偽りの砂漠、静寂の森
オーランドの国境を越えてから、照りつける太陽と終わりの見えない砂漠の中を歩き続けていた。
「暑いな……マリー、大丈夫か?」
勇太は手で顔を仰ぎながら、隣を歩くマリーを気遣う。
「暑いよぉ……。鬼人族の村はいつも雪が降ってたから、暑いところは苦手だよ……」
マリーは目に見えてぐったりとしており、足取りも重い。
「確かに暑いな……。地図だと、もうそろそろ森林が見えてくるはずなんだけどな」
剣の柄を握るジャンヌの手も、汗で滑りそうだ。そんな中、カレンだけが涼しげな顔で悠々と歩いていた。
「すごいな、カレン。暑くないのか?」
「ええ。実は聖神魔術を薄く身体に纏わせているんです。こうすれば、ある程度の環境の変化には対応できますから」
イタズラっぽく笑うカレンを見て、勇太はアイズ城の猛吹雪の中でも彼女がいつもの白いローブ一枚だったことを思い出し、納得した。
しかし、それからもしばらく歩き続けたが、景色は一向に変わらない。
「……なあ。流石におかしいぞ、これは」
勇太が足を止めた。その声には、確かな警戒の色が混じっている。
「ええ……」と、カレンの表情も険しくなった。「おかしいですね。いくらなんでも、これほど歩いて森林の気配すらしないとは」
「あたいが道を間違えたのか……?」
不安げに地図を見返すジャンヌ。その時、ずっと黙っていたマリーが唐突に声を上げた。
「お兄ちゃん……ちょっと、確かめたいことがあるの」
「ん? どうしたんだ、マリー」
「ちょっと待ってて……!」
マリーはそれだけ言うと、砂漠の彼方へ向かって弾かれたように走り出した。
「えっ! ちょっ、マリーちゃん!?」
焦るジャンヌと勇太を尻目に、カレンが何かを悟ったように呟く。「まさか……」
走りながら、マリーの体がまばゆい光を放ち、その姿が『鬼神化』へと変貌していく。彼女は全身から膨大な魔力を放出すると、そのまま力強く地を蹴り、遥か高くへと飛び上がった。
そして、何もないはずの虚空を、その拳で思い切り殴りつけた。
――パキィィィィィィンッ!!!
「なっ……!?」
勇太とジャンヌが絶句した。
マリーの拳が当たった空に、まるでガラスが割れるようなヒビが入ったのだ。亀裂は一瞬で広がり、空を、砂漠を、残酷に切り裂いていく。
「なるほど……魔族にしか感知できない、高度な認識阻害の結界があったのですね」
カレンが冷静に分析する。
マリーが鬼神化を解きながら、軽やかに着地した。彼女は勇太たちを振り返り、自慢げにニコッと笑ってみせる。
その直後、亀裂が完全に崩れ去り、砂塵にまみれた偽りの景色が消滅した。
目の前に現れたのは、灼熱の砂漠ではない。
高くそびえ立つ古木が空を覆い尽くし、太陽の光を拒絶するような、ひんやりと冷たく薄暗い「森」だった。
「……ここが、暗黒大陸か…」
勇太は聖剣の感触を確かめ、一歩、その暗がりの奥へと足を踏み出した。




