牙を剥く正義、泥を啜る王 2
重力から解放された森は、ひどく静まり返っていた。
ウルティマに踏み潰された傭兵団の残骸が、かつて人間だったとは思えない無残な姿で地面にへばりついている。彰人は、喉までせり上がってきた酸っぱいものを、必死に飲み込んだ。
「……あ、あの……」
血の海の中で立ち尽くす彰人のもとへ、生き残ったダークエルフたちが歩み寄る。彼らは震える手で地面に跪き、血に汚れた彰人の裾に額を押し当てた。
「ありがとうございます……。あなたが、あなたが来てくださらなければ、私たちは……」
「……あ、いや……」
彰人は手を伸ばしかけて、止めた。その手は、自分の頬に飛んだ親子の返り血で汚れていた。
感謝されるべきじゃない。自分があそこで「対話」なんて甘いことを考えなければ、あの二人は死なずに済んだかもしれないのだ。
その時、視界の端で無機質な数値が激しく跳ね上がった。
【信仰値の上昇を確認:45 → 350】
【スキル解放:『忘却の緑』】
(効果:対象の領域を認識阻害魔法で覆い、外部からの侵入を拒む)
「……また、これか」
彰人は脳内に直接響くシステムの音を忌々しく思いながらも、無意識に指を動かした。
今の彼には、目の前の彼らを二度と人間に見つからせないようにすることしか、償う方法が思いつかなかったからだ。
彰人が腕を振るうと、森に深い霧が立ち込め、ダークエルフの隠れ里を優しく、そして強固に包み込んだ。
これで、少なくとも「剣鬼組」の残党がすぐにここを見つけることはできないはずだ。
「……ウルティマ、行こう。ここには、もういられない」
彰人は背後を振り返ることなく歩き出した。
表情はいつものように飄々として見えたが、その内側では、かつて父が言っていた「正義には犠牲が伴う」という言葉が、呪詛のように渦巻いていた。
次なる目的地:剛力の里
森を抜け、数日が経過した。
目的地であるオークの里が近づくにつれ、空気はより乾燥し、岩場が多くなってきた。
「……おうさま。あっち、たくさんいる」
ウルティマが指差す先、巨大な岩山の麓に、丸太を組み上げた無骨な砦が見えてきた。
魔族の中でも最大級の人口を誇る、オーク族の拠点。ゴーズが言っていた「王としての認知度を上げるための舞台」だ。
「……はぁ。あんな連中の前に出て、俺が『王様だぞ』なんて言って信じてもらえると思うか?」
「……ん。だいじょうぶ。……いざとなったら、全員ひれ伏させる」
ウルティマの物騒な発言に、彰人は苦笑いを浮かべた。
だが、里の入り口に近づいた二人が目にしたのは、活気ある魔族の里の姿ではなかった。
入り口の柵は半壊し、屈強なはずのオークたちが、力なく地面に座り込んでいる。
その頭上には、彰人のスキル【共感の残響】によって、おびただしい数の「飢え」と「絶望」の文字が浮かび上がっていた。
「……おい、様子が変だぞ」
彰人はパニックになりそうな心を押さえつけ、一歩、砦の中へと踏み出した。
魔族の再興をかけた、一つ目の里。そこには過酷な現実が待ち受けていた。




