赤き閃光の咆哮、運命の収束
ソウル山の麓、月明かりに照らされた丘。九尾族の長代行・クウカイの放つ狐火に、冒険者オズとユウリは完全に退路を断たれていた。
「くっ……!」
じわじわと迫る火の玉の熱気に、オズは脂汗を流しながら隣のユウリを見た。
「さあさあ、はよう目的を言わんと丸焼きになるで。覚悟はええか?」
クウカイが愉悦に満ちた笑みを浮かべる。その時、オズが意を決したようにポツリと呟いた。
「……アレを使うしかないか」
その言葉に、ユウリの顔が真っ青になる。
「アレだけはダメだって! もし使ったら、人間と魔族の全面戦争が起こるかもしれないんだよ!?」
「そんなこと言ってられるか! このまま焼かれて死ぬのと、どっちがいいんだよ!」
オズは懐から、奇妙な文様が刻まれた鉄製の小さな筒――ギルドの最高機密である緊急魔導信号弾を取り出した。
はっとそれに気づいたクウカイは、直感的に不穏な気配を感じて手を伸ばす。
「何を企んどるッ!」
しかし、一瞬遅かった。オズは筒を天高く投げつける。
鉄筒は螺旋を描きながら夜空へと吸い込まれていき、雲に届くかという高度で、ついにその牙を剥いた。
――カッ!!! ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
目も眩むような赤い閃光が夜空を焼き、続けて立っていられないほどの凄まじい轟音が山々に木霊した。
「くぅ……ッ!!」
魔族の鋭い聴覚を持つクウカイは、耳を劈く爆音に耐えかね、その場にうずくまる。
あらかじめ耳を塞いでいたオズとユウリは、その隙を見逃さなかった。
「今だ! 行くぞユウリ!」
二人は火の玉の包囲網を強引に突破し、一気に丘を駆け下りた。
「まって……!」
クウカイは手を伸ばすが、耳鳴りで平衡感覚を失い、追撃に移ることができない。
一方、ソウル山の麓を探索していた彰人とウルティマは、草木をかき分け歩いていた。
「人間の冒険者……まだこの辺りにいるのかな」
「わからない……。でも、探す……」
見覚えのある丘に出たところで、彰人は足を止めた。
「こんな見渡しのいいところには、流石に隠れてないか」
すると、遠方の闇の中で、何かが激しく揺らめいているのが見えた。
「ん? なんだあれ」
「ん……あれは、クウカイの魔術……」
「あいつ、勝手に何やってんだ。ちょっと見に行こうか」
彰人が駆け出そうとした、その矢先だった。
突然、真上の空が真っ赤に爆ぜ、空気が震えるほどの衝撃波が襲いかかった。
「あ……くっ、う……!」
あまりの音圧に彰人とウルティマは立ち止まり、強く耳を押さえる。キィィィンと耳鳴りが止まない中、彰人はかろうじて顔を上げた。
そこには、向こう側から必死に逃げてくる二人の人影があった。
「あいつら……クウカイじゃないな。……ウルティマ!」
「ん……逃がさない」
ウルティマが重力魔術を発動する。逃走していたオズとユウリは、背中に見えない山を背負わされたかのように、地面にバタリと押しつぶされた。
彰人とウルティマが、身動きの取れなくなった二人の元へ歩み寄る。
「おい、お前ら人間か?」
「ひっ! 魔族!? まだいたのかよ!」
怯えきったオズに、彰人は冷ややかに問いかけた。
「さっきの閃光弾はお前らか」
「へっ……ああ、そうだ。もうすぐアレを見た連中が、ギルドの依頼でここへ押し寄せてくるぜ。アレは『探し物を見つけたが、死にかけている』っていう最悪の合図だからな」
オズは吐き捨てるように言い、隣のユウリが悔しげに続ける。
「まあ、肝心の探し物……『剣鬼団』は見つからなかったんだけどね……」
その名に、彰人の眉がピクリと動いた。
「剣鬼団だと……?」
「ああ? なんで魔族がその名を知ってるんだ。……まあいいわ、どうせ俺たちはここで死ぬんだしな」
そこへ、ようやく耳鳴りから回復したクウカイが肩を怒らせてやってきた。
「おーい、あんさんら! それはワイの獲物や、横取りは許さへんで!」
「……お前の獲物? どういうことだ、クウカイ」
「ワイはやっぱり納得いかんのや! 魔王なんかに頼らんでも、ワイだけで人間を捕まえられるってお母様に教えたるんや!」
意地を張るクウカイを見て、彰人は静かに言った。
「こいつらがお前の言っていた冒険者だったのか。……まあいい、じゃあこいつらを逃してやるんだな?」
「へ……?」
呆気にとられるオズとユウリ。だが、クウカイは鼻を鳴らして首を振る。
「逃すにしてもすぐやないわ。里に連れて行って、何を企んでたか全部吐き出させてからや!」
「そうか。……よし、じゃあ連れて行くぞ」
「なんでお前が仕切っとんねん!」
文句を言いながらも、クウカイは魔術の布で二人を縛り上げ、ずるずると里へと引きずっていった。
【場面転換:オークの里近くの湖】
天狗を逃した後、勇太たちは周囲を探索していたが、一向に手がかりを掴めずにいた。
「ひとまず、この湖の近くで休みましょう」
カレンの提案で、一行は野営をすることになった。ジャンヌとマリーが深い眠りについたのを確認し、勇太は一人、焚き火の前に座る。そこへカレンが静かに歩み寄ってきた。
「勇太様……。まだその『アキト』という人のことを考えているのですか?」
「ああ……。実は前の世界で、彰人っていう親友がいたんだ。そいつが最近夢に出てきてな……。だから魔族からその名前を聞いた瞬間、胸騒ぎが止まらなくて……」
「アキト……。確かにこの世界では珍しい響きですが、魔族の名前ですから、同名の誰かがいてもおかしくはありませんわ」
カレンの優しい言葉に、勇太は「そう……だよな」と頷き、赤く燃える火を見つめた。
――カッ!!! ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!
その時、夜空が真っ赤に染まり、衝撃的な爆音が湖畔を震わせた。
「なっ……!?」
即座に立ち上がる二人。テントから血相を変えたジャンヌとマリーが飛び出してくる。
「何だ!? 爆発か!?」
「わかりません、空中で赤い光が……!」
「とにかく、何かがあったんだ! あっちに向かうぞ!」
勇太の叫びと共に、一行は赤い残光が消えぬ山の方角へと駆け出した。
【場面転換:オーランドの街・酒場二階】
酒を煽りながら外の闇を眺めていたギルドマスター・ラウストの目に、遠方の空で弾ける赤い閃光が映った。
「……ニヤリ」
彼は不敵な笑みを浮かべると、一階の喧騒に向かって、雷のような声を張り上げた。
「野郎ども! ギルドマスター権限で緊急依頼だ! あの閃光弾の場所へ『魔族討伐』に向かうぞ! 報酬はたっぷり弾んでやる、期待してろ!」
酒場が割れんばかりの歓声に包まれる。欲に駆られた荒くれ者たちが、武器を手に続々と夜の街へ溢れ出していく。
ラウストは壁に立てかけた大剣を肩に担ぎ、冷たい月を見上げた。
「よし……俺も行くか」
運命の糸は、赤い閃光を合図に、ソウル山という一つの結び目に向かって激しく引き寄せられていった。




