混迷の召喚
「……勇者様! 目覚めてください、勇者様!」
鼓膜を突き破るような叫び声で、勇太は飛び起きた。
視界が回る。豪華すぎる石造りの天井、鼻を突くお香の匂い、そして自分を囲んで跪く、見たこともない甲冑を着た男たち。
「……え? 彰人? じいちゃん?」
勇太は震える手で自分の体を確認した。血は流れていない。それどころか、指先には、今まで感じたこともないような「万能感」が満ち溢れている。脳の奥底で、誰の声でもない、だが絶対的な直感が囁いた。
(――魔王を殺せ。そうすれば、帰れる)
「魔王……? 何、これ。撮影? 女の子は!?彰人はどこだよ!」
「勇者様、落ち着いてください! 世界が魔族に、邪悪な魔王に滅ぼされようとしているのです!」
すがりついてくる老人や騎士たちの形相は、正気とは思えなかった。勇太は訳もわからず、ただ、その「万能な力」に振り回されながら、吐き気を感じていた。
*
「……おい、嘘だろ……」
一方、彰人が目覚めたのは、湿り気を帯びた暗い洞窟の奥だった。
目の前には、ボロボロの布を纏い、角や牙を持った、明らかに人間ではない「異形」たちが、怯えた目をして自分を見つめている。
「……怪物……? なんで、俺たしか勇太を庇おうとして死んだんじゃ……」
彰人は逃げようとしたが、腰が抜けて動けない。体には何の力も湧いてこない。日本にいた頃よりも、むしろ弱くなっている気さえした。
だが、その心臓の鼓動に合わせて、一つの重い確信が突き刺さる。
(――この民を守り、戦いを終わらせろ。そうすれば、帰れる)
「……は? ははは…。守るって……こんな、化け物たちをか?」
その時、一人の小さな魔族の子供が、泥だらけの手で彰人の服の裾を掴んだ。
「……おうさま、……たすけて……。にんげんが、くるの……」
「王……? 待て、俺はただの高校生で……」
彰人は周囲を見渡した。そこにあるのは、自分を救世主と信じて縋り付く、弱者たちの絶望的な目だった。警察官の息子として、見捨てることができない性分を呪う暇もなく、彰人はただ立ち尽くすしかなかった。




