牙を剥く正義、泥を啜る王
ゴーズから渡された古びた地図を頼りに、彰人とウルティマは洞窟を後にした。
「まずはオーク族の里を目指すのです。彼らは多産で力も強い。彼らを味方に付け、王としての認知度を上げることが再興への第一歩です」
老宰相の言葉を思い出しながら、彰人は慣れない足取りで森を進んでいた。
「……なあ、ウルティマ。俺って、そんなに見た目変わったかな?」
「……ん。青い肌、銀の瞳。魔王の種族の特徴。……綺麗」
「綺麗、ね。そりゃどうも」
彰人は自嘲気味に笑った。自分では元の姿のままだと思い込んでいたが、この世界の理は、彼の外見さえも「魔族」へと作り変えていた。
不意に、森の奥から金属の擦れる音と、絶叫が響いた。
隣接する人間の領土から入り込んだ、グラウディア王国の傭兵団による襲撃。ダークエルフの隠れ里が、炎に包まれていた。
「……人間。……殺す」
ウルティマの瞳が鋭く光り、周囲の空気が重く沈み込む。しかし、彰人は咄嗟にその細い腕を掴んだ。
「待て、ウルティマ! ……話せばわかるはずだ。俺だって元は人間だったんだ。誤解を解けば、無駄な血を流さずに済む」
「……無駄?」
ウルティマは不思議そうに首を傾げたが、彰人の必死な形相に、渋々と魔力を収めた。
彰人は、返り血を浴びて笑い声を上げる男たちの前へと躍り出た。彼らの鎧には、髑髏を貫く剣の紋章――王国最強にして最恐の傭兵団【剣鬼組】の証が刻まれていた。
「おい、そこまでだ! 武器を下ろせ! 話を聞いてくれ!」
先頭にいた大男が、止まった。周囲の傭兵たちも、愉快な見世物を見つけたように彰人を囲む。
「……あぁ? なんだあ、この魔族のガキ。人間らしい言葉を喋りやがる」
「ああ、初めて聞いたぜ。化け物の口から、そんなご立派なセリフが出るなんてよ」
嘲笑が渦巻く。彰人は困惑した。自分の必死な訴えが、言葉としてではなく「珍獣の鳴き声」のように扱われている。
「俺は戦いに来たんじゃない! 平和的な解決を――」
「ハッ! 提案は一蹴だ。おい、このバケモノどもを女子供もろとも片付けろ。それが『剣鬼』ローガン頭領のやり方だ!」
傭兵の一人が、彰人の喉元へ剣を突き出した。
対話は最初から存在しなかった。彼らにとって、目の前にいるのは「命」ではなく「金に換わる獲物」でしかなかった。
「……ウルティマ!」
彰人が叫ぶより先に、ウルティマの重力魔法が発動した。
「……潰れろ」
一瞬にして、数人の傭兵が地面にめり込み、肉の塊へと変わる。しかし、その血の霧を切り裂いて、一人の男が躍り出た。
「副団長カルロスだ。……その程度の小細工、俺の筋肉には通じねえよ」
鋼のような肉体を持つカルロスは、ウルティマの重力操作を力尽くで踏み越えた。彼の持つ大剣が、逃げ遅れたダークエルフの親子を捉える。
「あ――」
彰人の目の前で、救いを求めていた母親と子供が、一太刀で両断された。
舞い上がる鮮血が、彰人の頬を濡らす。
「あ……あぁ……」
膝から崩れ落ちた。警察官の息子として「命を守る」ことを教わってきた彰人にとって、目の前の光景は、脳を焼き切るほどの絶望だった。
「ひひっ、次は貴様だ、魔王気取り」
カルロスが冷酷な笑みを浮かべ、剣を振り上げる。
その時。
背後で、ウルティマの魔力が爆発した。
「……殺す。……絶対に、許さない」
彼女の淡い青の瞳が、深紅に染まる。
「――重圧:三〇〇倍」
ドォォォォォンッ!!!
大気が、地面が、森の木々が。一瞬にして限界を超えた重力に押し潰された。
カルロスを含めた傭兵たちは、悲鳴を上げる暇もなかった。鎧がひしゃげ、骨が砕ける。カルロスは血反吐を吐きながら、潰れた顔で不敵に笑った。
「……カハッ……やれやれ……。こんな真似して、無事で済むと思うなよ……。団長が……あの『剣鬼』が来るぞ……」
死を目前にしてもなお、男の瞳には狂気的な優越感が宿っていた。
静寂が訪れた森に、彰人の荒い呼吸だけが響く。
泥にまみれたダークエルフの死体。親友が見たら、どんな顔をするだろうか。
彰人の胸に、神の呪いのような「直感」が、これまでになく強く突き刺さる。
(――この民を守れ。さもなくば、お前は二度と帰れない)
「……っ、ふざけるな……。こんなの、正解なんてどこにもないじゃないか……!」
彰人の絶叫は、冷たい風に掻き消された。
一歩、また一歩と、彼らは後戻りのできない血の轍へと足を踏み入れていく。




