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2024年後半 セラピーに大金を溶かす編

Biography_20240801_職場を辞められない理由.txt

職場を辞められない本質的な理由がある

次の生き場所を見つけられないから


雇ってくれる職場がないというのは勿論だが、それよりも、自分の人格にあった職場がないという点が問題だ。

今の俺は職場と家とで人格が分かれている。とても不安定な状態だ。


職場にいるのは比較的ポジティブな自分。過去の職場の経験などから見てきた風景や感情をまとめてできあがった人格。かつての上司のふるまいなどを参考に真似たり、経情としての知識を使ったりして、とりあえず目の前の仕事をこなす人格。


家にいるのは破滅主義の自分。全員くたばれ。

それがだめならば、俺を殺せ。

救われない世界に妬みと憎みを持っている。


どっちが本当の自分かと聞かれると、家で発言する方なのかもしれないが、職場の人格が嘘かというと、一概にもいえない。

俺の構成成分は100%破滅主義ではないのも確かだろう。ペシミストだからこそ弱音に寛容で、傷をなめ合いながら日々を乗り換えていきたいとも思っている。


だけどどちらかというと無理しているのは職場の自分。まあ対人という時点でストレスの出方が違うからしょうがないね。

chatGPTに聞くと「今の職場が合わないんじゃないか」と尋ねられるが、そういう問題じゃない。本心の俺に合ってる職場とかねえよ。世界を滅ぼす会になっちゃうじゃん。


正直自分のためにも世間のためにも切り捨てるべきは家の自分だ。だけどそれをしたくないから葛藤しているのだ。いっそ職場の自分を切り捨てて、最後までペシミストとして生きてみたいと思う自分がいるから。でも本当にペシミストだけの自分になっても救われないのは分かっているから、決断できずにいる。




Biography_20240810_面白そうなこと.txt

月~金まで労働。帰ったら飯を食べるのが楽しみで、食べたら、少しだけ創作して寝る。土日にはこれでもかというくらい寝ながら自癒行為と妄想をはかどらせる。

ここ最近の生活だ。

まあ悪くはない。短期的にはストレスもほどほどで、やりたいこともできて持続可能な生活。


だが、飽きる。

「何がしたくて生きているんだお前は!」

という問いに答えられない。生存可能なラインすれすれを生きる堕落した生活。

昔の俺はこんな生活を得るために頑張っていたわけじゃないはずだ。


だが、やる気が出ないのはこれまでもさんざん話してきた。


だが、一つだけ見えている、これをやれば確実な変化がでるという行動がある。

陰茎切断、完全去勢である。昔の中国では宦官という去勢することで性欲を無くし政治と出世に全身を捧げる体を作ることが流行っていたらしい。


現代日本でこれをやる奴はそうない。

トランスジェンダーが正式な手術をもってやるくらいか。

最近の奴らは誰もやらない。そういう意味で、特別というか、あこがれがある。


あまり自分を変えたくないという話を依然したが、これについては変わっても良いと思っている。性欲に溺れて妄想するのは楽しいが、一生ついて回るのは煩悩だ。まして天国に持ち込んだら地獄にしかならない。子孫を残さないなら性欲は不要。


1つ、周りからの反応を経て優越感に浸る

 「あいつ、マジでやったのか」という変態を超えた奇行に驚くだろう。そして誰もが性欲に対して思うとことがある中、それを強い覚悟を持って行動で示した奴がいたならば、尊敬はできる。少なくとも俺は尊敬するし、恋人もいないのに去勢しないやつを見下す。

2つ、性欲という感情を失た自分がどうなるのか気になる。

 仮に心に穴が開いたように疲弊してしまうのならそれも致し方なし。そもそも死ぬ気の挑戦なのだから想定範囲だ。もし全く違う自分が現れるのなら、それは少し面白いかもしれない。


そういうわけで、この計画はどこかで実行したいと思う。

25歳で死ぬつもりなのだから、遅くとも25歳でやれば悔いはない。問題は沢山あるわけだが、次に死ぬときにはやれるだろう。ただ、仕事や普段の生活に100%影響が出る案件なので入念な準備は必要だ。仮に去勢して出血多量で死んでも大丈夫なようにしないと。




Biography_20240814_働く認識.txt

働く認識

自分の認識はただ「指示に従うこと」にあると思っている。

その行動に割があうのか、ないのか、利益があるのかないのかを判断するのは自分ではない。

もし判断するとしたら越権行為になる。


ただ、もし「判断しろ」とか「意見をいえ」と指示をされるのであればそれは命令なのでやろう。

一応判断するし意見は言ってみる。

だがその意見に対して、おかしいだろとか間違ってるとかいうなら、「はい、そうですか」と返すしかない。最終的な判断をするのは俺ではないし、正義や信念を熱弁する気もない。


あくまでも自分は

時給労働者という利害に関係のない労働者であり、

アルバイトという変動費であり、

組織の人形という作業道具でしかない。

これはある意味雇用契約で働く上での信念でもある。



あの人の価値観はかなり違うらしい。

あの人がどんな指示を受けているのかは知らないが、割と勝手に動いている印象がある。それも職業柄の誇りとか使命感を持って動いている。

良く言えば正義マン、だが悪く言えば規律を乱す問題児。


なぜかあの人は意見を求めたり、俺から指示を受けたと言って作業を始めたりする。挙句の果てには俺の意見に対して「工数がかかるんだよ」「これになんの意味があるんだよ」と批判的に突っ込んでくる。

別に意見を否定するのは相手の権利だが、なぜか俺が納得しないと話が進まないとでも思われているような感じがして気持ち悪い。

俺に決裁権はない。命令権もない。


俺に与えられているのは日々の業務を遂行する権限。日々の業務をこなすために多少イレギュラーな行動を取ったりプロセスを変えたりすることは許されていると認識している。それくらいなら、自分としても今の立場でやっても良いと思っている。一言でいうと「なんとか仕事をやりきってくれ」という指示を受けている。


だがプロセス改善のための投資を行ったり、新しい利益のための行動を行うことは許可されていない。「何でもよいから利益を取れ」という命令は受けてない。新しい仕事を俺の権限で増やすことはできないのだ。逆も然り、不要な業務を辞めるように指示することはできない。もしやりたいのなら必ず上司の許可を取る必要がある。

現場の作業員として、問題があった際には報告はするかなと思ってバグ報告だったり疑問の提示をすることはある。この際につい私情の不満を込めてしまうことがあるのは申し訳ない。だが、俺が修正依頼をかけたり、新機能を依頼したり、新しい(工数のかかる)管理方法を提案する権限はない。

どちらかというと相手方が管理を担っているから(確認はするんだろうな)と思っているだけで、俺が作業を指示するということはない。

俺が関心があることは、自分の業務フローがこなせることだけであるべきだからだ。強いて言えば部下や同僚の不満を拾って報告するのはあるべきかなと思っている程度。


それなのになぜかあの人は、俺が新しい仕事を発注できると思っているらしい。

不快。




Biography_20240817_66万円払う決意表明.txt

大金を払ってメンタルアシストを受けることにした。アシスタント(先生)がついて心の回復をアシストしてくれるらしい。そして、晴れてプランを完遂したら、自分をメンターとして雇ってくれるらしい。

自分の理性は言う。稼いでいるとはいえ、こんな買い物許すものじゃない。怪しい。

でもすがりたくなるくらい自分の精神はヤバいらしい。今までの思考のせいでこうなったなら、殻を破って助けを求めても良いんじゃないか。

信用できるかわからなくても、見逃せない。

(後日後悔することになるのをこの時はまだ知らない)



Biography_20240817_すべての動機付けは他人依存.txt

人は細かいことをつい後回しにしがちだ。


毎日の掃除、洗濯、洗い物、

筋トレ、料理、自己研鑽、早寝早起き

日常生活でするべき活動はいろいろある。


先生曰く、これらをこなしているとそれだけで体は気持ちよくなるらしい。

健康的な毎日がルーティンとして再現されるからだろうか。


一人暮らしを始めて間もないころは、これらのことに意識的に取り組んでいた。高校時代まで、やりたいと思っても今まで徹底できなかった分、その動機付けは強かった。修行を意識し、清く正しくを目指していた自分にとって「当たり前のことを当たり前にこなす」ことは一つの目標だった。


ただ、本質としてこれらの活動をする動機付けは、承認欲求だったと思う。

「当たり前のことを当たり前にこなす」といったが、千利休の言葉のとおり、「当たり前のことをすべてこなせる人」はそんなにいない。

だからこそ出来ていればそれは「誇れる」ことであり、褒められることだと思っている。


掃除しているのは、人に「どれくらいの頻度で掃除してる?」と聞かれたときに「毎日ですけど?」ときっぱり言えるようにするため。大家さんに家を返すときに「すごくきれいに使ってくれたね」と言ってもらうため。いざ他人を家に招いた時に「綺麗にしてるね!」と褒めの言葉を貰うため。

そして、逆に「君の部屋汚いね」と言われないようにするためでもある。


料理、洗濯、運動、全部そうだ。人に誇れることが大きな動機付けになっている。

それゆえに、もう人に褒められることもないだろうと思ったことはだらけるようになった。

大学を出て人間関係をリセットした。社会人になってから得た人間関係はしょぼいレベルで、自分の生活を健全に過ごすことも困難なくらいには孤独な心になった。

料理。今や適当なものしか作らなくなった。人にふるまうこともなければ聞かれる機会もそんなにないとわかった。

洗濯。学生中は素手で洗濯していたという事実、これは度々話のネタになった。だが控えめに言って面倒くさい。社会人になったときには、時間的損失の大きさと、もはや尊敬の念は得られないだろうという2つの理由で洗濯機に代替した。

運動。筋肉をつける動機はかけらもない、鍛錬を生かす場面もない。ならば意味がないと思えば続くことはない


...まあ、とはいえ100%が承認のために動いてるわけじゃない。一応健康のためということも当初より見込んでやっているのだからゼロにはならない。

けどやっぱり虚しいんだな。可能性がなくなったと感じることに。





Biography_20240817_親に捨てられる夢.txt

今日の夢では努力を辞めた自分が親元に帰省する場面が映った。案の定だが親は俺に成長をせがんだ。

そして俺が無理だというと、

親は3日以内にこの家から私物をすべて撤去して消えるか、そうでないならちゃんと生きろと問うてきた。

俺はこの重大な問答を後で振り返られるようにスマホの録音をオンにしようとするがやり方を覚えおらず無理だった。

夢の中といえ、俺は相当な人間不信らしい。

俺は最後まで意外性のある答えに頼った。

俺の答えは「家を出る」だった。親に明言し、意外そうな顔をされることに快感を覚えた。馬鹿なことをと呆れられたが、それでも曲げたくなかった。


幸いこれが夢だと分かったときにはホッとしてしまった。ガチで自害するルートを選んでしまったからね。

実のところ俺の死にたいという感情には二方面の意味がある。1つは、「老いたくない、最後は死ぬから心は決めないといけない、道半ばで終わるのが挫折の苦しみを味わなくて良いから楽」と思っていてこれが失うことのない死への誘いになってる。

もう1つは「本当は死にたくなくて、助けてほしいと期待している。でも本当に救いがないなら諦めるしかない」という幸せを求めての手段としての死にたさになっている。




Biography_20240830_去勢に失敗した.txt

今日が決行日。包丁、包帯、縫合用の糸、焼灼、すべての準備が整った。

心は全く恐れず、やると決めたらやる人間だとわかっているから、これを越えねばならないものだと信じているから

この日のために、買い物もした。メンタルアシストの先生にも宣言した。これはすぐに取り消したが、覚悟が揺らいだからではない。失敗したとき自分が死んだときの後始末を頼むため使おうと思っていたが、期待通りの意味はなさないと思ったからだ。

役者は整った。絶対にやれる。

そのはずだった。


縫合用の針が見つからなかった。自分が間抜けなのだろうか、或いは神の警告か。

本気で探しまくったが見つからず、それでもやるべきか、一瞬の迷いになる。


おみくじを見た。「大望叶う。されど人とよく相談しなさい」と。こんなこと相談できるわけない。だがこれではお告げに反するのか。


一応、それでも包帯も開けたし、金属も熱したし、あとはやるだけ。包丁を持つが、どこを切るべきか、迷う。思いのほか大きい玉袋にビビる。

切りにくそうな肉。


一思いに行けばよいと思っていたのに、直前になるとやはり怖くなった。

痛覚は快楽になりうる。肉体は己にあらず。憎き性器を切り落とすに何をためらうと思うが、「ここまでやる必要があるのか?」とささやく別の自分がいた。


結局やらなかった。そして安堵する自分が確かにいたことは認めよう

だが...弁明したい。


神のいたずらにやられてしまった。その運命は受け入れるのが筋。

今ではないとなっただけだ。

生きてる限りまだチャンスはある。俺は決断は早くないが、行動は速い生き物だ。今日は時期尚早だった。やっぱり去勢はしたいと思っている。次の職場のときでも十分間に合うだろう。




Biography_20240831_やりたいこと.txt

自分は自分を不幸だと思っている。もう一度この人生を再走したいとは思わない。各地で詰みポイントがあったから。他の平衡世界では死んでいてもおかしくないと思っている。


だから自分の子孫は作らない。自分の子供を幸せにできる可能性は高くない。第二の自分の再生成がどれだけハイリスクな行為か知っているから。


同時に、じぶんより不幸な人間、恵まれない人間が沢山いることを知っている。

俺は五体満足だ。

俺は大卒だ。

俺に借金はない。守銭奴だから金は減らない。

控えめな性格も相まって、「常識」と呼ばれる最低限の感覚だったり価値観を持っている。

俺はなんやかんや、追い詰められたら頑張って乗り越えられてしまう性分。本当に耐えられないときは逃げることができる性分だ。


そうじゃないやつもいる。世界は勿論、国内でも。


・親の借金を背負わされている人

・ギャンブル、薬に捕まってしまった人

・前科持ち

・年を重ねて無職の人間、或いは働いてはいたけど単能

・俺より感受性が強くて、マジで日中狂っている人。

・障碍者


苦しむ彼らを、少しでもマシなところに導いてあげたい。彼らなら俺の階級まで登れば十分幸せになれるだろう。


大事なのは方法だ。

カウンセラーみたいに話を聞くだけじゃない。ちゃんと解決策を一緒に考えて、実行して、長期的に支援していく。

だがコンサルタントのように報告だけ聞いて指示を出すような頭脳担当じゃない。結局本人にその気がなければ時間の無駄だと切り捨てるようなものじゃだめだ

(もっとも、世の中には自分で飯を食えなかったり、幼稚園生以下の知能しかない人もいて、そういう人にゴールを見せることは難しいだろうが)


ちゃんとこの手で、相手を引っ張って、一緒に生きる。一緒に困難に立ち向かう。それが正しいからというつもりはない。ただそれが美しいと思うから。

ビジネスだからできることがある。同時にビジネスだからできないことが沢山ある。予算と人手と、コンプライアンスの制約。

60万円で雇うメンタルヘルスよりも0円で自分のことを想ってくれる友人の方が大事だし、本当の意味で自分のためになると思う。





Biography_20240906_腹の底が見える.txt

社長は良い人だ。本人の前では絶対に責め立てない。それをしても経営的にプラスにならないことを理解しているのだろう。

むしろお膳立てレベルで褒めてくれる。前職と比べればまさに求めていた神対応だ。


たが人間は愚痴る。

下請け先の企業が不祥事を起こした時にはめちゃめちゃ不機嫌になる。「何なんだよ!」とキれてる。他の従業員が問題を起こした時も「信じらんない」だの「あっちゃだめでしょ」などと罵る。

個人的に理不尽に思うのは、あの人自体めちゃめちゃ適当な指示をしていて、難しく考えないでただこうすればよい的な教え方をする。端的に言うと性善説に基づきで物を教える。口では「適当で良いよ〜」と言いつつ、相手の根が真面目であることを前提に期待する。確実に社長の指示には瑕疵があり、後から致命的な問題が作業者から報告されたり、或いは普通にすり抜けて地雷を爆発させる。


楽観的な予測。そのうち事件が起こることなど想像に難くないのに、根本的な対策と向き合わない。平時は「そこまでしなくてよい。速度あげなきゃいけないの」と生産性を指摘する。その癖クオリティについて先方と合意を取らない。曖昧にしようとする。

問題が起こると再発防止という言葉を掲げるが、実は表面上のやってる感に過ぎない。そもそも思いつきで対策するものでもないと思う。

概ね、問題を起こした当人の内省と、一応皆に注意喚起する程度。新しく入った人への教育内容には組み込まれない。また油断してきたところで、忘れてきたところで、組織として同じ失敗をする。


じゃあどうすればよいのかと問われると知らんけどな。危機管理の仕組みがないことだけは確かだ。当たり前のように失敗する世界は気楽ではあるけどね。そのへんを受け入れて緩い世界を目指してるわけでもなさそうなのが本人のストレス具合から想像できる




Biography_20240925_行動の原動力は何か.txt

正直に言ってしまうと今世で一番強いのは応援したい気持ちだ。

応援したい子、特に女子に対してはそれだけで何でもできてしまいそうだ。

一応男子であっても過去の自分だったりするので応援したいという気持ちは出る。


つまり推し活だ。

アイドルやVチューバーを推したいとは全く思わないが、世間で流行っている理由はよく分かる。

正直、おれはまだその世界に足を踏み入れてないから毒されてないだけだと思っている。足を踏み入れたら俺も沼る気はする。実際サークルの後輩のためなら数万円溶かしてもしょうがないと思っている。昔はそんな思考あり得なかった。

今は金は多少余っていて、用途がないことにうんざりしてるから(?)。


俺が自分のために金を使っても、いわば今日のご褒美にしかならない。それは地獄の中で明日の地獄を迎えるための準備みたいなもんだ。

人間年を取ると自分のためではなく後世のために生きるようになると誰かが言っていた。


俺の感情もだいぶ変わった。元々自分の夢のために全力を出せる人間じゃなかった。だけど、大義名分のある他人のためならそこそこ動ける。勿論自分に利がないならダメだが。

だが、自分はもうだめだから、せめて誰かを幸せにしたい。そう思ってはいる。

可能性のある子に、夢を見せてあげたい、何なら叶えてあげたい。そしたらこの人生にも意味があったと言えるだろう。己のためではなく、あの子を幸せにするための人生だったんだと。そうしたら格好がつく、結果として自分の肯定感や承認欲を満たしてエンドでしるわけだ。




Biography_20240928_職場で落ち着いてるかって?外見だけだ.txt

最近の職場は忙しい。イライラが止まらない

前の職場では一切褒められなかった。指摘されるばかり、当然と流される、正社員の身分に期待の重みを背負わされる。


だから今の職場ではおだてられてるくらいには褒められる。指摘はほぼ受けない、成長しないレベルに。正社員ではない名実ともに身軽な非正規雇用、正社員だったらとっくに鬱になっていたと思う。


今の職場の不満を述べるなら優柔不断だ。

社長は何がしたいのか?

言ってることが四六時中違う。適当なのか?高品質なのか?


なんで適当にやらせといて品質が高いと思ってるの?バカなの死ぬの?今までさんざん報告あげてきたのに次になるとすっかり忘れてるの?

逆に、なんであの人は会社と認識がまるっきり違うの?それで利用者さんも混乱するし何より俺も意味が分からん。アンチテーゼなの?わかるよ。でもあの人自分がアンチテーゼだと思ってないよね。誤認させたまま上司は歪な関係を放置しているの?

俺の担当範囲はどこまでなの?バイトリーダー?低級管理職?中間管理?なんでものごと把握してくれてないの?百歩譲って社長は現場のことは分からなくてよいよ、だけどいざ判断を仰ぎに行ったときになんで適当な判断くだすかな?日報も報告書もないですからね。チャットも追ってなければ何もわからんでしょうね。

頭痛いんだけど。何があれば判断できるかわかってない人が判断してるのキツイわ。


そして案件を知っている人間は俺一人なわけだ。考えたくねえ~!

知らん!バイトだもん!

引継ぎの指示も、業務改善の指示もない。


俺の任務は業務をとりあえず遂行するために動くことだと思っている。採算を合わせるための改善活動や、引継ぎ体制や人員整備まで請け負っているとは思っていない。新しい指示が先方から来たらとりあえず今日の業務はなんとかするよ。会社が方針を考えられるように時間を稼ぐ役を負っていると思っているよ。俺が方針作って最適化するまで任されているとは思っていないぞ。必要な人的リソースや時間や場所を見積もって社長に提案するところまでやるとは思っていないぞ。

正社員だったら「なんでやらないの?」とか「やればよいじゃん」と煽りながら指示されるだろう。自分の中でも迷うくらいなら「やれば良いんだろ!」と思うかもしれない。だが自分の能力で足りる範疇ではないことを理解している。だから自分から動きたくはない。自分から責任範囲を増やしたくもないしな。


だがそうやって俺も職務範囲をあいまいにして、社長も何も考えてなくて、いつ事件が起きれば崩れてもおかしくない不安定な城に身を置いていることに不安を感じざるを得ない。


....絶対転職したい。

だが、まあ、いろいろ書いたが不満を言えるうちが花なのも事実だ。おかげで俺は社長のせいにすることで自分の正当性を保っているから。もし理不尽がない清く規律の綺麗な職場に言った時、周りが皆できていたら責められる相手は「自分」しかいなくなってしまう。というか自分のミスしか目立たない。きっとそれが一番つらいだろう。


ある意味塾講師がそれだ。職務が明確、役割が明確。上手い人はマジですごい。俺は、プロになれる気がしない。必要な能力値の高さがある程度見える。それゆえに高い壁だとわかる。そしてそれができる人間が一定数いることもわかる。

その競争の激しさという絶望が見えている。就労支援の職場と違って、「あいまいではなく」、「はっきりしてる」からこそ、生き残るのが難しかったりもするのだ。




Biography_20240929_捻くれた感情.txt

メンタルアシストで感じてること

# 「捻くれと素直さが混ざっている」という評価に対して

根幹として「嫌われたくない」という感情があるのはそうだと思います。根の性格が人に好かれるものではないことは理解している。話し言葉だとたまに漏れることがあって、気を付けてはいる。

「捻くれと素直さが混ざっている」のは単純に素がひねくれてて理性で素直になろうと制御しているからだと思います。普段は自分をとにかく下に下げて、自分は無能です無知ですと言い張って保険を掛けます。それは基本的にはミスしたときの保険になるためですが、捻くれた感情を目立たせないようにするためでもあります。



# 「なんでこんなことになったの?」と聞かれて突っかかった件について

今回の課題しかり、指摘されるであろう間違いは想定していました。なぜchatGPTを使ったのかとか、分析に偏ってるとかはあったと思います。最後のスライドは指摘を想定した責任回避文です。

前回は想定外の指摘を受けたので心には痛いものが刺さりました。できれば事前に予想しておきたかった...ただこればかりは指摘する相手が正しい以上「指摘しないで」と言うわけにも成長しないので受け入れます。


逆に今回は意味の分からない指摘を受けたので疑問がありました。先生が「一言で表すと~○○をすれば良い」という項目を追加されたときになんとなく察しはしはました。しかしながら「本質じゃない」という先生のツッコミに対して、「そもそも一言で示せの指示はなかったし、方法も問わなかっただろ」と言い返したい気持ちを感じてはいました(人との会話ではよくあることだと思います、別にいちいち突っかかるつもりはなかったです)。


なぜ突っ込みたくなるのかはやはり、自分のやったことが「間違っていないか」を確認したいからです。欲を言えば自分は間違っていない世界でいたい。ただ絶対そうなるほど優秀でもないので指摘されるたびにアップデートするしかありません。これが正しいという共通認識(会社なら手順書や要求本文)に沿って行けば、次は自分の過失が責められることはないので。


内心は「結局何をしてほしかったのか?」という疑問と、自分のやり方は間違ってはいないはずという確信。解釈違いがあったなら納得する、だが相手側が間違えている可能性もまだある。そこをはっきりさせたかったことと、先生の言いたいことが理解できない不満も込めて「何が間違ってるだ..?」と呟いたんだと思います。





Biography_20241003_本を読むときの思考.txt

基本的に本は一著者の視点から物事を描いている

著者の視点に経って本を読むことで著者が伝えたい能力を習得できる

著者の視点に相反する視点で本を読むことで、この本にある方法論の欠点が見えてくる。

この読み方自体、大学で教わった読み方ではある。その点ある程度自信は持っているが、欠点として滅茶滅茶な屁理屈を並べてる自分もいるなと感じる。


万事に値する方法論はない。

必ず利点と欠点がある。

もし欠点がないようなものなら、前提条件がついている。その前提条件を持たない存在も必ずいる


金を稼ぐなら?人の役に立つなら?

楽に生きるなら?成長するなら?相手が知能を持った人間なら?


郷に行っては郷に従え

それでも己の信念を貫き革命を起こすか




Biography_20241005_ぶち壊しの危機.txt

まずいまずいまずい?

塾がどんどん延期になる。ヤバい?解約?

また失敗した?


考えすぎか?或いはこれも運命のシナリオ通りか。

わからないが、己にできることは少ない。見守るしかないのはわかっている。

だが、もし今回の塾も失敗したらと思うと不安になる。ほんの1週間後程度には命運が決まるかもしれない。


安定の就労支援、挑戦の塾講師

この形態になんど縋ったことか。この形が崩れたら俺はどうしても未来のプランを失う。塾は切られても生死に直結しない。だからこそ気軽だし挑戦的に動ける。

だが本当に切られたら失うのは生死ではなく生存価値になる。


今の俺に就労支援だけでやっていこうという意思は毛頭ない。毛頭ないからこそ、ここから塾講師で成功して、行く行くは児童自立支援施設で働く展望を描いている。

塾講師がだめなら子供と接する道自体への自信を失う...。


中学科目の復習をしている自分はどうなる。本を買い始めた自分はどうなる。これから徐々に勉強を深めて、コマ数を増やして、現場監督にまで上り詰めて、正社員さんと仲良くなっていくんだ。そうして盤石な非正規雇用の立場を作ったところで就労支援を辞めて社会福祉士を狙うルートに切り替える。そして先生の進める児童自立支援施設で働くという展望。

現実味のある計画のはずだ。これが成せればまだ生きられる。だが、


実家に引きこもるか、富士山の樹海で尽き果てる未来がまた見えてくる。

いつだって就労支援だけでは生きていけてない。あそこは金を貰える場所であり、それ以上の価値はないらしい。正確にはそれ以上の価値を置くことを恐れているともいえる。

依存するには思想も合わないし展望も見えない、自分のできることできないこと求められてることも見えないと判断しているから。






Biography_20241017_職場の不満まとめ.txt

★指示が曖昧

利用者と社長の仲介役なわけだが、立ち位置がよくわからない。社長の曖昧な指示を噛み砕いてリスク分析して計画にして利用者に指示をするのが役割なのか?そうだとして、その明言がないのが腹立たしい。


社長の指示通りに動けば事故るし、自分が危機感を持って管理してもうまくいくわけではない。それどころか社長は俺が管理するものだとおもって放置気味になる。百歩譲って訓練を積みながらない良い。自分の不足点を上司が補完してくれる形で進んで自分が1人前になったところで放置なら良い。が、前述のとうり、社長の方が判断が適当で内容を分かってない。


案件の管理についても範囲がどこまでなのかわからない。俺は素人を言い訳に直感でやってる。社長は性善説を盲信してるのか何も言ってこない。たまに勝手に動かれるが、

それは全てを俯瞰したうえでの行動ではなく俺よりも無計画に動いている。よってどちらかというと迷惑で厄介極まりない


★非常に適当な管理方針

上司は俺の作業を把握してない。案件の作業フローも把握してない。これは俺自身の管理能力が低いこともあって、担当を増やそうとすると不都合が起こる。

やるべき作業を把握してくれてなくて、案件の進行自体丸投げとなると、俺が休んだときフォローしてくれるのか。それが見えない。丸々放置されそうな気すらする。翌日事件になって帰ってくるか、仕事を貯めた状態か。

まあ休む前日には連絡事項流すけどさ、突然休んだとき対応できないよね。毎日確実に来れる人材であることを前提にするのは非常に心許ない。


★社長の頼りなさ

まず計画性がない。まるで日雇い労働者のように今日を乗り切ることしか考えてない。長期的な計画がないので忙しいと思ったらすぐ仕事がなくなったりする。

縦割り化が進んでおり業務の融通が利かない。にもかかわらず社長は柔軟に動こうとして迷惑をかける。臨時の対応で場所を取ったり備品を持ち出したりして普段の業務を妨げる。自分の庭を荒らされるようなもので気分が悪い

社長が適切な判断を下せない案件ではイライラが増す。俺がその担当者で全権を持っててその能力もあるなら話は別だが、俺の場合、権限や判断は社長にあるべきだと思っている。システム系の案件、検査やミス防止、引き継ぎなどは無茶振りかノーアクションになりがち。流石にないだろと思う俺は最低限の口出しをすることになる…


★働き方の価値観

俺は今職場に癒しを求めている。なぜなら他のコミュニティで癒やしを得られないから。俺は仕事人間。仕事でしか居場所を得られない…だけど働き三昧は体が持たないし都合よく使われるだけでも報われない。

今の職場は良くも悪くも淡々としておる。金を稼ぐ場所。経験値を積む場所と割り切れば全然よい。だが「モチベーションは与えられるものではなく自分で用意するもの」という考え方をしている。あくまでも仕事をしたくてきていることを求められる。

俺も外から癒やしを得られるなら良いのだが、それができなければ続かない。




Biography_20241020_自分に必要なもの.txt

自分に必要なもの

何を今更

長期支援を選んだ際は、「そろそろ自分が救われても良いのではないか」と思っていた。

苦しい、先行きが見えない未来を何とかしたい。手伝ってくれる人、救い出して導いてくれる人が欲しいと願った。


しかし俺は知っている。自分の主は理想的過ぎて、その形もわかってなくて、現実にはあり得ない存在であること。

人の価値観は多様であるべきだと思っている。その面では誰よりも寛容だ。同時に、「こう考えると良い」と言われて、思想を変えられるのは許せない…その面では頑固だ。


中学高校大学、ずっと自分と敵対する思想ばかりだった。それはずっと、自分に合った存在に出会えないからだと思っていた。しかし違うらしい。俺はどんな相手であっても思想を押し込んでくる人とは敵対する。


勉強しろ、当たり前をこなせ、大学にいけ、


もっと一般化するなら「忠告は耳に痛くして行いに利あり、良薬は口に苦しくして病に利あり」

まあ思想教育となると洗脳になるので必ずしも利がアルわけではないが、基本的に思想は生き方の一種の答え。そうだ、宗教だ。それに染まれば人間は生きていける。これは事実だと思う。


だが、世の中には宗教に染まれる人間とそうでない人間がいる。俺は圧倒的後者だっただけだ。聖書は信仰するも教会には行かない。仏の教えに共感するもその道は進まない。起業家や資本主義や社会主義や、色んな思想に興味はあるが泥酔できない。心が「そうあるべきじゃない」と思っているから


だが、染まれば楽になる。なので思想を植え付けられたとき、あるいは対立が起きたとき、すごく不快感はあるのだが、ある程度その思想に染まってしまえば苦しくなるどころか自ら行うようになるのだ。


一般的には「慣性の法則」ともいえる

勉強習慣、環境保全活動、寄付活動、飲み会や面接や試験といった文化まで、最初は「何なのこれ」となるが、受け入れてしまえばどうということもなかった。


しかし何度も言うが俺は思想に染まりにくい人間らしい。否、染まる際の拒絶が一際高い。

だから、「助けてほしい」と叫んでも、仮に誰かが来ても、その人の救済を受け入れないで終わる。



ではどう願えばよいのか。

上位の人に「助けてほしい」ではない。「支えてほしい」と求める。

たとえ自分が弄れていても、人より苦痛を感じやすい感性をしていても、愛と仲間がいるなら耐えられる気がする。皆で愚痴り合い、迷走し合って、慰め、応援する。


求めるべきは晴れノ日とケノ日のある生活。晴れノ日がほどほどにあれば世の中きつくても晴れがその分一際美しい日になるから。

晴れノ日にやることは、仲間たちと現状を報告したり、バカなことをしたり、愚痴ったり慰めたり応援し合えば良い。先輩が後輩に貢いで、後輩は先輩に媚びを売る。気遣いの言葉をかけ、喜んでもらえる振る舞いをし合って、互いが居心地の良い世界をつくれる日。




Biography_20241020_長期支援ぶちこわしちゃった!.txt

今思えば当時の営業のしたたかさに飽きれてしょうがない。


まず本編ではなく一緒に働かないかとの提案から入る

1時間かけて長々いスライドを話し込む。

他の人には提案してないだの特別感を押してくる。

不安があればここで言え。即時決断できるはずだと押し込む。


なんとか、後日返答まで持って帰ったけど、冷静にはなれなかった。それなりに追い詰められてた日常。他の選択肢を取ることへの機会損失を恐れてしまった。これも全部含めてあの人の戦法だったと思うと本当にしたたかや。

まあ決断したのは自分だから悔いはない。というか他の道がなかったから仕方ない。だからこそ、あの人のことを好きにはなれないが。


挙句の果てには「やります」言うた後に金額が倍増するという事件。

やりますね~~~今更拒否れないじゃないですかヤダ~~~~

「稼いで取り返せば良い」とか情報商材の上等弁論じゃねえか本気にしてんじゃねえぞ。お前は勝ち組に回れない人間だぞ(笑)(笑)(笑)


一回のセッション5万円ですよ。ヤバすぎどうやって元とるんだよ。あほか~~~~。一回分でタブレット端末変えるじゃねえかボケー

総額65万円人生で一番の無駄遣い。


お世話になっているスーパーさん。いつも特売の品ばかり買ってごめんなさい!本当はこういうところにお金払うべきだと分かっているのに貧乏精神強くてごめんなさい!なのにど~して~こんな大金払ったかな。金額の桁が一つ少なくても無駄と思うぞ。




何が悪かったのかな?!

やっぱり齟齬があるなと思いながらもそれを言えなかったからだな。元々長期支援に興味はなかったんです。働ける環境用意するっていうから、そこだけしか見てなかったって先に言っとけばよかったのに、それ言ったらヤバいかな思ってず~っと黙ってた!だってせっかくのチャンスを失うの怖かったんだもん。

今回の案件ではとにかく本音をなるべく伝えるように心得てたのにね!皮肉にも一番大事な部分は言えなかったんだね!!!!


今回の無駄遣いを価値あるものに置き換えるなら3つかな。

1つは人前でキレ散らかしたこと!言いたいことぶちまけてやったぜ。もっとも今回のキレかたは喜怒哀楽の喜のキレ方だったね。こりゃ一本取られた!敵ながらあっぱれだぜっ!って感じ。くやちいいい!。だからぶちまけた!前職ですら最後まで謙虚を貫いたのに、この経験は中々できないぞ。普段はぶちまけたって人間関係悪くなるだけで何も解決しないからね。でも今回は大金かかってるしね!!相手あったことない人だし!!


2つ目は「消費は経済への投資」の理論だね。俺はダメだったけど世の中の死にたがりは沢山この活動で救われてるだろうからね。業界に金をお金を落とすことで間接的に世の中の辛い心に耐えかねない人たちを救おうとする風潮が強まるかもしれないよね!!!俺は嫌いだけど応援はしてるよ!余計なお世話にね(笑)


3つ目。

得られた生活習慣。朝の体操。本を読んで勉強する意識。

塾講師としての意識付け。全体から物事を考える視点、情報商材。心を狂わせる販売手法(身をもって体感気を付けましょう)。本当に欲しいモノには金額をいとわずに出してしまう人間の愚かさ。




Biography_20241026_反省会と今後の方針.txt

今回の長期支援から得られたことは多い。


・否定されるのが嫌なこと。

→教える仕事か指摘がほぼない定型業務しかできない。技術職、コンサル、プロジェクト管理などは無理

・思想を植え付けられるのが嫌なこと。天邪鬼

・目指すべき理想は複数あること。

・論理にそって相手を誘導するとどんどん視野を狭めてしまうこと

・教わるべき相手には理想を求めてしまうこと。哲人思想

 ・そういう人が自分の地雷を踏んでくると本当に根に持つ

 →前職の上司「ここでは叶わないよね」 「頑固だね」「アカデミックな発想しかできないんだね」「なんで?」


・金を払ったところで助けてもらえるわけじゃない

 欲しいものが見えてない人間、人の指南を受け入れられない天邪鬼は、自分で自分を救うしかない...

・本当に欲しかったのは「理想の主」なのか。それは間違いではないが、現実的に一番欲しいと思うのは「なんでも相談できる人」だった。

就職したい。→一緒に調べてくれる。調べてみての現状を聞いてくれる。ほとんど全肯定してくれて応援してくれる。批判とか、全く別の指針とかは求めていない。「あ、この人違うんだな」と思ったら話せなくなってしまうから。


・前々から長期計画は立てていたことも思いだした。

IT系で技術を磨く。使用者が楽になるツールを作る → 人事系に行き、能力の低い人、偏っている人をうまく使いこなせるようになること。教育とマッチング。そのためのレールとして情報技術を習得する。

・本当は相談相手が欲しかった。?今は長期支援で何を話すべきかを誰かに相談したいくらい




Biography_20241030_過食気味の季節.txt

過食気味の日が続いている。

主に夜、吐きそう。

食べたい。まずしょっぱいモノ。次に甘いモノ。なぜだろう。

そして食いすぎて胃が苦しくなる。

逆流性食道炎で食べたうえが上に上がってくる。多少のことはいつものことだが、今日はちょっと激しいかも。舐めてると夜中に吐いてしまうからまじで気をつけましょう


太るわけにはいかないから代わりに昼飯を薄くする。昼は職場なので、外に出ていれば食欲は抑制される。

にしてもなぜこんなにも食べたくなるのか。


食欲の秋?

仕事疲れてる?

帰ってからやることがない?

全部当てはまりそうな気がする。


この問題は解決しないとヤバめな予感がする。じゃけん食欲を抑えるのは容易ではない。仕事が忙しくなれば解決するだろうが、。


2024/11/11 追記

腹痛と吐き気で苦しんだ。嘔吐ほどではないが上がってきたものを吐いてしまった…

この後悔を感じると食欲は一気に下がる。そういうものだろう。罪深いが、こうならないとこの体は学ばないらしい。否、思い出さないのだ。





Biography_20241108_朝が一番きつい.txt

朝のダルさは毎日の気力を奪う。これが毎日続く。だんだんきつくなっていく。土曜日も仕事なのが億劫…


しかし夜になる頃にはスイッチが入ってて「明日もやるか〜」って感じだったりする。


なんだこれ

Biography_20241108_朝が一番きつい.txt




Biography_20241112_業務負荷を認識してくれてるのに度し難い.txt

最近は忙しかったので「〇〇さんに頼める業務はないか」「今日は業務をやれそうか」といった感じで配慮を受けていますが気分は良くないです。


他人に自分の仕事をお願いするとなると、

・自分が非明示的にやりくりしてるあれこれを吐き出すのが大変

・明示してる部分も相手方がやり方を把握してないから教えないといけない

・素直に従ってくれるわけではなく勝手に動かれて後始末をする羽目になったり、監査を受けたように指摘からスタートしたりする。質は上がるかもしれないが楽にはならない。どちらも自分の庭を荒らされる気分。


特に職員同士では同格か、自分が教えるけど相手の方が上ということになる。自分の管理に問題があるからとマニュアル作成をお願いすれば、次から俺の一存でマニュアルに触れなくなる。しかし現場からの声は引き続き俺に届いてしまう。


別にその人に共有すれば良いのだけど…要するにコミュニケーションが苦手だ。


自覚しているのは、自分から業務を属人化するように動かしているということ。結局自分の手に収まっている状態が一番安心できるのだ。


これとは別に、大半の業務は今日明日やらねばならないことで、それを乗り越えたら暇になる可能性がある。一方他の職員がどれだけ忙しいのかは知らない。


凄く当然なんだが、引き継ぎ作業は余裕があるときにやりたいものです。


そして俺が組織に求めたいことは、職員をちゃんと管理してくれる人が欲しいということだ。






Biography_20241113_社会福祉士を目指す懸念.txt

社会福祉士

精神保健福祉士

キャリアカウンセラー

これらを目指し、そして児童福祉施設で働くのがこれからの目標だ。


何を職業にするかはそこまで大事じゃない。どんな人と過ごせるか、安心できる温かみのある居場所を作れるかが大事。


まずは社会福祉士を目指そうと思う。出願方法を調べたらもう出願できるらしい。

となると現職場への相談が急務になるのだが、言いにくい。。いやだって最終的には今の職場を辞めたいのだもの。

むしろ辞めるだけだとマイナスだからこそ、社会福祉士を取ってプラマイゼロスタートをしようとしている。そんなことを考える俺は薄情だろうか。


もう一つ悩むのは、俺が社会福祉士にふさわしいのかどうか。

第一として、士業は過酷な仕事だと聞く。実習もキツイらしい。8時間働くこともキツ

くて、人形以上の役割を負いたくない俺にできるのだろうか?成長して耐えられる体になる気はない。社会福祉士になってなお、時短勤務で多くを求められない立場に就きたいというのが切実な本心だ。資格はいわば、高いフィールドにたてる素質を持った状態で低いフィールドに君臨するという、強くてニューゲーム的な、「勝てる勝負しかしない」俺の思想の実現のためにある。そんなもののために50万近くの出費と苦労をするべきなのかは甚だ疑問である。


第二に、そもそも人を助ける系の仕事に向いているのか問題がある。それを測る良い指標が塾講師としての自分にある。俺より上手い人はいくらでもいる。これまで3人も紹介されて一度も成果を上げてない。。

毎回毎回、もう撤退した方が良いんじゃないかと思っている。今も生徒を一人持っているが、どうなるかはわからない。今はたまたまなんとかなってそうなので意気ってるけど、流れが変われば解雇すらあり得る。

大前提として、塾講師を諦めてなお児童福祉施設で働こうと思うことはないだろう。

そうなると、今判断するのは時期早々だ。

先手必勝ならぬ、フライング常習犯の性格は俺の数少ない強みでもあるが、

今季ばかりは様子見をするべきか?




Biography_20241117_息ができない夢.txt

寝てる時に息ができなくなる夢を見る。これは現実でおきていることで、だんだん息を吸える量が少なくなってき苦しくなる。限界に達したところで目覚めて、必死に息を吸うとまた寝てしまい、また息ができなくなって最終的には起きるしかなくなる。


…神聖なる睡眠の時間に魔が差すのは嬉しくないことだ。

そして、当然というべきか、苦しくなると必死に息を吸おうとする。ここが夢だと気づくと必死に起きようとする。生きたがっているのを感じるよ


前は起きようとしても体がうごかず、しばらく夢にとらわれる夢をみていたな。目覚めたと思ったら体が動かず、そこは夢なのか現実なのか微妙な世界だったりする。


俺が死んでしまうシナリオの中で最も有力なのは身体の劣化により自律神経が乱れて、睡眠時に死んでしまうことなのではないか





Biography_20241124_あたらしいボランティアに行ってきた.txt

学習&居場所づくりのボランティアに行ってきた。

最初は固い文章の説明を受けたものの、そのあとは、予想通りゆるっとふわっとしている。


緩いが新人者に優しくはない。批難するつもりはないが、ほぼほぼ放置される。身内でつるむばかりで話しかけてはこない。

俺がダサくて避けられてるなら仕方ないけどね...

入試相談では県内の入試事情をろくに知らないというあんぽんたんな展開を見せられた。


だが暖かい空間ではある。

担当につかずに余ったスタッフ同士は積極的に雑談している。これは仕事ではなかなかない光景。仕事の話や大学の話で盛り上がっている

勉強と遊びの規律(雰囲気づくり)もある。意図的かどうかは知らんが..


足りない部分は俺が中に入って改善すればよいと思うべきかな。

下手に固い規律が入ってない分動きやすいとは思う。

まあ俺が支援なしに空間に馴染めるのかはまだ見えないけど.....




Biography_20241128_親と和解できないイライラ.txt

今年も帰省の時期が来た。「いつ帰るの?もっと長く居てよ」と連絡がくる。親と関わりたくない。

切実に、イライラさせないで欲しい。だけど実は向こうもイライラしている中、子供相手にキレないように我慢しているのだろうか?だったらお互い距離を置こうよ?そうでないなら完全に親からの嫌がらせってことで良いよね?拒絶しても良いかな。


なんで会いたいって思える親じゃないんだろう。受け入れてくれないんだろう。自分のこと全然理解してないんだろう。

別に親も明確にクズというわけじゃないからさ、お互いに至らぬ点があってぎくしゃくしてるんだよ。ずっと心の中で反抗期が続いているからか、なんか理性に反するくらい怒りがこみ上げる。一方的な拒絶をしても良いけど、罪悪感があるよ。俺とて親不孝な子供ではいたくない。親の悲しむ顔を見て喜ぶわけではない。

だが理解し合えない。あの人は自分の気持ちばかりを訴えて、俺の気持ちを汲み取ってくれたことはない。俺もまた、あの人の気持ちは分かっても受け入られない。


そうやって本音を避けているのが諸悪の根源なのかもしれない。でもだいぶ前に、本気で愚痴なしで正々堂々喋ったこともあるけど、受け入れてくれなかった。だからもう期待しないと言うのは薄情だろうか。

合理的に考えると、親との絶縁など百害あって一利なしだ。保証人を得られないハンデ、親不孝者として世間的な印象も悪くなる。だから無理せず付き合っていきたいのが利口的な本心だ。いっそ連絡を完全に絶ってもみたいが、それで社会的に詰むのは俺の方だ。。


はあ、

幸いにも俺には我慢するという選択肢がある。

本当にどうしようもない親ではないからだ。けど世の中には「我慢する」という選択肢を取るにはあまりに酷なケースもある、「我慢できない」性格になってしまった人もいるだろう。そんな人たちが社会で詰まなくなるように、画策してみるのはこの人生の意義といえるだろう。

俺は耐えられる、けど耐えられない奴もいる。





Biography_20241217_同僚...ウザイです.txt

今日は、感情的になりすぎた。相手の議論に乗ってしまった。

あの人との関係はどういう立場なのだ?同僚、先輩だよな。

あの人は上司なのか、同僚なのか、部下なのか


あの人は自分の中に絶対的な正否を持っているのだろう。だから「〇〇したよね?」「なんで〇〇しないの?」と煽る。

俺にも俺の中の常識はある。議論するなら、こちらの理論を伝えてけりをつけるべきだと思う自分もいる。だが、できるだけそういう「良い悪い論」はしたくない。アルバイトはそういう判断をする立場ではないからだ。大前提として俺のやり方には穴があるだろう。だがそれを上司ではなく同僚からお叱りを受ける筋合いはない。それは良い悪い以前に、その人や組織が持つ「やり方」であるからだ。業務の進め方、管理の仕方。「これならできる」「できない」と人それぞれにやり方があり、組織には組織のやり方がある。効率が良い方法だとか、安全な方法だとか、これらはトレードオフなものであり議論するのは不毛とはいわないが末端が話しても疲れるだけだ。末端であり、自由教育系の自分はできうる限り個々のやり方を尊重するのが自分のもっとうだ。


職員としての在り方の考えも真逆だ。あの人は業務内容を細かく砕いて、標準化して、利用者さんに割り振ること、リソースを管理することが仕事だと言った。あの人は俺の、自分で業務を抱えている様子を批難した。そりゃ正論ではあるけど、俺の重視するところとは違う。

保身だが、俺は管理するなら自分で管理できるやり方でないと承れない。本心は「自分の知らないところで業務の失敗をされたくない」。だから、重要な工程には自分を挟むし、それ以外でも自分をちょくちょく現場にいれることで各人の流れを把握できるようにする。結果案件が失敗する可能性は下がるし、利用者がミスをしそうな箇所も事前に見つけられる。そして利用者がミスをしても想定通りと言わんばかりに冷静に対処できる。

こう言い訳すれば口論もできるかと思うが、実際俺は業務を属人化させている傾向がある。それは正論。だがそれが俺のできるやり方。上司でもない同僚に文句を言われる筋合いはない。やらせたいならお前が指示して責任取れ。



あの人の特技は徹底的な文書化だが、俺はあの人にマニュアル化して欲しいとは思わない。手順を細かく砕いているのは良いが、専門用語は相変わらず達者で、「手順○○を参照」みたいに依存関係をめちゃくちゃ作る。機械に読ませるのかな(笑)?国語の得意な人しか読めないぞ。それに分量の長さもえげつない。更新をかけようものなら相当大変そうだ。口で伝えて済むレベルの変更も、マニュアルに更新するとなると都合が悪いことは多々ある。下手に更新すると矛盾が生まれる可能性もあるしな。じゃけん、うちの企業じゃ手順が変わることは日常茶飯事だ。あの人はついていけるのかな?とはいえ、流石もと大企業勤めなだけあって、マニュアル自体は立派なもので、確かに誰でも理解できるように、属人化しないように設計されている。

俺の特技は作業を細かく砕いて渡すのではなく、一緒に作業をやりながら、複雑な作業は横でサポートしながら進めていくことだと思う。最低限の技量から参加してもらうことができ、徐々に作業の雰囲気や重視するべきことを感じてもらうのだ。マニュアルは自分が教えるときの備忘録と、一通り教えた後に利用者が振り返るための復習教材という意味が強い。個別指導の教育経験があるからとタカをくくるのも癪だが、俺のやり方は文書化よりは口頭のレクチャーがメイン技だ。


つまるところ、あの人は

マニュアルの整備→実作業へ反映 の流れを徹底する。対して俺は

口頭などで指示して実作業→うまくいく方法をマニュアルに反映

とすることが多い。


余談だが俺も手順書やマニュアルはそれなりに準備する方だと思っている。元々あの会社はマニュアル=1枚のペラペラである。単価も低い仕事でスピードが求められており、また利用者さんも文字を読むのを苦手としている人が多いからだろう(これは逆もまたしかりで確かに徹底的なマニュアル作業が得意な利用者もいる)。その点で俺のやり方も規律違反だが、あの人のやり方は180度異なっていると言える。

もっとも、これはやり方の違いだ。どっちが良いとか悪いとかはないはず。それはあの人も理解しているだろうか。


あの人はバカみたいに時間のかかる工数管理をやっている。納期も工数も頭で数える程度の規模しかないのに、きっと大企業病なのだ(或いはそういう管理が苦手だから意識してやっているのかもしれないと思えば、触れないであげるべきかと思うが)。

逆に俺は工数管理はしていない。会社の方針で社長に明言されている。俺の仕事はあくまで案件をこなすことであって、いくらの利益を出すとか、費用を抑えるみたいなミッションは受けていないのだ。だから、納品さえ忘れないようにtodoリストだけ作ればよいと思っている。


あの人はめっぽうイレギュラーに弱い。発注元はこちらと厳密な納品物の規則、作業ルールを定めていると思い込んでいる。実際そんなものはない。「これ作れるか?」→「こんな形で良いですか?」OR「やり方見せてもらえれば真似します」の2応答だ。なのにあの人は先方が作り方を知らないのはおかしいだの、問い詰めないといけないだのと言い出す。提供物の形がいつもと少し違ったら頭をかかえて悩みだす(まあリスクがあるのは事実だ。あの人の厳格なチェックで品質が守られている案件もある)。挙句の果てには取引先のことを「残念な人」とか「話にならない」とか愚痴り始める。

俺はむしろ作業の流れはすべて慣習上の取り決めであり、唐突な変更は普通のことだと思っている。度々利用者さんから「いつもと違う」などと報告を受けるが「こうすればできます」「問い合わせてみます、とりあえずこっちをやってください」と淡々と対処法を伝える。これができるのは普段から現場を見ていて作業フロー(本来の趣旨)を熟知しているからだと思っている。それから、現場を見る中で利用者ごと、どこまでのイレギュラーなら対応できるのかを見定めているからでもある。工数管理と作業手順の定義しかしてないあの人にはできまいと思っている。


結論としては、お互いの強みを生かして協調するのが良いのでしょう。ただ、俺はあの人が嫌い...ヘイトが溜まりまくってて、吐き出さずにはいられない。徹底的にやりあうか。俺が会社を辞めてあの人を困らせるか、あの人が失敗する光景を眺めて会社を去ってもらうか、なんて性格の悪いことも考える。


嫌いであるということはつまり、俺はあの人に自分の痛いところを突かれているわけでもある。これはその通りだ。上手く役割分担してくれれば、この先も職場で生き残っていくこともできるのだろうな。


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