牙を剥く正義、泥を啜る王 3
オークの里、剛力の里。
かつては魔族最強の戦士たちを輩出したその場所は、今やグラウディア王国の前線基地へと作り変えられていた。
高くそびえる防壁には人間側の旗が翻り、重厚な鎧に身を包んだ傭兵たちが、奴隷のように酷使されるオークたちを鞭で打ち据えている。
(……なんだよ、これ。これがあいつらの言う『平和のための進軍』か?)
彰人は物陰からその光景を眺め、喉の奥がせり上がるのを感じた。
本来ならオークたちが誇り高く掲げていたであろう戦斧は、今や人間たちの砦を築くための石を切り出す道具に成り果てている。
「……おうさま。あの子たち、みんな死んでる」
ウルティマが指差す先。隔離された汚泥の溜まり場のような区画に、年老いたオークや幼い子供たちが、生気のない目で横たわっていた。
彰人の視界に浮かぶ【信仰値】の数値は、ピクリとも動かない。
彼らにはもはや、祈る気力さえ残っていないのだ。
「……おい、誰かいないか」
彰人とウルティマは、傭兵の目を盗んで、その隔離区画へと滑り込んだ。
返答はない。ただ、一人の痩せこけたオークの老人が、濁った瞳を彰人に向けただけだった。
「……魔族の子供か。……逃げろ。ここはもう、『剣鬼』ローガンの食卓だ。……今日、また十人の若者が奴らの慰み者に、あるいは盾として連れて行かれた……」
「……ローガン。またあの傭兵団か」
彰人は拳を握りしめた。
心のどこかで、幼い頃に見た父の背中が囁く。『法なき暴力は、断固として排除しなければならない』。その声が、今は呪いのように胸を締め付ける。
「……事情を詳しく聞かせてくれ。何とかして、ここから――」
「……何とか、か。……ありがたい。なら、せめてここで少し休んでいくがいい」
老オークは弱々しく笑い、地面に置かれた粗末な香炉に火を灯した。
「……外は、冷えるだろう」
(……おかしい。なんで、こんなに急に眠気が……)
彰人の意識が、急激に遠のいていく。
隣にいたウルティマも、抵抗しようと指を動かしかけたが、そのまま膝から崩れ落ちた。
重力魔法の行使よりも早く、呪術的な睡眠魔法が二人の意識を刈り取った。
「……すまぬ。……だが、わしらは『あの男』には逆らえぬのだ。……若者を十人差し出す代わりに、里をこれ以上焼かないという約束でな……」
老人のすすり泣く声が、闇に溶けていく。
彰人が次に目を開けた時、そこは冷たい鉄格子の牢獄だった。
そして目の前には、血の匂いを纏った一人の男が、酒瓶を片手に椅子に踏んぞり返っていた。
「……よう。カルロスがやられたって聞いたときはどんな化け物かと思ったが、ただのガキじゃねえか」
男の背後には、髑髏を貫く剣の紋章。
王国最強の傭兵団『剣鬼組』の団長、ローガン。
「……期待外れだ。なあ、魔王さんよ。お前の首、王国に持っていけばいくらになると思う?」
ローガンの不敵な笑みが、暗い地下室に響いた。
それは、彰人がこの世界に来て初めて直面する、明確な「悪意」の塊だった。




