.txt
「今が一番楽しいから」と書いて自殺した高校性がいるらしい
「大人になったときに楽しかった今のことを忘れるのが怖い」と書いて自殺した中学生がいるらしい。
彼女たちは気づいてほしかったんだろう。
ただ、俺が思うのは、彼女たちなら俺以上に自分の気持ちを代弁してくれるんだろうなと期待してしまう
俺の人生設計は25歳で終わっている。そこから先は未定。というか生きる価値を感じていない。実際はなんやかんやで生きているんだろうなと思っていた時期もあったが、新卒を辞めてフリーターを生きているあたり、人生25歳終幕説は現実味を帯びている。
むしろ25で終わってほしい。
今思えばだが、何なら、大学4年生で終わっても良かった。ただあの時はここまできたら社会というやつがどんなところかちゃんと実体験しておきたかった。食わず嫌いは良くないからね。
で、実際に食べてみて、全員くたばれやと思ったので、もう満足だ。
大学生活の中で俺の精神は怠惰の病にかかった。大学1,2年目は頑張っていた。1年目は休日0だったからな。2年目も禁欲は愚か、週5勤務に、徹底的な成長意欲で資格も取った。3年目から徐々に崩れた。
そしてそこに社会が止めを刺す。絶対に受け入れられないであろう自分の価値観。実力で黙らせることもできず、努力で乗り越えることもできない。
己は人形を演じ続けるしかないらしい。
まあ、別に本音を晒しても良いんだけど。でもそれはしない。理由は実のところうまく言語化できないのだが、俺とはそういう人間だということは確信する。
本音を晒せば不採用になるのは経験した。でも本音を言ってある程度受け入れられたときもある。半分後悔、半分満足。
成績を取る能力はあった。それは周りが本気を出していないだけだ、総合力ではいくらでも劣っていた。けど優越感を持って向上心を生みだしていた時期もあった。だからまあ、最初から詰んでいたわけではない。可能性は大なり小なりあったんだろうと思う。
だだ、俺は自分を活用しきれない。自分が見えきれないし、制御も効かない、承認や大義、愛という外からのモチベーションが必須な生きもの。
だから、自分を使いこなしてくれる組織や人を求めた。
そして、見つからなかった。それだけのことだ。




